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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
中等部1年
31/55

29.卒業式と終了式

 魔力測定器がすべて破壊されるという前代未聞のトラブルが起きた学年末試験が終わると、残るは3年生の卒業式だけとなる。


 学園側も学年末試験以降は成績の集約作業や翌年の準備に取り掛かるため、授業が実習になることも増えた。そんな平和な時を10日過ごせば卒業式を迎える。

 それは中等部1年にとって無縁のイベントなので、話題もその後に控えた夏季休暇にどうするかというものになっている。

 だが1年Sクラスでは葬式のような雰囲気が教室の一部を支配していた。


「お姉様がたが卒業されてしまったら、わたくしはどうしたら良いのかしら……」

「リリ、姉上たちは高等部に上がるだけだよ」

「だとしても簡単にお会いできない距離だわ!」


 琥珀の瞳からぽろぽろと涙をこぼすリリにマティアスは苦笑しつつも強く出られない。

 だがディートハルトは「簡単に行ける距離だけど」とつぶやく。


「オレこの前ちょっと高等部行ってきたけど、そんな遠くなかったぞ」

「ディー? あなたなぜわたくしに無断で高等部に行ったの? まさか騎士科を倒そうとしたの?」

「そんなわけがないだろ。試験前だったし。ちょっとアドリエンヌお姉様に高等部へ連れてってもらって、お兄様のところに行って、マティをオレにください! ってキメ顔で挨拶してきただけだよ」

「それこそわたくしに無断でやるべきことではないわよ」

「その後でアドリエンヌお姉様と高等部の食堂で飯食ってきたんだけど」

「ディー、あなたそろそろわたくしに放り投げられても良いのではないかしら」

「駄目だな。マティはオレの顔が好きだからアザのひとつでも泣くと思う」

「あなた何を言っているの? マティアスは元々涙をこぼしやすい愛らしい子犬なのよ。あなたの顔に対する思いが皆無だとしても何かあれば泣くに違いないわ。でもそんな時はわたくしがマティアスの涙を拭いて差し上げるからディーは気にせず滅びてよろしいのよ」

「滅びてたまるか」


 リリが口を開くほどに物騒が出てくるのは空腹だからだろう。笑いながらそう考えたディートハルトは教室の時計を目にした。


「それよりそろそろ昼休憩になるからお姉様たちのとこ行こうぜ。高等部に行かれたら一緒に飯も食えないし、リリもお姉様にケーキ食わせてもらいたいだろ?」

「そうね。さすがディーだわ。お姉様の手ずから食べさせてもらうスイーツはいつもより甘くておいしいの。でもお姉様の白くしなやかな指先についてしまったクリームを舐めた時の甘さが一番だったわ」

「それ、おまえの見た目じゃなかったら変態の所業だからな。気をつけろ」


 立ち上がるディートハルトの言葉に、リリは心外とばかりに愁眉をひそめた。そうしてゆっくりと立ち上がりながら、自分よりも身丈のある男子2人を交互に見やる。


「ディーがマティアスをラピスラズリのように扱うのと何も変わらないわ」

「オレが可愛いマティに愛を向けるのとおまえがお姉様の指を食おうとするのは違うだろ。オレは愛だけどおまえは食欲」


 ディートハルトに断言されたリリは目をしばたかせてうなずいた。


「……それは、たしかにそうかもしれないわ」

「リリ、そこは納得する部分じゃないよ」


 なぜそこで納得するのかと苦笑したマティアスに言われる。だがリリにとって指を舐める行為は、付着したクリームがもったいないからしているにほかならない。愛でもなんでもないそれを食欲だと言われれば納得するしかなかった。




 平和な10日間はあっという間に過ぎていく。中等部の在校生たちが夏季休暇にどこへ行くかと談笑するなかでリリは徐々に広がる寂しさに戸惑う。

 この国に来た当初のリリは母国に残したものすべてを懐かしみ寂しさを抱いた。その郷愁もお姉様がたと出会ったことで埋められる。あげくここ数ヶ月は短期留学生として現れた幼馴染みのおかげでにぎやかだが楽しく過ごすことができた。

 だが卒業式を終えればお姉様がたは高等部へ進む。そして幼馴染みは帰国してしまう。


 全生徒が入ることのできる大きな公会堂の後ろの席で卒業式典に参列しながらリリは表情を曇らせる。卒業式はつつがなく行われ、卒業生代表らしい学力首席の生徒が堂々とした出で立ちで挨拶文を述べる。その後は学園長から祝辞が述べられ、優秀生がひとりずつ呼ばれて壇上で表彰される。

