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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
中等部1年
22/54

20.夜の男子寮

 足の傷はマティアス自身の望んだ結果で、なんなら名誉の負傷と自負したい思いもある。

 もちろん己ごときのために竜王国騎士団から治癒師が通ってくれている今の状況には恐縮してしまう。ただ治癒師曰く「セレンティーヌ様の経過観察もあるので」とのことなので、自分はついでだと思えば耐えられた。


 だがセレンティーヌという存在に関しては厳しめの口止めがされている。なのでマティアスも己の怪我のことを魔物から砂糖菓子を抱えて逃げ続けたため程度にしか話していない。

 それは口止めの発案者であるマティアスの兄が、それなら対応できると考えてくれた文言だ。

 嘘がつけない小心者な弟のことを熟知した兄ならではの対応策だと思う。


 とはいえあの戦闘実習に後方支援として参加した中等部の学生は3年生の女子生徒しかいない。

 中等部にいる7割の人間は戦闘実習に参加しておらず何も知らない状態だった。そのため戦闘実習そのものを毎年恒例のピクニックもどき程度にとらえている。

 実際にマティアスも教室で担任教師からピクニックのような軽いイベントというニュアンスの説明を受けた。むしろそういう軽いイベントだから申請すれば1年生も見学できる、という話だったのだ。


 だから生徒たちが戦闘実習そのものを軽く捉えるのは自然なことだろう。

 そのあたりはリリが何度も口にした「安穏とした世界」が正解だと、今のマティアスも理解できる。


 とはいえ足がまともではないマティアスは日常生活を送るだけでも一苦労だ。

 寝たきりの時は学園側が実家の使用人を使う許可もくれて、さらに騎士団からも看護師が来てくれた。だがそれに甘えて寝てばかりでは足の筋組織の回復が遅れる。

 治癒魔法は骨を繋げ、裂けた肉も塞ぐことができる。つまり骨折や切り傷は治しやすいが、疲労を原因とした筋組織の治癒は難しいらしい。


 だからどれほど有能な騎士でも「度重なる戦いによって、身体にダメージが蓄積され戦えなくなり引退を余儀なくされる」という悲しい末路が発生する。

 そんな実例を教えてくれたのは騎士団の治癒師だった。

 だから普通の騎士は適度に休息を取るのだが、マティアスは魔法武具で脳を狂わせてまで無理をしてしまった。

 それはマティアスにとっては避けようもない事で、他の誰にも譲れない事でもあった。だから悔いはないと思うが、騎士団の治癒師は認めてくれなかった。



 学業に復帰した日の夕刻、寮に帰ったマティアスは整えられた自室に戻った。

 3階建て施設の2階部分は1年生の区画で上の階には2年生の区画がある。

 3年生は寮の部屋が少し広く取られ、隣にある2階建て施設を独占利用できる。そちらには3年生用の実習室などもあるらしいがマティアスは行ったことがない。

 しかし昨年は中等部にいた兄は、3年の寮はかなり充実していると教えてくれた。寮内の実習室には学舎の図書室ほどではないが学ぶのに苦労しない程度の書庫があると。


 とはいえ今は1年生でしかないマティアスの自室は狭い。洗面など小さな水回りは部屋にあるが、風呂は1階の共同浴場を使うしかない。

 自室も備え付けのベッドが半分を占めてしまっていて人を招くこともできない。マティアスの部屋を訪れる相手はいないが、カードゲームもできないという愚痴を何度か耳にした。


