64.高等部の生徒会役員
新学期である獅子の月を過ぎて水の月に移ると季節はゆっくりと移り変わり、庭園などに行けば秋の深まりを感じることができる。
昨年のこの時期はちょうどアニエスがクレール・オリヴェタンから恋の色を聞き出していた時期だった。そしてアニエスの想定通りに私憤を募らせたアラン・マイヤールとの決闘に持ち込めている。
そしてそれら出来事は、淑女たちを虐待から救うための決闘騒ぎとして今も学生たちの中で語られているらしい。もちろん中等部の学生という年頃の子供が何も考えず、軽やかなその口で異国の騎士を好意的に語ることなどアニエスにとってどうでも良いことだ。
アニエスは近衛騎士なので、異国の人々から好意を抱かれることも職務のひとつとなっている。
もちろんその異国で高い評価を得ているベルナール・ローランから信用を得ることも何ら問題はないし、夏季休暇中に帰国した際にもそのように報告した。
アニエスの役目の中には、ベルナール・ローランへ帝国騎士というものを好意的に見せるというものもある。ただそこは騎士としての職務ではなく、幼馴染みから熱烈に頼まれただけだが。
それでも役目は役目と、アニエスはできる限りの事をしてきたつもりだ。
だが優秀だが愛想の無い冷静な人物との報告にはなかったベルナール・ローランの鈍感さや気を抜いた時に見せる感情がアニエスを困らせた。
アニエスは可愛いものが大好きだからだ。だから可愛い性格のマティアスをラピスラズリ扱いすることも、最高に可愛い幼馴染みのリリを甘やかすことも余裕でできる。
そして最近はその甘やかしたい対象にベルナール・ローランも含まれ始めていた。
「帝国騎士団の中には7つの団があります。この団の頂点にいるのは団長で、近衛騎士団で言うなら近衛騎士団長となります。この団長という肩書には強い権力がありますので重要書類には団長の名が記されます。それはこの生徒会という場も同じだと認識していますが、間違っていますか?」
高等部内の第三校舎にある生徒会室で、アニエスは学園へ提出するための人事書類を前に話をしていた。
そんなアニエスの視線の先に、現在は唯一の生徒会役員であるベルナールがいる。
ひとり用のソファに座る彼の隣には、先日高等部で知り合った騎士科のアルノー・グランデが立っているが、こちらは「近衛騎士団長様が上司とか怖そうだなぁ」と楽しげにつぶやいている。
そしてこの生徒会室内にはアドリエンヌ・オーブリーとアナベル・デュフールもいた。淑女ふたりはアニエスの向かい側に座り、生徒会が行う仕事の一覧を見ている。
「おおよそであっている。そして昨年の生徒会が作成した書類は複数の筆跡で生徒会長の名が記されていた。そのやり方でも学園が何も言わないというなら、そういうことなのだろう」
生徒会は生徒の代表として学園側へ意見する権限を持つ。だが学園側からすればしょせんは子供による自治ごっこでしかない。だから筆跡がおかしくても黙認するし、学園の金を横領しようと9つの侯爵家内で片付けるならと問題にもしない。
真面目なベルナールはその実態を苦々しく思っているのだろうが、アニエスは逆に都合が良いと思っていた。
「学園側が生徒会という組織を侮り、その行動をおおよそ黙認すると言うならこちらもそれを利用すれば良いだけです。そして生徒会規範には高等部にいる侯爵家の者だけが役員になると書かれていない。であれば、今ここでアルノー・グランデ殿を役員にもできますね」
「ふぇ! それはおかしいくないかい!」
「なぜです?」
指名されたことに驚いたらしいアルノーが前回も見せた奇妙な声をあげる。彼は動揺すると変な声を発するらしい。ただそんなにも簡単に動揺するようで騎士として務まるのか心配ではある。
「だっておれただの伯爵家の3男だよ! しかもここにいるのだって前に砂糖菓子ちゃんに見つかって道案内したからで、その繋がりで君と知り合ったから今回も道案内を頼まれただけで」
