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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
中等部1年
27/55

25.砂糖菓子と幼馴染み

 セレンティーヌにとってディートハルト・ソフィードは数ヶ月早く生まれた生意気な幼馴染みである。

 セレンティーヌは3年前に帝国の第一王女が生まれるまでグレイロード帝国において最上位の娘だった。

 グレイロード王家の嫡流であるブレストン公爵の娘。

 戦神ロールグレンの転生であるノワール・ブレストンの孫。

 セレンティーヌが生まれてから数カ月後に第一王子が生まれるまでは王位継承権も1位だった。


 だと言うのにディートハルトは物心ついた頃には兄のような顔をして「自分が守ってやる」と言っていたのだ。

 セレンティーヌにとってそれは生意気で目障りな行動でしかなかった。


「人間ごときが、このわたくしを守ろうなどとごうまんなこと」


 7歳の社交場で、セレンティーヌはまっすぐにディートハルトへそう告げた。そうしてセレンティーヌは、傷ついただろう相手が初めて見せた笑顔に目を奪われた。

 気の抜けたような緩んだ笑顔の幼馴染みは心の底から笑った。


「守らなくてもゆるされるのかな」

「ゆるすゆるさないではないわ。そのごうまんはやめなさいと言っているの。だってわたくしはつよいのだもの」

「セレンは姫なのに」

「おまえはただのおさななじのおともだちよ」

「ああ…」


 ディートハルトは心からの感嘆をこぼした。嬉しそうに笑いながら確かにそうだとつぶやく。

 その時にセレンティーヌは知ったのだ。

 この幼馴染みも偉大すぎる父親の功績に押し固められていたのだと。父のように大切な誰かを守らなければならないと思い込んでいたのだと。

 そしてセレンティーヌはそんなことも知らず、ただ生意気な幼馴染みへ不快だと告げた。

 どちらが愚か者かなど明確にわかる。それでも7歳のセレンティーヌはその事実を認めたくなかった。自分は誰よりも上でありたいと思った。


 社交を終えて帰宅したセレンティーヌは夜になって父にそんな悔しさをぶつけてみた。

 自分が愚かで心が狭かったゆえにディートハルトを傷つけてしまったかもしれない。けれどそんな自分の愚かさを認めたくない。

 自分は誰よりも賢く優秀でありたいし強くもありたい。誰かに守るという形で下に見られたくもない。


 そう泣きながら語ったセレンティーヌへ父は理解を示してくれた。父はいつもセレンティーヌに優しい。どのようなスイーツよりも甘く優しい父は、同時に誰よりも聡明で知らないもののない人でもある。


