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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
中等部1年
30/55

28.学年末試験

 1年の最後に行われる学年末試験は、そのまま次の学年のクラス編成に影響する。


 新入生は入学した月の最後に最初の試験を受けることになるが、2年生以降はそれがない。そのため学年末試験の結果がそのまま5か月ほど反映されることになる。


 だがほぼ1年間学力首席だったリリが気にするほどのことではない。ディートハルトに負けて2位になろうがSクラスは確定している。

 そうなると問題はマティアスがSクラスに残れるかどうかかもしれない。けれどリリにできるのは試験勉強を手伝うことくらいだろう。

 そんな他人の心配ばかりしていたリリは、学力以外の試験で失敗してしまった。

 剣術試験の際に試験官である教師を倒してしまったのだ。もちろん教師も相手はか弱い砂糖菓子と油断していた部分はある。だがリリが教師を倒してしまったことで悪目立ちをしたのは確かだ。

 そのためディートハルトの今までの苦労を無駄にしてしまったかしらと、ほんの少しだけ心配してしまう。なにせディートハルトは、リリの存在感を薄めるためだけにマティアスを巻き込んで月夜の物語の真似などしていたのだ。


 だがそんなリリの小さな罪悪感はディートハルトの順が回ってきたことでかき消された。

 教師はディートハルトの悪評を知っていて、試験前にあえてそれを出してこちらは油断しないから全力でと発言してしまった。そしてディートハルトはその言葉に甘えるように全力で教師を倒してしまった。

 そうしてさすが3年を倒しただけはあるとおおいに褒められ、周囲から喝采を浴びながら戻ったディートハルトをリリは上目に睨みつける。


「ディーは本当に可愛げというものがないわね」

「可愛いはマティだけで良いからな」


 ディートハルトはリリの文句に笑って返しながらマティアスの頭をくしゃりと撫でた。学力試験の後も芸術試験の後も今回も、なぜかディートハルトはマティアスの頭を撫ぜている。その行動の意味も分からないリリは不機嫌に愁眉をひそめていた。


「ディーは試験が終わるたびにマティアスへ触れるのね。その軽率さをなんとかなさい」

「オレとマティはもう軽率に触れ合える関係で」

「生意気なディーは馬に蹴られたら良いのに! 」


 幼馴染みと軽快なケンカをしながら、リリはマティアスの手が震えていることに気づく。そしてリリがそれを指摘する前にディートハルトがマティアスを包み込むように抱きしめていた。

 あげくなだめるように落ち着かせるように優しくマティアスの背中をさすっている。


「マティ、悲しいことにリリが見た目に反して凶暴なのはいま始まったことじゃないんだ。震えるくらい怖かったかもしれないけどオレに免じて見なかったことにしてやってくれ」

「わたくしがおかしいようなことを言わないでちょうだい。ねぇマティアス? あなたは少し緊張してしまっているのね? 剣術試験は終わったのだから移動しながら休憩しましょう?」


 剣術試験と魔力量測定は学年の全員が一斉に行うため、生徒が自分で移動して受けることになる。なので逆に時間内なら好きなタイミングで試験を受けることも可能だ。

 だからと誘うリリの目の前でディートハルトの手がマティアスの前髪をかきあげた。途端にマティアスの端正な顔と潤んだ瞳があらわになる。

 そしてそれはこれまでのラピスラズリ扱いによる愛らしいという印象の刷り込みも伴って、周囲の視線をさらっていった。


「なあ、マティ。オレはおまえを誰よりも大事に思っているし、それはこれからも変わらない。だからおまえはこの試験の結果に怯える必要はないんだ」

「確かに…怖がっても魔力量は変わらないから…」


 ディートハルトの言葉に同意するマティアスだが、その瞳ににじむ涙の量は増えるばかりだ。


「この学園の誰もオレを超えられない。だからある意味でおまえはお父様から解き放たれていい」

「どういうこと? 父上に見放されろってこと?」

「お父様が間違ってるんだから、見放すのはマティのほうだろ? というわけで測定に行って測定器をぶっ壊そうぜ」


 お楽しみはこれからだぞと言い放ったディートハルトはマティアスと手を繋ぎ歩き出す。そのためリリはおおよそ彼のやろうとしていることを理解しながら後に続いた。


 ディートハルトは才能だけなら帝国の魔法兵団長になれる人間だ。父親譲りの努力家で、さらに母親譲りの魔力も持つ。だがなにより恐ろしいのは父親譲りの努力家な部分で、剣も魔術も極めようとするその姿勢だろう。

