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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
中等部1年
28/77

26.アドリエンヌお姉様へのお願い

 光の月も末に近づき中等部の生徒たちはますます己の得意分野に集中するようになっていた。


 1年の最後である学年末試験は、学力だけでなく剣術、芸術、魔術、魔力量とすべての分野で順位付けされる。

 これまでの試験では通常クラスは通常クラスだけで、学力試験の結果を貼り出している。つまりリリのいるSクラスからC下位クラスの合計240人の結果が貼り出されてきたのだ。

 そして別のクラスは別のジャンルが重視されてきている。

 だが学年末試験はすべての試験結果を総合して、通常クラスだけでなく騎士クラスや魔術クラスも含めた300人の順位が決められる。


 そうして総合的な成績を出すことで、学生たちは翌年に入るべき自分のクラスを考え直すことができた。


 加えて2年生からは、1年の時にはなかった芸術クラスがある。さらに騎士クラスや魔術クラスの定員人数も増えるため、学年末試験の結果を見てそちらに移る生徒も多いという。

 つまり学年末試験は学生の進路や将来に影響を及ぼすものでもあるのだ。


 そうしてみなが真剣に試験対策に取り込む中、進路と関係ない男子生徒がひとり中等部3年生の区画にいた。


 3年Sクラスに顔をのぞかせた長身の1年生は、アドリエンヌ・オーブリーの姿を見つけて笑顔を輝かせた。


「アドリエンヌおねーさまー! ちわーっす!」


 貴族社会ではありえないはつらつとした声がけに教室内で笑いが起こる。その瞬間まで、3年Sクラスは高等部進級試験を控えて緊迫した空気の中にあったのだ。

 それを一転させ和やかな空気に変えた1年生は元気に手を振っている。だが手を振られた側は真っ赤な顔で入り口に駆け込んだ。


「ディートハルト・ソフィード! あなた貴族としての礼儀作法を」

「すみません。いつでもできる作法より淑女の眉間のシワを取り除きたい男なんだよね」


 眉間にシワ寄せて勉強してたねと笑顔のディートハルトに指摘されたアドリエンヌは、指先で己の眉間を押しほぐす。

 その合間に金髪を軽やかに揺らしたミュリエル・バルニエもやってきた。


「あらら、今日はわたしたちの可愛い砂糖菓子は一緒じゃないのね?」

「今日はオレだけだよ。実は今日の夕方にでも高等部に行きたいと思ってて」

「まさかあなた、次は高等部で暴れようとしてるの?」


 ディートハルトの言葉にミュリエルが楽しげな顔を見せた。彼女はディートハルトが中等部の3年騎士クラスを倒すところを誰よりも楽しげに見ていた淑女だった。


「それも楽しそうだけど、ベルナール・ローランに会いたくて」

「なぜですの?」


 マティアスの兄に会いたいとはどういうことなのか。ディートハルトがマティアスに対してやっている行為をわざとだと知っているアドリエンヌは真面目な顔で問いかけた。


「まさか例のお遊びに彼のお兄様まで巻き込んだりしないわよね?」

「それはお兄様の顔を見てから考えたいかなぁ。でもブリジットお姉様に繋ぎを頼んだら後々困ったりする気がしない? 悪名高いオレを長男に引き合わせたことを親に怒られる、なんてこともあるかも」

「ええ…まぁ…そうね」


 ディートハルト本人は成績面で言うなら最高の生徒だ。なにせ短期留学生だというのにSクラス首席なのだから。

 けれど月夜の物語を真似た遊びに興じてローラン侯爵家の次男を籠絡している。その一点で竜王国貴族である大人たちは認められないだろう。そんな悪趣味なハニートラップはないと怒るに決まっている。


「でもアドリエンヌお姉様は竜王国内における筆頭侯爵家のご令嬢で、竜王陛下の妃候補なわけで。つまり竜王国において最上位の淑女だから」

「確かにわたくしがあなたをベルナール・ローランへ紹介したところで探られる腹もないし、そんなことで文句を言える者もいないわね」

「そうそう。帰りに高等部の食堂で厚切りステーキ食っても許される気がする」

「あなたもリリも食欲を優先させがちね」

「でもお姉様! 高等部の厚切りステーキめっちゃうまいらしいよ! 3年騎士クラスの先輩ら言ってたから!ほんと帰国する前に食えって!」


 お願いお姉様と手を組み懇願の目で見つめるディートハルト。だがその視線の高さはアドリエンヌとまったく変わらない。

 おかげで2歳年下の可愛くない後輩はアドリエンヌと初対面の時から視線が近かった。それは同級生たちではありえない距離感だ。


 すぐそばで楽しげに笑うミュリエルを一瞥したアドリエンヌは嘆息を漏らした後に承諾した。


「仕方ないわね。授業後に私が案内するから、あなたは午後の授業も真面目に受けなさいね」

「やった! ありがとうお姉様」


 願いがかなえられたと喜ぶディートハルトはミュリエルにも手を振り立ち去っていく。その楽しげな足取りを眺め見送ったアドリエンヌはそばにいる親友に目を移した。


「マティアスが子犬ならディートハルトは大型犬ね」

「そうねぇ。でもこっちにきてずっと気を張ってたじゃない? わたしたちの砂糖菓子を大衆の視線から守るためにって。それがアドリエンヌの前で緩むってことは、そういうことだと思うわ」

