表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
中等部3年
73/95

71.竜王国随一の美少女と父親

 ミリュエル・バルニエは竜王国随一の美少女である。

 同年代の男子学生たちを魅了するその美貌もさることながら、明るく社交的な性格も老若男女問わず好まれていた。


 祝祭を終えて、さらに平和な冬も過ぎた白の月。1日に開かれる春祭りを親友たちと楽しんだミリュエル・バルニエの元へ見合いの話が舞い込んだ。

 もちろん通常の見合いであれば両者の意思で破談にもできる。だがミリュエル・バルニエにとっての見合いはそういうものではなかった。



 バルニエ伯爵家は、伯爵という国内では侯爵に次ぐ爵位を持ちながら金銭的に貧しい。かつて持っていた領地は大半が売られていて収入源もほぼ無い状態だった。だと言うのに伯爵自身が借金を繰り返すため屋敷を維持するのも難しくなってきている。

 いま現在は先祖が残した装飾品や家財を使って維持できているが、それもなくなれば次は王都の屋敷を売らねばならず、そうなるの爵位を返上する以外の道もないと周囲から言われていた。


 そんなバルニエ伯爵家には現在6人の子供がいる。バルニエ伯爵は夫人との間に24歳の長男、23歳の長女、そして16歳の次女を持つ。

 バルニエ伯爵は元々賭博好きで借金の大半はこの賭博と事業の失敗、そして投資詐欺被害のためだ。伯爵も当初はそれら借金を返すため領地を売りつつ懸命に働くことをしてきた。だが輝く美貌を持つ長女が王立学園へ留学に来ていた異国の貴公子に見初められ嫁いだ時にガラリと変わる。


 貴公子の父親はパレドリア帝国の大富豪だった。その上で長女が不安なく嫁げるようにと、バルニエ伯爵家が抱えていた借金をすべて返せるほどの大金を出してくれたのだ。

 だがその出来事により、バルニエ伯爵は己の娘が大金を生む卵であることを知る。

 そして長女の為に払われた金の一部を賭博で溶かした後に、借金を返すには長女の婚家による支援では足りなかったと偽り当時11歳の次女を売ろうとした。

 美貌では劣る長女であれだけの大金が稼げるなら、この国随一と言われる次女ならさらに大金が動くと考えてのことだ。

 だがそんなバルニエ伯爵の暴挙を止めたのは竜王国筆頭侯爵家であるオーブリー侯爵家当主だった。


 借金があるとはいえ幼い娘を物のように売ろうとは人道に劣る。恋愛関係となり、婚約期間を経た長女と今回の話はまったく違う。

 その言葉をバルニエ伯爵に向けたオーブリー侯爵は当時バルニエ伯爵家が抱えていた借金をすべて肩代わりしてくれた。


 だがそれもまたバルニエ伯爵にとっては成功体験でしかない。今回は次女が11歳と幼かったから止められたが、王立学園を卒業する頃にまた高値を付ける相手を探せばいい。

 そう考えたバルニエ伯爵は新たに若く美しいことで評判の女を屋敷に迎えた。その上でその女を愛人として3人の娘を産ませ、さらにいま現在も愛人の腹には赤子がいる状態だ。

 そうして娘たちを育てて好き者の金持ちに売れば大金を稼ぐことができる。


 そう考えるままバルニエ伯爵は日々博打や酒を楽しみ生きていた。長男は王城に就職したままここ数年は姿を見ていないが、そんなことはバルニエ伯爵には関係ない。将来的に長男は伯爵位を継ぐことになるが、それもまだ十数年は先の話だ。そしてその頃には愛人に産ませた3人の娘たちも高く売れている。

 そうして財産を残してやれば長男が愚かでも伯爵位を維持することはできるだろう。



 そんなバルニエ伯爵の元へルヴランシュ侯爵家の使いという人間が現れた。賭博場でカードゲームをしていた伯爵の隣に座った男は、周囲に見えない位置でハンカチを広げて刺繍されたルヴランシュ侯爵家の紋様を見せる。

 そうしてゲームを終えてテーブルから離れたバルニエ伯爵は、男と酒を飲むフリをしながら話を聞いた。

 男が教えてくれたのは、次女を求める人間がいるという話だった。しかも相手は竜王国随一の資産家で知られるダルトワ家だという。

 ダルトワは貴族ではないが、海運業で成功し多くの船を所有している。ダルトワ家の長男は34歳のフェルナン・ダルトワだが、港の数ほど愛人がいると言われても結婚したとは聞いていない。