 むしろそんな彼だからこそ、リリは肩を並べて立つことを許しているのだ。


 校舎から外通路を歩いて測定場へ向かう。その途中で、リリは青く澄んだ夏の空を見上げた。

 この試験が終わると夏季休暇に入り、ディートハルトは帰国する。誰よりも頼れる幼馴染みは、リリが戦闘実習で失敗したフォローのために来てくれたのだろう。そして長い夏休みと言いつつ、リリの気持ちを察したようにマティアスも含め守ろうとしてくれる。

 そんな幼馴染みも夏季休暇以降はいないのだと思うとリリもほんの少しだけさみしく思えた。


「リリ、おまえの魔法武具は問題なく稼働してるか?」


 入学時以来立ち入ることのなかった白壁の施設。5つの測定器がそびえ立つ広い空間でには多くの生徒が順番待ちをしている。

 まず魔法武具の有無を確認するゲート前に並びながら、リリへ幼馴染みが前を向いたまま問いかける。そのためリリは自分の左手中指に付けられた紅玉の指輪を見た。


「問題ないのではないかしら。それにこれはディー程度の魔力でどうにかなる物ではないわ」

「ディーの魔力ってそんなにすごいの?」


 答えるリリのそばでひとり何も知らないマティアスが不安げに問いかける。するとディートハルトは肩をすくめつつそれなりにと返した。


「ただオレは魔力が強くて、リリは魔力に弱い。そんなだからいつも互いに気をつけてきた」

「あ…そうか」


 ディートハルトの言葉に何かを思い出したらしいマティアスが納得した顔を見せた。


「その魔法武具があるから、この測定会場でも問題なくいられるんだね」

「むしろこれがなかったら全員の数値ゼロになる」

「ディーの魔力でもかき消される?」

「かき消されない魔力はないよ。まあけど今回は少し違ってて、オレが測定器を破壊するけどってことなんだよ」

「さっきも言ってたけど、それ物理的な話じゃないよね? そうだとしたらあれは近年作られた最新式の測定器だから壊すことはできないよ。それこそ魔族でも現れない限り」


 でも魔族なんて竜王国に現れるわけもないけど。そう語るマティアスとともに順番を待ちながら、ディートハルトは制服の上着を脱いだ。

 上着をマティアスに持たせるとシャツの袖をめくり、右手首にはめられた腕輪をはずす。


「それは?」

「オレの魔力を封じる魔法武具」


 問いかけの答えを得たマティアスが絶句している間にディートハルトは腕輪をリリに持たせる。そうして左の袖もめくってもうひとつの腕輪もはずした。

 そこで作業を終えたディートハルトにリリが問いかけた。


「ディー、ふたつだけでいいの? わたくしはまだ大丈夫だけれど」

「いいよ。こんなところで手の内を見せてやるほど甘くない」

「それは同級生たちに? それとも竜王国に?」

「おまえを傷つけた愚かで脆弱なこの国だよ」


 楽しげで攻撃的な笑顔で言うディートハルトとは対照的に、リリは緩やかに微笑んだ。


「そうね。ディーはそういう人だわ」




 やがて順番がまわってくるとディートハルトはゲート前の職員に魔法武具を2つつけている旨を告げた。普段はあと2つつけているが、今は後ろのリリに預けていると。

 そうしてゲートで魔法武具の有無を調べて誤魔化しがないことを確認した上で測定器の前に進み出る。

 教師はいつものように測定に関する説明を軽く向けた。


 ひとつ、測定は2度だけ。それ以上の再測定は認められない。

 ひとつ、測定器に検出された魔力数値は王国に記録される。

 ひとつ、魔力量が膨大だった場合は魔術系のクラスからクラス変更を勧められる場合がある。


 それら説明の後に測定器に据え置かれた巨大な球体へ触れるよう指示が出る。ディートハルトはそれに逆らうことなく指先を軽く触れさせた。ただそれだけで900近い数字が出て教師を絶句させる。