 それら遠い光景を目にしながらリリは知らぬうちに隣にいる幼馴染みの袖をつかんでいた。

 そして幼馴染みのディートハルトはそんなリリに気づいても何も言わない。


 式典が終わり卒業生たちが退場すると、続いて終了式が始まる。そこで夏季休暇の過ごし方や寮の明渡しに関する説明が行われる。

 竜王国出身の生徒は寮を明け渡して実家に帰る。そしてリリを含めた30人しかいないらしい留学生は国に帰るかホテルに滞在することとなる。

 だが中等部の留学生はこれまでほぼ隣国から来ていて、夏季休暇は帰国するものだった。そのため中等部の学生がひとりでホテルに滞在するという前例がない。そのため海の向こうからやってきた唯一の留学生であるリリの滞在先を誰もが心配する。

 終了式の後、教室に戻ったリリも担任教師から夏季休暇中はどこで過ごすつもりなのか問われる。


 この学園内でのリリは魔力を持たない庶民だがとても裕福な家の娘だと思われている。そしていつも侯爵家の次男であるマティアスと一緒にいるため大人として心配もあるのだろう。

 そんな担任教師の問いかけにリリは笑顔とともに答えた。


「祖母が住んでいた家があるので、そちらでお世話になることになっております」

「親戚がいたんだな。ローラン侯爵家に押しかけたり、街で適当にホテルを探さないなら良い」

「あらあら、先生は、このわたくしがひとりでよそ様の家に行けるほど世間を知っていると誤解されているのね? それは買いかぶりというものですわ」

「先生はな。単身で海を越えちゃった可愛い生徒の行動力を心配してるんだよ。ローラン侯爵を殴りに行ったりされちゃあ困る」

「ディーがしないことを、わたくしがいたしませんわ。彼はわたくしが手を汚すことを厭うもの」


 リリとしてはマティアスの父親を殴れるなら殴りたいと思っている。だがなぜかディートハルトは魔力測定器を破壊してまで、マティアスの父親が学園へ来ることを阻んでしまった。

 実際に学園側の都合で誰も魔力測定が中止になり、魔力量の順位がつけられないと知ったローラン侯爵は動かなかった。

 ローラン侯爵としては、マティアスが魔力量で誰かより劣ることが許せない。だが首位がいないのであればどうでも良いと考えたのだろう。

 そしてそれはディートハルトの思惑通りでもあった。


「けどそのディートハルトは今日が最後だろう。母国で中等教育機関とやらに戻るんだったか?」

「ええ、帝国騎士団へ入団するために必要な施設へ」


 教師に告げながら目を向けた先で、広い教室の窓際に男子生徒が集まっている。そうして彼らは今日でお別れとなるディートハルトに別れの挨拶を交わしているのだ。

 リリのために毎日マティアスを口説いていたディートハルトである。けれどそれ以前に高学年の騎士クラスを倒したことで英雄のような扱いをされていた。そんな彼なのに社交的で世話好きで、問いかければ誰彼問わず勉強を教えてくれる。

 そんな彼を好きにならない者はいないだろう。


「いつも憎まれ口をぶつけてたけど、最後くらいはちゃんと挨拶してやれよ」

「わたくしがわざわざそんなことをしなくても」

「そういうことしっかりしないと、自分が寂しくなるんだぞ」


 教師の言葉につい反発しかけたリリだが、向けられた言葉に目をしばたかせた。

 さすがに教師として年頃の子供たちを見ているだけはある。その言葉はリリも自覚のあるものだった。




 そんな教師の言葉を胸に秘めたまま、リリは翌日を迎えて慌ただしく動いた。朝から祖母の家の関係者がやってきてリリの部屋にある衣類などを丁寧に荷造りして運びだしてくれる。

 丁寧だが速やかな作業をしてくれる女性たちは全員が統一された藍色のワンピースを着ていて、この国の民なら一目で所属が分かる服装だ。


 自分の部屋を片付けて、来た当初の状態に戻すと日傘を差して寮を出る。

 リリは夏季休暇中、竜神殿に滞在することとなっている。

 そこは竜王国王城のそばにあり、竜信仰の中心たる施設だ。だがかつてリリの祖母が巫女として滞在して祖父と出会い、恋をした場所でもある。そうして父が生まれて5年を過ごしたが、祖母の死とともに神殿を離れた。それから父は祖母の墓参りに1度訪れただけだと聞いている。

