85.闇竜討伐戦後
竜王国王都から馬車で一時間ほど東へ走ると広大な森へたどり着く。この森は大陸中央部の山脈麓にまで及び、中には様々な資源が眠っていた。
特に野生動物は竜王国王都で食べられる貴重なタンパク源のひとつでもあり、貴族らが狩猟することもある。
さらに森の中には様々な薬草を含めた植物が生息しており、それらを摘んで金に変える者もいるという。
そのことはルクス・ディランも地政学を学ぶ中で知識のひとつとして知っていた。この森は竜王国王都の民にとっても大切な場所だと。
だからこそ彼が見上げる先で今も膨らみ続けている炎の塊が恐ろしい。このままさらに膨らみ威力が強くなれば森など一瞬で消えてしまってだろう。
「ノワール殿、そこまで炎を大きくさせる必要はありますか」
「この森の中のどこまで瘴気が及んでいるかわからないからな」
「だから燃やし尽くすと?」
「ああ、濃すぎる瘴気は焼いてしまわなければならない」
本気で森を焼き尽くすつもりらしい青騎士の背には6枚の赤い翼が浮かぶように生えている。それは本当に生えているのではなく戦神としての力が具現化したものだ。
やがて極限まで大きくなった炎の塊は、青騎士の手によってはるか眼下の森へ落とされた。
巨大な炎の塊は地面に衝突すると風船が割れるように周囲へ広がり燃え上がる。
「ノワール殿、本当にここまでする必要がありましたか」
「瘴気は燃やし尽くさねばならないからな」
金色の甲冑をまとったルクスは青騎士を見つめる。だがその表情は兜に隠れて見ることもできない。
青銀の甲冑をまとったその騎士は、ルクスにとっては子供の頃に学んだ恩師だ。
一度死んだ恩師だが、なんの因果かルクス自身の息子として転生した。そしてその息子が手に負えない状況になると戦神としてノワール・ブレストンが出てくる。
初めて彼が現れたのは双子そろって夜の森で迷子になった時だ。執事や侍女と別荘に行った5歳の双子が勝手に別荘を抜け出し森に出かけた。
魔物も出るような森に5歳の子供が行って、夜も帰らないなど絶望しか無い。だが別荘の使用人たちが探し回るそこへ、双子の姉であるアニエスを抱えた赤い髪の御使いが舞い降りた。
その時の御使いは、アニエスは勇敢な姉だったと言ったらしい。
その話を報告として受けたルクスは悔しい思いに包まれた。自分が双子と共に別荘へ行っていたらノワール・ブレストンと会えただろうか。しかしその場合、自分は双子が別荘を抜け出して森に行くことを防いでいただろう。
そしてその後もルクスは息子が戦神になる状況と立ち会えていない。ただ戦神になることを怖がる息子にそれを望む時点で間違いだとも思う。
だから宰相からピクニックに誘われた時は驚いた。宰相はアニエスが危機になることも、それでミシェルが飛ぶことも読んでいる。
その上でルクスが密かに抱えていた願望を揺さぶってきた。その狡猾にも見える様を周囲の者たちは悪魔と言うのだろう。
しばらく森を眺めていたルクスは樹木が燃えていないことに気づいて確認することにした。
「ノワール殿、木々が燃えないように見えますが」
「瘴気を燃やすと言っただろう」
認識の齟齬に気づいたルクスは相手の言葉に今度こそ納得する。戦神の炎は言葉通り瘴気だけを燃やし尽くしているのだ。
「ノワール殿は最初からここで瘴気のみを燃やすことを考えていたんですか」
この森は2年前に中位魔物が複数出没した現場だ。それだけなら良いが砂竜が目撃されたため、竜王国の要請で帝国騎士団が現地調査をしている。その際の報告書には魔物の存在も不審な箇所も確認されなかったと書かれていた。
もちろんそれが、セレンティーヌが危険を顧みず森を浄化したためであることはわかっている。
だがだからこそ2年後の今日、闇竜がここに現れたことを自然現象だとは誰も思わない。
「ルクス君は、竜王国で『魔女』と呼ばれる存在を知っているか?」
「アニエスの報告書に関する補足説明としてフィーリスから教えてもらいました。魔力の強い女だと」
「そうだな。人より魔力が強いだけの女だ。しかし数ヶ月前、その女は王立学園で生徒たちを洗脳する目的で魔法を使っていた」
「瘴気疲労でアニエスが寝込んだ際にミシェルがその代役として動いた時のことですね。戦神の力で学園内での魔法に制約をかけたと」