 そんな父が教えてくれたのは、セレンティーヌ自身がまだ子供であるというわかりきった事だった。その言葉にセレンティーヌはまた怒り出す。

 愚かな子供であることはわかっているわと。だが父はそんなセレンティーヌを抱き上げてくれて、小さく可愛い子供なんだと重ねて告げた。


「セレンが子供だと言うことはディートハルトも子供だということだ。急いで大人になる必要はないし、何かを間違えても許されるんだよ」

「でもわたくしはかんぺきでなければいけないのよ。最高位のオンナとして他の小娘をしたがえなければならないわ」

「誰も誰かを従えさせることはない。陛下だって立場上そのようにされるが、それでも周囲への配慮は忘れない。最も尊い方がそうなのにセレンはそうしないのか?」

「でも…」


 いまだ涙をこぼしながらセレンティーヌは父の優しい琥珀の瞳を見つめる。今はその色の父もたまにそれが青に変わることは聞いたことがある。

 父はそうやって大切な者たちを守り戦ってきたのだと。


「わたくしは陛下とちがって人間ではないわ」

「セレンは人間だよ。大切なのは種族でも血筋でも立場でもない。セレンが誰を好きになれるかだよ。好きになれたり尊敬できる人のことを守る。それだけで良い」

「ふつうに? でもディーに守られるのはイヤだわ。だって木登りはわたくしのほうが早いのよ? 剣だって負けてないのに」

「じゃあセレンはディートハルトと一緒に何かを守れたらいいね」


 幼馴染みとの間に上下はなく、共に並び立ち何かを守る。それならセレンティーヌの前を誰かが塞ぐことはないのか。

 そう理解したセレンティーヌは笑顔を輝かせた。


「それはよいかんがえだわ!」

「でもセレン、一緒に戦うならディートハルトとの信頼関係は大切だよ」

「ええ、大丈夫よ! ディーはよくわかる男だもの。わたくしの邪魔をするなと言えばわかってくれるわ!」

「うーん…」


 それは違うんじゃないかと父は苦笑するが、もうセレンティーヌは父の話を聞いていなかった。

 姫としてかしずかれるのは楽しくないし、守ると上から目線に言われるのも楽しくない。だがあの幼馴染みと一緒に冒険するのは楽しいに決まっている。


 そうして機嫌を直したセレンティーヌは父に抱えられたまま、どこへ出かけようかとひとり語り続けるのだった。

 もちろん冒険なのだから安全な国内では嫌だと。

 そうして大切な立場であることを自覚せず海外に行きたいと語る娘を止めることなく父親も最後まで聞いていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 光の月も末に近づき来月には学年末試験がある。そのためなのか最近は多くの生徒が図書室で勉強をするようになった。

 たからとあえて教室で勉強しているとマティアスが教師に呼ばれて出て行く。


 その背を見送ったリリは幼馴染みを見た。つい先程まではふたりの間にマティアスが座っていたので視界にも入らなかった幼馴染みだ。


「ねぇ、ディーはマティアスをどうしたいの?」

「別に」

「ディーのせいでマティアスは有名人になってしまったわ。彼は内気で気弱な可愛い子犬なのに、最近は前髪を切ってはどうかとどこの誰とも知れぬ馬の骨ごときにも言われてる。わたくしですら切れと言えていないのに、遺憾なこと極まりないことよ」


 リリが遠回しに殺意を口に出すと、まだこれからも大きく育つだろう幼馴染みが笑った。


「いつか前髪が切れるといいよな」

「そういうことではないわ。あなたの変なお遊びのせいでマティアスがラピスラズリのように扱われているのよ」

「そのおかげでリリに向いてた視線がかなり減ったって、お姉様がたが言ってたよ」

「あなた、その後でわたくしを守るためだなんて言ってみなさい。窓の外へ放り投げて差し上げるから」

「なあリリ」


 素直に怒りを向けていたリリは名前を呼ばれた。あげく幼馴染みは身体を向き直してリリを正面に見る。


「正直なこと言っていい?」

「……どうぞ」


 改まって何を言い出すのかと警戒しつつもリリは幼馴染みの言葉を待つ。

 すると真剣な顔の幼馴染みが言い放った。


「おまえが砂糖菓子とか言われて可愛い子扱いされるのは耐えられない」

「わたくしが可愛いのは間違いないわよ」

「中身が凶暴過ぎる。それならまだマティアスがラピスラズリ扱いされるほうがいいだろ。マティアスは中身まで可愛い子犬だからな」

「それは否定しないけれどわたくしに対する侮辱罪で死んだらいいのに。それにマティアスはわたくしの子犬なのよ」

「バカ言え。朝から晩までなんなら朝から朝までベタベタ一緒にいるオレのほうが濃厚な関係になってんだよ。バーカバーカ」

「朝までだなんて不躾だわ!マティアスの休息時間を返して差し上げなさい!!」

「あいつはオレの隣で毎晩ぐっすり休息してるから良いんだよ。最近は魔力循環も整ってきてるし」


 不意にリリの耳へ聞き慣れない単語が入ってくる。そのためリリは驚きに琥珀の目を見開き、そのまま首を傾げた。


「魔力循環…って?」

「あれ、おまえ勉強してないのか? どんな人間も微量の魔力を持ってるし、血液みたいに体内を循環してるんだよ。魔力測定器が必ずしも正確なわけじゃないってのはそこだろ」

「わたくしは魔力を持っていないから知らないわ」

「そっか。でもそうなんだよ」

「つまりマティアスはずっと魔力循環がおかしかったのね? もしかしたらそのせいで魔法武具の不具合が起きていたのかしら」

「その魔法武具は調べてみないとわからないけど、魔力循環に関しては足の怪我のせいだな」

「いつの間にかどこかで転んでいたらしい謎のケガ…」


 いまだにリリはマティアスがどこでどのように転んだのか教えられていない。だが治癒魔法ですぐ治らない怪我など普通ではないはずだ。

 そう考えるリリの目の前で幼馴染みは複雑な話になると言い出した。


「なにが複雑なの?」

「簡単に言うとマティアスは戦闘実習の時におまえを救った恩人だ」

「…え? でも、あの時のわたくしはひとり広大な森の中にいたのよ? 居場所もわからないわたくしをひとりで救うことはできなかったはずよ」

「マティアスはおまえが言う魔法武具を使うことで他人の力が見えるようになる。入学当初はその目でおまえの竜の力をたどって探し出してたんだろうな。けどその魔法武具を兄にはずされてからは使ってなかった」

