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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
中等部2年
50/52

48.竜王国の童話に出てくる魔女と魔女の妙薬

 祝祭月である竜の月が過ぎると季節は冬に入り込む。昨年のリリはその頃に5人の上級生と出会い、その暖かなぬくもりを求めて時が許す限りそばにいようとしていた。

 その話を今回の冬の季節にアニエスへ話したところ妙な笑顔で納得されてしまった。その反応について問いただしたところ「カインさんも同じことをしていたから」との一言で片付けられる。


 つまりのところリリは父親と同じく竜の習性として寒さから逃れようとしていたということだ。



 そうして竜の習性としてぬくもりを求めるようにアニエスにくっついて過ごしていたリリのいる2年Sクラスへ黒髪ツインテールが現れた。


 オレリア・トリベール侯爵令嬢は2年Aクラスにいるらしい。昨年は隣国に留学していたので、転入時の試験でAクラス並と判断されたということになる。

 もちろん学園の学力試験に医学の部類はないので、彼女は得意分野以外の成績でそこまでの点数を取ったことになる。

 その事実をアニエスは優秀だと褒めるがリリは違った。


「医学しか学んでいなかったから今は平凡なクラスにいるのは理解したけれど」

「相変わらず無礼が極まってるわね」

「あなたのお兄様は高等部におられるのよね? お兄様は元気にしてらして?」

「シオン兄様は無事に復学してるわ。ただ昨年末試験は学力しか受けられなかったから高等部1年のBクラスよ」

「それは……たしかにそうね。寝込むほど衰弱した身で剣術試験などしていたら死んでいたわ」

「それはわたしも同意するわ。でも学力試験に関しては、学園側が配慮してくださって教師が付き添って寮で受けられたのよ。その時も高熱が出ていたらしいけど、それでも学力試験の順位は1桁らしいからさすがよね」

「そうね。衰弱した身でも得意不得意関係なくきちんと学んでいたということはわかるわ。それで、あなたはわざわざその報告をするために?」

「そんなわけがないんだけど、あんたをひっぱたきたい気持ちを抑えながら言うわね」


 そろそろイラついてきたからとアニエスを横目に言い放つオレリアは正直者である。しかも彼女は先月の時点でリリの本性を目にしながらも態度を変えていない。なのでその辺りの配慮などはトリベール侯爵から言い渡されているのかもしれない。


「ベルナールさんとシオン兄様が両方復学されたことで高等部でいろいろ話したんですって。それで、あんたが広場で食べさせられたパンには魔女の妙薬が含まれていた可能性があるってなったわ」

「魔女の妙薬とは?」


 オレリアの言葉にいち早く食いついたのはアニエスだった。やはり近衛騎士としてリリの身体をおかしくさせた劇物の正体が気になるのだろう。


「わたしも詳しくない……というか、泣き虫マティアスも知ってるだろうけど、これは子供向けの物語に出てくるような物よ。つまり童話の中に描かれてるけど現実には存在しない」

「主人公が魔女にお願いして作ってもらうのが魔女の妙薬。それを飲んだ主人公は綺麗に変身して王子様と恋をするとかそういう感じのものだよ」


 オレリアに続くようにマティアスが簡単に『魔女の妙薬』と言われるものについて教えてくれた。

 だが童話という娯楽を通っていないアニエスは眉をひそめる。


「申し訳ないけど、私は子供時代に童話を読まなかった部類の人間だからわからない。その主人公とやらはなぜ魔女と呼ばれる輩に薬を頼んだのだろう?」


 シナリオから理解できないアニエスにマティアスは驚いた顔を見せて「童話を読まない子供もいるんだね」と素直過ぎる感想を吐露する。

 そしてそんなマティアスにアニエスも素直に返した。


「私には双子の弟がいるんだけど、そっちがいろいろと特別過ぎて追いつくのに忙しかったんだよ。その結果が14歳で近衛騎士というこの立場なんだけど、それでもまだ弟には遠く及ばない」

