33.グレイロード帝国近衛騎士
竜王国で14歳は中等部3年生として学ぶ立場だ。昨年度にリリを甘やかしてくれたお姉様がたが14歳だった。
そしてアニエス・ディランは14歳ながら既に中等教育機関を出て近衛騎士団の配属となっている。これは公女である彼女ならリリを含めた王族の女を守りやすいという配慮のためだろう。
それに近衛騎士団長はアニエスの父親なので、もしもの時のフォローもしやすい。
けれどリリはずっと思っていた。リリ自身は甘い父に自由でいることを許されて育った。そして幼馴染みのディートハルトもおおらかな両親に鍛えられながら楽しく努力してきた。
だがアニエスの父親は現近衛騎士団長で、かつてはビタンの次期国王と呼ばれた方である。同時にビタンの双璧とも呼ばれる最強騎士でもあった。
そのため為政者としても騎士としても最高位に立つ人の長子として生まれたアニエスの重圧はどれほどのものだっただろうかと。
そしてそんな重圧があってもリリたち年下に優しくしてくれるアニエスは、実は誰よりも強いのではないかと。
「アニエス様! 騎士クラスの方々にお勝ちになられたと聞きました!」
「本当に素晴らしいです。女性でありながら誰よりも凛々しく強くてあられるなんて」
「アニエス様はわたしたちの理想そのものですわ!」
最近、昼休憩に食堂へ行くと入り口に待機していた同級生や下級生の女子生徒たちがアニエスに群がる。
おかげでリリは誰に見られることなく食堂へ入ることができるのだが、不躾な女子生徒たちのせいでアニエスの休憩時間は減る。
「かしましい愚物どものために休憩時間が減ってしまうなんておかしな話ね」
「うーん、でもアニエスが騎士クラスに勝ってしまったのは事実だから」
空いているテーブルを探しながら愚痴るリリをエスコートしながらマティアスも苦笑をこぼす。
とたんにリリは愁眉をひそめた。
「でもディーと同じ帝国の留学生だからと模擬試合を申し込んだのは騎士クラスの愚か者どもよ。アニエスが望んだことではないわ」
騎士クラスがSクラスまでやってきてアニエスに挑戦状を叩きつけたのは始業式を終えた5日後のことだ。
その時に騎士クラスはアニエスに準備期間を与えると言っていたが、アニエスはそれを拒否した。準備など必要ないし時間の無駄だからすぐに試合をしようと。
爽やかな笑顔で最高の挑発をしてみせたアニエスは、2年の騎士クラスだけでなく試合を見物していた3年生まで倒してしまった。だがそれは当然の結果だろう。中等部の騎士クラスは、騎士見習いのさらに下で、3年もかけてのんきに基礎の基礎をしている連中だ。
本格的な訓練も模擬戦もやっていない素人が帝国騎士であるアニエスに勝てるわけがない。
「敵のことも知らず戦いを挑む愚か者どものせいでアニエスの食事時間が減るのよ。万死に値するわ」
「あ、見て。リリ。デザートにカップケーキが」
「なんですって!?」
愚かな騎士クラスに抱いていた義憤はデザートコーナーを見たことで四散した。
「ねぇ、マティアス? あの程度のカップケーキなら4つはいける気がするわね?」
「いけないいけない、無理だよ。食後のデザートが食事の主役になっちゃう」
「それもまた仕方ない話よね。菓子職人の方が素晴らしい才能を持っていて、毎日わたくしを魅了してしまうのだもの」
こればかりは仕方ないとテーブルが空いている区画を見つけながら告げたリリはトレイを手にした。
この食堂は前菜などはビュッフェスタイルで好きなものを好きなだけ取ることができる。だが主菜やスープなど温かいものは職員に頼まなければならない。主菜のメニューは毎日2種類あって日によって変わる。
リリはいつも前菜を多めにして主菜は軽いものを選んでいた。そうやって胃袋の負担を減らすことでスイーツへ向ける余力を残すのだ。
マティアスとふたり、トレイに料理を乗せて空いているテーブルに向かう。リリとマティアスはいつも向かい合って座り、けっして隣り合うことはない。
