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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
中等部3年
65/80

63.王立学園高等部騎士科のアルノー君

 高等部は1学年600人と、中等部の倍近い生徒が在籍している。高等部で人数が激増するのは地方の貴族や、学費を6年分払うのがつらい下位貴族が高等部からの入学を望むからだ。もちろんその場合は家庭学習などで年齢相当の学力の維持は求められる。

 さらに留学生の人数も増え、爵位を持たない富裕層の入学も認められている。


 かくして中等部と比べればにぎやかな高等部だが、その年はさらに騒がれていた。その中心にいるのはいつも同じ女子生徒だ。

 セシーと名乗る少女は愛らしい顔立ちの少女で、その愛らしさは高等部随一ではとささやかれていた。しかもそんな美少女が淡い青色の髪と瞳という何より尊い色彩を持っていたならなおのことだ。


 そのためどこで生まれたのか個人的なことは語りたがらない彼女のその気持ちすらも勝手に周囲が察していく。彼女がその素性を明るみにしてしまうと普通の学生として過ごせないのだろうと。


 だがそれとなく帝国の話などを向けると少女は嬉しそうに語ってくれる。その上で人生に1度は帝国に行ってみるべきよと嬉しそうに勧めてもらえるのだ。そうなればもう彼女が、かつて帝国に行った尊い方の娘であることを疑う理由もなくなる。


 かくして入学して1ヶ月が経っても話題と視線の主となっていた少女は、その日も忙しそうに学内を歩き回っていた。

 朝は高等部の寮と校舎を繋ぐ道で景色を眺めるように立ち止まり。昼は生徒会室や特別教室がある第三校舎の廊下を歩き回り、図書室にいる姿もよく見かけられる。

 そして授業後には誰かを待つように庭園のベンチに座っていた。

 すると高等部2年のオリヴィエ・アンベールとシェルマン・ルヴランシュがやってくる。

 ふたりの侯爵家子息は少女を挟むように両脇に座り楽しげに談笑を始めた。そのため眺めていた男子学生たちは悔しげに視線をそむける。

 どれほど少女を想っていても、侯爵家を相手にする無謀にはなれないのだ。



 そんな学生たちを眺めながら渡り通路を歩いていた騎士科3年生のアルノー・グランデは、呆れながらも視線を前へ戻す。

 するとはるか前方にいるはずのない可憐な琥珀色を見つけた。その瞬間、半ば反射的に柱の裏へ隠れたアルノーだが、その琥珀色はなぜか連れのそばを離れて彼のほうへやってくる。


「あなた、昨年の戦闘実習で見たことがあるわね。ベルナール・ローランがどこにいるかご存知?」

「砂糖菓子ちゃんがおれのこと記憶してるなんて!」

「わたくしの記憶力を舐めてもらっては困るわ。あなたベルナール・ローランが髪を伸ばしたら口説けるだなんて狂ったことを言っていた変態じゃない。その衝撃的な言葉は忘れないわ」

「忘れて! それは忘れてください!」

「それでベルナール・ローランはどこにいるの?」

「案内するからあの事は忘れてください」

「ええ、努力するわ。でもベルナール・ローランを不届きな想いで襲う時は気をつけなさいね。ベルナール・ローランは強いから」

「的確なアドバイスありがとう! ベルナールはこっちだよ!」


 戦闘実習の時に仲間と語り合った冗談を真に受けられたあげく、数カ月も経ってから真顔で砂糖菓子から指摘される。そんな地獄を味わったアルノーは慌てて歩き出した。



 高等部の学生の中で中等部から上がった学生は半数しかいない。そのためその半数は、中等部3年生になった砂糖菓子を知らない。そんな学生たちでも、砂糖菓子をその目にして心を捕らわれない者はいないだろう。

