69.記憶を持つ人間
腐女子思考注意です
「どうした? セシー、最近元気がないように見えるが」
「そうだぞ。なにかあったのか?」
竜の月も半ばに近づくと、徐々に季節が冬へ向かって進んでいく。落葉樹はその葉をすべて地面に落して寂しい姿となるが、地面はその葉で彩られている。
そんな中庭の東屋に侯爵令息3人が集まっていた。
ひとりは緑の髪と銀の瞳の美形令息オリヴィエ・アンベール。
もうひとりは短く刈られた銀髪と紫の瞳を持つ騎士科の美形テオドール・ヴァセラン。
そしてもうひとりは宗教画に描かれる御使いを彷彿とさせる明るいくせ毛の金髪を輝かせた美形のシェルマン・ルヴランシュ。
そんな麗しい3人の令息たちに囲まれ心配されているのはひとりの少女。高等部1年Aクラスに所属する水色の髪のセシーだった。
「それが……」
セシーは涙に潤んだ目で侯爵令息であるオリヴィエ・アンベールを見つめるが、すぐに悲しげな顔で視線を背ける。
「ごめんなさい。オリヴィエたちには言えないわ」
「なぜだ! ぼくが頼りないのか?」
「違うの! 違うけど…みんなには…」
事情を話せないと泣く少女の姿に令息たちは顔を見合わせる。そして一際大柄なテオドール・ヴァセランが何かを察したように眉を浮かせた。
「まさかセシー、誰かに嫌がらせを受けてるんじゃないのか?」
「そういえば先月から食堂で薬草を使った健康的な献立を研究していたよね。だけどなんらかの理由でそれができなくなったって」
「まさか誰かがセシーの邪魔をしていると言うのか? 学生たちの健康を思ってくれる優しいセシーの!」
テオドールだけでなくシェルマン・ルヴランシュも憶測を並べ立てれば、オリヴィエが義憤に立ち上がった。
「誰がそんな酷いことを」
「オリヴィエ、学園施設に圧力をかけられる人間なんて限られてるだろ。だから優しいセシーはおれたちに言えないんだよ」
憤然と顔をしかめるオリヴィエにテオドールは苦々しい顔で犯人は連中しかいないと言う。そしてその言葉に衝撃を受けたオリヴィエは今も泣いているセシーを見やった。
「アドリエンヌ……オーブリーが、なぜ」
「どうせ嫉妬してるんだよ。どんな理由か知らないけど王妃候補からはずされた傷物連中が、ぼくたち3人に心から愛されるセシーに嫉妬しない理由はない」
「だがセシーはこの国の至宝だぞ。まがりなりにも竜王国貴族の頂点である筆頭侯爵家の娘がそんなこと」
「そんな不敬をしでかす女だから王妃候補をはずされたんだろ。アドリエンヌもアナベルも…まぁいつも一緒にいるブリジットも同類だろ。それにあのミリュエル・バルニエも」
性格が悪いからセシーを相手に不敬を働けるのだ。そう断定したテオドールのそばで、シェルマンはハンカチをセシーに渡しながら鼻で笑った。
「竜王国随一の美人だが知らないけど、ぼくから言わせてもらえばしょせん伯爵令嬢だ。姉のような気品も知性もない、外見が良いだけでチヤホヤされて調子に乗っている浅はかな女だよ」
「だがそれでもあの女は侯爵たちの評判が良いだろう」
「オリヴィエ、それはあの女が侯爵たちに色目を使っているからだよ。あの女はぼくたちのような若い男より中年男が好きらしい。まぁそれもどこかの侯爵の愛人になるって思惑なんだろうけどね」
嘲笑を浮かべたシェルマンは欲深い女なんだよと言い捨てる。そしてそんな彼の言葉にもオリヴィエは素直に驚いた。
「ミリュエル・バルニエは愛人目的なのか」
「セシーの前でこんなことを言うのは気が咎めるけど、侯爵たちのような権力者を垂らしこんで股を開くアバズレなんだよ。そうじゃなければ伯爵の娘ごときがこの国で最も美しいなんて言われるわけがない。きっと卒業後は侯爵の誰かに囲われるつもりなんだろうけど…それは尺に触るよね」
「ん? ミリュエル・バルニエになにか仕掛けるつもりなのか?」
「セシーを泣かせる悪役どもに仕返しをしないわけにはいかないからね。まあ見ててよ、面白いことを思いついたから」
きっとセシーも少しくらいスッキリするよ。そう優しい表情で告げたシェルマンはセシーの涙で濡れた頬を指の背でぬぐった。
「主犯どもは華やかな場所で叩き落としてやるけど、そのそばにいる目障りな女も不幸にしてやらないとね」
報復はしっかりしなければ。そう微笑むシェルマンの顔にセシーはうっとりと頬を赤らめるフリをする。
