24.視線の移り変わり
王立学園中等部は12歳から14歳の約900人が在籍している。全寮制のこの学園は徹底的に差別や格差が除外されているが、唯一学力での序列はある。
3か月に1度の試験結果は成績順で貼り出され、その順位によってクラスも変わる。
王妃の月の終わりに行われた試験結果も、翌月となる光の月の初日に貼り出された。
早朝に登校した生徒たちは自分の順位を確認し、その後で上位層を眺める。そしてそこで今まで不動だったリリが2位転落したと知り驚くのだ。
夏季休暇までの短期留学生であるディートハルト・ソフィードは大地の月の半ばに転入してきた。
それから半月で騎士クラスは3年生まで倒して学内の有名人になり、さらにマティアス・ローランを口説く美形としても注目を浴びる。そしてさらに1ヶ月半後には学力首位に立ったことでまた学内を騒がせた。
「ねぇ、ディーは夏休みだったよね? ここまでやる必要ある?」
1年生の廊下に貼り出された順位表は昼になっても人垣ができるほどにぎわっている。それら騒ぎの後ろを歩きながらマティアスは隣を歩くディートハルトに問いかけた。そんな彼の前には昼食が嬉しいらしいリリがご機嫌な顔で軽やかにスキップしている。
「休むと決めたはずなのに何も休んでないよね?」
「オレは休んでるよ。昨日もマティの部屋で本を読みながら寝落ちしてたろ」
「うん。兄上がくれた参考書をベッドで読みながら寝てた。あれは勉強だね」
「でもあれここの中等部レベルの参考書だから」
「中等部2年生のね」
「そこらへんはもう終わってるんだよ」
「それはおかしくない? 君も帝国では中等教育機関に行ってるんだよね?」
「その中等教育機関って14歳から16歳の子供が騎士団への入団試験を受けるために入るやつだからな。ただ年齢制限はないから、オレは12で入ったってだけで。だから学力面は終わらせてたりする。むしろリリもそんなだから今まで不動の学力首位とか言われてるんだよ」
「ええっ」
中等教育機関という名前のせいで誤解していた。しかも騎士団入団の為に入るのであれば、それはここで言う高等部騎士科と同等だということだ。
驚くマティアスはそのままディートハルトに問いかけを続けた。
「帝国では何歳から教育機関に入るの?」
「貴族なら基本的に家庭学習だけど、初等教育機関は6歳から12歳の7年間だよ。普通だとそこから2年間で自分の進路に沿ったものを習得していく。騎士になるなら中等教育機関だし、文官志望なら高等学院」
「じゃあディーは初等教育機関を出てすぐ中等教育機関に受かった流れなんだ?」
「いや、オレもリリも親戚と一緒に家庭学習」
「あー…親戚が何人かいて、リリ以外はみんな男子だったって聞いたよ」
どこまで話したらいいのかわからないけどと問いかけるとディートハルトが笑った。
「いやー、一番の男子は前を歩いてるヤツだったからなぁ」
「リリは可愛い砂糖菓子だよ」
「オレにとって甘くて可愛い砂糖菓子はマティだよ。でも昼メシは甘くないものが良いな。」
「うん、僕はガレット食べたい」
「そんな食った気にならないものはやめてくれ。騎士クラスを見習ってもっと食え。今夜もマティの部屋で最後までやるからな」
唐突に今夜もと言われたマティアスは小さく悲鳴をあげた。
足の怪我が治り杖が取れた先月末頃から、マティアスは下半身の治療とトレーニングを受けていた。
もちろんディートハルトは治癒魔法など使えない。ただ帝国騎士団独自の身体回復術とやらをしてくれるだけだ。
寮に帰るとディートハルトがマティアスの足の筋肉を揉みほぐす。その後で入浴して筋肉が温まりほぐれた後でまた揉みほぐしながら関節の可動域を広げていく。
この関節の可動域を広げるのがとにかく激痛だった。だがディートハルト曰く股関節や肩関節の可動域が狭いと騎士見習いのスタート地点にも立てないらしい。
そしてそれは既に1年生のディートハルトが3年生騎士クラスを倒した時点で説得力を持っている。
だがどれほど説得力があっても痛いものは痛い。
「もう少し痛くない感じでできない?」
「いや逆に、痛いってことは硬いってことだから。柔らかくなったら痛くなくなる」
「逆に、そうなんだ…」
「とにかくこれは毎日やってくのが大事なんだよ。元々柔らかいはずなのに使わなかったから硬くなった。ならまた柔らかくなるまで毎日やってくしかない。まぁおまえも初日は泣いてたし、今も痛くてつらいかもだけど」
「うん、けど頑張りたい…でも手加減もほしい」
ディートハルトは大丈夫だと言うが、股関節を開かせるアレは骨折するのではと思えるほど痛い。そんな事を毎日では柔らかくなる前に心が折れそうだ。
そう思うまま見つめるマティアスの視線の先で、不意にディートハルトが柔らかい笑みをこぼした。
「今夜は手加減する」
滅多に出てこないディートハルトのその笑顔を含め、ふたりのやり取りは食堂に向かう生徒たちの視線を集めている。
そして関節をほぐす痛みをなんとかしたいだけのマティアスは、周囲がそれをどうとらえるとも考えていなかった。
むしろマティアスは、この1ヶ月半毎日、ディートハルトから物語の主人公のような態度を向けられている。そのため感覚が麻痺して日常会話と口説かれている部分の違いが分からなくなっていた。
そんなマティアスなので、もちろん自分がどう見られているのかも知らない。
この1ヶ月半で学内中等部にもこっそりと「月夜の物語」は持ち込まれ女子生徒を中心に回し読みされていることを。
そしてディートハルトは騎士団長、マティアスはラピスラズリに重ね見られていることを。
そうしてふたりが視線に晒されることで、ディートハルトの目論見通りリリへ向けられる視線が半減したことにも。




