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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
中等部2年
38/52

36.オリヴェタン侯爵家の次女

 エミリー・オリヴェタン侯爵令嬢は明るい金色の髪と青い瞳をしている。人ではあり得ないその深い青色の瞳は確実に魔法武具によるものだ。

 ただ魔法武具が変えられるのは色彩だけで容姿まで変えることはできない。

 なのでその小さな顔と整った目鼻立ちは魔法武具ではなく生まれつきのものなのだろう。


 ただ中等部1年Sクラスの彼女は、学生の少なくなった寮の食堂の片隅で強気な瞳を向けていた。


「可憐で可愛らしい砂糖菓子様は帝国からいらしたらしいじゃないですか。それならわたしの話を聞いても否定しない気がするので言いますね」

「場合によっては平手で黙らせるかもしれないけれど、そのような悪行に手を染めていないならどうぞ?」


 1年生で最も可愛らしいとされるエミリーの向かい側に座るのは学園の全生徒から愛される砂糖菓子であるリリだ。

 そして可憐なリリから出る挑発的な言葉にエミリーが上等ですよと笑う。

 アニエスはそんなふたりにと淹れた温かなミルクティーのカップを置いた。

 とたんにエミリーとリリの両方から礼が飛ぶ。


「まず言いますけど、うちの両輪は頭がおかしいんです。外見至上主義なのはわかりますけど、だとしてもその上でさらに頭が良いってなったら喜びませんか?」

「すべてが完璧なアドリエンヌお姉様のような方ということよね? そのような出来た娘が持てたなら、親として自慢でしょう」

「うちの親は逆です。娘が自分たちより優れていたら、自分たちのプライドが許さない」

「あらあら、随分と心が狭い愚か者なのね。でもクレール・オリヴェタンは王妃候補とされるほど優秀な娘なのよね? おかげでアドリエンヌお姉様のように、お城から家庭教師が招かれたと」

「そうです。お城から家庭教師と言う名の他人が派遣されたから、姉は好きな勉強ができたんです。ぶっちゃけ姉は素直で優しくて、人の悪意とか知らないから疑うこともできない本当に善良な人です。勉強ができて知らないことが知れたら嬉しい。それだけで王妃になりたいともなんとも考えてないんです。本当に可愛すぎる姉なんです」


 強気な瞳でまっすぐに吐き出されたのは、妹から姉への悪意ではなく愛だった。

 その意外性に驚くアニエスのそばでリリは悠然と微笑む。


「そんな甘っちょろい姉がいたなら、あなたは守って差し上げたいと思うわね? 娘を王妃候補に仕立てて食い物にしようとする愚か者どもから」

「そうでしょう? さすが砂糖菓子様です。ローラン侯爵家の長男様が遠回しにあの砂糖菓子なら姉を救えるぞとおっしゃるだけあります」

「あら? ベルナール様がわたくしのことを頼りになるとおっしゃっていたの?」

「なんなら役立たずのアランを殴るくらいはしてくれる、まで言ってくれました。たぶんその場合は砂糖菓子様ではなくこっちの最高イケメン騎士お姉様の方だと思いますけど」


 さすがに砂糖菓子様が物理的に何かすることはないだろうから。1年生でまだ何も知らないエミリーは拳を固めてアニエスにその時はお願いしますねと声をかける。

 そこでアニエスは確認のため質問を向けた。


「君は姉をBクラスに落として、さらに悪評をばら撒いた。さらに君自身も何らかの手段を使って優等生になっている。ここはどういうカラクリなのかな」

「そんなの簡単ですよ。だってわたし、いつも姉のそばにいたんですよ。女神のように優しい姉は、わたしが、わからなぁ〜い助けてぇって言えばいくらでも勉強を教えてくれます。まぁわたしは勉強なんてどうでも良くて、可愛い姉が仕方ないわねぇって言う時の顔が好きでたまらないだけなんですけど」

「すごいね。姉に対する愛が」

「イケメン騎士お姉様だって、わたしの姉の本当の姿を見たら理解しますよ。わたしの姉は人間なのに甘い匂いがするんです。それこそ麻薬みたいに人を狂わせるレベルの良い香りで、わたしなんて姉が学園に行ってからは姉不足過ぎて姉の寝室で寝泊まりしてましたからね。ぶっちゃけわたしが弟だったら姉はとうの昔に」

