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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
中等部3年
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62.生徒会長に直談判したい砂糖菓子

 中等部3年生になると寮の部屋は2階建ての別棟に移り部屋もさらに広くなった。広い個室に隣接してウォークインクローゼットや浴室などの水回りも完備される。そうすることで3年生が他の学年を気にせず勉強へ集中できる環境が作られているらしい。

 さらに昨年から中等部3年生のダンスレッスンが行われるようになっているので、練習用の白いワンピースも全員に与えられるらしい。


 夏季休暇を終えたリリが学園に戻り最初に行ったのは、まさにその白いワンピースを作るための採寸だった。衣料品店の女性店員たちが、女子寮の3年生棟へやってきてひとりずつ丁寧に採寸する。

 そうして1ヶ月後には白いワンピースが皆のもとに届いてダンスレッスンが始まるらしい。


 だがここでひとつ問題が発生した。リリが確認のため問いかけたところ、マティアスはダンスが苦手らしい。

 そうなってしまうとマティアスはダンスレッスンの時間は基礎クラスへ移動して姿勢から学ぶことになる。つまりその間はどうしてもマティアスと一緒にいられなくなるのだ。


「それは無理だわ…」


 ダンスレッスンについて説明を聞きながらリリがポツリとつぶやいた。その隣に座るマティアスはきっと眉を垂らして困っているだろう。

 世の中にはどうすることもできないことがある。

 リリが嘆いたところでマティアスのダンスが急激にうまくなることはない。むしろこの嘆きは逆にマティアスを困らせ苦しめるだけだ。

 そうとわかっていても心の奥にある衝動が抑えられないリリの反対隣で不意にアニエスが口を開いた。


「そう言えば先程聞いたんだけど、ベルナール卿が高等部生徒会長になったんだってね」

「あ、うん」


 リリの嘆きに引き寄せられ気落ちしかけていたマティアスは不意の問いかけに視線をあげた。そうしてマティアスはリリの向こう側に姿勢良く座る美形の生徒を見る。


「生徒会長とは王立学園内の学生自治の筆頭。数多いる学生たちの代表として学園側へ意見できる立場だとも」

「学園側へ意見する機会はあまりないけど、生徒たちの生活改善のために訴えるのも生徒会長の役目だよ。普段は高等部で行われる催しの主催として計画や段取りをしてるみたい」

「そうなんだね。その生徒会とやらには優秀な人間が?」

「基本的に侯爵家の人間がなるよ。だから来年はアドリエンヌさんが生徒会長かなって姉上が」


 本人が辞退する可能性もあるから決定ではないけどと語るマティアスは照れたような顔を見せている。そんなマティアスの反応を目にしたアニエスはリリの頭を撫でながら微笑む。


「ではその生徒会長に頼めば食堂のスイーツも増えそうだね」

「なんということなの」


 時間とともに教師もダンスレッスンに関する説明を終えて教室を出ていく。そうしてにぎやかになる教室内でアニエスが出した提案にリリが復活した。

 砂糖菓子と称される甘い外見のリリは琥珀色の瞳をきらめかせて両脇にいるふたりを見る。


「授業が終わったら高等部へ行って、ベルナール・ローランに全力で圧力をかけましょう! スイーツを増やせるわ」

「今年度のリリの最初の敵はベルナール卿になりそうだね」

「いいえ、ベルナール・ローランなら敵にならないわ。あの人の攻略難易度が低いことはこの2年でわかっているもの」


 敵にもならないと嬉しそうに微笑むリリにアニエスも笑顔でうなずいた。

 だがそこで、授業は真面目に聞く派のオレリア・トリベールが眉を寄せた。今年度も長い黒髪をツインテールに結った彼女は「低くはないでしょ」と言い放つ。

 とたんにリリはアニエスの向こうに座るオレリアを見た。


「ベルナールは話せばわかる人間よ」

「高等部最高の難易度なベルナール・ローランがリリの言葉を聞く時って、それが正しかったと判断された時でしょ。食堂のスイーツを増やせなんて私欲を聞くとは思えないわ」

「わたくしの心の平穏と中等部の平和のためよ」

「それ、自分は甘いものがないと暴れる輩ですって白状してるようなものじゃない?」


 オレリアに言い負かされたリリは口を閉ざすとわかりやすく頬を膨らませた。その顔は誰が見ても愛らしいものでしかないが、ただひとりマティアスを困らせる効果はある。

 そうして前髪に隠れていても眉が垂れているだろうことがわかる雰囲気でマティアスが告げた。


「兄上はきっと私欲のためには動かないけど、言いかたを変えればなんとかなる…と思う」

「言いかたを変える、ねぇ」

「その望みが私欲であっても、そこに大義を持たせられれば意見を通すこともできる。これはどんな場でも使われる交渉のひとつだね」


 首を傾げ考え込むオレリアの隣でアニエスが笑顔のまま言い出した。


「そしておそらくこの中等部で最も交渉に慣れているのは騎士クラスの生徒だと私は思うよ。騎士は時として遠征先の民や異国を相手に交渉をするものだ。それに生活環境の向上を訴えるというのは、砦などを運営する中で必要な要素だ」