 中等部の制服を着た小柄な少女が、中等部男子の手でエスコートされて緩やかに歩く。その所作や立ち振る舞いは砂糖菓子を知らない人間でもわかるほど品がある。

 それはもう高等部で噂の中心とされる少女を一瞬でも忘れるほどの魅力に満ちていた。


 そんな砂糖菓子は制服に騎士科の紋章をつけた学生の案内で人気のない第三校舎へやってくる。


「こんな人気のないところでベルナール・ローランは何をしているの?」

「この奥に生徒会室があるんだよ。今年の3年は侯爵家の人間がベルナールしかいないから、2年生からメンバーを引っ張る必要があるんだけどまだ決まってないらしくて」

「それはアドリエンヌお姉様が忙しくなる予感しかないわね?」

「うーん、2年は普通科Sクラスに侯爵子息がいるから、本来はそっちに話がいくんだよ。でも彼らは恋に夢中で生徒会どころじゃないようだ」

「そんな愚か者はベルナール・ローランも必要としないでしょうから問題ないわね」

「でもね……砂糖菓子ちゃんは激怒するかもしれないんだけど」

「なあに?」


 男子学生は生徒会室の前で立ち止まると言いにくそうな顔で話を向けた。


「その侯爵子息ってアドリエンヌ・オーブリー嬢の婚約者なんだよ」

「大変だわ! アニエス! わたくしは今から馬の骨を殺しにいくわ」

「うん、それは無理だから生徒会室に入ろうね」


 男子学生が言うとおり激怒した砂糖菓子に笑顔で返した中等部のアニエスは扉を軽く叩いた。だがそんなアニエスの手を砂糖菓子がつかむ。


「これは不貞事案よ」

「だとするなら断罪する権利を有するのはアドリエンヌ嬢だけだよ」


 さすがに現役騎士と噂される留学生はどんな時も冷静でいてくれる。昨年は虐待される淑女たちのために決闘騒ぎまで起こしたこの騎士は、常に公正に物事を見られるようだ。

 そうアルノーが感心していると生徒会室の扉が開かれる。


 扉を開けて現れたのは呆れた顔のベルナールだったが、なぜかアニエスを見て安堵した様子を見せる。

 そしてそんな彼の反応をアルノーは小さな驚きとともに眺めた。ベルナール・ローランが誰かを見て安堵するなどこの5年間で見たことがない。


「君も同行してくれて良かった。リリひとりで来られても面倒を見きれない」

「生徒会とはそれほどに多忙な職務なんですね?」

「本来はここまでではないだろうが…とにかく入ってくれ」


 ベルナールは中等部の学生5人を生徒会室へ招き入れる。そのためアルノーはもう要件は終わったとばかりに踵を返した。


「アル」

「ふぁい!」


 唐突に愛称で呼ばれたため、慌てすぎて変な声を出してしまう。それすらも恥ずかしくなったアルノーだが、ベルナールは真顔のまま扉の奥を指差す。


「なぜ帰ろうとする?」

「いや、こっちは砂糖菓子ちゃんから道案内を頼まれただけなので」

「頼まれたからと、安易に猛獣を連れて来たなら最後まで責務を果たせ」

「猛獣」

「しかも今回はクロード・ヴァセランまでいる」

「あー……そうだそうだ。確かに説明するならこっちのほうが良いかもだね」

「騎士科のことを語れるのはアルだけだ。頼む」

「頼まれたぁ」


 簡単に他人を頼ろうとするベルナール・ローランなど知らない。そんなアルノーは真っ赤な顔で生徒会室に飛び込んだ。




 ベルナールの手で生徒会室の扉が閉められると、リリが改めて高等部へ来た理由を告げる。いまだ興奮冷めやらないアルノーではあるが、砂糖菓子による「食堂のスイーツを増やしたい」という堂々たる申し出には笑いがにじむ。

 だがベルナールの氷点下のような横顔を見ればその笑顔も引っ込んだ。


「アニエス・ディラン。君はなぜ彼女のこれを黙認している?」

「私が言うと内政干渉になるので」

「は?」


 眉間にしわ寄せて素直に不機嫌を顔に出した。

 侯爵家の嫡男であるベルナールは他人を気遣うことを知らない。そのため誰が相手でも遠慮なく不機嫌さを表し威圧感も出していく。それがベルナール・ローランの強みであり弱みでもあるとアルノーは思っていた。なにせ彼のその態度こそが周囲に人を寄せ付けない原因だったのだから。


 だが帝国の近衛騎士らしいアニエスという中等部の学生は、そんなベルナールを前にしても平気で微笑んでいた。


「なぜ内政干渉などという言葉が出る? クロード・ヴァセランを同行させているのはそのためか? 君は彼と面識がなかったはずだ」

「確かに。今回の話をするためにオレリア嬢から紹介していただきました」

「なぜだ」


 クロード・ヴァセランは中等部騎士クラスの3年生で、成績はそれなりだという。むしろ彼らの学年は帝国騎士がいるので、どう努力して剣術試験で頂点に立てないのでそこは不憫だと誰もが思っている。

