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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
中等部3年
75/97

73.砂糖菓子と生徒会長の話し合い

 春の始まりである白の月。その始まりとともに王立学園の高等部はミリュエル・バルニエの相手が、よりにもよって悪名高いフェルナン・ダルトワに決まったという噂に支配された。

 高等部の全学年が竜王国随一の美少女の不幸な将来について語り、同時にフェルナン・ダルトワが自分に逆らった女を船から投げ捨てたという逸話を語る。


 そもそも高等部の大半の男子生徒たちにとって、その話は噂としてささやく程度のものでしかない。

 なにせこの見合いの仲介をどこかの侯爵家がしているらしいのだ。そんな見合いを打ち壊して侯爵家を敵に回す愚か者も、それでも美少女を救いたいという気概のある男子もいない。

 竜王国の貴族社会において9つの侯爵家こそが頂点で、絶対に逆らえない存在だ。

 そしてその疑惑が事実であるかのように、高等部2年の侯爵家子息たちが嬉々としてこの見合い話を己の手柄として話している。そんな3人と青い髪の新入生を見てしまうと誰もが思うだろう。

 ミリュエル・バルニエは侯爵家子息たちと、彼らが守るこの国の至宝を怒らせ罰を受けたのだと。


 ただ噂をしている彼らはミリュエル・バルニエがいる2年Aクラスで何が起きているのか知らない。部外者として噂しか耳にしない者たちは、食堂で紅茶のカップを手に祝杯をあげるオリヴィエ・アンベールたちの様子を語り噂は事実だと広めるだけである。



 だが噂することしかできない高等部男子880人余りの中で唯一例外は、例外にふさわしく噂を知らず学園生活を送っていた。



 3年Sクラスで真面目に授業を受けながら、己の父がどこまで精霊石をばら撒けているかを考える。

 学内でなぜか甘い砂糖菓子と誤解されているあのお転婆留学生が、我が家へ行きたいと言い出した時は驚きもした。だがそれも彼女の外見に反して苛烈な性格と正義感を考慮すれば当然のことだ。


 弱者を救うために精霊石が必要で、けれど入手困難なそれを大量に所有している者がいるなら直談判でも平気でやる。我が国の至宝たる自覚があるのか無いのかわからない彼女は、いつもマイペースに唯我独尊を突き進むのだ。

 そしてそんな突飛な後輩を手伝うことは、ベルナール・ローランにとって当然のことでもあった。なにせ彼女はよほどのことがない限り判断を間違わないのだ。

 それにそろそろ2年が経つので、彼女の行動に驚かなくなってきたこともある。ローラン家に案内しろと言われた時は驚いたが。



「ベルナール・ローラン! わたくしあの愚かな馬の骨どもをくびり殺すわ!」



 白の月も後半になり暖かな日差しが差し込む頃、生徒会室に現れたリリは私情にまみれた怒りを吹き出していた。


「唐突に殺害予告をしないでくれ。どうしたんだ」

「高等部2年Sクラスの愚か者どもをくびり殺すと言っているのよ」

「なぜそうなった。彼らと何かあったのか?」


 リリの怒る理由がわからないベルナールは救いを求めるようにアニエスを見た。

 弟のマティアスはリリを落ち着かせようとしているが、アニエスにその様子はない。だとしたらリリのこの怒りは近衛騎士として正当なものと判断されたのだろう。


「何があった」

「ベルナール卿は、ミリュエル嬢の見合いについてご存知ですか?」

「ああ……いや、詳しくは何も。ブリジットは限界まで怒ると言葉がなくなるからな」

「それは意外ですね。ブリジット嬢は知性的な方ですが」


 ブリジットはベルナールにとっても賢く頼りになる妹だが、芯が強すぎるのが難点だ。そしてまったく同じことをマティアスがアニエスへ説明した。


「姉上は怒ると会話しなくなるというか、黙って相手の弱点を調べあげて潰そうとするんだよ。兄上が何も知らないのは、仕方ないことかもしれない」


 巻き込みたくないんだと思うよと語るマティアスは、リリをソファに座らせることにしたらしい。


 その様子を横目にしつつアニエスは生徒会長の執務机へ近づく。


「簡単に説明しますと、ミリュエル嬢の見合い相手が、この国の方々にとって悪評高い方のようです。そのため学園内で広く悲劇として噂されていると」

「貴族内に悪評の高い人間がいただろうか。俺は覚えがないが」

「いえ、海運業を営む平民とのことでした」


 その一言でベルナールの眉間にシワが寄った。


「2年Sクラスのふたりが仲介に入り、バルニエ伯爵へ見合い話を持ち込んだということか。そうでなければ平民が貴族と縁付くことはできない」

「察しが早くて助かります。そして今月に入ってからアドリエンヌ嬢がたが生徒会に来られないのは、その復讐のためらしいですよ」

「だが彼女たちは試験勉強のためだと言っていただろう? 俺はやっと男をたてることを辞めるのだと思っていた」

「ある意味でベルナール卿の推測は正しいかと思います。そしてオリヴィエ・アンベール殿が声高に言っていたらしい『男をたてるというのは怠惰の言い訳』という言葉が事実かどうか試される機会にもなるわけです」