竜王国では家族や婚約者以外の異性と隣り合うことはないらしい。だがそんなことより、リリはいつもマティアスの顔を見ていたいと思っていた。だからどんな関係だろうと座るなら向かい合って座りたい。
だがそんなふたりの世界を壊すように見知らぬ男子生徒が現れた。平然とマティアスの隣に座ったのは平凡な金髪の生徒だ。
ただ表情を消すリリと違い、マティアスは驚いた顔を見せた。
「アラン・マイヤールさん、どうされたんですか?」
「君に相談がある」
内向的な性格のマティアスは友人を持たない。そして同級生に侯爵家の人間はいないと、最初の、魔法武具に頭を囚われていた頃のマティアスは言っていた。
そんな彼がさん付けするのなら侯爵家の人間で、おそらく年上の子息なのだろう。そんなことを考えるリリの目の前で、生真面目そうな男子生徒がチラリとリリを見た。
だがすぐにその目をマティアスに戻す。
「君はクレールを覚えているだろうか」
「はい。オリヴェタン侯爵令嬢ですね。聡明な方で、アナベル・デュフール様と渡り合える稀有な令嬢だと姉からも聞いています」
「そのクレールが、今年度はBクラスなんだ」
「それはおかしくないですか? 昨年はSクラスだったと記憶しています。SクラスからBクラスに落ちるなんて普通ではありえません。学園側で何らかのミスがあったとしか」
「それだけじゃない。クレールは3年にあがって から髪と瞳の色を変える魔法武具を使っている」
「それは…」
色彩を変える魔法武具は、裕福な貴族がオシャレという道楽を極めた結果として竜王国王都で流行している。
学園側も認めてはいないが、見た目が華美でなければ自由の範囲内として認められていた。
なのでそれをクレールとやらが使おうが問題もないだろうがとリリは簡単に考える。
「クレールの今の見た目は茶色の髪と瞳だ」
「それって…」
アランと呼ばれる男子生徒の言葉にマティアスは驚きのままつぶやいた。
「エミリー・オリヴェタンの色では?」
「ああ、逆にエミリーの今の色は明るい金色と青色だ。ミリュエル・バルニエ伯爵令嬢に似た色合いと言えばわかりやすいかもしれない。そしてエミリーを知らない人間は、それを第二のミリュエル・バルニエだと言う」
「あらあら、それはおかしな話だわ」
アランの言葉を聞き流せなかったリリは緩やかに微笑む。
「ミリュエルお姉様は確かに誰よりもお綺麗で優しく、称賛に値する方よ。でもその色を真似ただけでお姉様のようになれるわけがないのに」
「確かにそうだ。砂糖菓子君の言うことは分かる。だがだからおかしい。ミリュエル嬢の素晴らしさは外見と中身が伴っているから発生するものだが、エミリーはそれがない。だというのに学園へ入学したエミリーは成績優秀で、愚かな姉を助ける優しい妹だと言われている」
「リリが言う外見と内面を伴った令嬢はクレール嬢のことを言うんだよ。姉上もひとつ年下のクレール嬢のことをとても可愛がっていた。それにそもそもクレール嬢は、優秀でなければなれない王妃候補でもあったんだよ」
見た目も作法も頭脳も何もかもが優秀でなければ認められない。そんな王妃候補にクレール・オリヴェタンは立っていた。そんな令嬢が3年になってBクラスに落ちるのは確かにおかしい。
ゆっくりとリリが事態を理解している頃に、かしましい小鳥どもを撒いたらしいアニエスがやってきた。
好き嫌いのないアニエスはいつも野菜や魚などをバランスよく食べる。騎士は身体が資本だからと言うのがアニエスの言い分だ。
そんなアニエスはリリの隣に座った。そうしてマティアスからアラン・マイヤールの紹介とクレール・オリヴェタンに関する相談ごとの説明を素早く受けた。
するとアニエスは何かを把握した様子で笑った。
「オリヴェタン侯爵家の姉君のほうは成績も悪く見た目も普通。だと言うのに侯爵令嬢という地位が惜しいから、アラン・マイヤールにすがりつき同情を引いて、来年には婚約を結ぼうとしている」
