146. 《欄外》 戦闘実習の準備をする2人
王の月6日に暴行事案が発生した。棒状の物で殴られた被害者の名はシルヴァン・モルレ。『竜王陛下の治癒師』として知られている竜神殿の職員である。
本来なら公表されるほどではない傷害事件だが、今回は特別に公表されることとなった。そうしなければ竜神殿へやってきた民たちから「なぜあの治癒師がいないのか」と問われ続けることになるためだ。
だが公表したらしたで、『竜王陛下の治癒師』を頼りにしていた民たちから犯人は誰なのかと問われてしまう。
しかし加害者が誰であるかは竜神殿側も公表しなかった。ただシルヴァン・モルレが不在となった穴を埋めるように、首に飾りをつけた5人の男女が治癒師として聖堂横の建物に詰める。
朝から夕方まで、5人は交代しながらも治癒を必要とする者たちに治癒魔法を施していた。ただ彼らは4人ほど治癒する頃には顔色を悪くさせて交代している。そのため周りの人間たちも治癒魔法が苦手なのか、あるいはあの首輪に秘密があるのかとささやく。
だが5人は首輪のことも顔色を悪くさせる理由も、けっして話そうとしなかった。
だが王城で働く人間たちの話題の中心はそこではなく、同日夕方に王城から竜神殿へ走る竜王国の至宝の存在だった。同時にその目撃情報は傷害事件に関する憶測を含みながらも王立学園にいる子供たちへ手紙として届けられる。
そしてそれを読んだ高等部の生徒たちは、2年Bクラスに所属する水色の髪の至宝の元へ向かった。
「セシー様、竜王陛下の治癒師が襲われた事件を解決されたそうですね!」
「犯人たちを罰するのではなく、負傷された治癒師様の代役として使われるなんて寛大なご処置に感動しました!」
第一校舎の南側にある庭園へ集まった生徒たちが、東屋に座るセシーへ感動を語る。そしてセシーも青い目を細め微笑み、たいしたことはないから騒がないでほしいと返していた。
かくして10人を超える生徒たちが立ち去ると、セシーは笑顔のまま息をつく。
そこでそばにいたテオドールがすごい騒ぎだなと感想を述べた。
「昨日も似たようなのが教室に来たんだろう? 感動するのはわかるが、押しかけるのは不敬だとおれから言おうか」
「ううん、大丈夫。わたしも今回はやっちゃったなって思ってるから」
テオドールの親切な申し出にセシーは笑顔で返した。するとオリヴィエが「仕方ない」と言う。
「セシーの正義感の強さはわかってるからな。治癒師を傷つける案件を放置できなかったのはわかる。しかも相手は『竜王陛下の治癒師』だからな。その呼び名は治癒師など利用しないぼくでも知ってる」
そんな存在を傷つけたのだから、セシーが義憤に走ってしまうのは仕方ない。そう言い放ったオリヴィエは、優しいからなと笑顔で褒める。そしてセシーもそんなオリヴィエへ照れたように笑い返した。
そうして穏やかな昼下がりを過ごしたセシーは教室へ戻りながら嘆息を漏らした。
今年度に入ってから中庭では騎士科の生徒たちが集まり騒いでいて落ち着けない。そんな理由で模擬神殿近くの庭園に場を移したセシーたちは、数日に一度の頻度で食堂で買える弁当を食べていた。
そんな折に生徒たちから聞いた傷害事件の話は、セシーにとって寝耳に水でしかない。
何がどう間違えたら、セシーのような色彩の人間が王城にいることになるのかわからない。
もしかしたら本物の竜王陛下とやらが目覚めて何かしたのだろうか。あるいは花祭りで遭遇した前作主人公が何かしたのか。だがその場合は性別が違うため、人間違いなど起きるわけがない。
何にしても自分の立場を脅かすモブがいるなら、早めに片付けたほうが良いだろう。
だが最近のセシーは王城へ目を向ける暇がなかった。
先月のうちに購入した魔鉱石が、王都東の森にある廃屋へ隠してある。そして最近のセシーはそれを加工して森の中にばらまく作業を行っていた。