「確かに私は貴殿に案内を頼みましたが、1度歩いたルートを覚えられない近衛騎士はおりません。来年には騎士になるという貴殿はその部分を知っていても良かったですね」
「やだ怖い。ニコニコ笑顔で案内を頼んだのはおれをここに連れ込むための罠なんだよ告白怖い。そしてこの流れだと断れない気がしてて怖い」
「そうですね。生徒会副会長にアドリエンヌ嬢を、書紀にアナベル嬢をと決めているのですが。その場合に令嬢ふたりと子息ひとりを密室にいさせることになり、この国では瑕疵扱いされる状況を作ることになります。しかし貴殿は騎士科所属で、さらに侯爵家とは無関係の方です。しかも貴殿はベルナール卿を相手に失恋済みだと周知されているようなので、問題なく第三者と認知されますね」
「あー……確かに。伯爵家の3男なおれが筆頭侯爵家のご令嬢になんとかするなんてありえないし、それで死にたくもないし。なによりベル姫応援し隊の隊員としてベル姫を悪評から守ることは全力でやりたいし、やると思われてる。ご令嬢と密室にいても何かあったと邪推される人間じゃあないよね」
「なるほど? その隊は私が参加しても?」
「だめだめ。砂糖菓子ちゃんが言う変態が集まってるとこだから、君の風評被害がすごくなっちゃう」
変態と言われても仕方ないような集まりだからとアルノーに言われたアニエスは仕方ないと笑顔で諦めた。
その上でアニエスはベルナールを見やる。
「騎士見習いであれば経営学も履修済みもでしょう。アルノー・グランデ殿を会計におけば、ベルナール卿の負担も格段に減りますね」
「そうだな。しかし高等部にこだわらないのなら、君がここにいることも許される気がしてくる」
「ん? 私がこの生徒会に、ですか?」
「令嬢ふたりの風評被害を守る最も強い盾は君だろう。それに君がここにいると、君を題材にしたいブリジットが釣れる」
「ベルナール卿に釣りの才能まであったとは驚きました。そして私を餌にしないとブリジット嬢が釣れない事実にも驚きです。妹君だからあえてここに招かなかったのだと思いましたが」
アニエスが問いかけを向けた脇でアナベルが肩を震わせて笑った。そのため目を向けた先でアドリエンヌが笑いをこらえたような顔で謝罪する。
「ベルナールさんが教室へ来られたら時に、ブリジットは断ってしまったのよ。ベルナールさんの頼みを断れるのは妹の強みでしょうけど…その理由が、新作の題材を探しているからという不真面目なものだったから」
「ベルナール卿単独では題材にならないんですか」
「ええ、もう40作は書いているから、書き尽くしたのではないかしら」
「ベルナール卿を題材にして書き尽くすものなんですね。この国の海のように日々違う魅力を見せてくれる可愛いの権化を前にして」
「アニエス君、あなたアルノーさんの影響を受けてるわよ」
「いいえ、大丈夫です。私は彼と知り合う前からベルナール卿を可愛い生き物だと思っています。むしろ私は育ちが良くないので、父以外は可愛い生き物に見えてしまうんです」
「あらまぁ…」
アニエスの告白にアドリエンヌはなぜか同情の目でベルナールを見やった。
「我が国の侯爵家で最も優秀なベルナールさんが可愛く見えてしまうのは仕方ないわね」
「そうなると、アニエス君ではなくお父様を餌にブリジットを釣るのが正解になりそうね。ベルナールさんがアニエス君と個人的に親しくなるには、帝国近衛騎士団長様をなんとかしなければならないのだもの」
「ん? 私は既にベルナール卿と親しいですよ?」
アナベルから不意に出された提案にアニエスは目を瞬かせる。そうして視線を移せばベルナールも怪訝な顔を見せていた。
「個人的に親しくなる、とはどういう意味だ?」
「今のベルナールさんは可愛いの権化だと思われておられる。つまり帝国騎士であるアニエス君から保護対象に見られている、ということです。そこから肩を並べる位置に昇格するにはアニエス君の父君である近衛騎士団長様に近づかねばなりませんよね」