「それってつまりアニエスが最強ってことよね」


 アニエスの言い分を理解したオレリアは素直な感想で返した。とたんにアニエスはにこやかに微笑む。


「この話題を出したのは私だけど、この点を意見したら内政干渉になりかねないから」

「なんで学園内のスイーツ話が内政干渉になるのよ!」


 アニエスのふざけ過ぎた言い分にオレリアは勢いよく切り返す。だがアニエスは笑顔を崩すことなく立ち上がった。あげくなぜかオレリアに手を差し伸べ立たせようとしてくれる。


「オレリア嬢のご友人に騎士クラスの方がおりましたよね」

「ええ、まぁ。クロード・ヴァセランっていう頭の中まで筋肉なおバカさんなら知ってるわ」

「紹介いただいても?」

「あー、アニエスだと内政干渉になるから、他の騎士もどきに交渉させようってことね。まぁ甘いものに取り憑かれたこの砂糖菓子にはいろいろお世話になってるし、それくらいはやるわよ」


 その発言を上目に見ていたリリが琥珀色の瞳を見開く。あげく嬉しそうに立ち上がるとすぐに行きましょうとマティアスの手をつかんだ。



 リリにとって学園の食堂で食べられるスイーツは、竜王国で食べられる唯一のスイーツでもある。留学生としてこの国に滞在しているリリは学園の外に出ることはなく、生活はすべて学園の敷地内で完結してしまっているためだ。

 もちろん夏季休暇中は学園にいられないため、2年連続で竜神殿に滞在していた。しかしこの竜神殿は滅多なことでは甘味が出てこない。

 神殿に務める者たちは清貧さを美徳とし、嗜好品などを楽しむことをしないためだ。さらに竜神殿の者たちはリリを竜として神と同等の何かのように見ている。

 そのため世俗的なスイーツなどは食べないと思っていた。これに関してはリリもありえない思い込みだと思っていたし、今年の夏季休暇ではさすがに口出ししている。

 だがそうして周囲に訴えてやっと出てきたのは果物だった。これに関しては祝祭の時に発生した異物混入事件がまだ片付いていないことが原因だと、夏季休暇の終わりに教えてもらっている。

 むしろ果物では納得できないと駄々をこね続けた結果として神殿の幹部から教えてもらえた部分だ。


 竜は完璧な存在だと信じ込んでいる信徒の前では言いにくいが、何が混入しているのかわからないものを食べるのは危険でしかない。実際に祝祭前後から竜王陛下の体調が芳しくなく、もう何ヶ月も伏せっている。だからこそ竜の雛であるリリに下手なものは食べさせられない。

 それは清貧を尊ぶ竜神殿の者が、それでもリリの希望を叶えたいと尽くした上での言葉だ。本音ではリリの食べたいものを差し上げたい。だが竜神殿の者としてリリの安全こそが第一なのである。


 そんな不自由極まりない夏季休暇を終えたリリにとって食堂のスイーツは最重要案件だ。このスイーツによってリリの学園生活の彩りすら変わってくる。



 中等部3年の騎士クラスでスイーツの大切さを熱烈に語るリリを、クロード・ヴァセランは珍妙なものを見るような目で眺めていた。

 オレリアいわく頭の中まで筋肉らしいこの侯爵子息は鍛えられた体格をしているが、背丈はアニエスと変わらない。

 そして彼は昨年オレリアと同時期に留学先から戻ってきていたためアニエスと模擬戦はしていなかった。


「砂糖菓子ちゃんの気持ちはわかったけど、その熱意があのベルナールさんに通用するわけない。あとおれの立場でベルナールさんに意見できない」

「なぜ? おまえは侯爵子息なのでしょう?」

「おれが留学した理由が、そのベルナールさんに1度も勝てない軟弱者を親元から離して鍛え直すことだから。騎士として鍛錬もしてないベルナールさんに勝てないなんてゴミなおれが何かを意見するなんて無理過ぎる」

「意味がわからないわ。おまえの家族が剣術の強弱でしか物事を測れない愚か者だとしても、ベルナール・ローランは違うのよ。おまえがどれほど貧弱で、その大きな筋肉か装飾品だったとしても彼は話くらいは聞いてくれる男よ」

「砂糖菓子ちゃんのほうがベルナールさんをわかってないだろ。無駄口たたくゴミは死ねぐらいの勢いでぶん殴る人だぞ」

「ええ???」


 クロード・ヴァセランとの間に認識の齟齬が生じたリリは救いを求めるように、今も背後にいてくれるマティアスを見た。


「この男の言うベルナールはどこのベルナールなの?」

「クロード君が言ってるのは、読書の邪魔をしたオリヴィエさんを手のひらで駆除した時の話だよ。でもそれはクロード君が言うとおりの無駄口だったから仕方ないって姉上も言ってたけど…?」


