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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
中等部2年
41/52

39.竜王国の至宝 2度目

 水の月の中頃に竜王陛下が住まう城から召集令状が届いた。

 9つの侯爵家すべてに出されたそれは5日後に城へ来いというものだが、前例のないその令状は侯爵家に恐怖しか与えない。


 侯爵家たちは召集令状を手にしてから頻繁に連絡を取り合い、実際に集まっては召集の理由を探る。だがどの家も王城に呼び出される覚えなどない。むしろこの国は他のどこよりも平和で、領地が魔物や災害に見舞われることがない。そのため貴族たちも特別何かをすることもなく平穏に生きていられた。

 今の代の侯爵たちも、我が子を優秀な人材に育てる以外に何もしていない。


 そうして当日を迎えた9つの侯爵家の当主夫妻はそれぞれ数十年ぶりとなる謁見の間へ通される。

 この国の王城は頂点たる侯爵家の人間ですら簡単に門を開かない。そのためその深層にある謁見の間など人生に1度入る機会が得られるかどうかと言われるほど遠い。

 さらにその玉座に鎮座する神に等しい存在をその目にする機会など望んでえられるものでは決してない。


 謁見の間で床に両ひざをついて、緊張に震えながら主の登場を待ち続ける。するとしばらくして竜神殿の主で竜王陛下の守護竜が現れた。

 数百年を生きる青い鱗の竜は常に人の姿でいて、竜神殿に稀に現れては迷える人間に言葉を与える。人としては大柄な身体を藍色の衣に包んだ竜神殿の主が悠然と歩く。

 その後ろを白いドレスに身を包んだ小柄な少女がやってきた。

 藍色のブーケに頭を隠した見知らぬ子供の登場に侯爵家の者たちは戸惑いつつも安堵する。

 呼びつけた相手が玉座の主ではなくこの子供であるなら、何を言われたとしても誤魔化せると考えたのだ。

 そうして少女の言葉にどう返そうかと考える貴族たちの前で、小柄な少女が口を開いた


「わたくしだけが現れたことで安堵したものがおるようだけれど、なんとも滑稽なこと。愚かで脆弱でこの世の役にも立たぬ人ごときが、わたくしを子供と軽んじているのだから。死ねばよいのに」

「セレンティーヌ。暴言を吐いたとて問題は片付かぬし、カインセルスが困るだけだ」


 少女が毒づけば竜神殿の主であるカイザーが嘆息とともに片膝をついた。そうしなければ小柄な少女と視線の高さが遠すぎると判断したのだろう。

 すると少女は誰にもわかるような大きなため息を吐き出した。


「わたくしはセレンティーヌ・ブレストン。父はこの国の竜神殿で生まれたこの世で唯一の青き鱗の雛。そしてわたくしはそんな父からほんの少しだけ力を継いだだけの子供。そんなわたくしでも、おまえたちなど簡単に殺すことができる。だけど安心してちょうだい」


 一方的に語る少女は簡単に殺すだの何だのと告げた後で安心しろとも言う。

 そんな少女に侯爵家の面々はどう返せば良いのかわからなかった。


「わたくしの好物は知識なの。だからわざわざ海を越えてこんな小さな国まで来たのだけど、わたくしはそこで最愛と言えるお姉様と出会えた」


 そう語った少女は誰よりもゆったりとした動きで玉座前の階を降りて貴族たちの前に立つ。


「この国で最高位の令嬢。何をさせても完璧なアドリエンヌ・オーブリーお姉様。彼女は本当に素晴らしいわ。あのような令嬢を育てたオーブリー侯爵家はさぞ自慢でしょうね。それにアナベル・デュフールお姉様。彼女の知性はどこまでも広く、わたくしがこの国で過ごす教科書となっているわ。女性にあれほどの学びを与えたデュフール侯爵家も素晴らしい判断だったわね。そしてブリジット・ローランお姉様。彼女の語る物語は、知的資料や書物しか読まなかったわたくしに新しい世界を教えてくださる。この3人は学園で出会った最高の侯爵令嬢ね」