「ああ……そうか、そうだな。保護対象だったことも驚いたが、評価基準が近衛騎士団長殿なら仕方ないな」
おそらくベルナールは己がアニエスから可愛いと思われていたことにも驚いていたのだろう。だが社交性の低いベルナールは会話の流れに乗ることも苦手だ。
そのことを昔からよく知るアナベルは、ベルナールの疑念を晴らすためにも話の流れを変えていた。
そうして帝国の近衛騎士団長並のものをアニエスが求めていると知ったベルナールは難しい顔で考え込む。
するとそんなベルナールの隣でアルノーが恐る恐ると挙手した。
「この流れで言うのもなんだけど、アニエス君は帝国近衛騎士団長のご子息だったんだね」
「はい、そうですね。私の名前はアニエス・ディランで、ディラン公爵家の長子です。もしアルノー・グランデ殿が帝国騎士団へ進むことを望まれるならいつでもおっしゃってください。帝国騎士団はいつでも有能な方を求めておりますので」
「おれそんな有能じゃないよう!」
「ですが、ベルナール卿はこのままなら帝国騎士団へ入ることになりますよ。2年前の時点で陛下直々の推薦状も渡されておりますし、昨年は宰相閣下がこちらに来られましたからね」
「えっ、えっ待って。いつの間にかベル姫の外堀が埋められてるじゃないか。なぜそんなことに」
「ベルナール卿が優秀だからです。弟君であるマティアス君もそうですが、ここまでの魔力量を持つ方は帝国でも稀です。それになによりベルナール卿は魔力操作を教えてからの習得速度が恐ろしく早い。たった3ヶ月で浮遊魔法を扱えるようになる逸材を帝国は諦めませんよ」
「その浮遊魔法ってなかなか難しいんだね?」
「風の上位魔法ですからね。空を飛ぶものとは難易度が違います。そして私がそれを帝国へ報告したから、宰相閣下も、戦闘実習の時にベルナール卿を見に来たのだと思っています」
「あー、なるほど。あの時、杖をついてた方がいたね。ベル姫はあの方の案内役として砂糖菓子ちゃんから呼ばれたんだな程度に思ってたよ」
自分たちとしてはベルナールが危険な場所に行かなければ良いと思っていたから、それ以上は深く考えなかった。そう笑うアルノーだが、同時に大変だとつぶやいた。
「でも、何の才能もないおれじゃあ帝国までベル姫を追いかけられないからなぁ」
「帝国騎士団は、特別な才能を持つ者だけが存在するわけではないですよ。しかし帝国であればベルナール卿を姫扱いしても変態扱いはされません。我が国では『月夜の物語』のような世界が普通に広がってますからね」
「ひぇ、それ逆にベル姫が危険しかなくない?」
「そうですね。なのでアルノー・グランデ殿には、ベルナール卿を応援し隊の方々への拡散をお願いします。ちなみに帝国最初の親衛隊は、リリの父親を慕う有志によって作られました。なのでベルナール卿を慕う皆さんの団体も帝国騎士団内では普通に認められます」
「帝国騎士団ってノリが面白いんだね」
「竜王国騎士団ほど厳格な空気はありませんからね。騎士団の規模が大きいのもあるでしょうが、王城内を軽やかなステップで歩く騎士も見られますよ。夏の季節には井戸の水をぶっかけ祭を行う方々もおります。結局、ビタン王国時代に多くの騎士がを亡くしているので、今の帝国騎士たちが楽しげにしているのは平和の証だと黙認されるんですよ。そんな楽しいところなので皆さんでどうぞいらしてください」
「勧誘が上手なのさすが近衛って感じするけど、ちょっとそこは親に確認してみるよ。伯爵家でも3男だから反対はされないだろうけど、遠いから」
「はい。親御さんが心配される気持ちも理解できますので、その辺りはよくよく話し合ってください」
笑顔でアルノーを勧誘したアニエスは話がまとまったところで立ち上がった。
「そろそろ昼休憩も終わりますので、私はひとまず中等部に戻りますね」
