55.ベルナール・ローランとダニエル・ヴァセラン
戦闘実習は王立学園の高等部騎士科が中心となって小型の魔物を討伐するという学校行事である。
これはあくまで騎士科の戦闘訓練のためのもので、対応できない魔物と無理に戦う必要はない。もし勝てない魔物が現れた際などは教師を呼んで助けてもらうこともできるのだ。
だが昨年の戦闘実習は、砂竜というそこにいるはずのない魔物のせいで戦闘実習は中止となった。そして今年はそれら魔物の出現を踏まえて高等部騎士科のSクラス、いわゆる竜騎士クラスの参加も許可されていた。
けれどそうして騎竜が草原にやってくれば学生たちも好奇心に駆られてしまう。その時はまだ戦闘実習開始前で、まだ点呼すら始まっていない時間だ。ならばこそと普段は見られない騎竜に学生たちが群がってしまうのは自然なことだった。
そんな騎竜たちとそれを眺める学生たちの輪の外で、ベルナール・ローランはひとつ年上のダニエル・ヴァセランと今日の活動予定の確認をしていた。
ベルナールとしては昨年同様に点呼の後で教師たちが定めた班に入り森で魔物の駆除を行う予定でいる。ただ昨年は小型の魔物だけでなく、狼に似た中型の魔物も平気で存在していた。
そしてそのためか今年は昨年より参加者が少ない。騎士科に通おうと今は学生で騎士見習いでしかない。そのため親の判断で実習を欠席する者もいるのだろう。
そう考えるベルナールはその補助戦力にダニエルたち竜騎士見習いがなれるかどうか確認したかった。
つまりのところ竜騎士は森の中へ入ることができるのか。生い茂る木々のさらに下へ降りることができるのかを知りたいのだ。
もしそれらができず空中戦しか行えないのであれば戦力として考えることはできない。
そう考えるままを伝えた先でダニエルは「難しいな」と笑った。
「熟練の竜騎ならまだしも、おれたちの騎竜はまだ若くて経験不足なんだ。障害物が翼に当たるのも嫌がるし、低空飛行も好まない」
騎竜となるのは基本的に飛竜と呼ばれる竜の亜種で、それを卵か赤子の内に見つけて人の手で世話をしていく。そうして人に慣れたところで、己が乗せても構わないと思う相手を飛竜が決めるのだ。
なので竜騎士は誰でもなれるものではない。亜種とはいえ竜に選ばれた精鋭だけがなれる職種であるため人の尊敬を得られる。
そして竜騎士も、己を選んでくれた騎竜を唯一の相棒として何より大切にするという。
そんな相手に無理難題を向けられないベルナールは意見をくれたダニエルに礼を向けて立ち去ろうとした。だがそこで逆にダニエルから質問が向けられ、ベルナールは我知らず眉間にしわ寄せる。
「例の女騎士ちゃんもここに来てるのか?」
「アニエス・ディランをそのような呼び方で呼ばないでくれ」
ベルナール本人はいつもと変わらない態度で注意を向けたと思っている。だがベルナールの様子を見たダニエルはなるほどと笑った。
「じゃあ、アニエスちゃんはこっち来てるのかって聞く」
「今日はまだ確認していないが、おそらくどこかに来ているだろう」
学園で最も小さく甘い外見の尊い方が今年も来ると言っていたのだから。そんな情報を出すこともせず、ベルナールは最低限の答えを向けた。
するとダニエルは楽しげな顔のまま腰に手を当てる。
「おれはあの子のことを最初から、世界最強の騎士団にいる精鋭って認識してるんだよ。だからさぞ強いんだろうって思うし、アランが相手にならなかったのだって納得してる。けどそれなら次はどれだけ強いのか気になるよな」
「おれはならない。アニエス・ディランは留学生としてこちらに来ている。そんな相手に帝国騎士であるという理由で、この国が抱える問題の為に剣を振るわせたいとは思わない」