 しかも彼自身の性格も悪くなく、侯爵家なのに相手の家柄など関係なく話ができると評判だ。


 そしてそんなクロード・ヴァセランを、ベルナールは子供の頃から知っているはずだった。だというのに今のベルナールは、帝国の近衛騎士がクロードと知り合いであることに嫌悪しているように見えた。

 だがそれより何より、そんな状況でもなお笑顔を保つ騎士が恐ろしい。

 騎士科3年のアルノーも、これが本物の騎士なのだと思えてしまう。

 そうして恐れおののくアルノーの目の前で、美形騎士として高等部でも知られている留学生アニエスが語った。


「私がこの学園へ来る前年、食堂に並んだデザートの種類は常に6種類だったそうです。しかしこれが私の決闘騒ぎ頃から4種類に減り、今年度に入るとそれが3種類。その変化について食堂で働くご婦人に確認したところ、担当の職人がひとり高等部へ移されたとのこと」

「中等部食堂のデザートが減った。職人が職場を移った。その程度のことで内政干渉にはならない」

「学園が甘味担当の者を高等部へ移したのは、忖度する理由がなくなった為だと考えられます」


 内政干渉という大仰な言葉を使う帝国騎士は、次に忖度という言葉を出す。しかしそんな騎士の言いたい部分がわからないアルノーはベルナールの顔色をうかがうように見た。

 するとベルナールは真剣な顔で考え込んでいる。


「何に忖度していたと考えている? それが君の言う内政干渉に引っかかると言うなら、その意見はクロード・ヴァセランが出したことにする」

「ありがとうございます。まずこれらの事で王立学園がリリを正しく把握しているのか疑念が生まれます。そして夏季休暇中に私が帰国した理由の本元はここにありました。そして宰相閣下へ確認したところ、リリの本名に関して王立学園へ提出する書類には書いていないと。まあそれは竜王国には関係のないことなので問題ありません。ですが、そうなると王立学園が忖度していたのは『王妃候補』か『侯爵家の後継者』のどちらかになります。ですが決闘騒ぎの後、王妃候補そのものがなくなったタイミングで変化したのなら答えはひとつになりますね」

「王立学園は、王妃候補たちに忖度して彼女たちが在籍する校舎の食堂へ過剰な予算を組んでいた。それは平等を是とする王立学園の理念に反する。だが竜王国が管理する教育機関にこのような意見を向けるのは、確かに内政干渉となりうるな」

「ベルナール卿の理解力の速さにはいつも感心させられます。そしてリリが最初にベルナール卿へ伝えたスイーツの種類を増やせという要求は、この状況下なら正当な言い分にもなりましょう。なぜなら彼女が中等部へ入学した年は中等部3年にも2年にも王妃候補がいらしたのです。その当時は並んでいたという6種類のデザートも、今より手が込んでいて豪華だったことでしょう。そしてそれを基準にしてしまったなら、今のスイーツは物足りないかもしれません」


 ついでのように砂糖菓子の我がまままを正当なものにしてしまう。そんな帝国騎士の交渉力の強さがえげつない。

 素直にそう思ってしまったアルノーは1歩2歩と砂糖菓子のそばに近づいた。


「つまりのところアレかな。高等部の食堂に移ったらしいデザート担当を中等部に戻せ的なことだよね。むしろ高等部と中等部の食堂予算に差がある可能性も出てきてるから、生徒会でそれを調べろっていう」

「難しい話だな」

「ええっ? 天下のベルナール様からそんな言葉が出ちゃう?」


 平等主義の学園に高等部と中等部を平等に扱えと言うだけの簡単な話。そう思っていたアルノーは素直に驚きアニエスを見た。


「その話って、そんな複雑じゃないよね?」

「これは私の憶測ですが、ベルナール卿は私の背後で山のように積まれた書類に悩まされているのではないかと」

「ふぇ? その紙の山って生徒会長への恋文とかじゃないの?」

「いいえ、これはゴミです」

「ええ? 君はなんか笑顔でバッサリ言うけど、それってベルナールへの恋文はゴミってこと?」

「ここにあるのは学園側に虚偽の申請をして経費として落とした書類。そして生徒会の予算を私的流用した証拠。そういったものです」

「君すごいね。ここに来てすぐスイーツの話をしてたのに、いつそこまで把握できちゃったの?」

「帝国騎士団の中にさらに細かい団があるのは、予算管理がそれら団に認められているからです。でもそうなると団の上層にはこういうものが当たり前のように届けられるんですよ」

