34.オリヴェタン侯爵家の長女
竜王国には9つの侯爵家がある。そして9つの侯爵家は筆頭侯爵家であるオーブリー侯爵家から順に家の歴史の長さで序列がつけられていた。
そんな侯爵家の中で最も歴史が浅く、4代前に金で侯爵位を買ったとすらささやかれるのがオリヴェタン侯爵家だった。
そんな家柄であるため先代のオリヴェタン侯爵も妻を探すのに苦労したらしい。良い家柄に生まれ多量の魔力を持つ令嬢ほどオリヴェタンへ嫁ぐことを避けたがる。
己の価値を知る者ほど、歴史の古い家へ嫁ぎたいと思うものなのだ。歴史が古いということは、それだけ長く優秀な血を取り込んだということになる。そうして生まれた子息が優秀でないわけがない。そしてその優秀な男との間に生まれた子も優秀でないわけがない。
つまり嫁いだ時点で己の明るい将来は決まったようなものなのだ。
それは令嬢であれば当然のように考える不文律で、それを誰がねじ曲げることもできない。だから侯爵家だとしても、ほぼ伯爵位と変わらないような低位の家に優秀な令嬢が来ることもない。
もしこれが侯爵家ではなく伯爵家だったなら、伯爵家の中で優秀な子を探すこともできただろう。だが侯爵家がそれをすることはできない。
最上位の爵位を持ちながら天上で相手も見つけられず地上に落ちてきたと笑われてしまうためだ。
だから侯爵家最下位のオリヴェタン侯爵家は結婚相手に苦労する。
そして今の代のオリヴェタン侯爵は不文律を無視したいがために真実の愛と言う文言を生み出した。
オリヴェタン侯爵家の中で突然変異のように生まれた彼は、その時代の令息の中で誰よりも容姿端麗だった。
輝く黄金の髪も竜王に近い青褐色の瞳も、家の名を無視すれば令嬢たちの憧れとなった。
そんな令息が学園で出会ったのは麗しい男爵令嬢。上位貴族のような魔力の強さはなかったが、誰よりも愛らしい美貌となにより愛嬌があった。
オリヴェタン侯爵家の令息は、そんな令嬢と出会い真実の愛を見つけたらしい。そして高等部卒業式後のレセプションで、彼は大勢の観衆たちの前で見事なプロポーズをして見せた。
深く一途な愛と強い絆を見せた美男美女のその物語に若者たちは感動の拍手で祝う。
それから数年後、クレール・オリヴェタンは愛し合うふたりの間に生まれた。父に似た輝く黄金の髪と母譲りの澄んだ空のような淡い青色の瞳。
容姿端麗な両親によく似た誰よりも愛らしい娘。そんなクレールは両親や祖父母、そして周囲からも愛され幼少期を過ごした。
けれどクレールが生まれた2年後に妹が生まれて世界が変わった。妹は金に近い茶色の髪と同色の瞳を持つ。それはオリヴェタン侯爵家ならではの色合いで祖父母や父方の叔父とも似ていた。
だが父は納得できない。既にオリヴェタン侯爵となっていた父は、我が家こそ侯爵家の中で最も優れた容姿を持つ血統だと思っていたのだ。
むしろクレールが生まれたことによって父はそのように確信してしまった。そして男爵令嬢からその容姿ひとつで侯爵夫人に成り上がった母も同様の考えだった。
それ以降のオリヴェタン侯爵夫妻は娘たちに容姿を磨くことを強要するようになる。常に美しいドレスを着させてセンスを磨かせ、男性が好む会話や男性を立たせる態度をと言い聞かせる。
だがクレールは社交の場より本を読むほうが好きな性格だった。そんなクレールを両親は最初こそ疎んでいた。女が知識を得ても意味はないのだから、それより男を喜ばせる態度を学べと母が叱る。
けれどそんな母に連れられ出た茶会でクレールの世界が再び変わった。ギラギラと華美た屋敷の中しか知らないクレールは、洗練された知性のきらめく空間と出会ったのだ。
クレールよりひとつ年上で、当時7歳ながら才女として知られていたアナベル・デュフールはクレールから見ても聡明な少女だった。
アナベルとの会話は今までの何より楽しく多くの学びが得られる。アナベルはその短い茶会の時間だけで、クレールの知らない海の向こうの国のことまで教えてくれたのだ。
そしてそれが楽しくて仕方ないクレールを筆頭侯爵家の長子であるアドリエンヌが褒めてくれた。
アナベルでも6歳の頃はそこまでしっかりしていなかったわよ。会話に夢中になることなく、最後まで年上相手にきちんと礼儀を守れてえらいわね。
そのように筆頭侯爵家の長子から褒められたクレールはいつの間にか「王妃候補」と言われるようになった。
王妃候補と認められると王城から支援金とともに家庭教師が送られる。おかげでクレールは両親に何を言われることもなく勉強や礼儀作法など学ぶ幸運を得られた。
そうして5年が経ちクレールは王立学園へ入学する。それからクレールは1年生と2年生を何の問題もなくSクラスに在籍しながら過ごせた。
だが2年生を終えて夏季休暇に入り帰宅したクレールの目の前で可愛い妹が叫んだ。
「お姉様ばかりずるい! エミリーは何も持ってないのに!」
美貌も知識も王城から家庭教師が派遣されるという待遇も両親の期待も何もかもクレールが独占している。自分は親の愛も何も向けられていないのに、姉ばかりズルい。
このまま自分はオリヴェタン家の美人ではないほうの娘として嫁ぎ先も見つからず不幸になるしかない。
そう泣き叫ぶ妹の姿にクレールは愕然とした。
クレールはずっと王妃候補として相応しくあれと様々なものを叩き込まれてきた。だがそれはクレールにとって望ましい環境で、どんな事も苦だと思わなかった。
だが妹は最初の2日ほど一緒に家庭教師から学んでいたが、3日目から来なくなった。なので妹は望んで学ぶことを辞めたのだと思っていた。
だがきっとそれは勘違いだったのだ。クレールが浅慮で考え足らずで、妹の気持ちを考えなかったのがいけなかったのだろう。
そう反省したクレールは妹にどうしたら良いか問いかけた。
すると妹は先程までの涙など嘘のような笑顔を見せて魔法武具を取り出した。
クレールはまったく知らなかったが、最近は容姿を変える魔法武具が流行っているらしい。
外見に強いこだわりのある両親はその魔法武具をよく思っておらず、天然の容姿に勝るものはないと言う。それでも可愛い末娘の傷ついた心を癒すためにも、醜い女子の気持ちを理解するためにも、クレールも醜い姿となったほうが良い。
両親のその言葉こそが妹を傷つけるのではとクレールは焦ったが、妹は両親の言葉など聞いていない様子でクレールに魔法武具を使わせた。