魔鉱石は本来なら魔芒石の材料となる石で、それ以外の用途はないとされる。医学的な面では魔鉱石を粉末にして飲むことで魔力の回復ができるとされているが、そこまで魔力枯渇する状況はこの大陸にはない。だからこの大陸では魔芒石の材料としか認識されていなかった。
だがセシーは知っている。15年前のグレイロード帝国で、魔鉱石を使った事案がいくつもあったことを。
魔鉱石に召喚魔法を込めて放置する。すると大気中の瘴気を吸った魔鉱石は勝手に召喚魔法を発動させるらしい。そうして召喚されるのは魔界帝国由来の魔物たちで、中には巨大な飛竜や巨大な鎧の塊が現れる事例もあったのだとか。
そのためグレイロード帝国では、現在も無許可に魔鉱石の売買をすることや所持することは禁じられている。
だが竜王国ではそのような法律もなければ、危険性を認識する者もいない。そのためセシーのような子供でも簡単に魔鉱石を買い集めることができた。
もちろんそのお金はオリヴィエたちから渡された紋章による信用買いというものだ。
これは紋章を店員に見せることで支払うことなく購入できるシステムで、請求書は紋章に描かれた家へ届く。
セシーは3種類の紋章を使って王都内の魔鉱石を買い漁り、王都東の森にある廃屋へ隠した。そこで魔鉱石ひとつひとつに召喚魔法を入れて森に放置する。
なぜか昨年の戦闘実習以降、この森の中は瘴気が薄い状態にあった。そのため時間はかかるが、来月までには魔鉱石が発動する程度の瘴気も溜まるだろう。間に合わないようなら、セシー自身が魔力を放てば良いだけだ。
「はー……、やること増えすぎてだるいわ」
午後の授業を適当に受けたセシーは、緋色の空を見上げながら気持ちを吐露する。ハッピーエンドを迎えるのは当然だが、最近はオリヴィエたちが鬱陶しい。
そもそも音楽祭の裏で発生していたらしい暴行事件だののせいで、王立学園に竜王国騎士がうろつくようになった。そしてその事件はまさにオリヴィエの嫉妬イベントが歪んだものだ。
本来の嫉妬イベントではシオンの首を絞めるはずなのに、現実ではなぜかマティアスを絞めている。その時点でオリヴィエが鬱陶しくなった。
人の推しを勝手に殺そうなどと、攻略キャラであってもありえないからだ。
だからこそセシーは魔鉱石をばらまくことにした。
目障りな帝国騎士もオリヴィエも片付けてしまえば、マティアスの拉致監禁ぐらい簡単にできる。後は邪魔にならないテオドールと結婚して、彼をヴァセラン侯爵にすればハッピーエンドにたどり着けるだろう。
ただそこまでの手間が面倒なのだが。
「せめて課金アイテムが使えたらなぁ…」
そうすれば面倒な作業もなくなるのに。そんなことをつぶやきながら、セシーは寮ではなく正門へ向かい歩いて行った。
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砂漠の国アルマート公国では近年、砂竜の大量発生に悩まされてきた。この異常事態にはグレイロード帝国騎士団も対応してきたが、なにせ相手は砂に潜り逃げる魔物である。広大な砂漠で、その砂の中に潜り込まれたら剣も矢も届かない。
そんなグレイロード帝国騎士団の窮地を救ったのは、昨年度の夏にやってきた竜王国の者たちだった。
正確には王立学園を卒業した若者たちで、試験的に1年の見習い期間に入ったばかりの素人だ。
だが100人の元王立学園の生徒たちは、18歳の子供と笑えない組織力を持っている。複数の班に分かれ戦う彼らは統率が取れていて、班それぞれに前衛と衛生担当と魔術師が含まれていた。
だが何よりも帝国騎士たちを驚かせたのは、王立学園時代には騎士科筆頭だったらしい少年の存在だ。
普段は陽気で、とても強そうに見えない彼は砂竜が現れるなり優れた指揮官となって100人の仲間を統率する。