「確かにそちらは止めたが、私の考えが甘かった。それがこの状況だ」
「学生が闇竜を作るなど誰も思いつきません。深淵の学舎のような魔術研究機関ならまだしも」
「しかもあの魔女は竜を殺して闇竜を作った。朽ちかけた骸ではなく、まだ息があったろう竜を媒体にした。だからあの闇竜は最初のあの魔法では破壊できなかった」
闇竜は死んだ竜の骸で作るもの。その大原則すら無視してまで闇竜を作る。その意図がわからないルクスは隣に浮かぶ青騎士を見た。
「従来の闇竜なら学生たちだけで対処できたと。しかしなぜ生きた竜を使ってまで闇竜など作ったのでしょうか?」
「さてな。竜王国の主要な貴族が通う学園内で学生を洗脳しようとし、今回はその学生らを死に至らしめるようなことをする。前回の時は嫁ぎ先でも探しているのだと思ったが、それでこんな事はしないだろう」
「世の中には失明した兄を救うため世界を滅ぼそうとした男もいましたが」
「闇王の一件は仕方ないな。深淵の学舎の暴走もある。だが今回は単独犯だ。彼女はひとりでここまでの惨事を引き起こした」
深淵の学舎は『闇王』と呼ばれる魔神種を呼び出し大陸東の大陸ブラマを滅ぼそうとした。そうして人々の負の感情という瘴気を集めて魔界帝国へ繋ぐ穴を開けようとしたのだ。その中で彼らは闇竜を作りアルマート公国王都に突っ込ませたことがある。
その時の闇竜は深淵の学舎という魔術師たちが集団で作り上げたものだった。
だが今回の犯人は単独で竜を殺してまで闇竜を作り上げた。その能力もそうだが、何より発想と行動力がルクスの理解を超える。
「今回の犯人は、魔術師としてハーティより上ですか」
「いや、ハーティ・ロゼルディアを超えることはない。先程の闇竜を焼いた八連魔法陣も素晴らしかった。作成速度、発動までの時間、その威力。すべてが見事ではあった。だが……」
「何か問題が?」
「いや、元傭兵である彼女は後々のことを考えて力を出し惜しむ傾向にある。それが今回はこれほどのことをしたのだから、彼女を怒らせる何かがあったのかと思えるよ」
「なるほど。後で聞き出してみます」
「ルクス君ではまた足蹴にされそうだね」
青騎士のその言葉にルクスは笑ってしまった。帝国の宮廷魔術師であるハーティは元傭兵で、上品な令嬢とは対極の性格をしている。
そしてそんな彼女はしばしルクスに八つ当たりをすることがあった。だが15も年下のハーティに八つ当たりをされても懐かない猫が威嚇しているようにしか見えない。だからと流していると最後には「少しは怒れ」と足蹴にされるのだ。
ただそれもハーティが10代の頃の話で、近年はそこまでのことはしない。息子のディートハルトは叱られついでに窓の外に飛ばされているようだが、それも教育のうちだと思っている。
ルクスの教育に我が子を窓の外へ飛ばす方針はないが。
やがて森の中に炎らしきものが見えなくなると青騎士はゆっくりと下降し始めた。その頃には草原に天幕が組まれて、集まっている生徒たちが順番にそちらへ誘導されている。
天幕内には聖騎士団の騎士たちがいて、学生たちの傷の具合を見た後に聖水を飲むことを勧められるはずだ。そうすることで魔女の妙薬とやらの影響を身体の中から消すのだと言う。
もちろんそれらすべて用意したのは宰相であるローティス・フィレントだ。
「ルクス君」
「はい」
空から降り立ち甲冑を消したルクスは、同じく青銀の甲冑を消したノワールの顔を見る。紅蓮の髪と緋色の瞳は戦神の色であって、生前のノワールのものではない。だが言動も所作も何もかもがノワール・ブレストンのそれである。
「この後でフィーリスを王城へ連れて行ってやってくれないか」
「報告をと言うのであれば行います。しかしカインセルス殿は伏せっていると聞きました」
「穢れを受けて伏せっているとの発表だったな」
「はい。献上品や王城内の井戸に瘴気の濃い何かを入れられたからと」
「1年も伏せるほどの強い穢れを受けて生きていられる竜はいない。おおよそカインセルス殿は天啓を受けたのだろう」
「天啓……ですか」
旧ビタンで次期国王として育ち様々なことを学んだとしても、竜王国とは交流のない海の向こうの国である。大陸内陸部のビタンの人間が学ぶことは少なく、それはグレイロード帝国になってからも変わらない。政治的なことは学んでもそう細かいことまで学ぶ機会がなかった。