「それはそれで良い傾向だと思うけどな。少なくともデュフール家の才女を女という理由でAクラスに置くのは無駄だと思っていた」

「その場合に、オリヴィエ・アンベール殿とシェルマン・ルヴランシュ殿はSクラスから落ちるでしょうか?」


 復讐とはそこだろうからと問いかけるアニエスに、ベルナールは少し眉を浮かせながらうなずいた。その上で執務机から離れると棚から資料を取り出し戻ってくる。

 アニエスのそばに立ったベルナールは資料を開かせて該当ページを見せた。それは前回の試験結果……つまり昨年度の学年末試験における学力試験の順位表だ。


「オリヴィエ・アンベール殿は16位ですね。声高に唱えていたわりに……いえ、600人の中で16位は高いのかな」

「君なら何人いようと首位を守りきれるだろう」

「ええまぁ、私はそうですね」


 そもそも学ぶべきことをすべて履修した上で騎士になっている。そんなアニエスは竜王国にいる限り誰かに負ける気はしていない。そして実際に中等部ではアニエスとリリが学力順位の1位と2位を独占してきた。


「しかしこの順位を覆せたら面白いですね。たった1か月で順位が変わるほど切迫しているということなので」

「その場合は、アナベルが勉強を教えればそうなるという確認でしかないだろうな。AクラスはSクラスより下というだけで劣等生というわけではない。有能な指揮官と教師がいれば最高の戦士になる」

「アドリエンヌ嬢もアナベル嬢もブリジット嬢も有能な方々ですからね。それに何より女神のようなミリュエル嬢の涙に勝る士気高揚理由もないでしょう。……となると、リリの復讐はその後になるね」


 語尾とともにアニエスはリリを見る。するとリリは不機嫌な顔ながらもうなずいて返した。リリの座るソファの前には焼き菓子の入った紙箱が置かれている。

 中等部食堂の印がつけられた紙箱なので、最初からリリの機嫌を直すため用意していたのだろう。


「お姉様がたが己の手でくびり殺すとおっしゃるなら譲りましょう。けれどそれは今回だけよ。最終的にはわたくしがやるわ」

「うーん、くびり殺されたらもうその次はないと思うよ」


 殺されてるんだから、と笑顔で言うアニエスに紙箱を開けるマティアスも確かにと笑う。

 その上でマティアスはアニエスが皿を用意するため動いたのを目にしつつ兄に事情説明を始めた。


 それは今月頭に高等部で広まった噂で、主人公はミリュエル・バルニエ。竜王国随一の美少女である彼女の相手が決まったというのが噂の主題だが、その相手が衝撃的だった。

 なにせ相手は海運業を営み竜王国一の富豪だと言われるフェルナン・ダルトワである。

 金があっても庶民は庶民。伯爵家の令嬢が嫁ぐ先としてはあり得ない。だと言うのに相手は気に入らない相手は愛人でも船から捨てる鬼畜のような人間だ。

 それを知らせる手紙が女子寮へ届いた時にミリュエルは号泣しながら、結婚当日の夜に船から飛び降りて死ぬとまで言った。彼女は野蛮で粗暴な男に純潔を捧げるより死を選んだのだ。そんな乙女の悲壮な決意に多くの女子生徒が涙を流したという。


 その話を聞いたベルナールはリリが怒る理由も、妹が説明しなかった理由も理解した。

 特に妹に関しては昔から本人が言っていたのだ。事情を説明することで追体験となり、怒りが強すぎてしまうから言えないと。

 妹のブリジットはそうして己の理性を保ちつつ、ケンカの相手を潰す算段をつけてきた。


「そういえばマティアスのぬいぐるみをオリヴィエが破損したことがあっただろう」


 ふと思い出したように言い出したベルナールをリリがまっすぐに見つめる。


「もしやその件に関する断罪の権利もわたくしに譲ると言いたいの?」

「そんなことを言うわけがない。だがあの時に壊されたぬいぐるみは、マティアスがミリュエル嬢から譲られたものだった」

「まぁ、そんなところにもミリュエルお姉様との関わりが?」

「たいした関わりじゃない。ブリジットの元へ遊びに来ていたミリュエル嬢が親友を連れてきた。それを3歳のマティアスが見つけて気に入ってしまっただけだ。そして5歳のミリュエル嬢はその親友をマティアスに譲った。当時のミリュエル嬢は末っ子だったからマティアスのことも弟のように可愛がってくれていた」

