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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
中等部3年
83/111

81.3度目の戦闘実習

 大地の月に入るとすぐに戦闘実習が行われる。昨年は学園側も魔物の襲撃を警戒して竜騎士見習いである騎士科Sクラスも参加させていた。

 だが昨年の戦闘実習は魔物がほぼ現れないという逆に例を見ない状況だった。そのため今年の戦闘実習では通常通り騎士科Sクラスは参加しない方針となる。


 そうして例年通りの漫然とした雰囲気の中に降り立ったリリは周囲を見る。そして自分の手を支えてくれているマティアスを見やった。


「まずはお姉様がたを探しましょう。今年もきっとコルセットをつけておられないはずよ」

「それは駄目だよ。本当に駄目だ」

「マティアス! これはわたくしにとって大きな機会なのよ! こういう時でもないとお姉様がたはコルセットを脱いでくださらないのだもの!」

「大きな声で言うのが駄目だよ!」


 真っ赤な顔のマティアスは口にすることからいけないという。そしてそんな相手を見つめたリリは、ややあって首を傾げた。


「マティアスは、そろそろコルセットと言う名前に慣れても良いのではないかしら?」

「それに慣れたら男として駄目だと思うよ。それより僕ひとりじゃあリリを止められないからまずアニエスを探そう」

「そうね。先に行ってしまった理由を聞かなければいけないわ」


 話題をそらされた自覚はあるが、マティアスの意見を尊重したいリリは素直に乗っかる。そうしてリリはふと、1年前にこの場所で注意されたことを思い出す。

 昨年の宰相は、リリにマティアスの気持ちを尊重するよう言っていた。それは人が聞けば普通のことだと思うだろう。けれど宰相が言っていたそれは、リリの中にある竜の衝動に関わることだった。

 リリはまだ胸の中にある竜の衝動を制御できない。そしてこれに関してだけは、父の意見を参考にできなかった。

 父は竜の衝動を放置して生きてきたのだ。ただ父がそれで許されたのは、父の執着した先がすべて余裕で受け止められる人だったからだ。


 もちろんマティアスも同じようにリリのすべてを受け止めてくれるだろう。だがリリと父で違うのは、相手との身分差があることだ。

 リリは公爵令嬢で、さらに竜王国では最上位の女である。そんな相手のワガママなど誰も逆らえないに決まっている。

 そうなるともうマティアスの性格云々という話ではなくなってしまうのだ。

 だから宰相は衝動を抑えろという。


「ねぇ、マティアス」


 広大な草原に高等部3年生の騎士科と後方支援の女子生徒たちが続々とやってくる。穏やかな天候に恵まれた心地よい空間を歩きながらリリは隣にいてくれるマティアスを見上げる。


「わたくしが、ずっとマティアスといたいと思うのは良い衝動よね?」

「それは衝動なの?」

「ええ、竜の衝動による執着だと思うわ」


 竜の衝動は破壊と執着がある。父は幼馴染みに執着して、10代半ばの頃は幼馴染みに様々なことをぶつけたらしい。

 そのためリリも自分のこれは竜の衝動なのだと認識しているのだが、そう告げた先にいるマティアスの表情が読めない。


 マティアスの長い前髪はいつもその目元を隠している。それは気の弱いマティアスが、他人と目が合うことを防ぐためのものだ。つまりマティアスは常に心の扉を閉ざしたまま過ごしている。

 そしてリリはそんなマティアスの表情を読み取りながら過ごしていた。

 だが今はそれが見えない。


「マティアス、あなた…」


 何を怒っているのと聞こうとしたリリはふと言葉を止めた。そうして2年前にリリの幼馴染みがしていたように、マティアスの前髪をその手で横へどかしてみる。

 すると何かを抑え込むように眉間にしわ寄せた顔があった。


「わたくしの今の言動は、あなたに我慢させる何かがあったのね?」

「違うよ」

「でも怒っているわ」

「リリは悪くないけど、僕はリリが好きだから」

「ええ、そうね?」

「だから……リリも好きでいてほしい」

「竜の衝動はそういうものよ?」

「そうじゃないよ」


 アニエスがいないからいけないのか。それともまたリリの何かが足りないのか。

 マティアスの言いたいことがわからないリリは疲れた手を降ろす。そうして再び問いかけを向けようとしたそばで、リリは横から突き飛ばされて転びかけた。

 リリの身体はそばでなぜか赤の他人なフリをしていた騎士科3年のアルノーに支えられる。そうして今や生徒会室で茶飲み友達となった相手の顔を見上げたリリの耳に知らない女の声が飛び込んだ。