「あー、母国で見慣れた虚偽書類だな、的なことね。さすが現役騎士だけあって経験値がすごい。じゃあここにある書類もなんとかできたら、ベルナールも砂糖菓子ちゃんのお願いに取りかかれる気がするね?」


 アルノーがそう告げたところ、アニエスは拍手した後に手を向けて同意してくれた。


「貴殿のおっしゃる通りです。やはり高等部騎士科の方は順応力が違いますね」

「来年には騎士になる予定だからね。まあ、とはいえだよ。この生徒会って基本的に侯爵家の人間しかなれない感じなんだよね」

「この学園は平等を是としているのに、ですか?」

「うーん、生徒会は生徒自治みたいなものだからね。主役は学園じゃなく生徒になるんだけど、そうなると侯爵家のご子息様がたのプライドとか複雑に絡み合っちゃう。それにこの書類だってそうじゃない? 公的機関の金を私的流用した場合…つまり横領なんだけど、この場合は容疑者の実家に請求が行くことになる。つまりここでは侯爵家に請求をしなきゃいけない。そんな仕事、伯爵以下の家の人間にはできないからね」

「では、ひとまずここのメンバーで書類の整理をしましょう」


 アニエスは笑顔のまま、その作業がたいしたことではないかのように言う。そしてそんなアニエスに、ベルナールは嘆息を漏らしながらうなずいた。


「君にはいつも助けられているな」

「今回の報酬は食堂のステーキで良いですかね。報酬としてもらうなら下品な誘いにはなりませんよね?」

「食事に誘うことの何が下品なのかわからないが、君は高等部食堂のステーキにこだわりがあるのか?」

「それはもう」


 ベルナールの問いかけにアニエスは複数の書類を手にしながら言い放った。


「だって中等部はステーキ類がないんですよ。おそらく高等部騎士科と中等部騎士クラスでは食事量が違うためでしょう。しかしお上品にカットされた肉の破片なんて食べても面白くないですよね?」

「……」

「あー、それって食いごたえの問題じゃない?」


 同意できないベルナールをフォローするようにアルノーが言い放った。その上でクロードにも、わかるよなと話しかけて同意を求める。


「どうせ食べる時は自分でカットするから同じことなんだけど、それでもやっぱり肉の塊が出てくるってインパクトあるもんな」

「あれって、高等部でしか食えないから価値があるって聞きましたよ。上の兄貴はそのステーキを堂々と食うために竜騎士になったって言ってました。竜騎士演習用の制服で食うっていう快感がどうとか」

「ダニエルさんやってたー! あれわざと着替えてなかったんだね。あの姿はもう騎士科の後輩みんなの憧れ的な感じになってたよ。あ、そうだったそうだった。ついでだからクロード君に教えとくんだけど」

「はい?」


 中等部3年騎士クラスのクロードは騎士の家系だからか体格に恵まれている。それでも竜騎士になれるかどうかは高等部入学試験までわからない。


「2番目のテオドールが恋に溺れて落第寸前になってる」

「は…? え? マジで言ってます? ベルナールさん、どういうことですか?」


 書類を宛先別に分ける作業の中で、手を止めたクロードは戸惑いと驚きのままベルナールに問いかけた。

 するとベルナールは真面目な顔で「そのままだ」と言い放つ。


「テオドール・ヴァセランは好意を抱いた相手の護衛騎士になりたいと言い出した。卒業後は竜王国騎士団ではなく、個人の護衛になるんだろう」

「そんなばかな! なんでそんなことになるんですか! だってテオドール兄貴はあのアナベル・デュフールさんの婚約者になれたんですよ!? あの竜王国随一の才女の! 王妃候補だった令嬢の!」

「ああ、狂気の沙汰だな」


 ベルナールは狂気という言葉でうち捨てる。しかしアルノーはその言葉で捨てられなかった。


「あのさ、砂糖菓子ちゃんはまた激怒するかもしれないんだけど聞いてもらっていい?」

「なにかしら? あなたがここでベルナール・ローランに告白するとしても笑顔で聞くことができるけど」

「うん、違うんだ。そうじゃない。そしてそれは中等部にやったんだよ砂糖菓子ちゃん。だから君の言葉はこっちのガラスハートを砕きにきてるんだ」

「既に失恋済だったのね」

「そう。でもそういう人間は同じ学年にたくさんいるんだよ。砂糖菓子ちゃんは想像もできないと思うんだけど中等部1年のベルナールはめちゃくちゃ美少女だったんだよ。マジで、ローラン家には令嬢がいたからその子だなってみんな誤解するくらい。結局ベルナールが男だってのはすぐ判明するんだけど、その後も騎士クラスのみんなベル姫って呼んでたわけ。だって最高に可愛いから。むしろ騎士クラスには女子がいないから余計に夢中になったかも知れない。で、だよ。そのまま高等部に進んだんだけど、そしたらベル姫、戦闘実習に行くとか言うじゃん! おれたちみんな震えたよ! 高等部1年から3年までみんなベル姫を守らなきゃ! ってなったんだよ」