「アニエス、君が生徒会に所属するかどうか答えを聞いてない」
ソファに座ったままのベルナールは、アニエスを見上げて問いかける。いつもはない少し上目遣いな空色の視線を受けたアニエスは、一瞬の間を空けて緩やかに微笑んだ。
「あなたに望まれる光栄をそのまま手にしたい気持ちはあります。そしてあなたのそばであなたの笑顔を守る役目も他に譲りたくはない。ですが」
「生徒会に参加する程度で内政干渉にはならない」
「こちらに通うとなると、私の幼馴染みになりすます者と遭遇する機会もあるでしょう。その場合、私はその者を始末しますよ」
いつも穏やかだった騎士による明確な加害の告白にベルナールは驚き目を見開いた。
「君は怒っているのか?」
「彼女は我が国において王位継承権4位を持つ公女です。その存在を騙り、異性に奔放な令嬢という印象を周囲にばらまいている。王族に害を及ぼす者へ下されるのは死刑だけです」
「だが件の人物はセレンティーヌを名乗っていない。周囲が誤解しているだけだ。そしてこの国でも同様の法律があるのだから中等部の留学生である君が手を下す必要はない」
「ですが」
「君のそれに私憤は含まれていないのか」
ベルナールのその指摘にアニエスの笑顔が崩れた。アドリエンヌやアナベルが今まで見たことがなかった近衛騎士のしかめられた顔は、15歳という幼さが残って見える。
「セレンは私の大切な幼馴染みです」
「君の気持ちはわかっている。君がどれほどリリを大切にしているのか、俺たちは昨年ずっと見てきたからな。だからこそ君にはここに来てほしい」
「生徒会に入ることで、あの輩を消す機会以外の何かが得られるんですね?」
「君は帝国の宰相閣下へ報告できる立場にある。君が言う輩を冷静に観察して宰相閣下へ報告してもらえると助かる」
「竜王国の法で裁きたいベルナール卿が、宰相閣下に何を報告しろと言うんですか」
「俺たちは砂糖菓子を知っている。そしてアルノーも、その輩と砂糖菓子では外見や言動から見られる魅力が段違いだと言う。にも関わらず複数の男子学生がその輩に魅了され、中には進路変更を申し出る者もいる。あきらかに異常だろう」
「リリに遠く及ばない醜女だろうと、軽率に捌け口として相手になるなら愚か者どもも好意を抱くでしょう」
「私情を含んだ君は言葉が悪すぎるな。だがそうじゃない。俺は魔女の妙薬を疑っている」
「それは危険ですね。殺しましょう」
「君はリリじゃない。能力を持った君が軽々しく殺すなんて言うな」
発言の危険度が違いすぎるとベルナールに注意されたアニエスは愁眉を潜めたまま舌打ちした。いつも温厚な近衛騎士のその反応にすらアドリエンヌは驚くが、ベルナールはなぜか笑った。
そしてそんなベルナールの反応すらもアニエスは眉間のシワを増やす。
「笑うところではないです」
「素の君が面白いから仕方ない。だがもしアレが魔女なら君の目が必要だ。今の私情に染まった君ではなく帝国の近衛騎士である君の目だ」
「ステーキ2枚に増えますよ」
「いくらでも食べさせてやる」
「とはいえあの輩はまだ高等部1年ですが、ベルナール卿は今年卒業されますね」
「その場合はマティアスに代役を頼むしかないが、今後も君が望む限り尽くすと約束する」
1年で調査が終わらない可能性がある。そう指摘したところ期間の制限なく望みに答えると返してくれた。
とたんに横手でアドリエンヌが真っ赤な顔で目を見開いているが、アニエスはその変化に気づくことなく顎に手を当てそれならと思案する。
「それなら殺意を隠して観察することはします。王都には魚介含め様々な美味しいものがあると聞きますから」
「では交渉成立だな」
話がまとまったことで安堵の顔を見せたベルナールは立ち上がると手を差し伸べ握手を求める。それはグレイロード帝国の挨拶様式だが、竜王国ではやらない。
そしてアニエスは差し出された手を自然な流れで受け止め握手を交わした。