「リリはここに来られないし…」


 むしろ招けたとしても、リリとカードゲームなんて勝てる気がしない。そう考えていたマティアスは、不意にドアを叩かれ驚きに震えた。

 慌てふためきながら振り向き、また戦闘実習の話をさせられるのかとドアを恐る恐る開かせる。


 そうしてドアの隙間から見えたのはマティアスよりもはるかに長身の短期留学生だった。


「こんばんは、ディートハルト君」

「うん」

「どうしたの?」


 どのような要件かとマティアスは素直な思いで問いかける。ただ廊下にいる学生たちが好奇の目でディートハルトを眺め、アレは誰だと指差している。

 だがそんな好奇の自然を知ってか知らずか、ディートハルトは軽く笑ってみせた。


「マティ、そんな冷たいこと言うなよ。可愛いおまえの顔が見たいから来た以外に理由が欲しいのか?」

「なななな…」

「車椅子を押す役目はリリに奪われたけど、ここは邪魔者が来ない。ならオレがマティを独占してもいいよな?」

「わかった! 部屋へどうぞ!!」


 何かを誤魔化すためとはいえ月夜の物語ネタで攻めるのは辞めてほしい。羞恥心で顔を赤くさせたマティアスそう言いたい気持ちを飲み込んでドアを全開させた。

 その上でディートハルトが部屋に入ると勢いよくドアを閉める。


「ディートハルト君!」

「だいたいの意図としては間違ってないから」

「竜王国では、男に可愛いとか言わないの」

「ははは、オレの祖母は竜王国の竜騎士だけどそんなこと聞いたことないぞ。むしろ祖母は親父のことちゃん付けしてるし、リリの父親さんのことは可愛いお姫様だった今も無敵の可愛さって言うぞ」

「その人がおかしいんだよ。だいたいその竜…あれ? 女性竜騎士? そんなの歴代でもひとりしかいないよ?」

「そう。まあそれは良いとして」


 竜王国1000年の歴史において女性の竜騎士は1人しかいない。

 あのノワール・ブレストンの実妹であるアリシア・ブレストンだ。

 大陸南端の小国に生まれた彼女は幼い頃は病弱で寝込むことが多かった。当然兄はそんな妹を心配し何とかしたいと思うだろう。それは自然なことだ。

 だが普通じゃないのはその兄であるノワール・ブレストンが戦神ロールグレンの生まれ変わりだったことだろう。

 兄は妹を救うために戦神の力の欠片を与えた。すると妹の身体はみるみる内に健康になっていったが、健康を通り越して強くなりすぎてしまう。

 結果として誰よりも強い女性は竜王国にやってきて女ながら竜を従えさせ竜騎士となったという。


「それはどうでもよくないよ? ディートハルト君は知らないと思うけど、僕はノワール・ブレストンを尊敬してるんだ」

「それは面白い」

「僕は真面目に話してるよ」

「うん。わかった。可愛いマティの話をしっかり聞きたいから、ベッドへどうぞ」

「言い方!!!」


 どこまでふざけたら気が済むのかと声を上げたマティアスはディートハルトに手を掴まれた。あげく楽しげなディートハルトにあっさり抱えられてベッドに座らせる。

 同い年の男を平気で抱えられるなど12歳の貴族の子息ではありえない。


「ディートハルト君は」

「ディーって呼んで?」

「ここは誰もいないからいいよ」

「マティは素直な性格だから、普段からこういうことやってないととっさに演技ができないだろ?」

「君の洞察力がすごい」

「いや、マティがわかりやすい。だけどこのおふさざけの難点は、2人きりで長時間個室にいちゃいけないところにあるよな? 疑惑が確信に変わった…あいつらは本物の月夜の物語だ、とか言われたくない」

「確かにそうだね。それは怖い。貴族子息として死ぬ気がする」

「そうだとするなら、ここの宮廷は腹芸なんていらない平和な世界ってことだな」


 素直に恐怖するマティアスの目の前にひざまずいたまま、ディートハルトはなぜか嬉しそうに微笑んだ。だが彼が嬉しそうにする理由がマティアスにはわからない。


「それで本題に戻るんだけど、オレがここに来たのは戦闘実習について聞きたいからだよ」


 不意に向けられた本題はマティアスの予想しない部分だった。もちろんマティアスは今まで他の生徒達から様々な質問を受けている。

 でもディートハルトは彼らのようなことはしないと思っているからだ。


「もしかして…帝国騎士団は僕から聞き取りがしたいと思ってる? だから君をここへ送り込んだ?」

「さすがオレのマティ。察しが良くて助かる」


 マティアスの推測が正解だったことをディートハルトは笑顔とともに教えてくれる。ただそれだけのことが自尊心の低いマティアスには心地良いことだった。

 きっとディートハルトのことだから、そこまで見抜いてわざと褒めてくれるのだろうが。


「だけど正確にはオレは送り込まれたわけじゃないよ。それは別件で帝国騎士団が調べると思う。ただ帝国はセレンティーヌの留学は許しても、竜王国に彼女をくれてやるつもりはないんだ。だから彼女がどんな状況で、どんな考えのもとで、あの魔法武具をはずしたのか知りたいらしい」

