2.王立学園入学
王立学園の入学式典は毎年秋に行われる。
1年のうち実りの季節でもあるこの時期にスタートさせることで実りある学生生活をという設立時の考えらしい。
入学した生徒は12歳から14歳まで中等部、15歳から17歳まで高等部へ通うことになる。
その間、全生徒は貴族の家ではなく学園所属とされ、原則寮での生活以外は認められない。
学生たちは家のしがらみや立場を捨ててこれから6年間を己の研磨に努めてほしい。
入学式でそのような挨拶を聞いたリリは琥珀色の瞳をしばたかせた。
家のしがらみも地位も経済力も捨てたと言うなら、生徒たちの色鮮やかな色彩はなんだろうと思ったのだ。
戦争の中で魔法武具と呼ばれるものが発展していき、生活を便利にさせるような物も開発された。
おそらく彼らが使用しているのはそういったものだろう。
だが学園がそれを問題視しないのは、それがただ瞳の色や髪の色を変えるためでしかないからかもしれない。
おかげで自然ではありえない赤やピンクや緑など様々な色彩の頭が並んでいる。
もちろん半数は金髪や黒髪など自然の色合いなのだがとにかく視界がうるさい。
けれども、とリリは考える。
この魔法武具が近年現れたもので、まだ何も問題が起きていないなら数少ない自由の1つとして学園が黙認するのは仕方ないのかもしれない。
あるいはオシャレ程度のことをわざわざ王城を介して規制するのも面倒と考えているのかもしれないけれども。
何にしても学びの役に立たないその色合いなどどうでも良いとリリはすぐ思考を捨てることにした。
リリにとって大切なことは挨拶で言われた通り己を研磨することだけなのだ。
入学式を終えた生徒たちはそれぞれ振り分けられたクラスへ向かう。
この王立学園に貧富の格差はない。だが学力、芸術、身体能力、魔法技術など成績を前にした格差は存在するらしい。
最初の学級は学力を中心として振り分けられるが、入学後に改めてそれぞれの分野で評価されてクラス編成が変わっていく。
教室に入ったリリはなぜか周囲の視線を受けつつ最後尾の列にある席へ座った。授業を受ける教室では定められた席などないので、今後の生徒たちの様子を見ながら許される範囲で前へ座りたい。
やがてクラスの生徒がほぼ揃うとそれぞれ友人同士でかたまりながら好きなところへ座っていった。しかし不思議なことにリリのクラスには式典中に見かけた不自然な色彩の生徒たちはいなかった。
だとしたら魔法武具をオシャレで買える富裕層に学力を重視する者はいなかったのだろう。それはそれで視界がうるさくなくて良い、とリリは小さく安堵しつつもやってきた教師を眺めた。
やってきたのは今ある暫定クラスの担任教師であるが、来月の再編成で上位クラスを受け持つことになっているらしい。
なお一学年は300人10クラスで、Sクラスと呼ばれる特級を筆頭にA級が2クラス、B級も2クラス、C級は3クラスと分かれていく。その他に騎士クラスと魔術クラスがある。
つまり学力を伸ばす一般クラスと、将来の騎士や魔術師を目指す学生でクラスが分かれるということだ。
だが進路はいつでも変更可能で、騎士や魔術師も本格的な実習は高等部に入ってからとなる。なので中等部ではあくまで基本的な知識や、己の才能や得意な分野を見つけることが第一となるという。
けれど学ぶこと以外に興味の持てないリリには才能や得意分野を見つける意味がわからない。
どうしたところで貴族に生まれた女は家の都合で嫁いで子を産むのが役目なのだから、知識以外のものを得ても何の意味もないはずだ。
絵などは本物の芸術家が描いたものを見れば良いのだし、刺繍だって針子に頼めば良い。
リリは騎士にも魔術師にもなれないし、何をすることも許されていない。
家のしがらみを捨てて学生生活を送ることはできても、卒業後にはまたその家に帰る。結局のところリリは貴族と違って己の人生をその手で切り開く自由はないのだ。
とはいえリリはそんな己の立場に不満はない。リリの実家は世界有数の資本家で、父はリリの求めるどんな物も与えてくれている。屋敷内もどこでも誰かしらがリリを守り、あらゆる危険が排除された世界でのんびり生きることを許されてきた。
さらに竜王国への留学という我がまますらも許された。
これ以上に望むものなどリリの中に存在しない。
やがて教師の説明が終わると魔力測定の為に学生達が立ち上がり移動を始める。
同い年の生徒たちが友人たちと連れ立ったり、自己紹介など雑談しながら歩いていく。その中をリリはひとり歩いていた。
琥珀色の瞳でまっすぐに前を見て歩くが歩みは周囲より少しゆっくりで気づけば最後尾を歩いている。
周囲の学生たちはそんなリリを抜かしながらもチラチラと視線を向けているがリリは気にしない。
琥珀色の瞳も茶色の髪も竜王国では平凡な色合いだ。むしろこの世に茶髪の人間などいくらでもいる。
ただきっと歩きが遅いことが悪目立ちしているのだろう。向けられる視線の意図をそう認識しながら外通路を歩き魔術実習のための施設へ向かった。