「ミリュエルお姉様のおおらかな優しさがわかるお話ね。でも当時の、と言うことは、いまのお姉様は下にご兄弟が?」

「ああ、長女と次女で何かを学んだバルニエ伯爵は高値で売れる娘をさらに3人作った」

「はい???」


 ベルナールの言い分が理解できないリリは怪訝な顔で首を傾げた。そんなリリのそばでアニエスがマティアスに皿を渡している。

 だがリリはもう焼き菓子どころではなくなっていた。


「売れるってなぁに?」

「言葉の通りだが、きっとこんな話はどの国にもある。娘が嫁ぐ時に払われる支度金や支援金などの金額は、その娘の価値に比例するからな」

「それはその娘の結婚支度金だわ!」

「その支度金をどう使うかは娘側の家が決めることだ。そしてバルニエ伯爵家はその支援金を借金返済に使いつつ、一部を賭博に流した。結果として『支援金では借金返済に足りなかった。こうなると次女を売るしかない』と広く周知させて、高い金額を提示した相手へ売りつけようとした」

「お待ちなさい、ベルナール・ローラン! ミリュエルお姉様はまだ学生なのよ」

「この話はミリュエル嬢が11歳の時のものだ。ただ当時はオーブリー侯爵が幼い子供の権利を主張してその話を止めてくださった。当時の借金はオーブリー侯爵が払っている」

「そう、オーブリー侯爵がまともでよかったわ」

「だが今回のフェルナン・ダルトワとの見合い話はオーブリー侯爵でも口出しできない案件だ。ミリュエル嬢は高等部にいる。婚約者を決めても問題ない年齢だ」

「でも金銭目的なのでしょう? 海運業を営んでいて竜王国一の富豪らしいから」

「だが勝ち目があるんだろう」


 そう言いつつベルナールは、生徒会室の隅に置かれたミニキッチンで湯を沸かしているアニエスを見た。


「君の騎士は、令嬢を守る近衛騎士として高等部でも有名だ。そんなアニエスがこの事態を放置するとは俺には思えない」

「アニエスが?」

「俺はそう思うが、君はそのように思えないか?」

「わたくしもそのように思いたいわ。けれどアニエスは最初にこの話を知った時点で言ったのよ。これに関与したら内政干渉だって」

「オリヴェタン侯爵家の虐待問題も内政干渉だったが君と協力して解決させたな」

「たしかにそうね? あら? ではアニエスは今回もわたくしに断罪する機会を用意しているのかしら」


 ベルナールへそそのかされるようにリリの期待が膨らみ、その素直な琥珀色の視線がアニエスへ向けられる。

 とたんにキッチンの前に立ち聞いていたアニエスが苦笑をこぼした。


「ベルナール卿は私を過大評価し過ぎてますよ。さすがに異国の政略結婚に口出しする権利はありません。その点はオーブリー侯爵閣下と同意見です」

「でもアニエス!」

「私にできるのは本国に速達を出すことだけですよ。知り合いの船を使えば本国まで10日で手紙が届きます」


 客船の中でも速い船を使うことで竜王国からガイアイリス大陸南にあるアルマート公国まで10日。そこから船を変えて、定期船で川をさかのぼり内陸部へ進むこと半日でグレイロード帝国王都へたどり着く。

 だというのにアニエスが言う方法ならすべて10日で片付くらしい。その方法が気になるベルナールはアニエスに質問を飛ばした。


「どうしたらそうなる? 内陸部へ向かう定期船は1日に1便しかないと聞いたことがある。どうしても無理だろう」

「実は父の友人に元海賊の方がおりまして」

「盗賊の次は海賊か。君の父君は物騒が過ぎるな」

「父に負けて父の手下になった時点で海賊を廃業した流れなので物騒ではないですよ。でも誰よりも速く海を走る技術はあるので私も頼らせてもらっています」

「そうか。君に危険がないなら問題ないな。それで、どんな手紙を出したんだ? 相手は宰相殿だろう」

「いつもの報告書ですよ。私の知るすべてを書きました。おそらく今頃は王都へ届いているでしょうが、そこから城に届いてどうなるかですね」

「そのあたりは君にも読めないか」

「そうですねぇ。ミリュエル嬢側からすれば、この危機を救う人物は宰相閣下が最善でしょう。ですが閣下は帝国で最もお忙しい方です」


 アニエスは持論を語りながらも慣れた様子で沸いた湯をポットに入れていた。

 アニエスは近衛騎士だが公爵家の令嬢でもある。そのためお茶の準備など侍女がやるようなことはやったこともないはずだ。だがそれを簡単にやってのけるのは近衛騎士だからだろうか。