 説明しつつも自身が持てないマティアスは首を傾げてクロードを見上げた。


「あれはオリヴィエさんが悪かったのでは?」

「いや、問題はその読書の邪魔をしただけでぶん殴るとこだよ。逆に考えてみろ。オリヴィエさんはベルナールさんが初恋みたいな人じゃん。そんな子供が会話したい構ってほしいっていっただけだぞ。なのに邪魔扱いされて、なのにマティアスが同じことをしても許される。そりゃあオリヴィエさんは怒るよ。なのにそれで怒ったオリヴィエさんをぶん殴るのはエグい」

「本を池に投げたところは?」

「いや、本を捨てた程度で殴るなって思うよ。本なんてまた買えばいいんだし、読書なんてクソつまらないことを茶会でやるなってなるし」


 クロードの言い分を聞いたリリは認識の齟齬の正体にたどり着いた。つまりのところクロードにとって本は無価値なものなのだ。そして同時に騎士を目指す彼らしく、年下の子供を叩く行為は流せない。

 そう考えたリリは横手でひたすら沈黙しているアニエスを見上げた。


「書物の価値を重視するか、人を傷つけることを良しとしないか。ここは難しい話だけれど、騎士として彼の意見は理解したほうが良いかしら?」

「ここでの話に限定して言うなら、論点は書物の価値ではなく他人の財産を毀損したオリヴィエ・アンベール殿がどのような罪を負うべきかかと。本来であれば侯爵家が有する財産を毀損した者は相応の賠償と罰を受けます。しかしベルナール卿がその場で手を出したことにより、おそらくその事案は子供同士のいさかいということで片付けられたでしょう。だからいま現在もどちらが悪いかと語られている。つまりベルナール卿は、オリヴィエ・アンベール殿に罪を負わせないために叩いたと考えられますね」


 騎士としてと問いかけたためかアニエスの口調が近衛騎士のそれになっている。そしてそんなアニエスの意見を、クロードは驚いた顔で聞き入り最後には確かにと唸った。


「おれがベルナールさんを加害者と認識してたように、誰が悪いか曖昧なところはある。けどそれはベルナールさんが狙ってやってたってことだよな。だとしたらなおのこと、そんな頭の良すぎる相手におれなんかがどう意見しろって?」

「あなたは己の感情と関係なく善悪を見ようとする目があります。それは騎士として必要な素養ですから、いてくださると助かりますよ」


 感情と関係なく、と言われたクロードは確かにと笑った。


「おれがオリヴィエさんを嫌ってるってバレてたわけか。まあいいや。婚約者探しに躍起になってる高等部で砂糖菓子ちゃんの護衛の手伝いくらいはできるからついてくよ。そのかわり、どこで嫌いなのバレたか教えてくれよ」


 クロードはそう告げてアニエスと並び歩き出した。身長差のないふたりの背を見つつ踵を返したリリは、マティアスと手を繋ぎながらオレリアに問いかける。


「オリヴィエ・アンベールはアドリエンヌお姉様の婚約者だけれど、嫌われやすい馬の骨なの?」

「わたしの父親の言葉を借りるならだけど……娘ふたりの後で生まれた待望の息子というのはどんな親にとっても特別な存在なの。でもだからって甘やかしすぎて世の中を舐めた人間を作られたら困るって」

「トリベール侯爵はいつも愉快な物言いをされる方ね。でも己は世界の中心だと思い込んだ人間が誰かを好きになれるのかしら?」

「あんたがいま言った好きって、自分のことを好きになって当然って前提の話だからね。もちろんそれは自分の家庭内なら許される話よ。でもそれをベルナールさんに向けて許されるわけがないわ。泣き虫マティアスなんて、大好きな親友なんだって抱えてたうさぎのぬいぐるみをちぎられたのよ」

「なぜそこでわたくしの可愛い子犬が嫌がらせをうけることになったの?」

「ベルナールさんが大切にしてるからよ。と言っても、それが発生したのはベルナールさんが7歳でオリヴィエが6歳、泣き虫は4歳の時なんだけどね。わたしもお気に入りのぬいぐるみを持ち込んでマティアスと何かのごっこ遊びをしてたみたい」

「4歳の幼い子が遊んでいる場に乱入して、その子からぬいぐるみを奪って破壊したの。なぜ竜王国はそんなものを生かしているのかしら? そんな輩が侯爵として立ってしまったら国の損失は計り知れないけれど、それよりなによりわたくしの子犬を傷つけた罪を背負って死ぬべきなのに」

「ベルナールさんが殴ったからよ」

「甘すぎる処分だわ! これはベルナール・ローランに物申さなければならないわね」

「いや……うん、まぁあんたがそうなるのはわかるわよ。けどさっきアニエスが己の感情と関係なく善悪を〜って言ってたの、あんたのそれもあるんじゃないの?」


 感情に支配されたまま善悪を決めつけ断罪しようとする。そんなリリに指摘したオレリアは前を歩くアニエスを見た。だが多くの学生たちがいる廊下でリリの性格のことなどきっとアニエスは語らない。

 そう考えたオレリアはスイーツに関しては自分が話をすべきかと考えた。





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