65.砂糖菓子と中等部の新入生
水の月も半ばに差し掛かる頃、中等部3年Sクラスに金髪の美少女がやってきた。
淡い金色の髪と青色の瞳を持つ美少女の名はエミリー・オリヴェタン。次期侯爵として中等部2年で真面目に勉強をしている優等生だ。
「イケメン騎士お姉さまー」
教室へ2歩ほど入ったエミリーは、可愛らしい所作で手を振りアニエスを呼びつける。だが呼んだ相手より先にリリがやってきたので、エミリーはこちらにも笑顔を向けた。
「こんにちは、砂糖菓子様。夏季休暇にオーブリー侯爵家でお泊り会したって聞いたよ」
「あら、耳が早いのね。」
「そりゃあ情報源を連れてきてるからね」
楽しげな笑顔のエミリーの元へアニエスもやってくる。そこでアニエスは教室の入り口に身を隠して覗き込んできている愛らしい少年を見つけた。
「これは驚いた」
淡い金色の髪と緑がかった大きな瞳を持つ小さく華奢な男子生徒。今年の新入生だろう愛らしい少年を前にしてアニエスは笑みをこぼした。
「エミリー嬢は愛らしいご友人をお持ちなんだね」
「うん、わかる。クリフトフはおとなしくて可愛いよね。これでもアドリエンヌさんの弟で、未来のオーブリー侯爵なんだよ」
「なるほど? それは私が心を奪ってはいけない相手だね」
「むしろそう簡単に奪えると思っちゃダメだわ。クリフトフは姉上大好きっ子で、今回も手紙を届けてほしくてここに来てるから」
アニエスのおかしな発言に笑いながら返したエミリーは、今も入り口に隠れている下級生を手招きする。
すると中等部1年のクリフトフ・オーブリーは恥ずかしげな様子で入り口の脇から出てきて姿を見せてくれた。
貴族の子息らしい脆弱で薄い身体を新品の制服で包み込んだ少年はリリに向けて頭を下げる。
「夏季休暇中は弟が無礼なことをしてごめんなさい。あれから弟は父に新たな家庭教師をつけられて一生懸命に学んでいます」
「そう。それは良かったわ。侯爵家を名乗る者が躾のされていない駄犬だなんて、オーブリー侯爵家の恥でしかないものね」
「その通りだと思います」
「でも、あなたも作法はできているようなのに、あの駄犬が駄犬のまま放置されたのはどうしてかしら?」
「それは少し……なんというか、世代が違うような感じなので」
クリフトフは説明がしたくても言語化ができないようで悩んだ様子で上目にエミリーを見る。だがそこへマティアスやオレリアも来たからか、安堵と喜びの顔でふたりを見上げた。
「こんにちは。マティアスさん、オレリアさん」
「ついさっきまで眉間にしわ寄せてたクリフトフが、わたしたちを見て嬉しそうにする。これはリリに何かされたからだと邪推する流れね」
「ちがいます! こちらの…えっと、姉上の愛しい砂糖菓子さまは、夏季休暇に我が家へお泊りにきてくださったのです。でもそこでオーギュストが不作法をしてしかられて、おおさわぎしたので……えっと、オーギュストだけ不作法な理由はなにかと」
「あー、なるほどね。それは仕方ないわよ。年齢層が違うから」
クリフトフの説明を聞いたオレリアは平然とした態度で、仕方ないと言い出した。
だが仕方ないで片付ける意味がわからないリリはそんなオレリアに首を傾げる。
「あなた、侯爵家が躾のされていない駄犬を放置することを仕方ないで放置できるの? しかも年齢だの世代だのという理解に難しい理由で」
「基本的にわたしたちは家庭教師に学んで、その学んだことの実践をお茶会でやるのよ。そのお茶会に関しては、リリも今までも何度も聞いてるわよね。ほら、ベルナールさんがオリヴィエを殴ったとかなんとか」
「ええ、アナベルお姉様の長兄の方からベルナール・ローランが知的な話をしてもらったということも聞いたわ。でも年齢一桁の駄犬にもそういう機会はあるのではないの?」
「それがないのよ。と、いうか、そもそもそのお茶会そのものを企画してくださったのは侯爵家の中で最年長だったユルリーシュ・デュフール様なのよ。あの方が年下のわたしたちに交流の場を与えることで、早い年齢から社会というものを学ぶ機会をくださったの。でもユルリーシュ様は成人されて、今は王城で務めているそうなの」
「その下の者が同じことをしようとはしなかった、ということね」
「年齢的にユルリーシュ様のすぐ下はアンベール家のカリーヌ様だけど、令嬢が企画できるお茶会は俗に言う淑女の集まりだけだから無理なのよね。で、その下はうちの兄たちになるんだけど、兄たちはシオン兄様の身体を治す手段を探して様々な国を巡っていたの。だからさらに下ってなるんだけど……そこまでなるとベルナールさんのひとつ上になるのよ」
「昨年は高等部3年生だった方々ね」
「そう。つまり先日生徒会室に行った時に、わたしたちが選別作業をした不正申請や横領の犯人ってこと。悪質なのは生徒会役員になれない多忙な騎士科Sクラスのダニエル様を勝手に役員にして不正申請書類の名前に使っていたことだけど」
「騎士科Sクラスは騎竜との関係構築が優先されるから、生徒会役員になれないそうね?」
「関係構築をしっかりしないと、騎士が空中で放り出されて死ぬからね。そして既にダニエル様は蒼の部隊所属の騎士だから侯爵家の話し合いにだって参加できないし、不正申請に関する反論の場も持てないのよ。だけどそんなダニエル様の名前を利用した筆跡の主が侯爵家にいない……つまり、フランク・デュフール様もエメーリエ様も犯人じゃなかったからまたややこしいんだけど」
