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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
中等部1年
20/52

18.帝国から来た短期留学生

 戦闘実習の日に寝込んだらしい砂糖菓子が、再び生徒たちの前に現れたのは実に10日後のことだった。

 もちろん女子生徒たちは寮に帰った後で可愛い砂糖菓子を見舞うことができる。

 高熱を出して寝込む砂糖菓子の看病も年長者の役目だからと代わる代わるおこなった。


 なにせこの愛らしい砂糖菓子の家族はこの国どころか隣国にもいないのだ。船で早くとも10日もかかるような海を越えた先のさらに内陸部にある大国の王都にいる。

 そんな遠距離では寝込んだからと竜王国に来ることもできない。可愛い砂糖菓子はしっかりしているように見えてもまだ中等部1年生で12歳の子供でしかない。

 そんな子が熱でまともに動けないともなれば不安にもなるだろうし、心細さからひとり隠れて涙をこぼしてしまいかねない。

 だからみなで見守ってあげたいと言い出したのは3年生のブリジット・ローラン侯爵令嬢だった。

 そして普段は遠巻きに愛でることしかできなかったほぼ全員の女子生徒が賛同した。


 令嬢たちはみな可愛らしいものが大好きである。しかもそれが己の立場を危ぶませるむ可能性のない異国の女の子ならなおのことだろう。


 そうしてこの10日間、女子寮は就寝時間まで毎日にぎやかに軽やかに堂々と砂糖菓子を甘やかし続けた。


 そして男子学生たちはそんな女子寮の話を学内で聞いては悔しい思いをしていた。あの砂糖菓子を甘やかしたいのは何も女子だけではない。

 もちろん女子と違ってあわよくばという思いはある。

 あの砂糖菓子を見たことのある男子生徒で下心を持たない者などいるわけがない。

 入学式の日から、あるいはその翌日からすべての男子生徒があの甘い砂糖菓子に魅了されてきた。

 そうして様々な男子生徒が声をかけては撃沈してきている。

 そうして彼らは徐々に砂糖菓子の生態を理解していった。

 あの砂糖菓子は、この国の貴族女子のように政略だの淑女教育だのを受けていない。そのためある意味で誰よりも無垢で純粋で、恋の苦さすら知らない幼いだけの少女なのだ。


 そんな砂糖菓子へ無用な声かけをして邪魔をするのは悪手だと男子生徒たちは過去の失敗例を見て学習していた。

 だからなおのこと10日間を経て砂糖菓子の変わらない姿を見れば安堵するし心もときめく。

 今は声をかけることができなくても、いつか砂糖菓子が恋や愛の存在を知った時にチャレンジすれば良い。


 そんな事を考える中等部の学生たちの視線の先で、今日も軽やかにゆっくりと砂糖菓子が歩いていた。





 午前中にやってきた女医の診察を受けて許可を受けたリリは久しぶりに制服をまとった。ただそれだけで再び学びへの一歩が踏めた気がして嬉しい。

 そうして荷物を手に学舎へ向かうと、10日前と比べれば少し暖かさが増した空気に包まれる。


 暖かな陽気の中を歩き学舎へやってくると教室へ向かう。その合間もやはり何人かの生徒に追い越されていた。

 だが今日のリリは気分が良いので己の足の遅さを気にしたりはしない。

 なぜなら教室へ行けばマティアスと久しぶりに会えるのだ。まずは挨拶をして、それから魔法武具を返してくれたお礼を言うべきか。

 そんなことを考えて、こぼれる笑みもそのままに教室の扉を開かせる。


 すると広い教室に担任教師と、なぜか記憶の中より少し大きくなった幼馴染みがいた。


「お、久々の登校だな。アレがさっき話したこの学年の学力首席リリだ」


 相変わらず平等に遠慮のない担任教師がリリのことを紹介してくれる。

 そして説明を受けた黒髪黒瞳の幼馴染みは、8か月前と変わらない不遜な顔を見せた。


「あらあら、中等教育機関をクビになられたの?」

「そんなわけねぇわ」

「会話は席に着いてからやってくれ。授業始まるぞー」


 リリと幼馴染みの会話を止めた担任教師は教材の準備をするよう告げる。

 そのためリリは幼馴染みを連れて最後尾の席に着くこととなった。


 そのまま授業を受けながら教室内にマティアスの姿が見当たらない。そのため彼も何かの事情で休んでいるのかと残念に思いながら隣の幼馴染みを見た。




 この幼馴染みの名はディートハルト・ソフィードという。

 10日前の戦闘実習で砂竜の声を聞いたとの報告が複数からあがった。そのため竜王国騎士団が聞き取り調査を行うのと同時にグレイロード帝国騎士団へ連絡を飛ばす。

 なにせ砂竜と言う魔物はこちらの大陸では目撃情報も記録もない存在なのだ。

 ただ数十年前、竜王国騎士団がガイアイリス大陸南東部のアルマート公国へ遠征した際に、竜騎士を有する蒼の部隊が砂竜討伐をしている。そのため砂竜の危険性そのものは竜王国騎士団の中で認知されていた。

 だからこそ帝国騎士団へ調査を依頼し、幼馴染みはそれについてきたと言う。


「大切な遠征なのに、子供がついて行きたいと言って聞いてくださる方だったかしら?」

「親父が? そんなわけない。調査任務への参加は許されてないし、単純に騎士団の見張り付き短期留学だよ」

「中等教育機関を休んでまで短期留学して何の意味があるのかしら」

「なあそれ、お前が言うなって言っていい?」

「だめ」

「そういうことじゃん。っていうか、たぶんオレちょっと疲れてるんだと思う。むしろそう言われた。でも自覚はないし、今も疑ってる。でもこっちに来られて良かったからいい」


 疲れてると言われ短期留学を許された。その言葉にリリは素直に驚いた。


 やがて授業が終わると立ち上がるリリへ幼馴染みが手を差し伸べた。

 その手を見つめたリリの目の前で幼馴染みが眉を寄せる。


「おまえ、10日も寝込んでたんだろ」

「エスコートではなく、心配して出たのよね?」

「当たり前だけど、この国はエスコートとか普通にやってるってことか?」

「個人差があると思うけど、わたくしのお友達はいつもしてくれていたわ」

「ふーん、なるほど。竜王国やばいな。とにかく手はつかめ。病み上がりを助けないなんてあり得ない。ばあちゃんに殺される」

「ありがとう」


 ディートハルトから出るのは母国の名残ばかりで楽しい。特にリリはディートハルトの祖母のことが大好きでよく抱きしめてもらっていたほどだ。


 そうしてディートハルトの手に支えられ歩き出したリリは、そのまま食堂へ案内することにした。

 昼休憩に入ったことで学舎内はにぎやかな空気に包まれている。中等部の生徒たちは基本的に食堂で料理を食べるのだが、中には弁当を詰めて外で食べるパターンもある。

 先月そのような話を聞いて、もう少し暖かくなったら外で食べようとマティアスと約束もした。


 けれどその約束はまだかなえられそうもない。それをほんのりさみしく思いながら、リリは幼馴染みへ食堂の使い方を説明することにした。



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