「そんなことがあるの??? だって帝国でだって14歳で騎士昇格は凄いことなんでしょう? ディーだってアニエスの真似はできる気がしないって言っていたんだよ。なのにその弟さんはどうなってるの?」

「うっすら前世の記憶を持ってる瘴気に弱い可愛い弟だよ。でもシオンさんの状態が瘴気を摂取したことによるものだと見た瞬間にわかったのは、弟のことがあったからだよ」


 アニエスは自分の双子の弟はシオン・トリベールと同じ部類なのだと語る。その上でオレリアに話が逸れたことを謝罪した。

 するとオレリアは問題ないと告げる。


「むしろシオン兄様をすぐ助けられた理由がわかってスッキリしたわ。本当にわたしたち家族総出で調べ尽くしても原因にたどり着けなかったんだもの」

「そうだよね。私も双子の弟がそうじゃなかったら、普通の食べ物が毒になってしまう人間が存在するなんて知ることもなかったからね」

「でもそうなるとアニエスの弟さんは大丈夫なの?」

「帝国にはブレストン公がいるから大丈夫だよ。弟は何かと理由をつけてはブレストン公のところへ行って抱きついてる」

「抱きつく…つまり触れるだけで浄化できるのね? 周りの人たちを昏倒させることなく」

「ブレストン公は幼くないからね。幼い雛が宝のように大切に守られるには理由があるし、無理なことは無理なんだ。でもあの瞬間の彼女はその無理をしてでもやらなければならないと判断した。周りに被害が及ぶとしてもね」


 人の命は代えられないからと、あえてリリの名前を伏せてまで告げる。そんなアニエスを見つめていたオレリアはややあってリリに顔を向けた。

 だがそこが教室だからか礼を言うでもなく話題を戻すけどと言い放った。


「子供時代から多忙だったアニエスにもわかりやすく言うと、童話ってとても単純な流れでできてるの。主人公が何か試練を乗り越えて幸せになるのが王道ね。でも総じて当時の時代背景を学べるものとしてこの国では扱われてるわ」

「つまり魔女と呼ばれる輩はかつての竜王国に存在したんだね?」

「魔女って、つまり魔力が強い女の略だからね。今は人の手で魔芒石も作られるようになったし、それに伴って魔法武具も量産されるようにもなったけど昔はなかったじゃない? だから魔力の強い人間を街の防衛のためにあえてはずれに住まわせて魔物の駆除をさせてたの。それが男なら魔法剣士になるけど、女は魔女として回復薬を作ったり後方支援をしたりしてた」

「つまり公的に認められた兵士の扱いなんだね」

「一応はそうなるわね。でも結局のところここは竜が支配する国だから魔力は悪でしょ? だから魔力が強いことを理由に迫害されることもあったらしいの。でも国としてはそれは困るから、魔女に対する負の感情を薄めるべく童話に使われたのよ」


 オレリアは印象操作の意図が強いのだと語る。そしてそばにいるマティアスもその意見に同意した。


「僕が読んだ本も魔女は必ず困ってる主人公を助けてくれる人だったからね。魔女と聞くだけで信用できるくらい良い人の印象が強いよ。でもそこに出てくる魔女の妙薬が現実に存在するなら怖いよね?」


 語尾とともにマティアスはオレリアを見る。するとオレリアはわかるわよと笑った。


「一口飲んだだけで絶世の美女になったり、お茶に少し垂らしただけで初対面の王子様を惚れさせて結婚まで持ち込める薬なんて恐ろしいわよね。でもシオン兄様たちは、それは再現不能な物ではないって言うの」