「なぁ、ベルナール。おまえ自分がどんな顔してるか自覚がないと思うけど、これだけは言っとくな。高等部の騎士科はみんなあの子のこと狙ってる。14歳で帝国騎士になったって言っても近衛騎士なら見た目で判断されることもあるだろうし。なんならあの見た目じゃん? 高等部のスカした女子と違って臨機応変に会話を楽しませてくれる。しかもあんな美人がだぞ?」
「それはアニエス・ディランに対する侮辱でしかないが、何が言いたい」
「騎士科の700人くらいがベルナールのライバルってこと。つまりこの戦闘実習にいるほぼ全員が魔物の駆除中にあの子へ近づこうとしてる。ああ、おれらSクラスは例外な。おれたちの本命は騎竜だから」
むしろ見習いでしかない自分はそのように騎竜を扱わなければならない。そう平然と語ったダニエルはベルナールから目をそらして広大な草原に顔を向けた。
周囲には竜騎を見たいと集まる多くの騎士科生徒たちがいる。
「目の前に騎竜がいるから見てみたい。そんなノリであの子を口説こうって考えるヤツは多い。となると、いくら優秀だって言われても普通科のベルナールに勝ち目あるか? ってなるわけ」
「おれは彼女を尊敬しこそすれ、低俗なことを向けようとも思わない。だがその低俗さを彼女に強いる輩が存在するなら物理的に潰すだけだ。剣術だけ磨けば許される騎士科と違ってこちらは魔術も使えるからな。広域魔法で試したいものもいくつかあるから、100人規模で来てくれると助かる」
「おまえもう殺戮兵器みたいになってるじゃん。その広域魔法って高等部の学生が習得できるレベルのものなのかよ」
「魔法陣を組み立てられる魔力量があれば、何歳だろうが習得できる。だが騎士科にはアニエス・ディランに近づくリスクを正しく把握してもらいたい」
「わかった。おれからさらっと言っておくよ。あの子に近づくとベルナール・ローランに殺されるぞって」
「ああ、頼む」
殺害するという部分を否定しないベルナールはあっさりとダニエルの元を去っていく。
その短く刈られた明るい金髪を眺めながらダニエルは苦笑いを浮かべる。
「あのベルナールが青春してるとか、ユルリーシュさんに話したら泣いちゃいそうだな」
ベルナールは幼い頃から優秀で、6歳の頃には知識欲以外は興味のないような子供だった。そのため侯爵家の子息令嬢の誰もがベルナールの扱いに困ったほどだ。
茶会で集まっても読書しかしない彼の話し相手ができたのは、その場の最年長でさらに頭脳明晰なデュフール家の長男ユルリーシュだけだった。だがそれがさらに嫉妬を生み出してしまう。
それをユルリーシュに認められたと誤解する子供もいただろう。逆にユルリーシュだけが認められたと思い込む子供もいる。
そして後者の考えを持った子供がベルナールの本を池に投げたのだ。もちろん彼はそうすればベルナールは泣くだろうと考えていた。甘やかされて育ったその子は、ベルナールが自分を構わない事を悪だと考えていたのだ。
だがベルナールはその子を殴って、さらにみずから池に入り本を取ろうとした。そこで使用人が飛び込んできて溺れる前にベルナールを保護して本も拾うことができた。
そしてその当時のこともよく覚えているダニエルは、今のベルナールの姿を面白くも思う。
知識を得ることにしか興味を持たず、周囲の人間の感情など歯牙にもかけなかった。そんなベルナールが今は己の感情に振り回され誰かのために動き回っているのだから。
ただ何にしてもベルナールが青春を続け、さらにそれを自分が見届けるには今日を乗り越えなければならない。
誰一人負傷することなく戦闘実習が終わればと思いながら、ダニエルは人に囲まれても悠然と佇む己の騎竜を見上げた。