「でもそれを、戦闘実習の時に再び使った。だからあの広大な森の中でわたくしを見つけられた…」


 あまりのことに呆然とつぶやくリリの目の前にいる幼馴染みはやはり真面目な顔を見せていた。


「それで終わりなら良かった。けどおまえを抱えて森を出るってなると話が変わる。あいつの魔法武具には身体強化の魔法も組み込まれてた。だから森の中を走り回っておまえを探すこともできる。だが帰り道は違うだろ。衰弱したおまえを救うために、あいつはおまえにその赤い三連魔法武具をつけた。その瞬間からそれは周囲の瘴気も魔力も食らい始めるだろ。それはおまえを救うために抱えて走るマティアスも例外じゃない」

「そんなことになったら死んでしまうのでは??」


 魔力は精神に直結しているため、奪われるなどして根こそぎ無くなってしまったら人は死ぬ。そう学んでいるリリは驚きのまま声をあげた。


「マティアスの魔力量だから死ななかった。でもマティアスの魔法武具は身体強化が発動しなかった。だからあいつの足は疲労骨折したあげく筋肉もぶっ壊れた」

「もしかしてディーはそのためにこの国に呼ばれたの?」

「そんなわけない。オレがこれに気付いたのは偶然だよ。マティアスと初めて会った時だったかな。寮で話しててふと足に触った時に違和感があった。だからラピスラズリごっこの濃度を濃くして特別な関係だと誤解させて竜王国騎士団の治癒師にそれならって治療時もそばにいさせてもらった。恋だの愛だの語りたいお年頃の子供が一時的に同性愛に走るパターンは竜王国にもあるらしい。だから異国人のオレも竜王国騎士団の情報をチラ見できた。それだけ」

「ディー、あなた立派な間者になれるわよ」

「尊敬してくれてもいいぞ。まあけど事情がわかったらあとはやるしかないよな? 魔力循環ができてないって、つまりそこに血が通ってないようなものだから」

「魔力循環も足のケガの回復に影響するものなのね?」

「マティアスみたいなタイプは特にそうだな。それまで大量に流れてた大量の川の水が腹のところで堰き止められて足に届かない。こんな状態じゃあ、ケガを治すどころか干上がって身体の成長もおかしくなる。それに魔力循環が狂ってると魔術は使えないからな。何かのきっかけでそういう道に興味を持ったとしても進めない。マティアスぐらいの魔力量なら魔術師でも魔法騎士でもなれるってのに」

