14.竜王国の至宝
地面を強く蹴って走れば馬よりも速く移動できる。
飛び上がれば森の木々すらゆうに飛び越えられる。
砂に潜ることは得意でも空を飛ぶことは苦手な砂竜であれば、その上から強襲することは容易い。
だが問題は砂竜は群れるという事実だ。奇声がひとつだから砂竜一匹で済むわけがない。
上空から落下の勢いをつけて蹴りを入れると、砂竜の背骨を折る勢いで地面に叩きつける。
そうしてまず一匹を仕留めたリリは森の中で地面に座り込む学生たちを見下ろした。
降ってきた砂竜に怯えていただろう学生たちの何人かは負傷した痕跡がある。
「わたくしはセレンティーヌ・ブレストン!グレイロード帝国公爵家の娘として命ずる! 動ける者は動けぬ者を支えて今すぐにここを離れよ!!!」
人に命令することなどリリにとって朝飯前だ。リリは本名を名乗ればグレイロードでも竜王国でも王位継承権を持っている最上位の令嬢なのだから。
そしてそんなリリの強い声による命令を受けた学生たちは一斉に我を取り戻して「承知しました」と声を上げて動き出す。
その様子を尻目に周囲を見やったリリはゆっくりと身体の中に力を込めていった。そうして体内に集約させた力をできるだけ広範囲に届くよう勢いよく放出させる。
その力はリリの足元にいた砂竜を急速に黒い灰に変え、周囲にうごめく小さな魔物たちの気配すらもかき消していく。
この世で最も強い浄化の力。それはこの世のありとあらゆる不浄なものを、類を問わずかき消していく。
そのため使う場所によっては街を照らす照明を消し、あらゆる魔法武具を機能停止させ、魔法を扱う人間たちを昏倒させてしまう。だがここまで森の深くまで来たのだからそのような問題はないはずだ。
少なくとも治癒のため外に残った学生たちまでこの力は届かない。
そこは悲しいことだが、たった12年しか生きていない脆弱過ぎる竜の雛の致命的な欠陥が功を奏したことになる。
しばらく周囲を浄化させたリリは別の地点へ移動することにした。そうしていくつもの箇所を浄化していけば魔物を発生源ごと消し去ってやれだろう。
しばらく茂みをかき分け歩いていると狼に似た魔物に襲われる学生の集団を見た。授業の中で騎士見習いとして訓練を受けている彼らは基本に正しく固まって対処しようとしている。
複数の騎士が背を向け合い立つことで死角をなくし、魔物がどこから来ようと対処できるような陣形だ。
リリはその現場に飛び込むと走る狼型を超える速度で横から蹴り飛ばした。とたんに狼型は吹っ飛びながらも空中で黒い霧に変わっていく。
「あなたは…」
「退避命令は既に出ているわ。貴殿らもすぐに森の外へ出て合流地点へ」
学生たちに目を向けることなく周囲を見やりながら指示を出しつつ浄化していく。そんなリリへ学生が質問を飛ばした。
「弟はあなたのそれを知らないのですね」
「これが無ければ知らないまま友人でいれたわ」
「これが終わった後も関係を続けられたら良い」
「竜の雛が魔物と戦って生き残る可能性はゼロよ。どれほど強くても周囲を浄化できても、ここにいる限りわたくしの身体は衰弱していく。それに竜の雛は魔物からしたら最高の餌だから、衰弱して倒れたら食われて終わる」
「そんなバカげた話はない。あなたは我が国の至宝となるべき方なのに」
「無能で愚かで怠惰な人間たちは、自分の手に負えない魔物は竜王が倒すから問題ないと言う。だから人間は嫌いなのよ。救う価値も、守る価値も、生かす価値もない」
怨嗟の言葉のように吐き出した後に、リリは周囲の浄化が終わったことを確認して学生に目を向けた。
短く刈られた金髪と涼やかな顔立ちの騎士見習い。ベルナール・ローランはマティアスにあまり似ていない。
「あなたのことは知らない。でもあなたは、わたくしの愛するブリジットお姉様と、わたくしの大切な子犬のお兄様だわ」
「恋人ではなく子犬なのですね」
「わたくしは強い方が好きなの。わたくしが人間ではないと知っても変わらずそばにいてくれて、わたくしをすべての悪意から守ってくださるような方。父をずっと守り続けてる騎士団長のような人よ」
「グレイドル・ソフィード騎士団長ですね。あの大陸最強と言われている…」
「でももう無理ね。わたくしはここで死ぬもの。でもあなたたちは無事に退避なさいね」
再び命令を向けたリリは少し重くなった身体を動かしてさらに森の奥へ向かった。この浄化でいくつの砂竜が消えたかわからない。
ただこの森は地面が砂ではないので砂竜が砂に潜って浄化から逃れることはないはずだ。
そうやって何箇所かで砂竜や魔物を倒しつつ浄化をしながら森を進み、足が上がらなくなったところで立ち止まった。
背中に重い荷物を背負ったように身体が重い。血が脳からどこかへ流れてしまったように思考も鈍っている。
おそらくこれが衰弱するということなのだろう。
でもきっともう大丈夫。ここまで広範囲に浄化したなら高濃度の瘴気も消えている。学生たちを害するものはもういない。
ならばもう倒れても良い。自分が死んでも魔物が食らって骸は残らない。だから大丈夫。
ここで死ぬのはただの砂糖菓子で庶民のリリだ。グレイロード帝国の公爵家とは関係ない。国際問題になんてならない。
なにより自分は自分の心に従い行動している。その結果をあの父が認めないわけがない。
だって自分はあのノワール・ブレストンの孫なのだ。
可愛いマティアスが憧れなのだと頬を赤らめて語るほどの英雄。世界最強の騎士。
その孫なのだから自分のこの決断は正しい。
そうひたすらに言い訳を並べ立てながら視界が暗くなるのに合わせて目を閉ざす。
そうして最後にリリは少しだけ、ほんの少しだけ悔やんだ。
中途半端に知ってしまった可愛い子犬が泣いても手を差し伸べてやれない。ハンカチを渡してやれない。
それになにより自分は、優しい彼の心に一生残るほどの傷つけてしまうだろう。
その部分だけは自分を許せる気がしなかった。