「シオンさんなら作れるってこと?」

「泣き虫マティアスのあの赤毛にする魔法武具よ。あれには洗脳系の魔法が刻まれてるんでしょ? それに類似した魔法を魔芒石に刻んで発動中に粉砕したら妙薬になるのよ」

「その場合は魔芒石の粉末を飲むことになるから難しそうだけど、パンに入れてしまったらわからないのかも?」

「しかも砕かれた魔芒石の効果は長く続かないでしょ。だから証拠も残らない」


 食べてしまえば証拠は残らない。しかし食べ残したとしても、魔芒石の粉末に残る魔法効果が消えれば、それはただの粉末である。

 そう語るオレリアにマティアスは困ったような顔でリリを見た。


「後に残らないなら探しようがないかも」

「そうね。でも探す必要はないから良いのではないかしら」


 犯人を見つけることを難しいと言うマティアスにリリは平然と言い放った。とたんにマティアスは驚きの顔でリリを見つめる。


「どうして? 王都に混乱を招いた犯人だよ。それに竜神殿への献上品にそれを混入させて陛下を害そうとした犯人かもしれないのに」

「ねぇマティアス? わたくしの可愛い子犬? あなたはずっと不思議に思っていなかった?」

「なにを?」

「あなたが足を壊してまでわたくしを守ってくれたあの戦闘実習。あそこになぜ砂竜が現れたのかしら。あの時、初対面だったベルナール・ローランは小型の魔物しか現れないと言っていたわね。それこそ竜王陛下のお力で常にこの土地は浄化され魔物もまともに発生しないからと」


 リリはずっと気になっていた事を口にしてみた。


「オレリアは隣国にいて知らないでしょうけど、王都東の森に竜の亜種である砂竜が現れたの。でもあれは高濃度の瘴気でもなければ発生しない魔物だわ。でもおかしいわよね? 戦闘実習前に様々なことを調べていたらしいベルナール・ローランがその可能性を見落とすわけがないのに」

「つまりあんたはその森に高濃度の瘴気があると考えたのね。童話で言うところの魔女の邸宅のような、戦で必要な魔術を作り出す施設が」

「あと3ヶ月もすれば戦闘実習という名目であの森に行ける日が訪れる。その時なら高等部にいるベルナール・ローランを使っても不自然ではないし、わたくしも見学者として近づけ」