オレリアのその話にアニエスが驚いたように眉を浮かせた。
「侯爵家の人間以外が生徒会役員として存在したということかな? それとも役員以外の人間が生徒会室に出入りして書類を作成できた?」
「うーん、どちらかと言えば後者かな。フランク様は友人に手伝って貰っていた、と言っていたそうだから。フランク様の言い分としては、侯爵家に属するというだけでたった2人の学生に生徒会を押し付けられても無理があるのだそうよ。まぁそれを言うなら昨年の内にルールを変えてくれれば、ベルナールさんが単独で背負うなんてことにならなかったんだけど」
「確かに、先日のベルナール卿は少し途方に暮れていたね」
「でも今年度はアニエスが手伝いに行ってるわけじゃない? これがうまくいけば来年は広く人員確保ができて良いと思うのよ。少なくとも将来的にエミリーやクリフトフに負担がのしかかる事は防げるわ」
自分たちは同学年に侯爵家の子息たちがいるから良いが、下級生たちはともに学年にひとりしかいない。その状況で今の制度を放置しては生徒会が成り立たなくなる。
そう危惧したオレリアにアニエスは笑顔で同意した。
「中等部にいるただの留学生にも務まるなら、他の誰もが生徒会役員になれるわけだからね」
「うーん、アニエスが中等部にいるただの留学生ってのは誤解しかないけどね」
「中等部最強のイケメン騎士お姉様なのにね」
「ほんとよね。それがただの留学生だなんて、女子全員が否定するわ」
謙遜が過ぎるわとオレリアだけでなくエミリーまで言い始める。そんなふたりの裏でクリフトフがこっそりとマティアスに近づき飛びつくように抱きしめた。
それと同類の行動を夏季休暇中に目撃しているリリは、真顔でマティアスとクリフトフを見つめる。だがマティアスは視線に気づくこともなく、男子寮のどの位置にクリフトフの部屋があるのか問いかけていた。
そこから見るにクリフトフにとってマティアスは肉親に近い立ち位置なのだろう。
「クリフトフは侯爵家のお茶会とやらに参加していたのね?」
親しげに語るマティアスとクリフトフへ、リリは素朴な疑問を向ける。とたんにマティアスは6年前まではお茶会をやっていたからと答えてくれた。
「ユルリーシュ様が高等部を卒業されるまでだから、僕は8歳でクリフトフは6歳だったよ」
「6歳の時に1度でも参加すれば、年上の方と面識を得られる。そしてその後は個人的に繋がることもできるから社会経験も続いていくのね」
「そういうことを抜きにしてもクリフトフは賢くて良い子だよ。あと、僕は末っ子だから弟みたいで可愛い」
照れたように笑いながらそう語るマティアスにリリもつい表情を緩めてしまう。
「そうね。いつも一緒に過ごしていた相手と兄弟のような絆を築くこともある。それにそんな相手が海を超えて助けてくれることもあるのだから、繋がりは大切よね。ええ、わたくしもどこかの週末でオーブリー侯爵家へ行って駄犬の調教を手伝ってあげるわ」
「ええっ」
にこやかに善意を口にしたリリの目の前で、戸惑いの声をあげたのは意外にもクリフトフだった。
あげくクリフトフは慌てた様子でリリの手を握る。
「ぼくもご一緒していいですか!」
「あら? あなたも調教されたいの?」
「だって砂糖菓子さまは、姉上に愛される存在です! ぼくもあなたみたいになりたいので」
「待って待ってそれはちょっと」
「そうよ、クリフトフ。見習う相手を間違えちゃ駄目よ」
クリフトフの一生懸命な訴えを、マティアスとオレリアが止めに入った。そのためクリフトフは驚いた様子で年上ふたりを見上げる。
「砂糖菓子さまのようになるのは、ぼくにはむつかしいですか?」
「うん、リリのようになるのは少し難しい」
「そうそう。クリフトフには難しいわ。この唯我独尊な感じとか絶対無理だから。むしろ無礼だから」
マティアスはやんわりと止めようとしているが、オレリアのそれはもはや文句に近い。
そんなふたりの言い分にリリが返そうとしたところで、アニエスがリリの腕をつかみ抱きしめてきた。
そうしてリリを拘束し黙らせたアニエスは、改めてエミリーとクリフトフにここへ来た理由を問いかける。
するとふたりはそれぞれ制服の内ポケットから白い封書を取り出してアニエスに差し出してきた。
「アニエス、生徒会のアレコレで高等部に行くでしょ? これを姉に渡してほしいの。恋文だよって姉を口説く騎士みたいな雰囲気で言ってあげて」
「ぼくもお願いします。エミリーさんが、先輩にお願いしたら姉上に渡してくださると教えてくれたので」
「承知しました。アドリエンヌ嬢にも恋文だと告げれば良いですか?」
ふたりから封書を受け取ったアニエスが優しい笑顔で問い返す。とたんにクリフトフは真っ赤な顔で引き下がりマティアスの裏に隠れた。
「姉上には婚約者がいるのでやっちゃだめです! でもこれからはぼくもラピスラズリみたいにされたいです!」
「なるほど、了解しました」
そこまでエミリーから聞いていたのだなと緩やかに笑いながら、アニエスは小さな紳士の奇妙な望みを聞き入れることにした。もちろん相手は3歳も年下の子供なので最大限に手加減しようと心に決める。