そんなルクスにノワールは空を指差した。
「天啓とはそのまま天の啓示だ。竜王国における天啓は天から次代を受け取る」
「次の代の…王位継承者ですか?」
「そうだな。天啓を受けた竜王は卵を産む。そして竜神殿の主と呼ばれる守護竜は、この期間の王と卵を守ることを使命としている」
「ノワール殿におかしな質問をして申し訳ないのですが」
真面目に話してくれるノワールに申し訳ないと思いつつ、ルクスは根本的な質問を向けた。
「カインセルス殿は男だと思っていましたが、卵を生むということですか」
「他の鱗の竜は違うが、竜の王と呼ばれる青竜は性別を持たない。フィーリスが子供の頃に君含め周囲から少女と間違われ、旧ビタンの者からもそのように扱われがちなのはそのためだ。そして性別を持たない彼らは、天啓を受けることで番がいなくても産むことができる。しかし妊娠中や卵を生んだ後、おおよそ1年以上も竜王は眠り続けることになる」
「では本当に無防備な状態になると」
「本来なら守護竜だけで済む話だが、今は魔女のこともある。フィーリスと君で王城へ趣き、帝国で助力できることがあるなら手を差し伸べて欲しい」
恩師から思わぬ頼まれごとをしたルクスは、緩みかけた口を引き結んだ。
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王立学園騎士科であっても魔力量の多い者がいる。特に子爵家の4男であるエミヤがそうで、彼は中等部入学時点では魔力を高めて良い婿入り先を見つけようと魔術科へ進むことを考えていた。
だが中等部入学式当日に起きたベルナール・ローラン告白事件のせいで彼の進路は変わる。むしろ事件の犯人であるアルノー・グランデに巻き込まれ進路を変えた者は多い。
なにせ中等部魔術クラスの教師よりもアルノーのほうが、魔力を高める方法に詳しかったのだ。
しかも彼はそれら知識を得たいならベル姫応援し隊への入隊をと脅してきた。そして彼らは全員がそれに屈している。
なぜならアルノー・グランデは魔力も剣術も中等部入学時点で洗練されていたのだ。もし本人が目立ちたがりで、名声だのを求めるタイプならその時点で高等部騎士科へ試合でも申し込みに行っただろう。
だがアルノーはそんなことをしない男だった。むしろ己の技術はベルナール・ローランを守るためにあるのだと豪語するような男である。
だからみな等しく思っていたのだ。あの愉快なアルノーは本気でベルナール・ローランに惚れているのだと。
中等部入学式当日に告白したまま、アルノーはベルナールを姫として崇めている。だから騎士の誓いか何かのつもりで命を捧げるとでも言っているのだと。
ただそんなアルノーがトップに立つ騎士科のその学年は他と比べてとても平和だった。
彼らは兄たちから騎士科は成績による序列が厳しく、上下関係がはっきりしていると聞かされてきている。騎士科は基本的にトップの人間が組織の長のように振る舞い、どんな事も思い通りにしていくのだと。中には婚約者を奪われた者もいる。
とにかく学年筆頭の性格によって学生生活が天国か地獄かが決まると言っても過言ではない。それが下位貴族が集まる騎士科ならではのルールだった。
だからこそ今年度の騎士科3年の生徒たちは団結力が強い。その学年のトップが明るく善良で、人助けか人を支えることしかしないアルノー・グランデだからだ。
だがそんなおふざけと温厚しかないアルノーが、戦闘実習の10日前に騎士科Aクラスの教壇に立ってこう告げた。
「次の戦闘実習で闇竜が現れる可能性がある。確実に現れるとは言い切れないが、そうなった時のために対処しておきたい」
珍しく真面目な顔のアルノーはそのまま黒板に作戦を書き出した。当日は班を10に分けて、戦力を分散させる。なぜなら闇竜を生み出したその高濃度の瘴気は周囲の動物を魔物に変えるから。
つまり闇竜が現れた場合に、我々はソレだけでなく魔物の対処もしなければならない。我々が戦わなければ後方支援としていてくれる令嬢たちが危険だ。
もちろん我々だけで闇竜だのなんだのを倒すことはない。教師が竜王国騎士団へ通報してくれるだろうから、騎士団が来るまで耐えれば勝てる。