「そういう事ってどういうことよ」


 何かを含んだようなミュリエルの物言いに眉を寄せながらアドリエンヌは教室に戻る。するとミュリエルも軽い足取りでついてきた。


「アドリエンヌのことを特別に思ってるってことよ。頼れるお姉様として」

「リリと同じということ?」

「そこは少し違うと思うわよ? わたしたちの砂糖菓子は母親のように甘えられる相手が欲しかっただけだもの。でも彼はソフィード侯爵家はグレイロード帝国の筆頭侯爵家で6大公に次ぐ地位があって。さらに本人は第六王位継承者でっていう重圧はあるはずだもの。そういう点でアドリエンヌ個人に対して親近感がありそうよね?」

「それは…そうかもしれないわね」


 ミュリエルの言葉に忘れかけていた事を思い出す。

 ディートハルトは初対面の時からずっとマティアスに対してラピスラズリごっこをしていた。それがリリに対する興味を減らすためだとしても、男を口説くなど普通ではない。

 だがそんな面白い後輩でも、その名から読み取れる地位はアドリエンヌと同じなのだ。

 筆頭侯爵家の娘として幼い頃から背筋を正して生きてきた。そのように生きることを強いられ、それがいつの間にか当たり前になり、そして今は他の生き方がわからなくなった。

 そんなアドリエンヌと同じ苦しみをディートハルトも持っていて、だから甘えに来てくれているのか。

 そう考えると親近感も抱けるし、可愛くも思えてくる。



 だが親近感を抱き可愛いと思ったはずの後輩は、授業後に合流した後でそんなアドリエンヌを否定した。


 中等部の校舎からまっすぐ裏門へ向かい、ツタに覆われた裏門を抜けると高等部の敷地に入ることができる。

 その裏門は常に開閉していて、両校の生徒が自由に出入りできるようになっていた。もちろんそれはこの王立学園へ部外者が立ち入れない前提で保たれる自由だ。


「オレはお姉様のこと同じ立場だとか思ってないよ」


 隣り合いゆっくりと高等部の裏庭園を歩きながらディートハルトが告げた。そのため自然とアドリエンヌは驚き相手を見つめる。


「でもあなた、今回は筆頭侯爵家の娘である私の立場を頼ったわよね?」

「うーん、まあそうではあるけど、それはアドリエンヌお姉様っていう前提条件があってこその話だよ」

「意味がわからないわ。私がアドリエンヌ・オーブリーだから頼ったのでしょう? 侯爵家の娘だから」

「そもそもの話だけど、筆頭侯爵家の令嬢だからってみんなアドリエンヌお姉様みたいなわけじゃないよ。14歳でそこまで完成された令嬢が珍しい。だからたとえオレと関わっても、お姉様なら悪く思われないかなって」

「私が令嬢として完璧に近いと思われているのは喜ばしいことだけど、あなたと関わったからと責められる理由はないわよ」

「だってオレ、こっちきて早々に中等部騎士クラスを倒したあげく男子生徒を口説いてるんだよ。自分で言うのもなんだけどかなり素行が悪いよね」


 素行の悪さを猛省したようなそのもの言いにアドリエンヌはつい笑ってしまった。

 そんな会話をしながら高等部の校舎へ入ると職員に頼んでベルナール・ローランを呼んでもらう。

 すると職員はふたりを応接室へ案内してくれて、呼んでくるからと言いつつ扉を開けたまま去っていった。


「ところでベルナール・ローランにどんな用件があって会おうとしているの?」

「うーん、アドリエンヌお姉様から見てローラン侯爵家ってどんな感じ?」


 アドリエンヌの質問に、ディートハルトはなぜか質問で返してきた。その無礼に一瞬だけ息を呑んだ後にそれを嘆息として吐き出す。


「……私もあまり面識はないけれど、厳しい方という印象があるわね。子供の頃にお茶会でブリジットが叱られているのを見たことがあるわ」

「やっぱりそうか。実は少し前にマティアスが、学年末試験で良い成績を取らないと親が来るって言ってたんだよ」

「あら、でもマティアスはSクラスにいるのよね?」

「そうなんだけど、ローラン侯爵にとって首席以外は良い成績じゃないらしい」

「それは厳し過ぎるけど……でもそうね。お茶会の時も過剰だったわ」

「そのお茶会でブリジットお姉様が叱られた理由を聞いてる?」

「その数年後、ブリジットと親しくなった時に聞いたわ。理由は周囲の少女たちと物語について話していたから、ですって」

「社交の場で社交してたのに叱られるなんてすごい」

「改めて考えたらそうね。8歳の子供が自分の好きなものを語ることすら侯爵には許せなかったのよ」

「改めて考えないとそこに気づけないアドリエンヌお姉様の環境も怖い。竜王国貴族って、自分たちは腹芸しないのに子供に何を求めてるんだろうね」


 ディートハルトがさらりとこぽしたその言葉にアドリエンヌは素直に驚かされた。

 自分が何を求められているか。その答えはひとつだ。だが会うことも許されず会う機会もないこの国の唯一無二の妃になるための方法などわからない。むしろどれほど己を高めればその対象となれるのだろうか。


「私たち侯爵家の娘が求められているのは竜王陛下の妃になることだけよ」

「そんな酷いことはない」


 それは竜王国貴族の淑女ならみなが夢見るものである。少なくともアドリエンヌはそう言われてきたし、周りもそうだった。だからどれだけ困難だろうと耐え続けている状況を、ディートハルトは全否定してきた。

 再び驚かされたアドリエンヌは目を見開きディートハルトを見つめたまま固まった。その言葉が出た理由を問いかけたいのに、知りたくないとも思ってしまう。


 そんなアドリエンヌの目の前でディートハルトが幼さの残るその顔を真面目なものにさせる。そうして応接室の入り口を見て立ち上がろうとするディートハルトの横顔を、アドリエンヌは呆然と見つめてしまった。

 そのためベルナール・ローランが現れた事への反応が少しだけ遅れてしまう。




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