表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
中等部2年
42/52

40.帝国騎士という高み

 夏季休暇に入ってすぐの頃、ベルナール・ローランは12歳の少年から帝国騎士団にと誘われた。むしろ彼はその前から何度も帝国へ攫いたい云々とふざけながら勧誘していた。


 だが、と2階観客席から決闘の様子を見て思う。目の前にいる近衛騎士は中等部2年に所属しているのでベルナールより年下だ。

 だがあの騎士が見せる剣は高等部の教師たちのはるか上にも見える。

 なぜならあの騎士は周囲へ手加減していないように見せかけて、あきらかに加減しているのだ。見ている者にそうと悟らせないよう実力を隠す。その芸当からして教師にはできないだろう。むしろ教師が実力を隠すという場面がそもそもないので、その技術を磨くこともないのだろうが。

 それでもあの騎士とアランでは体幹から違う。そのため打ち合う中でアランは体勢を崩しかけることも、そのため足がよろめくことがあっても騎士にそれはない。

 だがそうしてアランの体勢が崩れかけた隙を、あの騎士はわざと見逃している。そうしてアランは10分を超える時間を全力で戦わされて体力を消耗させられる。


 しかしこれは決闘という体ではあるが勝ち負けを重視していない。圧倒的強者を相手に全力を尽くし、そうして体力を消耗させられてなお戦う姿を見せなければならない。

 どれほど高い壁が立ちはだかろうと諦めず向かう姿こそが、アラン・マイヤールの覚悟として周囲の目に焼き付けられるのだ。


 だが呼吸もままならない状態での戦いなど長くは続かない。開始して20分も経てば息が続かないアランの膝が折れて地面に倒れ込む。

 そしてそんなアランの元へクレール・オリヴェタンが駆け寄った。


 その光景を眺めたベルナールは手のひらに風の魔法を生み出す。学内で魔法の使用は禁止されているが、この修練場内なら例外として使うこともできる。

 風の魔法で身を浮かせて1階の中央に降りると、地面に座るクレールが驚いたような顔でベルナールを見上げた。

 そんな彼女にうなずきつつベルナールは近衛騎士を見る。


「良い試合だった。だが昼休憩も残り1時間を切っている。君も着替えなどあるだろうから、ここで幕引きにしても良いと思うが」

「はい。ご親切な提案ありがとうございます」


 汗だくで呼吸もままならないアランと違い、近衛騎士は汗ひとつかかず平然と立っている。その差が恐ろしいと思いながらベルナールは騎士に礼を向けた。


「君のおかげでアランも思いを口にできた。良い形で決着がつけられたようだ」

「そうですね。今後のふたりに今の私より高い壁は存在しないでしょうが、それでも想いが通じた部分は安心しました」


 近衛騎士の、己より高い壁はないというその言葉にベルナールは眉を浮かせた。


「オリヴェタン侯爵夫妻のことがまだあるだろう?」

「そちらの壁は既に破壊されています。もちろん私のような異国の騎士ではなく、きちんと竜王国内の話として」


 その言葉に先ほどの内政干渉ではないとの宣言がベルナールの脳裏をよぎった。そうしてここに砂糖菓子がいない理由にたどり着く。


「まさか…」

「ベルナール卿は、我らが姫の性格を理解した上でエミリー嬢に紹介したのではなかったのですね」

「エミリーの怒りを理解できるとは思ったが、そこまでしてくれるとは思わなかった。今回は誰かの命に関わることではないからな」


 自分がエミリーに砂糖菓子のことを教えたのは話が聞ける唯一の存在だと考えたためだ。この国の貴族ではない彼女なら「王妃候補」という枠を壊したいエミリーの思いを潰そうとしないだろうと。


 むしろベルナールはそこまでしか考えていなかった。そしてそれ以上のことをあの砂糖菓子にさせたいとも思っていなかった。

 なぜならあの砂糖菓子には既に返しきれない恩があるのだ。守ることはしても守られたいなどと考えない。


「つまり貴殿は、ご自身の価値を自覚しておられないということですね」


 優しげな笑顔の近衛騎士はそう告げながら、先程まで剣を握っていたその指先をベルナールの頬に伸ばした。


「私の可愛いラピスラズリに尊敬してやまないとさえずらせる兄上殿。そして私のヤンチャな幼馴染みの心を捕らえた有能な先輩殿。私はそんな高みにおられる貴殿と淑女の目が届かない月夜の下で語りたい欲の持ち主なんです」

「……は?」

「アニエス・ディラン!!!!」


 優しい笑顔で卑猥にしか聞こえない言葉をのたまう騎士に唖然とするベルナールの足元で地獄から響くような怒声が飛んだ。


「貴様!今回のことはおれのためと許してもそれだけは許さんぞ! ベルナールさんはおれの憧れで目標なんだ! そんな人に軽々しく誘いを向けるな!!!!」


 今までずっと口を引き結び沈黙することしかしなかったアランは、堰が壊れたように想いを吐き出すようになったらしい。だがその叫びは修練場内に響き渡り、一瞬の間をあけて絶叫のような黄色い声をあげさせる。

 そうして喧騒を取り戻した修練場内で近衛騎士アニエス・ディランが笑う。


「思い込みって凄いですね。出してはならないと思うといつまでも出せないけど、出して良いと思ってしまうとこの通りなんですから」

「君はアランから心の声を吐き出させたかったんだな」

「竜王国にある9つの侯爵家で頼れるのはベルナール・ローランだけ。あのエミリー嬢にそう言わせた貴殿なら、他の方々も同じでしょう? なのにあなたにはその自覚がないらしいので」