ただ闇竜に関しては自分の持つ最大の攻撃魔法を撃ち込むつもりだ。
そんなアルノーの説明にクラスの生徒たちはざわついた。むしろアルノーの言う最大の攻撃魔法とは何なのかと好奇心に支配された生徒たちが騒ぐ。
するのアルノーは当日に闇竜が現れたら見られると笑った。もちろんそんなものは見ないに限るけどとのんきな顔で言うのだが。
そして戦闘実習当日、騎士科の生徒たちは初めて本気のアルノーを見た。魔術科の生徒でも魔法陣ひとつを組み立てるので精一杯だというのに、アルノーは巨大なモンスターの前で速やかに四連魔法陣を組み上げ魔術を成功させた。
その爆破威力は強大で、はるか遠い場所にいる班にまで爆風が届いたほどだ。
そんな風にしてアルノー・グランデは中等部からずっと彼らを驚かせてきた。
剣術で教師に勝った時も、魔術の知識でも教師を黙らせた時も。そして何より今年度に入ってから生徒会で時間を拘束され、まったく自主訓練していないのに今もトップでいることも。
それになにより騎士科筆頭という頂点に立っても、驕ることもないその愚直な性格に。
だからこそそんなアルノーのために魔力を枯れるほど与えることを嫌がる者はいない。ただ与えるそばから本物のラピスラズリに浄化されていくのは悔しい。本気の出力で流し込んでも半分が竜の浄化に巻き込まれて消える。
むしろ目の前にいる本物のラピスラズリは、多くの学生の魔力に触れても疲労する様子すらないのもおかしい。普通の竜は強い魔力に当たると穢れて寝込むとされているのに、彼はその気配もないのだ。
教師不在のままだが戦いが終わり戦闘実習が終わると、後方支援の令嬢たちから天幕へ入るよう指示される。
戦闘実習に乱入という形で助けに来てくれたのは帝国騎士団と十将軍たちだった。
騎士科の中で魔力を持たない者は己の足で歩くこともできる。だが魔力を出し尽くした者たちは地面に寝転がったまま無理だと叫んでいた。
そんな騎士科の生徒たちの脇でいまだ意識のないアルノーは、帝国騎士だろう私服の男性らに担架へ乗せられ運ばれる。だがその様子を目にしつつも騎士科の面々は動けないでいた。
令嬢たちから心配げな顔で大丈夫ですかと問われても、大丈夫とはとても言えない。少なくとも彼らはこれまでの人生で魔力が枯渇するほど消耗したことがなかったのだ。だから貧血にも似たこの状態に耐えられないし、倦怠感に負けて起きることもできない。
「あんたたちは下がったほうがいいわよ。服が濡れるから」
騎士科の生徒たちがゴロゴロと倒れているそこへ、黒髪をみつ編みに結った女性がやってくる。それを見た瞬間にヤバいとつぶやいたアニエスは、素早く青銀の甲冑をまとってベルナールを抱え避難した。
そんな中で女性は紫紺の瞳で、地面に転がる筋肉質な生徒たちを見下ろし短く呪文を唱えた。
その瞬間騎士科の生徒たちが転がっている場所にだけ大量の水が落ちてくる。突然の暴挙に仰向けで倒れていた者などは鼻に入ったと言いつつ咳き込んだ。そうして皆が非難の目を向けた先にいたのは腰に手を当てた小柄な女性だった。
「魔力を消耗した程度で動けないなんて戦力にもならないお荷物以下のゴミなんだけど、あんたたちその自覚ある?」
「……アニエス、彼女は?」
女性から出たあまりにも酷い言い草に静まり返る中、唯一アニエスに抱えられ難を逃れたベルナールが問いかける。するといまだベルナールをお姫様抱っこしているアニエスが兜の中で告げた。
「あの方はグレイロード帝国騎士団において十将軍のひとり。宮廷魔術師のハーティ・ロゼルディア殿です。そしてハーティ殿のお言葉は正論で、魔力が消耗した程度で動かない騎士は戦場ではお荷物以下です。異国の騎士見習いなので許されていますが、帝国でこれをやると教官から蹴り飛ばされます。動かねば魔物に食われて死ぬので」
「アニエス、優等生な説明ありがと。それとあんたがお姫様抱っこしてるソレは大丈夫? あんたの趣味を押し付けられた被害者とかならあたしも黙ってないけど」
「合意です! お姫様抱っこ願望はありますが、今は非常時だからやっているだけです!」
ベルナールを無理やり抱えているなら怒る。その言葉にアニエスは慌てて叫んだ。とたんにずぶ濡れの騎士科生徒たちが笑いながら動き出す。
