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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
中等部1年
24/52

22.『月夜の物語』

 『月夜の物語』とはグレイロード帝国が建国された頃からひっそりと綴られ始めた物語だ。

 それまでその土地を治めていたビタン王国では当たり前にあった男同士の友情を超えた繋がり。むしろ長く大国として存在したビタン王国は末期には退廃的な文化が広がっていたらしい。

 そのため男同士のその繋がりとやらも正確にどのような意味を持っていたのかわからない。


 少なくとも竜王国に生まれて育った令嬢にはその深い闇の部分を調べるには限度があった。

 そう語った上で教えて欲しいと3年生のブリジット・ローランが言う。


 そして個室に移動して他人の視線が無くなったディートハルトはふざける事なく答えを出した。


「同性愛はあったよ。だがそれは退廃的って言っていいものなのかわからない。だってあの国は戦を繰り返して領土拡大してきた国だから」

「女性のいない戦場で殿方同士がそのような関係になることがある、とは様々な書物にありますね」

「いつ死ぬかわからないから想いを告げるとか。未来を誓った婚約者が戦に巻き込まれて死んだからとか。死ぬような場面を共にくぐり抜けることで芽生えるものとか。理由付けはいろいろあるけど、そもそも逆に男女の関係は人口を増やすための義務になってたんだって」


 ディートハルトが最後に告げた義務という言葉にブリジットは目を見開いたまま固まった。


「どういうことです? 政略結婚とそれは違いますよね?」

「政略結婚もあるけど、貴族でも疑いをかけられたら一族皆殺しとかあったんだよ。だから男女の結婚に夢なんて見られない。でも自由に誰かを想いたいってとこは…たぶん人間なら誰でもあると思う。だからそれは同性に向けられるんだよ。現実世界は王の圧政に締め付けられてどうしようもないから」

「それってつまり現実逃避?」


 ディートハルトの説明に黙り込む女子生徒たちの中で、ミュリエルが言い放った。その細い指はフォークを優雅につまみ上げリリの口元にケーキを運ぶ。

 その甘やかしでしかない光景を目にしつつ、ディートハルトはうなずいて返した。


「ぶっちゃけるとリリがリリと名乗ってそうやって甘やかされてるのと同じ。立場を捨てて自由に誰かを最愛と言いたい。その結果としてビタンの男たちは広い王城のどこかや煌びやかな宮廷施設のどこかで愛を向け合った。それでも男たちは圧政の下にいて、いつ誰に裏切られて国家反逆罪をなすりつけられるかわからない殺伐とした世界にいたんだよ。愛だの何だの語っても本気で相手を信じることはできない。ビタン王国時代は密告によって政敵を殺すなんてこともあったから」

「そんな世界を、作者は生きていたのですね」

「うん。作者が書いたのは異国からやってきたラピスラズリが、疲れ果て心を閉ざした男たちを救う物語だから」


 厳しい時代を生きた作者だから、あえて人と人の心の繋がりを物語という形にしたかったのだろう。そう考えるブリジットの考えもディートハルトは肯定してくれた。


「けど月夜の物語は半分事実なんだよ」


 だからこそそんなディートハルトの言葉にブリジットは驚きを隠せなかった。そして同じく『月夜の物語』の愛読者であるマティアスも隣にいるディートハルトを見つめる。


「あの物語には国王も出てくるのに?」

「建国当時、建国王は民から冷徹な王というイメージを抱かれてた。そして王もそのイメージを利用して様々なものを始末してる。ビタン王国が圧政を強いた酷い国だったとしても、国の中枢から離れて利益を甘受するだけだった貴族や、自分の地位がひっくり返されることを恐れた貴族は盤をひっくり返したいってなる」

「それはグレイロード帝国にとっては本物の国家反逆だね?」

「そう。反帝国派っていう。でも建国王は当時まだ15歳なんだよ。母国を焼かれて捕虜として捕らわれ連れてこられた先で、ビタンの王が魔族に殺された事を知った。その魔族を倒しても、玉座が空白のままでは国政がままならない。だからそこに座って欲しいと頼まれてなんとかしようとしただけの15歳。ここの国だと高等部1年生の年齢だな。そんな子供が建国王だとバレたら困る。だから建国王は冷徹で無慈悲だって噂を利用してわざとそう思わせ続けた」

「そんな嘘が続けられるほど…建国王陛下は優秀だった?」

「だからこその十将軍…いや、あの頃はまだ9人だったかな。まあそんな感じで周りを固めて支えることはした。でも若すぎる王を支えるっていう以外ではバラバラじゃん。かたや元ビタン王国騎士で、かたや元グレイロード王国騎士で。国を焼いた側と焼かれた側で」

「それは心なんて開けないし、仲間にもなれないよね。だからラピスラズリという架空のキャラを作らないといけなかったわけだ」

「いや、そのラピスラズリはリリの父親なんだ」


 ディートハルトが今度こそ出したおかしな発言にマティアスは前髪の奥で目をしばたかせた。


「え??」


 そうして戸惑いのままリリを見ると、視線に気づいたらしく目を向けてくれる。そこにいたのはただ可愛く甘い砂糖菓子で、とても激動の時代との繋がりがあるようには見えなかった。




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