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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
高等部1年
153/162

145. 三班の隊長ジスラン・デュボワは脳筋

 竜王国騎士団においてディディエ・ボーモンが騎士団長になったのは7年前のことだった。この男が騎士団長になってまず行ったのは人事の一新である。


 騎士団長はまず、当時の副団長及び隊長職を全員入れ替えた。その時点で不満が出なかったのは、副団長にヴァセラン侯爵が立ったからに他ならない。

 いまだ若いヴァセラン侯爵を副団長に立たせ、後々に騎士団長となれる人材に育てる。その大義名分と共に、第一部隊の一班から四班までも変えられた。


 当時の第一部隊は隊長1人の下に4人の班長がいた。だが権力の集中は良くないからと部隊長を無くして4人の班長をそれぞれ隊長職にする。

 さらにその4人の隊長には20代の若者たちを据えた。これもまた未来の幹部候補を育てるという大義名分が掲げられている。


 だがそうして蓋を開けてみたら実態はまったく違う。騎士団長にすべての権力が集中してしまったからだ。

 しかも副団長モーリス・ヴァセランは蒼の部隊の隊長としては優秀だが、副団長としては機能しない。

 さらに第一部隊の隊長4人は、20代という年齢から何の権限も持たされなかった。

 もちろん20代の若造が40後半の熟練騎士に物申せるわけもないのだが。


 かくして第一部隊の隊長4人は副団長同様にお飾りのような存在になってしまった。ただ副団長が彼らと違うのは、彼が元々空にしか興味を持たず、蒼の部隊の隊長として充実した生活を送っていることだろう。

 つまり最初からお飾りとして副団長になる事をわかっていた可能性がある。


 だが4人の隊長は納得がいかない。特に元々一班の班長だったドミニクは毎晩のように二班のエミールを引きずり酒場に行っては愚痴を吐き出していたらしい。

 もちろんそれに付き合うエミールも良い性格だと、ジスランは思う。


 三班のジスラン・デュボワは酒も飲まず夜遊びもしない。騎士になった理由も、安定した生活よりも強くなりたかったことが大きい。むしろ自分たちの世代だと、ロシュ様やアリシア・ブレストンに憧れて騎士になった者は多いはずだ。現に四班のフレデリクもロシュ様の信奉者だ。


 だからジスランは毎晩のように修練場で己を鍛えることをしてきた。剣術の鍛錬を重ねて、いつか来るかもしれない脅威に備える。それが騎士としてあるべき姿だと思っていた。


 だがそれが間違いだと認識したのは1年前。王都下層の港地区で発生した賭博場の集団殺害事件の現場でだ。


 第二部隊だけでは手が足りないからと、四班や三班の騎士も手を貸すことになった。そして凄惨な現場に立ち入った瞬間にジスランは室内に充満した血の臭いや死体の数々に吐き気をもよおす。むしろ大半の騎士がそんな状態になっていた。

 幸いなことに目の前が海だったため、そこに吐いてしまえばなんとかなる。だがこれでは職務を遂行できない。


 そんな状況下で、現場にいた第二部隊長は涼しい顔で騎士ではなく港の人間に清掃業者を入れる旨を言い出した。

 もちろんジスランはその判断に反発する。この凄惨な殺人現場の調査をしないで、いかにして犯人を見探すというのかと。

 そんなジスランへ、第二部隊長は冷たさしか感じない淡い青の目を向ける。


「ここは違法賭博の現場だ。そして俺は再三この施設の者には忠告してきた。違法な場が、法に守られることはないと」

「つまり……殺された人間たちは、違法行為をしていたから、死んで当然だと」

「違法賭博で小銭を稼ぎ人を売る小悪党が、悪党に始末される。そんなものは世の中にいくらでもある」

「だがその小悪党も竜王国の民じゃないか」

「民であれば違法賭博や人身売買を行っても守られるなら、真面目に生きている者が報われなくなる。騎士が持つべき公正は、正しく生きる者にのみ向けられなければならない」


 それは第二部隊長として、実際に王都下層の治安を守ることをしてきた者だから言える言葉だろう。少なくとも王都上層の治安という、何もしなくても守られるような場所を管理するジスランにはたどり着けない言葉だ。