「そこから先の発言は駄目だよ。君自身が令嬢として大切なものを失ってしまう」

「わかりました。真面目な騎士お姉様に免じてわたしの欲望は胸に秘めておきます。でもそういうことなんですよ。わたしの姉は大人たちに言わせれば、第二のミリュエル様なんです。でもミリュエル様は伯爵令嬢だからまだ少しだけ自由があります。でも姉は侯爵家の娘なので王妃候補にされてしまったんです。既に筆頭侯爵家の令嬢で完璧なアドリエンヌ様や聡明さで讃えられるアナベル様が存在するのに。おかしくないですか? 竜王陛下って何人の女を嫁にしたいんですか? むしろふたりいるなら姉はいらないですよね? 姉は愛する相手と幸せな結婚をしても許されると思いませんか?」


 そこまで一気に言い放ったエミリーはミルクティーを一口飲んだ。そして騎士なのにお茶が美味しいとはズルいなとつぶやく。

 そしてアニエスはそれに礼を言いつつも、答えを手にした気がしてリリを見た。


「クレール嬢をアラン侯爵子息と結ばせるためには王妃候補から降ろさなければならないってことだ」

「それ以前に、わたくしの可愛い子犬に相談するだけで何もしないアラン・マイヤールなどに自慢の姉をあげられるのかしら? あの男なら姉を幸せにできる保証はある?」

「でも父のような頭がおかしい外見至上主義でも、惚れた女を幸せにできてるんですよ。愛と見た目と侯爵家があれば性格や頭がアレでもどうとでもなるんです。それでも無理ならわたしが姉を奪って屋敷に閉じ込めてあんなこと」

「エミリー嬢、それ以上は駄目だよ。それにその場合、まずはアラン侯爵令息の愛を確認しなければならない」


 口を開くと欲がこぼれ落ちるらしいエミリーを制しつつ、アニエスは次にやるべきことを提案した。

 とたんに美少女であるエミリーは怪訝な顔で首をかしげる。


「アランは6歳の時に姉へ一目惚れしたのよ。アナベル様という初めて自分より聡明な存在を見つけて花の顔をほころばせて熱心に話し続ける姉に。そしてそれから理由を見つけては花を1輪持ってきたり、誕生日にはバラの花束を持ってきたりしたけど全部わたしが始末してるわ。なんならバラの花びらで栞を作って姉にあげて感動した姉に額へキスされるという最高の報酬をもらったりしたんだけど」

「君もなかなか酷いね」

「姉に直接渡す勇気もない軟弱者を認めるわたしじゃないもの。ねぇ、砂糖菓子様ならわたしの気持ちわかりますよね?」

「わかるわ。そもそも他人を介さないと贈り物ひとつできない軟弱者が立てる舞台はないもの。相手へ愛を伝えるという最高の舞台にあがれるのは、相応の勇気を持つ者だけよ」

「さすが砂糖菓子様です」

「そうなると、やっぱりアラン・マイヤールを物理的にやるしかなくなるわね? 簡単に舞台へ立たせるわけにはいかないもの。乗り越えられない高い障壁として立ちはだかるためには物理的にやるのが一番だわ」

「でもその場合、やっぱり闇討ちですか? それとも背後から強襲しましょうか?」

「待って待って」


 盛り上がるふたりの美少女をアニエスか笑いながら止めた。気が合うのでリリの良い友人になれそうだが、少し放置すると物騒な方向に進んでしまうのがこのふたりの難点だ。


「その辺りは私に任せてほしい。だけどその前にひとつ確認したいから質問するんだけど、魔法武具で色を変える意味はあったのかな? 魔法武具は色を変えられても顔は変えられない。それならクレール嬢は茶髪の美少女でしかないよね?」

「魔法武具を姉に渡す時に両親がなんて言ったかわかります?」

「……いや? 普通にふたりの色を入れ替えるだけなんだと思ったから」

「妹の傷ついた心をいやすためにも、醜い女子の気持ちを理解するためにも、クレールも醜い姿になったほうがいいって」

「え、っと?? 待ってほしい。君は色と関係なく可愛いよ。それに魔法武具は色を変えるだけで顔立ちは変えられないんだよ?」

「うちの親は、自分たちと同じ色しか認めてないってことです。だから姉と同じ顔でも、祖父母と同じ茶髪のわたしはとても醜い。これでもうわかりますよね? わたしが姉だけを愛してる理由。この世で姉だけがわたしを可愛い妹って言ってくれて、家族として愛してくれたから」

「私も君のことを愛しているよ。君は可愛い後輩で、この寮でさえずる愛すべき小鳥だ」


 エミリーの言葉がつらすぎて自然とアニエスの目から涙がこぼれてしまった。そうしてアニエスが頭を撫でた先でエミリーも笑いながら涙をこぼす。

 そしてそんなふたりを真顔で眺めながら、リリは静かにミルクティーを飲んでいた。



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