82.闇竜討伐戦
竜の血肉は魔法媒体に使われるほど貴重で、その身は死しても力を有している。だからこそ魔物は本能的にその身を食らおうとする。
味覚など持たない魔物でも『美味しい』から探してでも食らう。
だが魔物ごときが成竜を殺してその身を食らうことはできない。しかし竜の雛であれば魔物でも食い殺すことができる。
さらにそれが竜の骸であれば、魔物は他の魔物と奪い合うことなくたらふく血肉を味わえる。
それは自然界にある食物連鎖のひとつだが、だからこそ竜の骸がそのまま長期に渡って放置されることもない。それが高濃度の瘴気漂う場所なら尚更だ。
高濃度の瘴気があれば周辺の動物は魔物になり、その骸をくらおうとする。
だから闇竜は自然界の中では生まれない。人為的に作られなければ発生しないそれが現れた時、多くの騎士はその犯人を探そうとする。
そして例外なく帝国騎士であるアニエスは逃げていく水色の頭を見た。だが今はそちらに気を向けている場合ではない。
前方に目を戻したアニエスは天空に広がる巨大な魔法陣を見て眉を浮かせる。それは学園の中にいては見られなかっただろうベルナール・ローランの実力そのものだった。
だがその細かな紋様が刻まれた魔法陣を見られたのは一瞬のこと。
まばたきした後には魔法陣が消えて発動し、森の奥で広範囲に爆発が巻き起こった。そしてそれを合図としてアニエスは魔法剣を手にして青銀の甲冑を身にまとい一気に飛び上がり闇竜へ接近する。
闇竜はまず攻撃を仕掛けて相手の反応を見なければならない。そうしなければ闇に染まったその身が生前何色だったのかわからない。
そうして眼球を狙って切っ先を向けた瞬間、アニエスの身体を強い上昇気流が襲いはるか上空へ飛ばされた。
「最悪だ」
空中できりもみしながら体勢を整えたアニエスは兜の中でつぶやく。風を使う緑竜は、水の属性である魔法剣アーリアと相性が良くない。
鱗が赤ならまだ良かったのに。そう思いながら急降下すると再び頭部を狙って剣を振るう。だがあと少しのところで闇竜がアニエスに気づいたように上を向いた。
「あ」
ヤバいと思った瞬間に先程より硬い空気に吹っ飛ばされたアニエスの視界が暗転する。甲冑では防げない衝撃が軽い脳震盪を起こさせたのだ。
だが森の方向へ落ちたアニエスの身体は強い力に抱きしめられ地面への落下を防いだ。あげく名を呼ばれたアニエスは目を覚ます。
「はい!」
名を呼ばれた気がして返事をしたアニエスの視界にベルナールの安堵した顔がある。それを見たアニエスは自然と両手で兜をおおっていた。
「失敗しました。申し訳ない」
「問題ない。緑竜だと知るために君へ特攻させたんだ。成果はあった」
「そうですが、あわよくば目玉を潰せたらと思いました」
「緑竜の速度を考えると君単独では無理だろう」
風を扱う緑竜の強みは空気の弾丸と俊敏性にある。そのため緑竜は炎の魔法で周囲ごと焼いて討伐するのが基本とされていた。もちろんその方法は、アニエスも実家にいた時に書物で読み知っている。
空中に浮いていたベルナールが地面に降り立ったため、抱きしめられていたアニエスも立つ。そうしてベルナールから一歩離れると周囲を確認した。
森の中に落ちたらしい自分はベルナールに抱えられて地面へ直撃しなくて済んだ。だが急ぎ戻らなければ後方支援の女子生徒たちが危ない。
「この森ごと燃やしてしまったら怒られるでしょうか」
「森は燃やしてもいつか戻る。だが闇竜が王都にたどり着けば多くの命が失われる」
森は戻るが失われた命は戻らない。その言葉にアニエスは確かにとうなずいた。ただ水属性の魔法剣しか持たないアニエスでは燃やすことはできないため、そこはベルナールに頼るしかない。
「ではベルナール卿を主軸に、私は陽動として闇竜の対処をします」
「ああ、それしか、ないか……」
「しかないですよ?」
なぜか悔やむような顔をするベルナールにアニエスは首を傾げた。だが遠くで聞こえる闇竜の咆哮に視線を転ずる。騎士科の誰かが闇竜に攻撃しているのかもしれない。
「とりあえず森の外へ戻ります」
今は話す暇がないと走り出したアニエスはそのまま飛び上がると強引に枝葉へ突っ込み森の上へ出た。
そしてその姿を見送ったベルナールは、青銀の甲冑騎士の姿に眉を寄せる。
