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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
中等部1年
21/52

19.マティアスとディートハルト

 短期留学生としてやってきたディートハルトはすぐにSクラスの生徒たちと打ち解けていた。

 なにせ彼は幼い頃から社交性が特別に高い男だったのだ。

 幼馴染みの中で最年長というわけではないが、王族の中では一番生まれが早かった。さらに己の父がそうだからと周囲の世話を請け負うことも多い。

 そうやって経験を積むにつれますます社交性が高まっていく。そうして近年はどこの国のどんな相手とも、さらにどれほどの年の差があったとしても飛び越えて親しくなれるようになっていた。


 そんな強すぎる幼馴染みはついでのようにリリとの仲介もしてくれるため、リリに話しかけてくれるクラスメイトも増える。それはリリにとってなにより嬉しい副産物だった。

 けれどその中にマティアスの姿はない。


 リリが学園に復帰して数日が経ってもマティアスは欠席したままだった。

 しかもその事を最愛のお姉様のひとりであるブリジットに聞いても少し怪我をしたとしか教えてもらえない。

 おかげでリリはあの可愛い子犬がどこでどんなケガをしたのか知ることができなかった。


「ディーはどう思う? 10日以上も治らないちょっとしたケガというのはないわよね? マティアスは侯爵家の次男なのだからいくらでも治癒師を呼べるもの」

「おまえのダチって前髪ぼさっとした感じ?」

「ええと、そうね? 前髪が少し長くて」

「杖ついてる。このパターンは想定外だったな」


 昼休憩になり食堂へ向かう道すがら飛んてきた突然の問いかけ。それに戸惑ったリリの隣を歩く幼馴染みがなおも質問を重ねる。

 その上で幼馴染みに指し示された先、廊下の角に壁に手をついたマティアスがいた。


「マティアス! どこで転んでしまったの!?」


 大変な怪我だわと慌てて駆け出したリリの背後で幼馴染みの笑い声があがる。

 そのためリリは走りながらも振り向こうとしたが既に幼馴染みが追いついていた。


「ディー!笑い事ではないわよ! わたくしたちは治癒魔法なんて使えないのに」

「それはそうだけど、ここは車椅子なんてないのか? 杖じゃどうもならないだろ」

「医務室にあるわ!さすがはディーね!わたくしが取ってくるからここで待ってらして!」


 名案とばかりに笑顔を輝かせたリリはマティアスにも声をかけて走り去る。

 その小さな背中と、それを見る周囲の生徒たちを視界に定めながらディートハルトはマティアスのそばに立つ。


「おまえがマティアス・ローランだな。報告書で見た。足の骨は繋がってるのか?」


 ディートハルトの問いかけにマティアスは前髪の奥で緊張と怯えを含んだ目を見せた。

 マティアスは竜王国貴族としては平均的で年相応の身丈をしている。だがディートハルトはそんなマティアスよりさらに高い身長を持つ。

 さらに堂々とした態度のためか威圧感すら感じさせた。


「足の骨は…なんとか。筋組織は動かしつつゆっくり治していくので、少しでも歩こうかと…」

「なるほど? まあそうなるよな。治癒魔法は万能じゃないし、筋組織となると下手に治せない。でも校舎内では車椅子を借りて使おう。じゃないと移動教室とか間に合わない」

「えっと、あなたはどういう感じの方ですか?」

「オレは短期留学な感じの方だけど」

「え?」

「ん??」

「つまり高等部の方ってことで?」

「同い年」

「えええええええ??????うっそっ!」

「オレはリリと同い年で12歳。母国だと中等教育機関の1年生。でも中等教育機関の1年前期は初歩の初歩だからオレには必要ないってことでここ」

「竜王国の王立学園へ短期留学」

「表向きはそう」

「じゃあ…裏は…やっぱり、リリの関係ですか?」


 やはりあんなことがあったから、とマティアスは気落ちした様子でつぶやく。

 気弱そうな生徒はディートハルトに怯えながらも、結局のところリリの心配をしてしまうらしい。その様子を眺めたディートハルトは自然と笑っていた。


「リリなんかよりおまえのが可愛いし心配しかないわ」

「……え? そんなわけないですよ? リリはあんなに可愛いのに」

「アレ、中身くっそ凶暴じゃん」

「リリは強い子です」

「うん…まぁ、オレはおまえの優しさに癒されるわ。ところでマティアス・ローランは、マティとか呼ばれる感じの方?」

「はい、家族からはそう呼ばれてます」

「わかった。よろしくマティ」


 平然と唐突に愛称で呼ばれたマティアスは驚きのままディートハルトを上目に見やった。


「なんというか…近づく速度がすごいですね」

「リリが来たら話せないじゃん。報告書とか。アイツはおまえが自分のせいでケガしたと知らない」

「あ…」