「君、転入時の数値は350だったじゃないか。どうしたんだ?」

「その時は魔力封じの魔法武具をつけてたので」

「だが今も魔法武具の数値が出てる」

「まだふたつつけてるので。で、もう一回測定できるんですよね?」

「ああ…もうこれ以上やる必要はないと思うけど」


 人間である限り4桁を超える数値が出ることはない。むしろこの竜王に支配され瘴気すらかき消される聖なる土地でそれほど強い魔力を持つことはできない。

 その常識のまま告げた教師の目の前で短期留学生が笑った。


「じゃあその目で確認してくださいよ。さっきのは魔力操作をしてないパターンで、今度は魔力を最大放出したパターン」


 笑いながら告げる短期留学生の黒い瞳が紫紺に染まる。あげくその右手が球体に触れた瞬間、球体がひび割れた。あげく複数の測定器が激しい警告音をたて始め、他の生徒を測定していた機器でも9999の数字を出しながら球体が割れてしまう。

 講堂にある測定器すべてが破壊された中で、ディートハルトは右手をひらひらと振った。


「魔力量の数値なんて、魔力操作できる人間には意味のないものなんですよね」


 新たな知見が得られて良かったですね。呆然とする教師にそう告げたディートハルトは踵を返してリリたちの元へ向かう。


 すべての生徒が茫然とする中で、リリだけは平然とした様子でディートハルトに魔法武具を返してくれる。そしてディートハルトも当然のようにそれを受け取り手首にはめた。


「ディー、わたくしの測定ができなくなってしまったわ」

「あんな無意味なものやらなくていいだろ。なぁマティもここは終わりだから食堂行こうぜ」

「え…僕の魔力量測定は?」

「そんなのいらない。可愛いマティの魅力をわざわざ他の男に見せてやるなんてもったいない」

「でも父上が」


 測定器は壊れたとわかっていても動けないマティアスにディートハルトは微苦笑をこぼして見せた。


「怒ることしかしないお父様なんかより、オレのほうがよっぽどおまえを愛してるよ」

「そういうことじゃなくて」

「そういうことだよ。それに父親だろうと誰だろうと、おまえが他の男にとらわれるなんて耐えられない。わかるだろ?」


 徐々に顔を青ざめていくマティアスの頬に触れながらディートハルトは優しい声色で告げる。


「可愛いマティ。おまえはおまえを甘くとろけさせてくれるヤツのことだけ見ていたらいいんだよ。おまえのすべてを認めて愛してくれるヤツを」


 マティアスの頬を右手で包み込み、その親指でなぞるように唇に触れる。それは12歳しかいない空間ではあまりにも扇情的過ぎて、周囲の学生たちは赤い顔で固まるしかない。

 だがディートハルトは周囲を気にすることなくマティアスの目元に溢れる涙を指で拭った。


「おまえの価値はもうわかってる。オレたちがわかっているんだからそれでいい」

「待ってさすがにそんなの無理だよ。だって僕は魔力量を国に記してもらって価値を認めてもらってそれなりの家に」

「あらあら、マティアスは面白いことをおっしゃるのね?」


 竜王国の侯爵子息であるマティアスは自分が進むべき道を知っている。魔力量しか秀でたものがない自分はそれを武器により高く買ってくれる家を探さなければならないのだ。

 だというのにディートハルトだけでなくリリまで軽やかな声色でマティアスを否定しようとする。

 そんな異国人ふたりをマティアスは真っ青な顔で見つめた。


「この国では、それが普通なんだよ」

「あなた、今までディーに何を言われていたの? 卒業後のあなたはきっと、迎えに来たディーに捕らわれてそのまま攫われるのよ。それより測定が無いのならこのまま食堂に行っても良いのかしら? わたくしスイーツが食べたいわ」

「攫われ…」


 リリの言葉に完全に混乱をきたしたマティアスは、ディートハルトに肩を抱かれたまま歩き出した。

 そうして施設を出る三人の背後では今も教師や学生たちが騒然としている。




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