ただその100人の仲間を「ベル姫応援し隊」とふざけた名称で呼ぶ部分は、帝国騎士たちには理解できない。
緊張感があるのか無いのかわからなさ過ぎるからだ。
そんな彼はたまに休憩中に紙へ暗号のようなものを書いている。半年前に「ベルちゃんのお肌を守り隊」なるものを結成してリュースター商会と化粧品を生み出した彼は、最近また新たな研究を始めたらしい。
W = k * (P / P0) * (m * q) / V
薄汚れた紙に書き殴る少年に、金髪の仲間が気づいて近づく。
「アル、何を書いてる?」
「んー…圧縮爆燃の方程式?」
「ホーテイシキ」
知らない言葉が出たことで首を傾げた仲間は空色の瞳を紙に落として暗号のような羅列を指し示す。
「これは?」
「爆発の威力を上げるための数式だよ。このWが、どかーんってした時の強さだね」
「なるほど? この P/P0 は何を意味している?」
「それは上からぎゅって潰した時のやつだよ」
「……ぎゅっ?」
「うんそう。でもこれなかなか難しくて。ちょっとでも遅れると勢いが逃げちゃうんだよねぇ。たぶん1秒でも遅いくらい。だからここのVが魔法による圧縮範囲なんだけど、ここが狭いほど威力が強くなる。とはいえここにいるのは砂竜だから、そこまで威力がなくても倒せるので、今回はゆるーくやる感じなんだよね。とはいえ広げすぎても砂の中に衝撃が届かないから、欲張ってもだめだし」
紙の上に指を滑らせながら、少年―――アルノー・グランデは独り言のようにしゃべり続ける。そしてその一欠片も理解できなかった鮮やかな金髪の仲間―――ベルナール・ローランは空色の目をしばたかせた。
「まったくわからない。つまり、何をしようとしている?」
「んんん、ごめんよ。おれの説明がダメだったよね。えっとね、砂竜を効率的に倒す効果範囲はどこかなーって考えてたんだよ。ほら、砂竜ってつまり砂に潜って横に移動するんだよね? 逃げるわけだから」
「そうだな。しかも砂の中のほうが速度が早い」
「それなら砂の上は放置して、砂の奥底まで衝撃を与える方向に考えたら良い気がしてくるよね? つまり『砂の中までドーン作戦』である」
「……圧縮爆燃の圧縮をより強めて、地中深くまで爆発の威力を届かせるということか」
完全に考え込んでしまっているベルナールは、アルノーがキメ顔で告げた作戦名を聞き流していた。
その事実にアルノーは口を引き結び羞恥心と戦う。
だがふと思い出したように立ち上がるとベルナールの手をつかんだ。
「言い忘れてた! ベルちゃん聞いて!」
「どうした」
「おれは来月休みを取りました! ベルちゃんも一緒に船旅しよう!」
「なぜだ?」
「戦闘実習に行きたいじゃないか!! 普段はあの子たちでなんとかなるだろうけど、やっぱり戦闘実習は心配が過ぎるよ。もう闇竜イベントはないと思うけど、あの魔女が何をするかわからないし」
「そうだな。アルの言うとおりだ」
アルノーが心配する気持ちはよくわかる。闇竜などそう何度も生み出すことはできないだろうが、あの魔女が戦闘実習で何をするかわからない。
だとするなら、この1年でさらに戦闘経験を積んだ自分たちが駆けつけるのは最善と言える。何せ昨年もその前もずっと、母国の騎士団は役に立つ以前に出動もしなかったのだ。そんな組織が今年度は頼りになるなどと思えるはずもない。
「次はオレが守りたい」
この1年、ベルナールは砂漠の国でひたすらに魔物を効率的に倒す方法を模索し続けた。そんな自分は昨年の何もできなかった未熟者とは違う。
そう思うまま同意したベルナールの目の前で、アルノーがなぜか嬉しそうに微笑んでいた。王立学園時代もそうだったが、アルノーはたまによくわからないところで笑うことがある。
そのためベルナールは何が面白いのかと問いかけたところで、アルノーは首を横に振った。