「な? そういうこと。だから急速に仲良くなっていろいろ会話したわー的な建前が必要なわけ。で、そーいうわけでー」


 ディートハルトは語尾とともにマティアスの後ろをちらりと見る。

 その上でなぜかマティアスの前髪をかき上げるようにして頭に手を乗せた。


「なぁ、その可愛いツラを前髪で隠す必要ある?」

「……え?????」

「目は口ほどに物を言うって言うだろ? おまえのその揺れる瞳なんていつだって見ていた…痛ぇな」


 急におかしなことを言い出したディートハルトの足へ車椅子が激突した。

 マティアスは怒涛の展開に目を見開いたままそちらを見る。すると息を切らせたリリがにこやかな顔でディートハルトに車椅子を当てていた。


「軽率に殿方を口説き始める不届き者は死ねばよろしいのに」

「前髪うぜぇから切れってのを穏やかに話しただけだろ。な? マティ」

「どうして初対面の挨拶もまだな殿方の愛称を呼んでおられるの!死んだらよろしいのに!」

「いちいち死ねって言うな。男同士が親しくなるのに時間だの段取りだのいらねぇんだよ」

「おかしいわ」

「なんでだよ。それよりマティを車椅子に乗せるから、リリは杖を持ってろ」

「わかりました。ディーは明日までに殺しますね」

「はいはい、腹減ったんだよな。わかる」


 おまえはそういうヤツだよと慣れた様子で聞き流しながら、ディートハルトはマティアスの身体を支えて車椅子に座らせた。するとリリがマティアスの杖を持ってくれる。


「幼馴染みが不躾でごめんなさい」

「ううん、それより幼馴染みさんの…」

「リリが来るまではディーって呼んでくれてたのに、リリのせいで戻ったじゃないか」

「わたくしのせい?」

「そう。おまえも、オレがカッコよすぎて照れる輩なんて腐るほど見てきたろ」

「そうね…そうだったわ。ディーは社交場の帝王だったわね」


 ディートハルトは平然と自分のことを格好良いと言うし、リリもそれを否定しない。むしろ社交場の帝王などという謎の異名まで出てきては面白すぎてマティアスも口を開けなくなってしまった。


「たしかあの時は150人くらい集まったんだっけ? 7歳くらいだよな」

「ええ、お披露目会よ。マティアスにもわかるように説明すると帝国には齢7つのお披露目会があるの。7歳の子供たちが初めて宮廷大広間へ行って陛下へご挨拶するのよ。もちろん子供たちが主役だから、その後は子供たちだけで社交が始まるのだけど…」

「そこで帝王が生まれたんだ?」


 車椅子に座ったマティアスはそれを押してもらいながら自然な流れでリリと会話きていた。しかもリリも何も気にした様子もなく楽しげに話をしてくれる。


「ディーは5年前でも今と変わらない感じだったのよ。誰よりも堂々としていて、陛下へのご挨拶すら余裕でこなしてしまう。その姿に憧れない男の子はおられないわね?」

「うん、もし僕がそこにいたら憧れてたと思う」

「あらあら、マティアスはノワール・ブレストンに憧れていたら良いのよ。ディーなんかに憧れても悪影響しかないわ」

「でも今のディーもかっこいいよ?」

「マティ、あなたまだ少し口説かれただけよ? 大丈夫? まだディーの本気を欠片も見てないのにそんなことではビタンの偏愛だとかなんとかになってしまいかねないわよ?」


 まるで母親が向けるような心配を向けるリリのその言葉にマティアスは今日一番の驚愕を見せた。


「月夜の物語!!!そういうことか!!!!!!」


 かつてマティアスはあの物語を元にしてビタンの偏愛についてリリと語らった。

 その時にリリは言ったのだ。旧ビタンの人間は明日をも知れぬ世界に生きていた。だから想いも感謝も何もかも、必要なことは明日に延ばすことなく相手へ伝えようとする。

 それが無関係の誰かには恋や愛に見えたとしても。そしてそこから誤解が生じることがあったとしても死地に立つ人間を止める理由にはならない。


 そうしてグレイロード帝国からやってきた男子留学生であるディートハルトは、出会って数分でマティアスを口説いてきた。

 だがそれはディートハルトからすれば、リリを誤魔化すための手段でしかない。

 マティアスの怪我の原因にリリが辿り着かないように。リリがマティアスを過度に心配し過ぎてしまわないように。

 そう配慮をした結果として、ディートハルトはあえて口説くという手段でリリの思考の矛先を変えたのだ。


 そのあまりに見事で手段を選ばない様はマティアスにとって斬新で尊敬に値する。だがきっとそうやってマティアスがディートハルトに憧れたとしても、知らない誰かには偏愛に見えてしまうのだろう。

 なぜならディートハルトは、あえてそういう誤解を利用してリリの心を守ろうとしてくれているのだから。

 そして同じくリリの心を守りたいマティアスも、そんな誤解を否定も払拭もする気にはなれなかった。



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