肩を並べて戦いたいとは思ったが、アニエスひとりを前に出したいなど思ったこともない。ましてや先程のように少しのミスで命を失うような相手に彼女を向かわせなければならない現実と己の不甲斐なさが腹立たしかった。
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青銀の甲冑騎士が闇竜の見えない攻撃によって森の中へ吹っ飛ばされた。それを追うようにベルナールが転移魔法で飛ぶのを見た騎士科生徒の一部が騒然となる。だが闇竜に追い立てられるように森から飛び出してくる魔物の対処もしなければならない。
彼らは騎士科Aクラスを中心として複数の班に別れ、それぞれの場所で飛び出してくる魔物を駆除していた。そうして守っているのは後方支援として背後にいてくれる女子生徒たちだ。
その女子生徒たちは、みなでリリを守るように集まりしゃがんでいた。そうして騎士たちの視界の邪魔にならないようにしている。
そんな女子生徒たちの中で最も後方にいた者たちは、ふと背後で聞こえた物音に振り向いた。
するとそこにいたのはアニエスによく似た私服姿の少年だった。カゴを手にした少年はポカンとした顔でクッキーを食べている。
「これって、みんなでピクニック?」
「いいえ」
少年の問いかけに女子生徒が答える。するとその声を聞いた周囲の者たちを中心にみなが振り向き彼を見た。
その中心近くでリリが勢いよく立ち上がる。
「ミシェ! あなたどうしてここにいるの!」
「アニーに自動召喚がついてるから、飛んだってことはそういうことだと思うけど。アニーは? あとあの変な黒いやつなに? 竜王国のお祭りだからあんな飾りを作ってるの?」
何も知らない相手にリリは嘆息づいた。ミシェル・ディランは素のままならただの臆病者だ。
「闇竜よ」
「ええっ、アニーは?」
「飛ばされたわ」
「わかんない怖い。帰っていい?」
「駄目に決まってるでしょう!」
「でも怖いじゃないか!」
帰りたいと叫ぶミシェルは本当にただの子供だ。ここにいる女子生徒は皆が学園でアニエスを見ている。中には昨年の決闘で近衛騎士姿のアニエスを見た者もいるだろう。
だからこそ多くの女子生徒がミシェルの叫びに驚いた様子を隠せなかった。
ただそうしてしゃがみこんだミシェルはそばにいる女子生徒にカゴを差し出す。
「クッキーいる? 今日はなぜかたくさんくれたから、きっとみんなの分があるよ」
「いいの?」
そばにいる女子生徒も、もう彼をアニエスに似た少年とは見ない。己より年下の怖がりな少年に対して弟にでも聞くような口調で問いかける。
そしてミシェルもその質問に笑顔でうなずいた。
「カインさんのクッキーは美味しいよ。それにいろいろな味があるから、みんなにカゴをまわして好きなの食べて。甘いものは疲れがとれるから。ね?」
アニエスのような凛々しさはないが、柔らかな笑顔はひたすらに可愛らしい。そのためいつの間にか後方支援の女子生徒たちにあった緊張感は薄れて和やかな雰囲気に包まれていた。
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「アル! モーリスが負傷した! 後方下がらせる!」
「わかった!」
仲間の報告にアルノーも素早く返す。アルノーが作ったベル姫応援し隊は騎士科に100を超える人数がいるが、主要な学生は11人だ。そしてその全員が今は騎士科Aクラスにいる。
アルノーは中等部の時点で仲間たちにホウレンソウの重要性を叩き込んだ。集団戦闘の中では誰が何をしているか把握することが重要となる。
そしてそれが成功したのが2年前の戦闘実習だった。実際にあの時はベルナールの指示を速やかに騎士科全体へ広められた。
そしていまは10の班に別れた仲間たちがそれぞれの場所で魔物を駆逐して、さらに負傷者が現れれば他の班から人員補充もできている。
ただ、とアルノーは闇竜の前に立ち魔力封じの指輪をはずしながら思う。
スマホ画面の中の闇竜と、目の前にそびえる闇竜では圧迫感が違いすぎる。
先程のベルナールは広域爆破魔法で森のはるか奥にいるだろう魔物を大量にふっ飛ばしてくれたが、これを前にして冷静に呪文詠唱できた彼は本当に凄いとしか言いようがない。
現にアルノーは震えに奥歯をガチガチと鳴らしながら臆病過ぎる己に笑った。ベルナールを守ると、ベルナールのために死ねると言ってきたのにいざとなると怖くて仕方ない。