そうしてやるべきことを決めたらしい令息3人と東屋で別れたセシーは、彼らの姿が見えなくなったところで大きなため息を吐き出した。
「ここにきて魔法が使えなくなるって、マジで意味わかんない。こないだまでは拡張パックレベルのことができてたじゃん。食堂で薬をバラまけば自動でベルナールの騎士科モブレシナリオに入れるはずだったのにもう絶対ムリだし…。っていうかベルナールは一体どこにいんのよ!」
ひとり東屋のテーブルを叩いたセシーは苛立ちに顔をしかめる。
だがその状態でしばらく頭を巡らせていたセシーはややあって立ち上がった。
「薬が使えなくなるってことは巫女ルートをやれってことかも。だとするなら闇竜を作ってイベントを起こさなきゃってことよね。めんどくさ」
巫女ルートなんてやってないから知らないのにとつぶやきながら走り出したセシーはそのままの勢いで渡り通路へ飛び込む。すると騎士科らしい男子学生とぶつかりかけた。
「モブの分際で邪魔なのよ!」
苛立ちのまま叫んだセシーは急ぎ教室へ向かうべく走っていく。
セシーがこの世界がゲームの中だと認識したのは8歳の頃だった。
美しい母と優しい父と可愛い弟ふたり。そんな5人で行商として世界中を巡る中でグレイロード帝国の王都へやってきた時のことだ。
その日のセシーは母とふたりで服を買うために王都を東西に横断する大通りを歩いていた。それまでのセシーは旅路の安全のため少年らしい服を着ている。
だが服が小さくなったこともあり、大陸有数の賑わいを見せる帝国王都でセシーの好きな服を買うことを決めていた。
そうして出かけた先で、セシーは通りかかった書店に並ぶ本のひとつを見つけて足を止める。母と手を繋いだまま、無学な庶民の子でまだ文字も読めないはずのセシーは、並ぶ文字を指でなぞり理解する。
そこにあった本のタイトルは『月夜の物語』。セシーはその物語を別タイトルだが知っていた。
そうして知っていると自覚した瞬間からセシーの中に何かがいた。むしろいままでも自分の中にいたソレを認識したとも言える。
それはセシーとして生まれる前の記憶。何年も愛したラピスラズリシリーズの舞台である帝国王都にいるという事実に歓喜するセシーはもうただの少女ではなかった。
「おかあさん! あたしオリヴェタン家の娘だわ!」
書店の前でそう叫んだ娘に母は驚愕したらしい。なにせ1度も教えたことのないその名を唐突に娘が口にしたのだ。
それ以降のセシーは学んでいないのに文字が読めて、簡単な計算なら難なくできるようになっていた。
そんなセシーは世界を旅しながら様々な本を読み解き使える魔法を増やしていく。そうして7年後にセシーは己が主人公となる舞台に立った。
セシーにとって一番好きなのはラピスラズリシリーズの一作目だ。なのでグレイロード帝国はセシーにとって聖地そのものだが、あそこでは自分は主人公になれない。
もちろん母はセシーが竜王国の王立学園へ入ることを反対した。なぜなら母はこの国で14歳の時にオリヴェタン侯爵令息を名乗る男に連れ去られ、結果としてセシーを妊娠している。
母はその時のことを語らなかったが、優しい父が教えてくれた。
竜王国王都に暮らす14歳の庶民の少女でしかなかった母は、オリヴェタン侯爵家の別宅に2か月ほど閉じ込められていた。そしてその間に何度も乱暴されたが、男の妻が出産したことで母は開放される。
夜中に港へ捨て置かれた母は、その時にはセシーを妊娠していたらしい。
父親は本当に酷い話だと顔をしかめて語る。だが他人が拉致監禁の孕ませされる話にセシーは内心で笑ってしまった。
父の言う酷い行為を平気で行える世界観なら、自分もその世界観で遊んでも良いのではと思えたのだ。
ゲームではできなかったが、現実世界ならマティアスを拉致監禁して孕ませ遊びもできそうだ。もちろんマティアスは男だから孕まないが、薬で頭を狂わせて孕んだと認識させることならできる。
その時にマティアスを孕ませる相手はやはりベルナールが良い。
首輪で拘束して薬漬けにしたマティアスが、己が孕んだと認識するまで何日かかるのかわからない。だとするならベルナールもいつまで理性を保ち続け、実の弟を穢すことを謝罪し自分が助けるなどと言い続けていられるだろうか。