「あ…。確かに、あの時のリリは、魔法武具は自分をこの世から守るためのものだと言ってた。そんな大切なものだから僕に守っていて欲しいって」

「マティは彼女に信頼され、魔法武具を守る役目を請け負った。なるほど。あの魔法武具はこの世で唯一のものだからその判断は正しいな」


 思案顔のディートハルトにうなずいたマティアスは、リリはいつも正しいからと吐露した。


「あの日、あの戦闘実習の中で彼女だけが正しかった。魔物の駆除はピクニック気分で行くものではない。竜王に守られて1000年の平和を甘受してきた僕たちはみんな等しく愚かだった。それはリリも言ってたよ。愚か者が死んで得られる知見もあるって。そうしてリリも途中でみんなを見放した。でもそこで砂竜の声が聞こえた」

「その声を砂竜と認識できたのか?」

「リリ以外の誰も知らなかったよ。だからリリは後方支援組の中から特に能力の高い…つまり治癒師として優秀な生徒だけ残って欲しいと声を上げた。高等部の女子生徒たちを相手に、砂竜は危険で重傷者が必ず出るからと頭を下げて」

「その後でリリは森へ?」

「ううん、その場にいたのは後方支援組の女子生徒だけ。だからみんなその場で一番年下で小さなリリを最優先で逃がすべく動いてくれたんだよ。僕にリリの事を頼んで、それこそ淑女たちみんなで声を掛け合って僕たちに道を開けてくれて、最初に出発する馬車に乗せてくれた。でもその馬車の中でリリは泣いたんだ。竜王国民のことを誤解していたって」


 あの時のリリの姿をマティアスは今でも思い出せる。誰よりも小柄で愛らしい砂糖菓子が琥珀色の瞳から涙をこぼす。それはすべての女性たちから守り助けられたことに対する感動の涙だったかもしれない。そして同時に深い苦悩の涙でもあった。


「そして僕はリリから魔法武具を守るよう言われた。ふたりきりの馬車の中でリリは魔法武具をすべてはずしたんだよ」

「見たんだな」


 少し眉を浮かせて、ディートハルトは黒い瞳でまっすぐにマティアスを見つめたまま問いかけた。


「あの色を」

「うん。これがラピスラズリなんだって思った」

「そうだな。あの書物の中でラピスラズリのきらめきと書かれてる部分。父親さんも普段はあのリリの色と同じ琥珀色だ。だけど竜の力を使う時は青く染まる。だけど父親さんもそうだったけど、リリも瘴気に弱い。あの魔法武具はこの世に存在する瘴気からリリを守るための結界みたいなものなんだ」

「でもそうだとしたら魔法武具の動力源はどうなるの? 強い魔法武具は相応の魔力が必要で、街の街灯みたいな弱いものでも空気中の瘴気を動力源にしてる。でもリリは魔力を持たないし、瘴気も阻むんだよね?」

「魔法武具そのものは魔力を食えるよ。むしろリリの周囲一帯の瘴気を飲み込むことで、リリに瘴気が近づかないようにしてる。さらに食らった瘴気を使ってリリを防御結界で包んでる」