 朗々と令嬢について褒める少女に侯爵家の当主たちは喜んだり安堵したり顔を見合わせたりと様々な反応を見せる。


「けれどひとつ残念なことがあるの」


 だがその和やかな空気は少女の言葉でぷつんと切れた。


「わたくしも最近まで知らなかったのだけれど、ひとつ上の学年にそれは素晴らしい知性を持つ方がおられるそうなの。けれど愚かな親は、容姿以外に価値を見出さず、その令嬢の学びを阻害してしまっているのですって。本当に理解に苦しむわよね? おまえたち人ごときが何色の髪をしていようとも、脆弱で愚かであることに変わりないのに」


 ブーケに顔を隠した少女はゆっくりと貴族たちの周りを歩く。床に両ひざをついたまま、侯爵家の面々は目だけで少女の姿を追った。

 すると少女は9つの侯爵家の背後。最後尾に控えるオリヴェタン侯爵夫妻の横で立ち止まった。


「自分たちの色彩以外は醜いと決めつけ、己が娘の心を傷つける遊びは楽しかったかしら。 おまえたち人ごときの美醜などでこの世界の何が守られるのか、わたくしにはわからないのだけど。おまえたちは娘たちの心を潰すほどに価値を置いているのでしょう? おまえたちはその髪の色で何をなそうとしているの?」

「わ、わたしは…」

「たったふたりの娘すら幸せにできぬ愚かなおまえが語る真実の愛とはなんなのかしら。おまえのその愛はこの世の誰を救えると言うの? 今この時もおまえの末娘は不遇な姉を思い泣き、姉もまた妹の愛が見えず苦しんでいるというのに。ねぇ、教えてちょうだい? おまえたちのような愚かな者が、貴族として人の上にたち裕福に暮らしている意味を。おまえのような侯爵家に生まれただけの、見栄と色欲しか持たぬ愚か者がこの世の誰の役に立っているの?」


 ゆっくりとした口調は聞き取りやすく、逆にわかりやすい音でオリヴェタン侯爵家の罪を謁見の間へ響かせる。


「わたくしはクレール・オリヴェタンの知性に嫉妬したおまえたちを許さない。そして姉想いのエミリー・オリヴェタンに姉を貶めさせたおまえたちを許すことはない。おまえたちが生きて侯爵を名乗る限り、わたくしは陛下への問い続けるわ。おまえたちのような愚かで脆弱で怠惰な人間が、貴族としてこの地に生きる意味はなんなのかと。ええ、けれどおまえたちにすぐさま死ねとは言わないわ。竜の本性の部分ではおまえたちなど今ここでくびり殺してやりたいのだけど、でもそれではエミリーたちが困るもの」


 わたくしは優しいから殺さないわと言い放った少女はまたゆっくりと歩き出した。そうしてぐるりと侯爵家の面々の周りを一周して階をあがると、玉座近くにいるカイザーの元へ戻る。


「貴族というのは民を守るためにいる。わたくしはグレイロード帝国でブレストン公爵家の娘として育ったから理解しているわ。お父様もお祖父様もブレストン公爵として多くの人を守っているもの。でもおまえたちはそうする必要がない。この地は青い竜に守られ1000年の平和を築いているから。けれどおまえたちはその安穏とした世界で何をしているのかしら。暇つぶしのように我が子を厳しく育てて、子供から未来を望む自由を奪い、それでどうするの? 厳しく育てさえすれば、愚かなおまえたちの娘でも陛下が目を向けるとでも思っているの? それこそ愚鈍の極みね。死ねばいいのに」

「セレンティーヌ、竜の本性を抑えなさい」

「でもカイザー様。抑えていなかったら3人くらい殺していてよ?」


 殺意を抑えろと言われた少女は甘えるように竜神殿の主の肩に繊弱な手を乗せる。

 そうしてたくましいその肩を優しく撫でた少女は再び侯爵家の面々へ顔を向ける。


「陛下はおまえたちなど歯牙にもかけない。今ここに陛下がおられないのは、わたくしの話を聞いて怒ってしまわれたからよ。王妃候補などという戯言も貴族の暇つぶしになると放置したけれど、それが令嬢の未来を潰すなら意味がない。どうせ潰すなら愚か者を潰したほうが建設的だけれど、陛下はそうされない。陛下は幼い頃におまえたちの親から世話になってしまったから、おまえたちに甘いのですって。だからおまえたちには会わない。そうやって陛下を孤独にさせるおまえたちなど死ねばいいのに」