「アニエス君やべぇ笑える」
「さっきの、ベル姫の許可取らなかったよな」
「取ってなかった気がする。つーか無理やりベル姫のお姫様抱っこ初体験奪った的な」
それぞれが笑いながら立ち上がると、戦闘で泥だらけになった制服の水気を絞る。その様子を見ていた女性―――ハーティは全員が立ち上がれていることを確認した。
「あんたたちは今から天幕に移動して、傷の有無を確認されたら聖水を飲みなさい。その上で希望者は帝国騎士団への入団申請を記入して」
ハーティの指示に学生たちがざわついた。しかしハーティは、自分より大柄な学生たちを不機嫌な目で見るだけで質問を受け付ける雰囲気も見せない。
「あんたたちは終わったら学園へ戻ることになるけど、アルノー・グランデはこのまま帝国の軍艦船に運ぶわ。だからあんたたちは、今日この事を胸に刻みなさい。闇竜や魔物を一掃したのはあたしたち帝国騎士団の十将軍だけど、あたしたちを呼んだのはアルノーだってことを」
「は?」
ハーティのその言葉に学生の誰かが声をあげた。その後もざわめきの中で「どういうことだ」と戸惑う声があがる。中にはアルノーは帝国の十将軍と繋がっていたのかと言う疑念もあった。
そんな学生たちから目を背けたハーティはため息を吐く。
「あのね、闇竜って何万と騎士がいる帝国騎士団でも十将軍がぶつかるクラスなの。それが現れるかもしれないと知らされたならあたしたちだって動くわよ。それでもね。たぶんあのクソガキの魔法なら普通の闇竜は倒せてた。ただ今回の闇竜は耐久性が強いヤツだったから倒せなかっただけ。わかる?」
そう告げたハーティは学生たちを指差していく。
「あんたたちの作戦は失敗してなかったの。本来ならあの魔法で闇竜は倒せてたし、他の魔物たちもあんたたちの連携なら撃退できた。その時はきっとあたしたちも、宰相のピクニックに付き合わされただけになってたわ。つまりあんたたちは十将軍並の仕事をしたってことよ。そこは胸を張りなさい。で、その勢いで帝国騎士団に入りたいなら申請したら良いわ。その場合、もれなく今日の功績があんたたちに付けられるから」
不機嫌で愛想もない宮廷魔術師のその言葉は学生たちを喜ばせるには十分だった。彼らは魔力消耗による疲労など忘れたように天幕のほうへ走っていく。
そうして全員を見送ったハーティは大きく息を吐き出した。その上でいまだにベルナールを抱えている甲冑姿のアニエスを見る。
「アニエス、それも軍艦船に運ぶわ」
「私がこのまま…」
「その状態をルクスに見られたら激怒されるわよ。女だなんだの前に礼儀がおかしいから」
「ええっ、私とベルナール卿の仲なのに」
「逆にどんな仲なのよ。恋人ってこと?」
ハーティの問いかけにアニエスが黙った。甲冑に包まれ表情も何も表に出ないが、ピクリとも動かない。
ただハーティが眺める先で魔力を枯渇して死人のような顔色になったベルナールが首を横に振っている。そのためハーティは苦々しい顔で「わかる」とうなずいた。
「アニエスの両親も恋愛こじらせて面倒だったから。でも今のあんたはアニエスのことを忘れて休むべきよ。魔力を消耗したのと違って、魔力の枯渇は下手したら死ぬから」
「魔力循環ができないと命が危うくなると」
「そう。フィーリスが川の例えをしたって聞いたけど、ホントそれだから。川が干からびたら隣接する土地も干からびる。人は基本的に血が流れてたら生きていけるけど、それだけだと空気に含む瘴気にやられるのよ。空気中の瘴気を体内にうまく取り込むために魔力循環があるの」
「では魔力が枯渇して倒れた時に、アニエスが神聖力を流し込んだのは」
「取り込んだ瘴気を浄化しつつ、その瘴気で損傷した体内のいろんなところを治したんでしょ。フィーリスがアルノー・グランデにやったことも似たようなものよ。ただ傷の治療もあるからのんびりしてられなくて、あんたたちみんなの魔力で輸血しただけ。そうじゃないと治癒魔法もかけられないからね。というわけであんたもそのままアニエスに運ばれて馬車に乗りなさい」
「ありがとうございます」
魔力枯渇について詳しく知れたことが嬉しいベルナールは素直に礼を告げる。するとハーティは肩をすくめてみせた。