 だがリリは父と違って感傷など持ち合わせていないし、竜神殿とやらに思うこともない。ただ無料で過ごせる上に安全が保証されているから利用するだけだ。

 むしろ王城近くという目の届く場所でなければ認められないと、この国の頂点に駄々をこねられたのもある。


「やあ、リリはもう片付けを終えたんだね?」


 学園の正門近くで家族の迎えを待つ学生たちを眺めていると、私服姿のマティアスがやってきた。


「ええ、すべて運んでいただいたわ。マティアスは家族のお迎えを?」

「姉上は昨日の時点で帰られたから、僕の迎えが来ることはないよ。荷物も昨日のうちに姉上のついでに運んでくれたから」

「ねぇ、マティアス。これから少しお散歩をして、ついでにあなたのお父様を潰していいかしら?」

「そんな寄り道してカフェに行くような雰囲気でも駄目だよ」


 この国の侯爵を相手にそんな無礼は良くない。魔法武具を使わなくなったマティアスはよく躾けられた子犬のように善良でおとなしい。


「そうよね。ディーがいなくなってしまうなら、いっそわたくしが…と思ったけれどだめね」

「そのディーなんだけど」

「何かあった?」


 リリが幼馴染みの名前を出したところマティアスも神妙な顔で言い出した。


「男子寮で告白されてたから、僕は先にこっちに来たんだよ」

「なんということなの。あの愚か者は最愛であるあなたを放置して有象無象が向ける告白という名の雑音に耳を傾けているのね?」

「おかしい。その発言のすべてがおかしい」

「マティアスはディーの最愛よね?」

「うーん、まだそれが終わってないなら」

「あら? ディーがあなたを帝国へ攫って幸せにするのは決定事項よ。マティアスの定められた幸せな未来は死ぬまで終わりのないものだわ 」

「月夜の物語の世界でも男同士で結婚することはできないし、現実の帝国でもそうだよ」

「マティアスは結婚がしたいの?」


 月夜の物語が描くのは恋物語であって結婚云々ではない。だがそもそも物語の舞台となるグレイロード帝国でも同性婚は認められていない。だからディートハルトの言葉が意味をなさないことはマティアスもわかるのだ。

 そしてそんなマティアスへ、リリは不思議そうな顔で問いかける。

 そのためマティアスは逆に戸惑ってしまった。竜王国では結婚してやっと1人前とされ、それまでは家のお荷物でしかない。

 だからローラン侯爵家の落ちこぼれであるマティアスも、荷物になるまいと婿入り先を探さなければならないのだ。


「結婚しないといつまでも家の荷物になるんだよ」

「帝国に行ったマティアスは誰のお荷物でもないのに?」

「僕は兄上のように優秀じゃないから、帝国に行ったとしても食い扶持がないよ」

「あら…」


 食い扶持などと庶民のような心配をすると思わなかった。そう言おうとしたリリの視界の中でマティアスが背後からディートハルトに抱きしめられる。

 夏の日差しの下で行われる暑苦しい光景をリリは緩やかな笑みを浮かべたまま眺める。


「ディー! さすがに暑いよ!」

「なんで置いていくんだよっていう文句の表れなんだから暑さくらい耐えろ!」

「ディーが告白されてたじゃないか。さすがに邪魔しないよ。むしろ目覚めさせてしまったディーが悪い気がしてるからね」


 マティアスは背中にしがみついたまま離れないディートハルトに文句を言いつつ歩き出した。そうやってディートハルトから距離を取ると身体に絡んでいた腕があっさりと離れる。


「ところでマティ、今夜は最後の夜だから一緒に過ごしたい」

「最後? 北行きの客船ってたしか10日おきの出発だから…次は10日後じゃない?」


 北の大陸へ向かう船の今月最初の便は既に今日の昼に出港している。なのであと10日は一緒にいられると考えていたマティアスにディートハルトが笑った。


「まあ説明するより港に行ったほうが早いよ。リリも来るだろ?」

「行っても良いけれど、わたくしは一緒に過ごせないわよ?」

「そりゃそうだ。でも夕方まで時間くれ。おまえもいろいろ学びたいだろ? 魔力循環とか」


 いまだ知り得ない知識を餌に出されたリリは笑顔を輝かせた。


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