「ベルちゃんが楽しそうだなぁって」
「そうか。楽しいついでに魔物の集団を効率よく倒す方法を模索したい」
「あー、じゃあ条件をつけよっか。砂漠のような視界の広い場所じゃなく、目の前に森がある。そもそもあの戦闘実習の場所って、森までの距離が近すぎるよね。ウサギみたいな小型の魔物を射抜くだけなら良いけど、獣レベルになるとすぐに接近されちゃう」
「森を吹き飛ばして地形を変えるほうが良さそうだな」
紙にざっと地形を描き出すアルノーは、森から戦闘実習の前線までの距離を簡単に考える。そしてベルナールは手前の森を指さして戦場そのものを変えることを提案した。
「その点でアルの爆発魔法陣は使えるな。森を焼くことなく吹き飛ばせる」
「その場合に吹っ飛んだものが布陣側に飛んでくるのがネックだよね」
「……確かに」
爆発させれば森は吹き飛ばせるが、空中に舞い上がった何かが味方に直撃しないとも限らない。爆発は爆発でしかないため、その効果まで制御することはできないのだ。
そう考えたベルナールは近くのテント下でカードゲームをしている仲間を見やった。
「まず爆発と同時にリュカ、マケール、マクシミリアンに風魔法を使わせて風向きを作ろう。これで砂埃に視界は遮られず、飛来するものを別の魔法で落とすこともできる」
「ベルちゃんが仲間を頼れるようになるなんて」
「使えるものは使いたいだけだ。それより少し前にエミヤが風の魔法を圧縮させる実験を始めた。それを踏み台に塀を越えて意中の女の家へ入り込むつもりらしいから上へ報告したが」
「ちょーーーまってーーー!!!」
ベルナールの発言にカードゲームを放り投げてソバカス顔の少年が立ち上がった。
「ベル姫様なんで知ってんの!!」
不法侵入の疑惑を出されたエミヤだが、彼は否定ではなく真っ赤な顔で問いかけを飛ばした。するとベルナールは涼やかな顔でそちらを見る。
「風魔法の圧縮は興味深いからな」
「そこじゃないよ! あの子の家に行こうとしてるおれの密かな野望と言うか」
「衛兵の巡回を強化させるとアルマート公国側の返答をもらっているから、その点も問題ない」
「問題しかない! おれの青春が……」
ベルナールによって作戦が壊されたと知ったエミヤが崩れ落ちる。とたんに仲間たちがエミヤを慰めるように肩を叩いた。
だがベルナールはそんなエミヤには興味もない様子でアルノーに目を戻す。
「風魔法の圧縮と言えば、深淵の学舎が扱う言語魔法にあったように思う。あれを応用すれば飛来するものを防ぐ壁にもなるかもしれない」
「なるほどなるほど」
ベルナールが言いたかったのはエミヤの不法侵入疑惑ではなく、そこなのだ。言語魔法は他の大陸で扱われるもので、アルノーもあまり詳しくない。だが少なくともグレイロード帝国には2人ほど言語魔法を扱う人間がいる。
それに何よりここアルマート公国は、手に入らない物がないと言われる交易の中心地だ。言語魔法に関する文献も探せば手に入るかもしれない。
「とりあえず今月いっぱい使って言語魔法に関する本を探そう。で、来月に入ったら船で竜王国に向かいつつ本を読み漁って勉強したら良いよね」
「そうだな。だが本だけでなく魔法剣の類も探したい。安物でも構わないが」
「ん? ベルちゃんが魔法剣持ちたいの?」
「ユーグたち3人に持たせる。前衛として酷使させるには魔法剣が必要になるからな」
「なるほど。酷使させたいなら、ケガさせないのが第一だもんね。安物でもこっちで魔法を付与しちゃえば問題ないわけだから」
ベルナールから出た酷使という言葉に仲間たちが引こうとも、アルノーは引くことなく笑顔で同意する。
ベルナールは気づいていないようだが、彼は先程から仲間を頼る前提で戦闘実習の準備をしようとしている。そしてそれが嬉しいアルノーは笑顔で彼と作戦会議を続けていた。