その美しい顔が絶望と快楽に壊れてこぼす涙はきっとゲーム画面より耽美に決まっている。
そう夢見て学園へ入学したセシーなのに、3ヶ月経ってもベルナールと出会えていない。通常なら祝祭前の水の月には廊下で出会いイベントをこなしているはずだった。
廊下の角でベルナールとぶつかり転んだ主人公は、廊下を走っていたことを注意されるのだ。そしてそれを謝罪しながらも、主人公は自分が竜王国に来たばかりであることを告げる。すると異国の事を知りたいとベルナールから請われて話しているうちに親しくなっていくのだ。
さらに異国の話をした礼としてベルナールが王都の祝祭を案内してくれる。それこそが実質ベルナールルートの入り口だと、攻略サイトで見た記憶がある。
だが竜の月も半ば近くになっているのに、セシーはまだベルナールと出会えてすらいない。このままではベルナールの好感度が稼げないと、セシーは苛立ちながら走り続けた。
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渡り通路に飛び込んできた問題の人物から罵倒されたアルノーは走り去る背中を見送る。
「ひぇ……モブって言われちゃったよ」
怖いとつぶやいたアルノーはその場から彼女らが先程までいた東屋を見やる。彼はここ最近ずっと3人の令息と件の魔女を観察していた。
むしろ彼は獅子の月からずっとあの新入生の動向を見張り続けている。その上で新入生がベルナールと接触しないよう最大限の配慮もした。
もちろん『新入生』が善良で、学生生活を楽しむだけの人なら問題はない。だがアレは善良とは真逆の存在だ。
今のところ奇跡のような部外者の介入で『魔女』の思惑を打ち砕けているが、来年以降はわからない。それにもし順序を無視して無理やりベルナールに危害を加えようとするなら殺すしかないだろう。
そしてそれだけの技能をアルノーはこの人生の中で習得している。
「アル、こんなところにいたのか」
渡り通路に立っていたアルノーは大好きな相手に呼ばれて笑顔を輝かせた。
「ベルちゃん! おれのこと探してくれてたの!? 光栄過ぎて心臓止まったらどうしよ」
「この程度で止まらないでくれ。それより次の授業はおまえも選択だろう。実戦訓練か?」
「うん。そう。実戦訓練したいから」
今までも騎士科に選択授業はあったが、そこに実戦訓練というものはなかった。それが今回行われるのは中等部にいる現役近衛騎士を高等部の教師が口説き落としてくれたおかげだ。
そして帝国騎士から学ぶ機会をアルノーも楽しみにしていた。
「俺もその授業に参加する」
「マジですか。ベル姫、Sクラスの授業は?」
「数回出ない程度で成績を落とすことはないから問題ない」
「ベルちゃん格好いい! 好き!」
「……ああ、うん。そうか」
発言のイケメン度にテンションを上げたアルノーの失言に、ベルナールは驚きつつも拒絶しない。
その変化に驚いたアルノーは目を見開きベルナールを見つめる。すると居心地が悪くなったらしいベルナールはアルノーの腕をつかみ歩き出した。
そうしてふたり訓練施設へ向かいながら、アルノーは緩んだ笑みを漏らす。
「おれ、ベルちゃんを幸せにするために生まれた気がするよ」
「おまえは何を言っている」
「だっておれずっとベル姫最推しだし」
「おまえの言葉はたまにわからない。だがあの変な隊…」
「ベル姫応援し隊ね」
「それらの発想は他の人間にはできないと思っている。その時点でおまえは無能ではないからな」
「うん。うん? おれいま褒められてます?」
「褒めてない。事実を述べている」
「なるほど。ツンデレだ」
可愛いと褒めるアルノーにベルナールはわかりやすく顔をしかめた。そのためアルノーは可愛いは駄目だったかと謝罪しながらも笑ってしまう。
今のベルナールがわかりやすく感情を出しているのは、部外者の介入によるものだ。
そのためベルナール・ローランは、ゲームキャラの性格設定からあきらかに変わっている。もちろんゲームの『ベルナール・ローラン』もクールな孤高キャラとして人気が高かった。
だがキャラを愛するファンとして、孤高という孤独なキャラよりいまの彼のほうが幸せそうで嬉しくもなる。
そしてそんなベルナールの幸せを守るためならあの『魔女』など余裕で殺せるとも思うのだ。