 そんなことを考えながら眺めるベルナールの視界の中でアニエスは銀のトレイを運んできた。


「そもそもミリュエル嬢も、すぐに見合いだの婚約だのとはならないでしょう。彼女の苦しみは放置されますが、今日明日どうにかする必要はない。リリの気持ちは理解しますが、我々は動くべきではないと思いますよ」


 何事もなければアニエスは穏やかで優しい騎士だ。今も片膝を付き慣れた手付きでお茶を入れながら、リリを気遣う姿を見せる。

 そうしてお茶を入れてもらったリリも優雅な仕草でカップを手にして吐息をこぼした。


「アニエスはわたくしに馬の骨どもをくびり殺すなと言っているの?」

「いいや、セレン。今回は我々の役目ではないということだよ。ただそれは見合いの話だ」

「ミリュエルお姉様を苦しめる元凶は連中よ」

「先程のベルナール卿の話にもあっただろう。彼女の人生の足枷はバルニエ伯爵だよ。まずはそちらをどうにかしないと、今回を凌いでもまた新たな相手に売られてしまう」

「では先にそちらをくびり殺さねばならないのね」

「異国の貴族を躾ける役目をセレンにさせたくはないかな」

「オリヴェタン侯爵の時は許したじゃない」

「この国では頂点である侯爵を断罪できる立場の者がいなかったからね。それに……なんというかな、セレンがここで動くのは良くないよね」

「わたくしが動くことの何が悪いの?」

「オリヴィエ・アンベール殿とシェルマン・ルヴランシュ殿、そしてテオドール・ヴァセラン殿。彼らは魔女の妙薬を受けたのが理由か、件の新入生をセレンティーヌだと思い込んでいる。だとしたらここでセレンが動くことで彼らを動揺させるのは良くないよ。彼らがAクラス降格した時の言い訳を与えることになるから」


 ただ断罪をしたいリリよりもよほど追い詰めるようなことをアニエスが笑顔で言う。そのためリリはすんなりと納得した。


「確かにそうだわ。お姉様がたの復讐の邪魔になるなんてもってのほかだわ」

「理解が速くて助かるよ」


 お茶を飲むリリを尻目にカップとソーサーを手に立ち上がったアニエスは、そのままベルナールへティーセットを渡す。


「ベルナール卿も異論はありませんか?」

「異論はない。君が怒っていないようで安心した」

「ええまぁ、今回はそうですね」

「相手がリリではなくミリュエル嬢だからか?」


 以前のアニエスは、新入生がリリになりすましていることを怒っていた。その怒りは強く騎士の身でありながら異国の学生を始末するとまで言っていた。

 だが今回は怒った様子すらなく、いつもの計算高い優秀な騎士そのものだ。その点を問いかけたベルナールにアニエスは肩をすくめて笑った。


「グレイロード帝国は、リリの『お姉様がた』を卒業後に迎える予定を変えておりませんよ。ミリュエル嬢の親と言うだけの害虫が今ここでどうしようがそこは変わりません」

「そうか。どこの誰と縁談を結ぼうが、それを潰して奪い取ることも帝国ならできるな。だが他人を害虫扱いするのはどうだろうか」

「ああ、そうですよね。虫に失礼なのでゴミ野郎とでも」

「その呼び方も辞めよう。君の近衛騎士としての評判に関わってくる」

「なるほど? 学園のご令嬢たちには騎士の言葉遣いは刺激的すぎる可能性もありますかね」

「そうだな。竜王国の貴族令嬢には刺激が強い」


 言葉遣いは気をつけろとの指摘にアニエスは緩やかな笑顔と共にうなずいた。


「ここは1000年の平和を生きる国ですからね。外敵対応の邪魔という理由で速やかに排除される国内のゴミの扱いを知らないのは当然だと思います」

「アニエス・ディラン。君は本当に怒ってないのか?」


 あまりの言葉の悪さに問いかけたベルナールへ、アニエスは笑顔で首を横に振った。


「ただ加害者たちは、高等部と中等部で寮が違うことには感謝すべきだと思いますよ。もしミリュエル嬢の涙をこの目にしていたら報復に行ったかもしれませんが」

「そうか……。それはそうだな」


 泣いている現場を見ていたら状況は変わっていた。それは令嬢たちを守る近衛騎士と呼ばれるにふさわしいことかもしれない。

 そう考えつつベルナールはこの件は父に報告すべきことかと頭を巡らせた。





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