「なんだその侮辱は」
「私が女子寮でさえずる小鳥たちから聞いた話です」
いきり立とうとしていたアランはアニエスの言葉に浮かせていた腰を下ろした。ただ驚きの目でアニエスを見つめる。
「女子寮? 君はなぜ女子寮に??」
「私は女なので寮も女子寮ですよ。そして帝国から来た留学生という珍しい存在の私を小鳥たちは好いてくださっている。クレール嬢は3年生なので寮も別棟でお会いしたことがないですが、妹君は愛らしい小鳥としてさえずっていますよ」
「エミリーは、おれが言うのもなんだが礼儀作法も習得しておらず他人との距離も近い」
「だとしてもオリヴェタン侯爵家は姉妹ふたりしかいない。それならどちらかに婿を迎えさせて、家を継がせるのが当然の流れになる。だとするなら現状維持で良いのでは?」
「は? 君は何を言っている。今のクレールは正当な評価をされていないんだぞ」
「私はここで話を聞いた上でそう思っただけです。そしてきっと貴殿もクレール嬢自身から相談を受けてこうしているわけではないですよね? ではどうしようもないのでは」
アニエスの意見はリリが聞いても正当なものだ。ただそれはリリもアニエスも部外者だからこそ持つのだとも思う。
現にリリの向かい側にいるマティアスは困ったような顔を見せている。前髪に隠れた目元もきっと悲しげに伏せられているだろう。
「アニエス、あなた他人事だと思っているわね。これは本人が乗り越えるべき問題だと」
「そうだね。どうしたって私たちは異国人だから、竜王国貴族の話に介入すべきでないと思ってる。下手したら外交問題になるからね」
「でもそれはおかしいわね? わたくしのアニーが、わたくしの可愛い子犬の悲しげな顔を放置するなんてあり得ないはずだもの」
「うーん、確かにそうだね。ここでの私は愛すべきラピスラズリの笑顔のためならどんな難問も笑顔で片付ける役目を求められている」
「それにそのクレールとやらは、わたくしの最愛であるお姉様がたが認めた方らしいわ。だとするならこのわたくしが、お姉様がたに代わって助けてあげるべきよね。そうした暁には喜ばれたお姉様がたは、コルセットをはずした状態でわたくしに抱きしめさせてくれるはずだわ」
「リリ? 途中から発言が大問題になっていたね。淑女のコルセットをはずして良いのは運命の相手だけだよ。それに何よりご令嬢を救うことに対価を求めてはいけない」
「でもわたくし、お姉様がたのあのスイーツのようにふんわりと柔らかな抱き心地を楽しみたいの」
「それは許されない。私で我慢してほしい」
「アニーは殿方より硬い腹筋しかないじゃない!」
「ははは、鍛えていない騎士はいないからね。まあでも、私の可愛いラピスラズリが助力をと求めるなら手を貸すよ」
「マティアス」
どうしようかと問いかけるアニエスの隣で、リリも期待に満ちた目でマティアスを見つめた。
「アニエスに協力を頼んでちょうだい」
「女子寮にいるアニエスの助力が得られるのは助かるよ。でも下手したら外交問題って部分は大丈夫? その外交問題になるってアニエスが帝国騎士だからなんだろうけど」
「外交問題にならないようこっそり片付けたら良いのよね? エミリア? とやらを消してしまうとか」
「エミリー・オリヴェタンだよ。侯爵令嬢を消されたら困るから穏便に何とかできたらいいけど…」
名前を覚える気すらないリリに苦笑しつつ、マティアスはどうにかなるだろうかとアニエスを見やる。
すると目の前には爽やかに微笑む近衛騎士がいた。
「何とかせよと言うなら何とかするのが近衛の務めだ。だからまずは情報を集めることからやってみるよ。寮に戻れば可愛い小鳥たちから様々な話が聞けるからね」
だから任せてほしいと告げるアニエスは、女性騎士というより女性に強い騎士にしか見えなかった。だがそこも含めて頼りになる人だとマティアスは思っているし、その気持ちをそのまま隣にいるアランにも伝えた。