 その時点でバルニエ伯爵も理解できた。フェルナン・ダルトワは愛人こそ多いが、正妻は貴族の娘をと決めていたのだろう。だがそんなことはバルニエ伯爵には関係ないことだ。

 竜王国随一の資産家が餌に食いついてくれた幸運と、その話を持ってきてくれたルヴランシュ侯爵家へ感謝を向ける。


 かくして見合いという名の顔合わせは、フェルナンが航海先から戻る4ヶ月後の王妃の月に。そして婚約発表は次女が夏季休暇となる炎の月に行うことに決められた。




 かくして白の月の頭に父からの手紙で見合いの話を知ったミリュエルは、高等部の女子寮に響き渡るほどの悲鳴を上げた。

 あげくその悲鳴を聞きつけ集まった女子生徒たちは、号泣するミリュエルのそばで手紙を見たアナベル・デュフールから原因を知らされる。


 フェルナン・ダルトワという30過ぎても未婚で、だというのに愛人ばかり多く囲っている理性より性欲が勝った獣のような男と結婚させられるという話を。

 しかも手紙の主である父親からは『王国随一の資産家から多額の援助金が入る。妹たちもまだ小さいのだから喜んで嫁げ。くれぐれも失態をするな』とあり得ない言葉まで書かれていた。その無慈悲で親とは思えない言葉に皆が絶句する。


 海運業と言えば聞こえは良いが粗暴な船乗りたちと共に様々な国を巡り、その地の女に手を出す下品な者たちだ。しかもフェルナン・ダルトワは美形とはほど遠い外見をしていて、どれほど資産があっても避けたい男の代表として令嬢たちに知られていた。

 なにせ彼は飽きた愛人やフェルナンに口答えをする愛人は、経由地に手ぶらで捨てていくとも言われているのだ。


「どう…どう、したら」


 その場で初めてフェルナン・ダルトワという人物を知ったリゼット・デュムーリエは、戸惑いのまま親友を見やる。

 するとベッドに伏せて泣くミリュエルの背中を撫でていたアドリエンヌが、珍しく眉間にしわ寄せていた。


「資産家であっても庶民から貴族へ見合いの申し込みはできない。つまりこの話は誰かが仲介して繋げた話ということになるわ」

「貴族が…ってこと、よね? そんな酷いことを誰が……」


 アドリエンヌの言葉にリゼットは恐怖に青白くなりつつ、そばで手紙をたたむアナベルを見上げた。


「こんな酷いことができる方なんて」

「いるわよ。ミリュエルの美貌を妬み、歪んだ嫉妬を向け続けていた輩が。ねぇ、ブリジット?」

「ええ、そうね。凡庸な顔なのに異様に高い自己愛を持った勘違い男シェルマン・ルヴランシュ。だけどいまはミリュエルのほうが先決よ。この話はもうルヴランシュ侯爵家ではなくバルニエ伯爵から娘のミリュエルへ向けられた話になってしまっているもの」


 犯人はわかっているが仕返ししている時ではない。そう告げたブリジットは私服姿のワンピースを着ているが背筋を正して立っていた。

 そうしてあのベルナール・ローランとよく似たハッキリした瞳を細めてアドリエンヌを見やる。


「アドリエンヌ、まずはフェルナン・ダルトワがどこにいるか調べましょう。手紙の通り海の上にいるのなら、その隙にダルトワ商会について調べて圧力をかけられる場所を把握するの」

「ええ、父に相談してみるわ。ね? だからミリュエルも絶望のあまり思い切ったことをしないようになさいね」


 ブリジットに返しつつも、アドリエンヌはミリュエルの背中を撫でて変なことはしないよう声をかけた。

 なにせアドリエンヌはミリュエルが真に誰を好いているのか知っているのだ。昨年の大地の月に行われた戦闘実習の中で、ミリュエルはアドリエンヌが見つめる先で恋に落ちていた。

 そして無茶を承知で、その相手に1年後に会う約束もしたと聞いている。

 楽しいことが大好きで少し刹那的な性格のミリュエルだが、恋愛に関しては頑ななほど避けていた。その理由が、ミリュエルが11歳の時に売られかけたことに関係することはわかる。彼女は自分が好いた相手と結ばれないことを知っていたのだ。

 だから本人もこれまでずっと年寄りの後妻や愛人は嫌だと言ってきた。だがきっと彼女も、まさかフェルナン・ダルトワに嫁がされるとは思ってもいなかっただろう。


「……わたし、初夜の前に船から飛んで死ぬわ」


 泣いていたミリュエルが鼻声で決意表明とばかりに言う。とたんに悲劇のヒロインの決意を見た女子生徒たちから悲嘆の声がこぼれた。

 物語の好きな彼女たちはミリュエルという国内随一の美少女をしばし物語のヒロインにしたがる。だがそれでも彼女たちが向ける物語は凛々しい殿方との恋物語や、美しい世界で人生を輝かせる美少女の物語だったはずだ。

 見た目だけでなく性格も良いミリュエルは多くの令嬢に好かれている。だからこそ誰もこんな悲しい結末は求めたりしなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