「まさかのマティアスじゃーーーん!! えーー、可愛いんですけどー。中等部のマティアスってこんなだったんだー」


 可愛い可愛いと連呼する女の声にリリは殺意に目を見開く。しかしリリが動く前にアルノーが身体に腕をまわして2歩3歩と引き下がり周囲の生徒たちの裏に隠れた。そのためマティアスと女の姿が生徒たちに紛れて見えなくなる。


「アルノー・グランデ、どうして」

「しーっ、今はちょっと様子見したい所存でござる」

「ござる、なの」


 相変わらずおかしな物言いをするアルノーだが、これでも騎士科では優秀な生徒らしい。むしろだからこそベルナール・ローランは彼を生徒会に引き込んだのだとか。

 アルノーほど優秀なら生徒会で時間を拘束されたとしても成績が下がることはないからと。


「……あなたはなにをしているの?」


 体格の優れた騎士科の生徒たちに隠れたアルノーは、生徒の隙間からマティアスたちを見ている。リリは騎士科の生徒たちの視線を無視しつつ小声で問いかけた。

 すると仲間の隙間から覗き行為をするアルノーのそばに立つ男子生徒が口を開く。


「こいつは昔からわけわかんないから、気にしたら負けだよ。砂糖菓子ちゃん」

「あなたのことは覚えてるわ。ベルナール・ローランなら男でも口説けると言った変態よ」

「いや…それいつ言ったっけ」

「1年前の戦闘実習でアルノーと話していたわ。どの国の騎士も変態がいるのねと納得したものよ」

「帝国って旧ビタンの偏愛あるんだっけ?」

「ええ、でもあなたは大丈夫よ。でもアルノーは危険ね」


 リリが男子生徒と話している間もアルノーは中腰の姿勢のまま真顔で覗き見を続けている。だが中腰のその姿勢を少しも崩すことなく保ち続ける大変さは令嬢なら誰もが知っているはずだ。

 カーテシーの基本は深い中腰の姿勢を、微動だにすることなく保つことにある。

 だからこそリリはアルノーの下半身の強さを高く評価していた。アルノー・グランデは変態でなければとても優れた騎士になれるだろう。


「なんでおれは大丈夫でアルは危険なわけ?」

「愉快だからよ。可愛げがあるわ」

「いやいや砂糖菓子ちゃん、あそこにいるのは騎士科のトップだよ。可愛げなんてあるものか」

「あら、そうなのね?」

「エミヤ、出番だ。マティアス君を回収したら作戦をβに移行する」


 リリの会話など無視した様子でアルノーが動き出した。なぜかリリの手をつかむと足早に連れ出してしまう。


「マティアスとはぐれてしまうわ。あなたはなにをしているの?」

「あの女がここに来たってことは闇竜が出るってことなんだよ」

「は」


 危機感を滲ませるマティアスのその言葉にリリは息を呑んだ。言葉が出ないかわりにわかりやすく顔を青ざめると理解できないと首を横に振る。


 闇竜は、竜の骸が穢れて生まれる魔物とされていた。

 本来の竜は死ぬと骸は動物や魔物の餌になる。だがその骸に高濃度の瘴気などが当たると、骸を覆う鱗が闇に染まり闇竜となる。

 だが元は竜だったそれは魔物としては強すぎる上に、その牙や爪には竜を殺す呪いがつくという。そんなものが竜王国王都の近くで現れたりなどしたら被害がどれほどに及ぶかわからない。