「メラメラミメラゾーマだ。わかるなアルノー。唱えろイメージしろ」
自分に言い聞かせるようにつぶやいたアルノーは幼い頃から繰り返し唱え続けた呪文を詠唱した。大丈夫自分はやれると脳内で良い聞かせながら唱えた呪文は空中に3重の魔法陣を描き上げる。遠くで「アルノーやっちまえ」と叫ぶ悪友たちの声が聞こえた。
最後にひとつ。闇竜の足元に4つ目となる緋色の魔法陣を組み上げると、アルノーは爆ぜろと唱えながら広げていた手を強く握った。
脳内のイメージはメラゾーマとイオナズン複数を重ねて同時に発動させるもの。それはアルノーが幼い頃に街の魔術講習に通って先生とコツコツと作り上げてきた魔法だった。
そして思ったとおりに発動した魔法は、四方から闇竜を包み込み燃やしながら爆発を引き起こす。とたんに背後にいる仲間たちから歓声が沸き起こった。
だがアルノー自身はまだまだ足りないとおもっている。先生は古代語で呪文詠唱を行っていたから同じ魔法もアルノーの半分以下の時間で発動できた。さらに魔法威力もきっと今のアルノーの倍以上だったはずだ。中等部入学以来会っていない先生はとにかくすごい人だった。
そしてそこはやはり熟練の魔術師と素人の差というものもあるのだろう。
「アル」
思った以上の魔力消費に息を切らせるアルノーの元へベルナールが走ってくる。その驚いた顔と見開かれた空色の瞳を見たアルノーは思わず抱きしめたくなった。
「帰ったら今の魔法を教えてくれ」
「やだ、魔法バカなベルちゃん好き過ぎる」
「嫌なのか?」
「嫌じゃないよう」
冗談も何も通じないベルナールが好きでたまらない。魔法が成功して安堵していたアルノーが笑った瞬間、危険を知らせる叫び声と轟音が重なった。
地面が爆発したような強烈な衝撃は、アルノーだけでなく周囲すべてを薙ぎ払う。
それは闇竜の巨大な尾による一閃だった。土をえぐりながら振るわれたそれは、一撃で騎士科の三班が吹き飛び陣営が崩れる。
大量の土が降り砂も舞う中、アルノーは呼吸もままならず死ぬ寸前の魚のように口を開けている。一気に魔力を使い切ると命を削るからやるなと先生から何度も言われていた。それも今までは気をつけていたが、今日は気にする必要はない。
酸素が足りない。肺が痛い。でも自分の下にいるベルナールは無傷で守れている。念の為と結界魔法を学んでおいて良かった。ただ残り少ない自分の魔力では次がない。だから今すぐにベルナールを安全な場所にと思うのに、酸素が足りなくて身体が動かない。
「アル…」
砂埃が消えてくれず視界もままならない。そんな中、アルノーが見つめる先でベルナールが目を開けた。怪訝な顔で周囲を見て、そして空色の瞳がアルノーを見上げる。
「アル…?」
呼吸をしても酸素が足りないアルノーは返事ができない代わりに笑って返した。だが熱いものが喉を逆流して口からこぼれてしまう。
とたんにベルナールの顔を鮮血が汚してしまってアルノーは慌てた。
「…ごめ、ごほっ」
どこまで吸っても酸素が足りない。それでも腕に力を込めて動かない身体をベルナールの上からどかす。そうしてベルナールが起き上がるのを見て安堵しつつ、アルノーは激しく咳き込み大量に喀血した。
「アル、動……」
ベルナールは言葉を途中で途切らせると、無言でアルノーに肩を貸そうとする。だがアルノーは首を横に振り断った。
「だい…じょうぶ」
肺が痛い。酸素が足りない。口から赤い血を垂らしながらアルノーはそばにひざをついているベルナールを見た。
「にげて」
もう自分は使い物になりそうもない。魔力が残っていたとしても呼吸がままならないでは呪文も唱えられない。だから足手まといにならないようここに残る。
ベルナールの事は今朝の時点でアニエスに頼んでおいた。だからベルナールのことは彼が幸せにしてくれるはずだ。だから大丈夫。
足に力が入らず身体を起こすこともできない。そんなアルノーは手を伸ばしてベルナールのひざを軽くたたいた。
「だいじょうぶ、だから」
ベルナールはもう幸せになれる。自分がいなくても周囲の人々がベルナール・ローランを幸せにしてくれる。だからいまは後ろに下がって欲しい。自分以外の誰かに守られて欲しい。
そう言いたいアルノーだったが、言葉の代わりに出たのは赤い血だけだった。あげく血の気が引くように強い脱力感とともに視界が暗くなる。