「それは可哀想だわ」

「そうだよな。けどな、リリ。ここでオレが話したことはマティアスには内緒にしてくれ」


 本人に内緒にすべき部分がどこなのかわからないリリは目をしばたかせる。


「どこを黙っていたらいいの? 魔力循環のこと?」

「全部だよ。オレはあいつの恩人になりたくない」

「なぜ? 友人を救うことは至極当然のことよ? それにディーは誰かを救いたい人じゃない」

「オレはマティアスの少し困った顔が好きなんだ。だから恩人じゃなくて、不意打ちで変なことをして困らせてくるヤツくらいがいい」

「なるほど? それはきっと偏愛だわ」

「そういうことじゃない。あいつはおまえと似てるから良いんだ。おかげでこの学園内で居場所がもらえてる。この長すぎる夏休みを楽しめてるのはマティアスのおかげなんだ」

「今のこれは夏休みだったのね? あなた過労で死なないと休めないタイプの変態だったのに」

「悪い。訂正する。おまえとマティアスは似てない。似た扱いにするなんて、オレの可愛いマティが可哀想だ」

「ディー、あなたのこと今から殴ってもよろしくて?」

「駄目に決まってる。可愛いマティはオレの顔が好きなんだ」

「立ちなさい!窓から放り投げて差し上げるわ!」


 真面目な話をしていたのにいつの間にか脱線した挙句にふざけた流れになってしまう。そうなるとわかっていてもリリは幼馴染みの脱線に乗らざるを得なかった。

 なぜならこの幼馴染みは感謝されることが苦手なのだ。むしろ彼は褒められたり尊敬の目を向けられることも避けたがる。

 彼はあくまで誰かの下に立ち支える側にいたい人で、誰かに支えられ上に立つことはしたくないのだ。

 その点、リリは人に支えられて当たり前の人生を歩んできた。脚光を浴びることも観衆の注目を受けることも慣れている。

 そんな対極の性格だから長く付き合うのにちょうどいいのだとリリはやんわり考えていた。


 そうして真逆の価値観の幼馴染みと会話しているとマティアスが教室に戻ってくる。

 最近はもう普通に歩けるようになったマティアスだが、戻ってきた今はなぜか真っ青な顔をしていた。


「どうしよう。試験結果によっては父上が学園に来られるって」


 どうやらマティアスは実家から連絡をもらっていたらしい。ただ泣きそうな顔でふたりの前に立ってテーブルに手をつく。


「どういうこと? マティアスはSクラスにいて成績面の問題は何もないわよ?」

「学年末試験は学力以外も含まれるんだよ。それに兄上は中等部1年では学力首位で剣術も首位で芸術も首位だったんだ。だから僕もそれなりのものを求められてたけど…」

「でもマティアスは魔力量が多かったのでしょう?」

「リリ。君に言うのはすごくおかしいんだけど、竜王国貴族なら魔力量が多くて当たり前なんだよ」

「その当たり前がわからないけれど、そういう価値観の国なのね? そしてそのためにお父様は魔力量などは評価対象に入れず、他で頭角を見せよと」

「そうなんだけど…」

「でもマティアスはSクラスで、前回は5位だったわ。それでは認めてもらえないのね?」

「うん…。というか、魔法武具を使いすぎてケガしたって執事から父上に話が届いてしまったからかもしれない。結果によっては没収するって」


 今まで何も言ってこなかった父親がマティアスに口出ししてきた。その本当の理由を知ったリリは琥珀の目を見開かせた。

 その怪我が実は自分のためだったとリリが言ったのは先ほどのことだ。


「それ…」

「それは大変じゃないか。オレはまだ可愛いマティの赤い髪姿を見てないんだぞ!」


 愕然と言葉をこぼしたリリの隣でディートハルトが勢いよく立ち上がった。


「むしろオレのマティを苦しめる父親は倒すしかないんじゃないか?」

「いやいや、なんでそうなるの。それに僕の父上はローラン侯爵家の当主だよ。しかもこの国では侯爵家が最上位なんだ。竜王陛下を除いた貴族社会では、父上を含めた9つの侯爵家が頂点なんだ。いくらディーでも会うことすらできないよ」

「でも学園に来るんだろ? 帰国前に鼻っ柱へし折ってやりたい」

「来るのは試験結果によってだよ。今から頑張って勉強して3位以内に入って、芸術もなんとか頑張れば大丈夫だと思う。剣術はケガを考慮してくれるだろうし…魔力量も入学時と同じなら1位か2位くらいだから」


 だから来ない確率のほうが高い。でも不安だから勉強しなければならない。

 そう告げたマティアスは気落ちした様子で荷物をまとめると教室を出ていく。

 それを見送った後にリリも静かに立ち上がった。


「わたくしのせいだわ」

「気持ちは分かるけど、オレにやらせてくれ」

「なぜ?」


 自分の不手際でマティアスに魔法武具を使わせたあげく怪我を負わせてしまった。そう考えるリリが見上げる先で、しばらく見なかったディートハルトの怒った顔がある。


「こっちは2か月以上かけてアイツの自己肯定感をあげてきたんだ。それを知らせひとつでぶっ潰されたらたまらない」

「なるほど? ディーのラピスラズリごっこはそういう意図もあったのね」

「そう。だからこのケンカはオレが買う」

「わかったわ。でも勝てないと思ったらバトンタッチしても良いのよ? その時はこのわたくしが華麗にローラン侯爵とやらを抹殺するから」

「おまえのその凶暴さ。オレがいつも頼りにしてるって知ってたか?」


 いつも悪口になるリリの内面への指摘が、今回は好意的な色で向けられる。そんな幼馴染みの本音にリリは悠然と微笑んだ。


「当然よ。帝国でわたくし以上に強いオンナはいないのだもの」




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