 それ以降、ジスランは第二部隊長という男のことを知ろうとした。王城内にある資料室に通っては、王都下層で起こった事案を調べていく。


 ジスランは知らなかったが、第二部隊長もまた7年前に一新されていた。

 当時の第二部隊長の名前はガスパール・ヴェル。異国出身の平民で妻の家に婿入してヴェルという姓を得ているらしい。

 だがこの男は5年前に犯罪組織を取り締まる中で殉職している。おそらくこの犯罪組織は危険な集団で、捕らえて投獄するということが難しかったのだろう。

 そこから数カ月後、第二部隊長となったテオバルト・ヴェルは犯罪組織を殲滅させている。


 竜王国は法治国家だが、騎士を殺害せんと襲撃する者にまで法の裁きをとは言わない。だから第二部隊長が現場判断で犯罪組織を皆殺しにすることは合法的な行為だ。

 だがその資料を読んだ時、ジスランはこれを同じ姓を持つ前任者の敵討ちなのではないのかと思ってしまった。

 しかしそうだとしても復讐で犯罪組織を殲滅できる人間がいるわけもない。犯罪者ひとりならともかく、相手は徒党を組み組織として悪行を重ねる集団なのだ。


 だがそうして捨て去った違和感を、ジスランは1年後に目の当たりにした。


 第二部隊長テオバルト・ヴェルは正義のためなら侯爵すらも倒す逸材だった。だがそれだけでなく、彼は騎士団そのものを壊してしまう。

 空にしか興味のなかった副団長をまともにさせ、騎士団長を罷免に追い込む。その上さらに彼は空の上で正義を見せた。


 我々竜王国騎士団は竜王陛下を守るために存在する。安定した生活のためになるものではないし、街の治安など守って当然の話だ。

 街を守り人を取り締まることなど、竜王陛下をお守りすることと比べれば簡単なことだから。


 そして同時にジスランは伝説というものはこういうことなのだとも思う。

 かつてのロシュ様やアリシア・ブレストンも、世界を救うだの何だのをしたわけではない。

 だがいまこうして広い空の上に放り投げられたジスランは、テオバルト・ヴェルが実はアンベール侯爵家の人間だと知った。


 どこまでも広がる空の中で、白金色の髪を風で揺らしながら彼は2人の兄が死んだ理由を口にする。そしてだから自分はずっと独りだったのだと。

 次兄はアンベール侯爵だった男が、そして三兄は長く犯罪組織を放置していた無能な騎士団が殺した。

 その言葉が彼のすべてだった。

 そしてジスランはその言葉に納得した。犯罪組織を殲滅させたのも、こうして騎士団そのものを壊したのも彼の復讐なのだろうと。


 アンベール侯爵家の四男として生まれたらしい彼は、復讐のために犯罪組織を殲滅してアンベール侯爵家を壊し、騎士団すらも破壊した。

 それはまさにアンベールの血がなせる事だ。


 そう思っていたジスランに反して、彼が次に手を出したのは孤児院予算の配分だった。しかも侯爵家の人間でもありえないと思うが、彼は専門職でもないのに法案すら作成できるらしい。しかも自分たち騎士とはまったく無関係の孤児院予算に関するものをだ。

 しかもこれは公金横領事案に着手するための下準備であったらしい。この時点からジスランには理解できなかった。


 だが本命は、『竜王陛下の治癒師』と呼ばれるシルヴァン・モルレの俸給を横領している事案らしい。

 しかもこれに関しては証拠を確実に抑えなければならない。さらに実行犯と黒幕も同時に捕らえなければ、どこかしらで証拠隠滅をされる可能性がある。


 その上でジスランは王都上層を管轄する三班の隊長として、公金横領の黒幕を捕らえる重要な役目を任された。

 その瞬間にジスランは驚きと歓喜に支配されたものだ。そして自分に挽回のチャンスをくれる第二部隊長の期待には是が非でも応えたいと思う。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 公金横領の黒幕であるモンテヴェール伯爵家は、伯爵家としては裕福な部類の家だ。領地収入だけでも年間で25万ルムもある。


 同じ伯爵家でもジスランの実家であるデュボワ伯爵家とはまったく違う豪華で広い玄関ホールには、高価そうな調度品が飾られていた。ただ金銀を多用しているためか華美な印象を受ける。