「防御結界って、優秀な魔術師が扱っても半透明のガラスみたいに目に見えると習ったけどリリのそれは見えないんだね」

「あの魔法武具は、魔力剣レベルに貴重で強すぎアイテムだからな。普通の国の国家予算くらいする」

「そんな高価なものを12歳の子に持たせちゃってるの」

「逆にアレをつけてくれるなら留学許すって流れだったよ。昼にも言ったろ? アレは中身が凶暴だって」


 不意の冗談にマティアスは笑ってしまった。あの可愛らしい砂糖菓子が留学したいと駄々をこねる姿が想像できてしまったためだ。

 だがそんなマティアスは、不意に膝を優しく撫でられて目を見開く。


「中身が凶暴でもアレは帝国において王位継承権4位を持つ公女だ。本当ならおまえのこの傷もオレが負うべきものだった」

「そんな…ことないよ。だってディートハルト君は」

「ディーって呼んで」

「ディーはその時は竜王国にいなかったんだ。それに今こうして海の向こうから来てくれてるだけで十分にすごいことだよ。それに僕たちはリリと一緒に学ぶ仲間なんだから守ることはするし、僕のこの怪我だって僕はこっそり名誉の負傷って思ってるよ! だからディーはそんななんでも背負わなくていいし、悲しい顔をしないで」


 己を責めているのかつらそうな顔を見せたディートハルトへ精一杯の言葉を向けた。

 もちろんマティアスももう竜王国民が愚かで信用にならないのだとわかっている。だが頼る価値もないと自覚はできても、その責任にディートハルトが苦しむのは認められない。


 そう思うマティアスの目の前で、なぜかディートハルトはキョトンとした顔を見せていた。そういう表情をするとディートハルトも同い年の子供なんだとよくわかる。


「ねぇ、ディー? 君は戦神ロールグレンとか無敵の建国王とかじゃないんだ。だからどうしょうもない時はあるし、そういう時は誰かを頼って良いんだよ。僕も…足が治れば何かの役には立つから」

「そう…」

「うん」


 驚きに思考が停止したような覇気を捨てた顔のディートハルトは、ほんの少しの間を開けてまた口を開いた。


「オレはまだ12歳だから」

「うん? うん、そうだね。背も高くてカッコよくてしっかりしてても僕と同学年だよ」

「自分が子供であることを自覚しろって」

「言われたの?」

「そう。いま言われたそのまんま。お前は子供なんだから誰かを頼れ。頑張りすぎるな。むしろおまえはしばらく休めって言われて今ここにいる」


 そう話しながら我を取り戻したらしいディートハルトの視点がマティアスの瞳に定められた。そうして視線が交わっただけでマティアスは内心で安堵する。


「つまり君は帝国騎士団の手伝いとか僕の聞き取りのためじゃなくて、夏季休暇のつもりなんだね」

「なるほど? 国外追放とかじゃなくそっちな気がしてきた」

「その言葉で追放されたって思うほうがすごいよ」

「な? マジで疲れてたんだなオレ」

「じゃあひとます今夜はゆっくり休んだほうがいいよ。僕の聞き取りとかは他の大人に任せて」

「いやでもそれはそれでオレには難しい。何もしないってのをやったことがなくて困る。なんか欲しい」

「ディー、そんな仕事人間みたいなこと言う12歳はいないよ」

「でも本気で何をしたら良いのかわからないからなぁ」

「学生の本分は勉強なんだけど」

「それより、マティをオレにくれないか」

「んん……またなんか言い方がおかしくない?」

「いやそうじゃなくて、オレがマティの世話をするんだよ。そうすることでぱっと見は留学先で友情を深めてるっぽく見えるだろ? それにオレも何をしたらいいのかわからないって部分を誤魔化せる。それにそこからさらに距離を深めてって、マティのケガが良くなる頃にラピスラズリごっことか始めたら周囲の視線がさらにオレへ向けられる。みんなが戦闘実習のことを忘れるまでは、視線をリリから背けたい」


 むしろあと3ヶ月半で夏季休暇に入るのだから、その頃にはみなも戦闘実習のことは忘れるはずだ。

 だからそれまでは休み気分でラピスラズリごっこをして遊びたい。


 そう名案のように語るディートハルトにうなずきつつも、マティアスは既視感を得ていた。

 むしろこの名案風に語るディートハルトが、なぜか良くないことを語るリリと酷似して見えたのだ。




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