「そうだな。それは過大評価だと思っている。君も君の幼馴染みもはるか高みにいるからな」

「そうですよね。私のラピスラズリがあんなに愛らしいのだから、兄上殿が愛らしくないわけがない。うん。わかります。ディーはそんな貴殿だから欲しいと思っているのでしょう。年下だの何だの言わず一緒に高みを見てくれそうだから」


 それは月夜の物語だの何だのに絡めた恋物語の話ではない。ただ純粋に、騎士という高みを目指す時に共に走れる仲間が欲しいと願う少年の思いだ。

 そう聞こえたベルナールは自分とさほど背の変わらない近衛騎士を見つめた。


「君は一緒に走れないのか?」

「私は近衛騎士なので進む道がまったく違います。ディーが目指すのは騎士団長で、彼は貴殿をその片腕に欲しいんですよ」

「それは買いかぶり過ぎだろう」

「それを言い出したらディーの目標なんて無謀の無謀ですよ。でも少年が抱く夢とはそういうものでしょう?」


 そう笑いながら近衛騎士はいまだ床に座っているクレールへ手を差し伸べ立ち上がらせた。その足元では呼吸が整ったらしいアランも立ち上がる。


「愛する令嬢をこの世の誰よりも幸せにしたい。この夢と、帝国騎士団の騎士団長という夢も同程度に難しく時間のかかるものです。でもひとりでは難しいのなら、今の私のように誰かが手を差しのばればいい。そしてクレール嬢も」


 優雅な所作で今もクレールの手を支える近衛騎士は、反対の手を観客たちへ向けた。


「あなたをこの世で誰よりも深く愛している方を抱きしめて、安心させて差し上げる権利はあなただけのものです」


 その手が指し示す先にいるのは明るい金髪と青色の瞳の美少女。かつてのクレールの色合いを持つ妹は既に泣き出してしまっていた。そして近衛騎士の手を離れたクレールはそんな妹の元へ駆け込み抱きしめる。

 そんな姉妹の姿に周囲から拍手がわき起こった。


 そんな美しい光景を目にした近衛騎士はいつもの変わらない笑顔でアランやベルナールを見やる。


「この結果に対する感謝は私の大切な砂糖菓子と、可愛いラピスラズリにお願いします。しかしその場合、きっと欲張った砂糖菓子からスイーツを何個もたかられることでしょうが、それは断ってくださいね。あの子はこの国に来てから食生活がよろしくないので」

「何を言ってる? 女は少食なんだから欲張ったとしても菓子3つ程度の話だろう。それくらい許しても良いじゃないか」

「それを許してしまうと、彼女の主食はスイーツになってしまうんですよ。なので多くても3個でお願いします。5個も6個もと言い出した時は止めてください」

「あの小さい砂糖菓子はそんなに食べるのか」

「食べますよ。今回のように頑張った後などは特に甘いもので癒やしを得ようとします。昨年度はお姉様がたの甘やかしで誤魔化していたそうですが、そのお姉様がたは今は高等部におられますからね。寮が違えば簡単に癒しを得ることもできません」


 だから食べ物に向かうのだと告げた近衛騎士はそういうことでと軽く片手を上げて振った。


「午後の授業もあるのでこれを着替えてきますね」

「あ、ああ。そうだな。制服じゃないと駄目だな。カッコいいけど」


 決闘も無事に終わり気が間抜けたらしいアランから服装に対する素直な感想がこぼれる。

 とたんに近衛騎士はことさら嬉しそうに微笑んだ。ただその笑顔も悠然と余裕のあるさまで、子供らしさは感じられない。

 そんな近衛騎士を見送ったアランはちらりとベルナールを見やる。


「お手数をおかけしました」

「ああ、こじれた片思いが成就して良かった」

「こじれたとか言わないでください。でもそれよりクレールの家はどうなると思いますか。帝国騎士の手で虐待事案が発覚したとなれば王城も放置していられないでしょうし」

「帝国の近衛騎士である彼が守るべき方が何とかされたんだろう。先程も己以外の壁はないと言っていただろう」

「それはそうですけど……そもそも、王城を動かせるほどの人物ってなんですか?」


 アランから向けられた素朴な疑問にベルナールは口を閉ざした。そうしてしばしふたり見つめ合った後にアランがゆっくりと目を見開く。


「ラピスラズリが…この国に…?」

「口にするな。態度にも出すな。それはこの国の貴族に知られてはいけない部分だ。だがあの方はおまえやオリヴェタン姉妹のために動いてくださった。その事実だけ胸に秘めろ」

「わかりました」


 核心を手にしたアランはいつもより早口なベルナールに口止めをされてうなずく。だがふとその目をオリヴェタンの姉妹とそのそばにいるマティアスへ向ける。


「もしかしてマティアスは本物を隠すためにやってるんですか」

「物語を広く認知されることでラピスラズリは男だと誰もが思い込む。そう考えて本物を隠すために短期留学生が始めたのは事実だ」

「なるほど。それが帝国騎士団の騎士団長を目指してるっていう…。そしてあの近衛騎士もそれを続けてくれてるってことですね」

「だというのに、こじれらせたアランを立ち上がらせるために数日ほどクレールに尽くしてくれたな」

「ベルナールさん、おれのこじらせをいじるの好きですよね。でも返す言葉もないので感謝だけ胸に秘めておきます」


 9つある侯爵家の子息たちの中で最も優秀と知られるベルナール・ローラン。彼の性格は真面目で冷静で、茶会でもどこでも表情を変えることすらしない。

 そんな彼にここまで多くを語らせて、さらに胸に秘めろと言わせるなら相当なものだ。だとするならそのラピスラズリは本物で、さらにベルナールが言う通り既に何かしらの形で救っているのだろう。


 そう考えたアラン・マイヤールはあの小さな砂糖菓子にどんなスイーツを食わせようかと考え始めた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