 なにせ本来なら魔物討伐に使われる竜騎士が使えないのだ。その上さらにこの国の民が最後の砦とする竜王たちも闇竜を相手には戦えない。

 もちろんリリも同様で、近づき爪に傷つけられただけで死んでしまうはずだ。


「アルノー、あなた本気で言っているの?」

「うん。だからリリちゃんはアドリエンヌさんたちと一緒に控えていて。闇竜はベルナールとアニエス君にお願いしてあるし、同時に現れるだろう魔物は騎士科が倒す」

「あなたたち、2年前には狼の魔物すら倒せなかったじゃない!」


 小型の魔物しか出ないような安穏とした戦闘実習しか受けていない。そんな竜王国の軟弱な騎士科学生に対処できるわけがない。

 そう声を上げるリリは震えるその手をアルノーに両手で握られる。


「2年前のおれたちは高等部1年生だった。先輩たちの顔もたてなきゃならなかったし、ベルちゃんの言うことだけ聞けば良かった。だけど今回は違うんだよ」

「何が違うの? 魔物が恐ろしく強くなっただけで、あなたたちが脆弱な人間であることに違いはないわ」

「おれたちベル姫応援し隊は、ベルちゃんから『剣術さえ磨けば許される無能』って言われたら死ぬ集団だよ。魔術だってガチガチに使えるし、むしろ今日この時にベルちゃんを守るためにおれは生きてるわけだから大丈夫。でもごめんだけど、君を王都へ戻すことはできないんだ」

「ええ……そうね。わたくしが逃げたら」


 闇竜が追ってくるかもしれない。そう告げようとしたリリの言葉は森の方向から響き渡った咆哮に途切れた。

 多くの羽ばたき音とともに鳥が逃げる中、木々を有に超える高さの闇竜が飛び上がる。闇に染まったと言われるくすんだ黒に包まれた竜の目玉は白い。


「本当にやりやがった…」


 愕然と立ち尽くすリリのそばで今までにないほど低い声がこぼれる。そのため視線を横へ、そして見上げたそばでアルノーからいつもの明るさや温厚さが削ぎ落ちていた。

 ただアルノーは静かに目を見開き、殺意の瞳で闇竜を見ている。

 そんな静かな怒りかたもあるのだとリリは初めて知った。だがそうして驚くリリをアルノーが見る。


「思ったより来るのが早かった。でもリリちゃんは予定通りアドリエンヌさんのところに隠れてて」

「身を隠したところで魔物からは逃れられないわ。むしろわたくしの魔法武具が壊れた時にはお姉様がたも巻き込んでしまう」

「魔女から隠れるんだよ。混乱に紛れて殴られたら困るでしょ」

「魔女がここにいるの? あなたはそれが何なのか知ってるのね?」

「うん、魔女で確定した。でも話してるヒマがないので隠れてて。アドリエンヌさんなら攻略された連中も阻める」


 リリが知らないことを知っているらしいアルノーは再び手を引いて歩き出す。100人を超える高等部の学生たちは、闇竜の出現にも混乱することなく動いていた。

 騎士科の生徒たちが声を上げて、後方支援の女子生徒たちの中でも治癒の弱い生徒に避難誘導をしている。そして後方支援の女子生徒たちの中でも治癒魔法の強弱で選別が始まっていた。

 同時に、騎士科の中でも魔法が使える生徒は既に魔法による遠距離攻撃をぶつけている。


 そうして騒然としつつも混乱なく対処が始まる中で、水色の髪の女子生徒が男子生徒3人を連れて前に出た。

 人混みに紛れたリリには見えない草原の向こうで、彼らは闇竜に向けてそれぞれ得意な魔法をぶつけ、魔法武具だろう弓矢で射る。

 しかし魔法は闇竜に傷ひとつつけず、矢も闇竜の太い尾に弾かれ折れた。


「思ってたより硬いわね…」

「セシー、これは無理だ。我々は竜王国のため勇敢に戦ったが、後は下賤の者たちに任せよう」


 すぐ倒せると思ったのにとつぶやくセシーへシェルマンが告げる。その声を背にしながらセシーは軽く舌打ちした。だがその舌打ちは闇竜の咆哮にかき消される。

 そうして振り向いたセシーは涙目でシェルマンやオリヴィエを見た。


「わたしの力が及ばなくてごめんなさい…」

「良いんだ! 君の気持ちはわかってる! ほら、ベルナール・ローランが来るからおれたちは後退しよう」

「え!?」


 オリヴィエに手をつかまれ走り出しながら、セシーは振り向くように横手を見る。すると鮮やかな短い金髪をきらめかせたベルナール・ローランが呪文詠唱をしながら巨大な魔法陣を組み立てようとしていた。

 その神々しいほどの美麗を目にしたセシーは頬を赤らめる。


「こんなキレイなのに死んじゃうんだ…。シナリオって残酷ね」


 マティアスが泣いちゃいそう。そうつぶやくセシーの声は森の中に轟く爆音にかき消された。







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