「ダメだよ!」


 珍しくリリの言葉を遮るようにマティアスが声を上げた。


「リリはダメだよ。あそこは危険過ぎる。だって瘴気が濃くて砂竜のような魔物がまた出るかもしれないんだよ」

「あらあら」


 心配だからとリリが戦闘実習へ行くことを阻もうとする。そんな素直過ぎるマティアスにリリは緩やかに微笑んだ。


「その時はまたあなたが救ってくれるのでしょう? 祝祭の時に迎えに来た赤毛の害虫も素敵な勢いだったわね」

「そ……そうかもだけど、魔法武具を使うとバカになるから」

「そういえば最近の害虫は大人のような姿になるわね? あれはあなたの魔力が強まった副産物かしら」


 唐突に恋人同士のような雰囲気を出し始めるふたりを眺めたオレリアは無言でアニエスを見上げた。するとアニエスは優しい笑顔のまま教室の入り口に手を向けた。


「そろそろ次の授業が始まりますね。教室までお送りしましょう」

「いいの?」

「情報提供者には最大限の敬意を向けるのが帝国騎士団の基本ですので」


 緩やかな笑顔の美形騎士だがアニエスは女性であるらしい。しかしその女性な部分を見たことがないオレリアは差し伸べられた手を取ってエスコートを受ける。

 そうして教室を出て廊下を歩けば、ほんの少しの距離でも人の目を集めた。


「ところでオレリア嬢はシオン様とは頻繁にお会いになられますか?」

「ええ、四兄弟の中で学園にいるのはシオン兄様とわたしだけだもの。上の兄たちからも頼まれてるし、今日のこの会話のことも後で話すつもりよ。どうして?」

「高等部の食堂にあるステーキ、私も食べたいなぁと思いまして」

「え、ええ??」


 それはオレリアの想像を遥かに超えた、あまりにも突飛過ぎる言い分だった。むしろステーキを食べたいなどと言う令嬢などオレリアは知らない。

 そのため笑いながらAクラスにたどり着いたオレリアは改めてアニエスに礼を向けた。


「エスコートありがとう。そして午後の授業が終わったらここで集合ね。夕方の時点でそのステーキが残っているかどうかはわからないけど」

「承諾してくださり感謝します」

「あと敬語はいらないから、普通にオレリアと呼んでちょうだい」

「しかし」

「騎士としては礼儀を尽くすのが当たり前かもしれないけど、わたしたちわりと友達みたいな距離感だと思うんだけど。それは難しい?」

「私個人としては難しくはないですが……私が敬称を略するといろいろ問題が発生してきたんですよ。主に私のせいですが」

「敬称をつけないだけで近衛のメッキがはがれるアニエスじゃないわよね? なぜ??」


 理解できないオレリアが見上げる先で、アニエスは微苦笑と共に周囲を一瞥した。そうして遠巻きに女子生徒たちが熱い視線を向けているのを自覚しながらアニエスはオレリアの手をすくい上げ指先に触れる寸前まで唇を近づける。


「あなたがそれを望むのであればいたしましょう。可愛い私のオレリア」

「なんでそこで可愛いをつけたの!!!!」


 唐突に恋人の距離感でやってきたアニエスにオレリアが真っ赤な顔で叫んだ。とたんに背筋を伸ばすように顔を離したアニエスがにこやかに笑う。


「竜王国の礼儀として同年代のご令嬢を敬称略して呼ぶことができるのは特別な関係の者なので」

「それは赤の他人の異性の話だわ!」

「事実がどうであれ、人はその人の見たい形でものを見るものです。だから我々近衛騎士は異国では最大限の敬意と距離を守ります。我々の立場ではなくあなたがた淑女の地位と清らかさを守るために」

「じゃあアニエスはここに留学生としているのに、誰とも友達になれないってこと?」

「友人を作る事はできませんが、周囲に集まる可憐な小鳥たちを愛することはしますよ。可愛らしいお年頃の小鳥たちが抱く淡い思いを無視することもいたしません」

「どこの国の近衛騎士もやるハニートラップね。わかるわ。でもアニエスは14歳で、わたしたちと同年代なのに、その14歳っていう時間を近衛騎士という仕事で潰してしまうのはもったいないじゃない? せっかく留学生として制服を着て学生をやってるのに」

「オレリア嬢は知らないでしょうが、とりあえず私の第一の職務はラピスラズリを寵愛することですので、それ以外は遊んでるんですよ。つまり近衛騎士のハニートラップではなく、私の個人的な趣味として小鳥たちを愛でているだけです。なのでこれでもわりと楽しんでいますし、オレリア嬢がお望みなら今夜にでも寮の部屋でひと時を過ごすこともいたしますが」

「不純すぎるわ! なんで寮…ってアニエスは女だから寮が同じってことね。むしろ本当にアニエスは女なのよね?」


 アニエスはどこまでも遠回しな物言いを見せる。そしてその言葉に翻弄されて混乱が頭を支配し始めたオレリアはアニエスの性別すら疑い始めた。

 もしここにリリやベルナールがいたならすぐにアニエスの言い分に気づいただろう。

 アニエスは他人からは女に見えないし、騎士である限りそのように扱われることもない。そのため令嬢たちを敬称略で呼ぶことは誤解しか生まないということを。


 だがそこまで考えが至らないオレリアにアニエスは緩やかな笑顔を保ったまま顔を近づけた。そうしてオレリアの額に軽く口づけただけで周囲から黄色い声が上がる。


「痛くもない柔らかなトゲを持つ黒いバラの蕾を、私の手で花開かせるのもまた楽しいものですが……オレリア嬢にその覚悟はありますか?」


 額に口付けされた挙げ句、まるで夜伽への誘いのような事を言われて戸惑わないわけがない。真っ赤な顔のオレリアは額に手を当てたまま「あるわけない」と叫びながら教室に飛び込んでいった。

 そのためそれを見送る形となったアニエスは笑顔のまま周りに手を振り、踵を返すと自分の教室へ戻ることにする。



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