「わたくしが初めて見学した時に存在した騎士科の者たちはみな変態だったのね」

「まぁそうです。可愛いウサギちゃんを狙う狼の群れみたいな感じだったよね。まあそういう流れでも今年の高等部3年騎士科はみんなあの戦闘実習にいたんだよ。だから砂糖菓子ちゃんが本当は何色の何なのかは知ってるわけで」

「あらあら、知らないフリが上手な変態さんだったのね?」

「だってあの時、ウサギを狙う狼じゃなくて、狼の魔物からベル姫をどう守るって震えながら考えてたおれたちの前に現れたじゃないの。砂糖菓子ちゃんはおれたちの恩人なんだから、君のしたいことを邪魔しないよ」

「だとしたらあなたは死ぬまで黙っているべきよね? なぜここで己の恥を晒してまで話をしたの?」

「テオドール・ヴァセランが騎士として一生を捧げたいってほざいてる相手。高等部の中ではラピスラズリって言われてるんだよ」

「あらあら?」


 アルノーの告白に驚いたリリは書類をさばく手を止めてマティアスを見つめた。


「わたくしの可愛い子犬のことが大好きな?」

「ベル姫の弟君が可愛いのは知ってる。でも違うよ。留学生君たちがやってきたラピスラズリごっこじゃなくて、本物だと思われてる。なにせその新入生は青い髪と瞳の可愛い女の子なんだ。そしてテオドールは相手が尊い方なんだから護衛になるのは問題ないと考えてる。だってその子は未来の女王かもしれないから」

「そのオンナはそのように名乗っているの?」

「何も言わないよ。ただ匂わせるような態度を見せてるから、みんな忖度して忖度して、噂がねじれてラピスラズリになってるんだよね」

「そうなのね」


 アルノーの言葉を聞いたリリは思案顔で書類をオレリアに渡した。


「そのオンナは放置しましょう。そしてベルナール・ローランは、オーブリー侯爵に連絡をとってちょうだい」


 琥珀色の瞳とともに向けられた指示にベルナールは眉を寄せた。


「俺からオーブリー侯爵へ連絡を取るのか」

「生徒会長という役職を持っているのですもの。その立場で、宛先別に分けられたここの犯罪資料を侯爵にすべて渡すの。もちろん不正申請された金額の合計をこちらで計算して書き記した後で」

「オーブリー侯爵から各侯爵家へ請求させる、ということだな。しかし侯爵は多忙で、このようなことに力を貸してくださるとは思えないが」

「わたくしの名前を出して命じれば良いのよ。ただそれだけで侯爵たちは理解するわ。これら不正請求と横領に関して、セレンティーヌが義憤を抱いていると。彼ら9人は既に王城で調教してあるから、問題なく片付けてくれるわ」

「そうか。王城で君の猛獣らしさを見せたなら、侯爵たちも震え上がったことだろうな。だが今ここで君の名が出てしまえば、高等部内で新たな誤解を生むことにならないか。色彩を変えただけのなりすましに手柄を取られるかもしれない」

「その時はオンナの反応を見るだけよ。その手柄を取るようなら確信犯だもの。でも、とはいえアナベルお姉様の婚約者を籠絡してくれた親切なオンナだから生かすことは許そうと思うわ」

「ああ……そうだな。アナベル・デュフールが婚約破棄されれば帝国へ渡ることも可能になるな」

「最高の展開よ。そして不正請求問題をわたくしが解決してあげたのだから、食堂のスイーツはきちんと増やさなければ駄目よ」


 そうして再び堂々と食堂のスイーツを増やせと請求してくるリリに、ベルナールはこらえきれずと言う様子で笑い出した。


「君はどこまでもまっすぐだな」

「当然よ。それがわたくしだもの」


 今はもう学園最強のような扱いとなったベルナールを笑わせても平然としている。そんな砂糖菓子にアルノーはただただ感動することしかできなかった。




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