「なるほど、これは酷い」


 騎士たちを2階へ走らせ執務室か書斎を抑えるよう指示を出すジスランのそばで、四班のフレデリクが苦笑をこぼした。

 そのためジスランは横目を向けて問いかける。


「何が酷いんだ?」

「室内の装飾品です。だいたいダルトワ商会で見たものなので価格がわかるのですが、伯爵家では贅沢過ぎる価格帯の物なんですよね」

「どっかで見かけた程度で物の値段がわかるおまえも凄いな」

「王都中層で活動するには、まず商人の方々の信頼を得る必要がありますからね。でもまずジスランさんは伯爵の確保をお願いします。ぼくは金庫を探しますから」


 今日の捜索で最優先に確保すべきとされるのは、モンテヴェール伯爵本人の身柄と裏帳簿の存在だ。

 基本的に領地収入などを国に申告して税収が決まるが、その際には帳簿を役人に見せることもある。その時に贈賄のことまで正直に書く犯罪者はいない。

 だから確実に裏帳簿があるはずなのだ。横領した金額を家計の一部にして使った記録が。


 フレデリクに言われたまま、ジスランは大きな屋敷のサロンでモンテヴェール伯爵を見つけた。既に騎士に囲まれていたモンテヴェール伯爵はジスランを見るなりデュボワ家の倅じゃないかとぼやいた。


「これは何のつもりだ。騎士を連れていきなり押しかけるなんて不躾も良いところだぞ」

「強制捜査に来たんだから不躾上等だ」


 強制捜査と言う言葉にモンテヴェール伯爵は目を見開いた。ただ自信ありげに笑ったその顔が気になる。


「何の捜査だと言うのだね! モンテヴェール家にはなんの後ろめたいこともないというのに!」

「貴様には公金横領の共謀、贈賄、不正資金の受領の容疑がかかっている」


 罪の種類を口にしたジスランの目の前で、やはりモンテヴェール伯爵は戸惑わない。確信めいた笑みでありえないと言い放った。


「わたしは犯罪に手を染めてなどいない。わたしはこの後でこの不正な捜査に対する異議申し立てをするぞ。騎士団長とは」

「誰に訴えるつもりだ? リズロット伯が容疑者の話を聞いて融通を利かせるとでも?」


 既に騎士団長は変わっている。ディディエ・ボーモンであったならこんな捜査は最初からもみ消され手も出せなかったはずだ。

 なぜならディディエ・ボーモンは典型的な差別主義者だからだ。平民が被害を受けた犯罪など、捜査をするだけ無駄だと言ってはばからない。捜査をする人員と予算の無駄だと。


 顔をしかめたモンテヴェール伯爵の目の前に立ったまま、ジスランはまっすぐに相手を見据える。

 伯爵が自分の親ほどの年齢だろうが関係ない。法に則り悪を裁くのに年齢など関係ないことを、ジスランは空の上でこの目にしている。

 なにせ第二部隊長テオバルト・ヴェルはジスラン自身より10歳も年下なのだ。

 20代半ばの頃のジスランなど王立学園時代を卒業したばかりで、その気分も抜けない見習いのようなものだった。だがあの若者はその時点で王都下層の悪を駆逐し、治安を回復させ、さらにその治安を保つ構造を構築している。