「セレンティーヌ」

「いいえ、カイザー様。今回は止めてはならないわ。この者たちは気づかなければならないのだもの。この者たちが愚かなせいで陛下は人というものを諦めてしまっている。このままでは陛下はいずれこの国を守ることすら辞めてしまわれるわ」

「それは困ります!」


 少女の言葉にとうとう黙っていられず声が上がる。そのため少女が目を向けた先で金髪の男性が立ち上がった。


「セレンティーヌ様におかれましては、我が娘の特別なお引き立て感謝の言葉もございません。しかし私の娘を必要ないと陛下がお思いなら、王妃候補など喜んで取り下げましょう。私は娘のアドリエンヌならば陛下をお支えできると信じて立たせておるだけです。いまだ15歳の娘が見えぬ未来に不安を抱くのは年齢的に仕方ありません。そしてセレンティーヌ様もおそらくそれに共感されるお年頃なのでしょう。しかし我々は知っているのです。あと数年を高等部で過ごすうちに子供たちはゆっくりと未来が見え始めます。高等部とはそのためにあるのです」

「高等部での3年間で、人生を決めるほどの何かがあるというのね?」

「そうです。子供たちは学園の中で激しい冬の嵐のような時を過ごし、やがて春を迎え羽化するように大人になっていく。王立学園とはそんな子供たちを守るサナギそのものなのです」


 虐待している親以外は、親なりの考えを持って学園に子供たちを放り込んでいる。

 そう語るオーブリー侯爵の言葉に少女はブーケの中で小さく吐息をこぼした。

 それは新たな知見を得られた少女の感嘆の吐息だ。


「アドリエンヌお姉様はあなたに似たのね。オーブリー侯爵」

「そのようにセレンティーヌ様がお思いになられるならば恐悦至極でございます」

「わたくしが男だったならアドリエンヌお姉様はきっと帝国に攫われていたところよ。もしそのようなことを帝国から求められたら、侯爵はどうするのかしら」

「そんなものは相手によるとしか答えられませぬ。陛下の王妃候補を辞めたなら後は次に最高の男をと親として思うだけです。この世で誰よりもアドリエンヌを幸せにできる者でなければ許しませぬ」

「そうね。それはわたくしも同意見だわ。もちろんこれはアドリエンヌお姉様だけの話ではないし、すべての者が幸せになるべきよね。真実の愛だって、その後も家族を正しく愛せたなら物語のような美しい世界でいられたのだもの」

「オリヴェタン侯爵に関してはまだ先代がご壮健でおられるので、相談した後に爵位を一次的に戻すなど対処いたしましょう。そしてオリヴェタン侯爵家の令嬢ふたりに関しても、こちらにお任せください」

「ありがとう。オーブリー侯爵は頼れる人間なのね。ああ…けれど、クレール・オリヴェタンに関してはマイヤール侯爵に任せたほうが良いのかしら? アラン・マイヤールはクレール・オリヴェタンを手に入れるためにわたくしの騎士と決闘するみたいなの。死ななければアランはクレールと結ばれるのではないかしら」


 そうなると妹がオリヴェタン侯爵家を継ぐことになるのだろうか。やんわりとそう考える少女の視界の中で慌ただしく貴族男性が立ち上がった。

「うちの息子は昨年度の学年末試験で剣術1位になっております! セレンティーヌ様のその騎士に怪我でもさせたらどのような罰になりましょうか」


 息子の敗北など考えもしないマイヤール侯爵の言葉に少女は軽やかに笑った。


「罪などなるはずもないわ。あなたの息子が戦う相手は帝国騎士団の中でも精鋭のみが所属を許される近衛騎士団のアニエス・ディラン。かつてビタンの双璧と呼ばれ、グレイロード帝国でも最高の騎士と誉れ高い近衛騎士団長ルクス・ディランの長子よ。学生ごときが相手になるはずもないわね」


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