 それが復讐を発端としていても、今回の横領事案含め彼のしていることは正義しか無い。


「伯爵はわかっていると思うが、公金横領は竜王国に対する背信行為だ。被害者が何者であろうと関係ない」

「そこまで言うなら証拠を出せ! わたしが公金横領を行ったという証拠をな!」

「自分から罪を認めればまだ良いが、証拠を出した瞬間にモンテヴェール伯爵家は潰される。それを理解しての言葉だろうな」

「わたしは罪など犯していない」

「ならマドレーヌ・モンテヴェールがつけている首飾りは何なんだ? かなり噂になってるらしいな。おれも家族からその話を聞いてるぞ」


 裏帳簿はまだ見つからない。だが伯爵をこの場から動かすわけにもいかない。だからと話をズラすように首飾りについて問いかけると、伯爵も笑った。


「娘がどこかの紳士から青玉の首飾りをもらっただけの話だ。それの何の問題がある」

「伯爵は噂を知らないのか? あの首飾りは魔力などに触れるとある紋章が浮かび上がる仕掛けになっているらしい」

「仕掛け? 何の話だ」


 そこで伯爵から余裕が消え、怪訝な顔を見せた。


「おれも紋章そのものを確認していないが、2本の槌が上向きに交差している紋様だと聞いた。むしろ竜神殿で治癒を受けた多くの者がそれを目にしているようだな」

「2本の、槌」


 その紋章が意味するものを知らない伯爵家はいない。竜王国において古来から破壊を司る家系として侯爵家のひとつに名を連ねているのだから。

 そしてその破壊の家系は今の代でも健在で、この事案ひとつのために孤児院予算や騎士団組織そのものを破壊している。


「マドレーヌ・モンテヴェールの首飾りは、アンベール侯爵家から贈られたものなのか?」

「それは」

「その首飾りが盗品である場合、伯爵はアンベール侯爵家を敵に回していることになる」

「待ってくれ! それこそ有り得ない話じゃないか! 現在のアンベール侯爵家には該当する年齢の男子がいない!」


 モンテヴェール伯爵の言い分はジスランにもわかるものだった。なにせジスランも最近まで知らなかったのだ。

 むしろ空の上に放り投げられなければ、その存在を信じることもしなかっただろう。

 そして多くの者が、先月までのジスランと同様にアンベール侯爵家は侯爵と息子しかいないと思っている。


「前アンベール侯爵には4人のご子息がいた。花祭りの日、竜の涙の形に加工された7万ルムもの藍方石の首飾りを購入されたのは四男の方だ」

「そんな方は知らない。これまでいなかったじゃないか!」

「いたぞ。王都下層で犯罪組織を殲滅し、少し前には権威主義を極めた前騎士団長も潰している。おかげで騎士団内はかなり風通しが良くなった」


 おそらくモンテヴェール伯爵は、これまで前騎士団長ディディエ・ボーモンによって様々なことをもみ消してきたのだろう。そしてきっとそこには『独房の男』と呼ばれる存在も含まれる。


 だからこそいまここで、モンテヴェール伯爵は顔色を変えていた。騎士団長が変わったことは認められても、そこにアンベール侯爵家が絡んでいるなど思いもしなかったのだろう。


「伯爵は、竜王陛下の治癒師と呼ばれる男が首飾りをつけた時点で怪しまなかったのか? それともこれまで彼の俸給を搾取し続けていたように、今回もいけると思ったのか?」


 ジスランが問いかけた先で、モンテヴェール伯爵が唇を震わせた。

 その様子を眺めるジスランの背後で、扉が開かれる音と共に裏帳簿を見つけたとの知らせも届く。


「裏帳簿が見つかったようだ。これでモンテヴェール伯爵家も、爵位を失うことになるだろう」

「⋯⋯おかしいじゃないか」


 ジスランの隣に書類の束を手にしたフレデリクが立つ。だがそんなことを気にするでもなく、モンテヴェール伯爵は血走った目で口を開いた。


「おかしいだろう! アレはわたしが捨てた無能な存在なんだぞ! それがなんだ! 竜王陛下の治癒師などと呼ぼれおって! 掃き溜めに捨てたゴミが、分不相応な待遇をされていれば勘違いするに決まっている! だから過分なものは親として取り上げただけの話だ!」

「そのくだらない言い分が、上の方々に通用したら良いですね」


 つばを飛ばしてわめく伯爵に、フレデリクがにこやかな笑顔で言い捨てた。


「さて、証拠も確保したところで伯爵家全員と執事を拘束した後に仲良く牢屋へご案内してください。同居家族は……ああ、長女は今頃独房におられるでしょうからそこで再会できますね。あとは長男ご家族が7人と、末の御子息は王立学園におられましたね。ではこちらは別件処理として。ジスランさんはこの証拠書類の提出をお願いします」


 書類の束を渡されたジスランは思わぬ頼みに眉を浮かせた。


「フレデリクはまだ仕事があるのか?」

「これからダルトワ商会へ行って、この屋敷内の査定を始めます。財産没収にしても価値がわからなければできませんからね」

「なるほど」


 王都中層を管轄する四班の隊長であるフレデリクは、この手のことに詳しいらしい。後のことを周囲の騎士に頼んだフレデリクは軽やかに立ち去る。

 それを見送ったジスランは再び眉に力を込めると拘束されるモンテヴェール伯爵を見た。


 犯人を確保したから仕事が終わるわけではないからだ。



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