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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
中等部1年
15/54

13.砂竜とは主に砂漠地帯に生息する竜の亜種

 鳥が警戒する時のような低くくぐもった声が森のどこかから響いてくる。


 その声を聞いた瞬間、マティアスの視界の中で動いたのはリリだけだった。

 最愛で大好きで大切で守りたいと、つい先程まで言っていたリリがミリュエルを突き飛ばしてまで離れる。


「この中でもっとも魔力が強く治癒に長けた方はどなたですか!!! 他にも治癒の得意な方は挙手をお願いします!!!!」



 100人をゆうに超える女子生徒の中で最も小柄で可憐で可愛らしい砂糖菓子。そんな彼女が今までにないほど声を張り上げた。

 その今までにない行動に驚いたのはマティアスだけではなかった。

 リリが普段見せているゆっくりとした行動と学力首位という立場を知る中等部3年生たちも、何かを察したように周囲の高等部学生たちへ問いかけ始める。


 そうして特に治癒の得意な女子生徒たちが集められる頃には高等部の教師らしい成人男性もやってくる。


「君は見学人だろう。いったい何をしているんだ。あの奇妙な声が聞こえただろう早く逃げなさい」

「砂竜も知らぬ愚か者は黙りなさい!!」


 教師の立場としては正しい指示なのだが、それを上回る強い声でリリが叫ぶ。

 そうして教師を黙らせたリリは集められた治癒の精鋭たちへいつもより深いお辞儀をした。


「緊急時ゆえ挨拶は省略させていただきます。今の奇声は主にガイアイリス大陸南東部砂漠地帯に生息する砂竜と呼ばれる魔物の声です。鳥が警戒したような声を上げることで、それを聞きつけ近づく人間を襲って食べる。そういう獰猛で危険な存在です。それが森に存在するなら高い確率で命に瀕するほどの負傷者が現れます。ですので、皆様はその方々を救うお役目をお願いします」


 魔物に関する知識を簡単に引き出した上で、お願いという体で指示を出す。

 12歳の少女から向けられるその頼みに高等部の学生たちは安心させるように笑顔を作りうなずいて返した。


「我々はそのためにここにいるのですもの。それよりもあなたはそちらの見学者と一緒に避難なさい」

「でも」

「それほどに危険な魔物であればもう撤退指示が出ているでしょう。負傷者は出るかもしれないけれど、その方々は私たちが治癒して無事に学園へ帰らせるわ」


 だから安心してとリリより5歳は年上だろう高等部の生徒に頭を撫でられる。それでも動かないリリの手をつかんだマティアスは今度こそ教師の指示に従ってリリを引きずるように連れ出した。


「マティアス」

「駄目だよ。君が危険だと言ったじゃないか。いくらその魔法武具でも竜のような魔物は倒せないたろう?」


 力づくで歩かされ不満を出したいのだろうリリを見ないまま、マティアスはまっすぐに馬車が複数止まる停留所へ向かった。

 既に治癒能力の弱い生徒や中等部3年生に対する避難指示も出ている。そのため停留所には多くの女子生徒がいたが、彼女らはマティアスを見るや道を開けてくれた。

 彼女たちは御者や教師に声を上げてまでマティアスたちを馬車へ乗せようとしてくれる。


 彼女たちはつい先程まで魔物を駆除する男子の凛々しい姿を見たいだけの生徒たちだった。けれど非常事態だと認識するなり己のやるべきことを理解して動いている。


 そうして背を押されて誘導されて、マティアスとリリは誰よりも先に馬車へ乗せられて停留所を出発する。

 この後のことは先輩たちと大人たちに任せれば良いだろう。

 揺れる馬車の中でそう考えるマティアスは、ふと向かい側に座る砂糖菓子を見やる。


 すると甘く可愛らしい砂糖菓子は琥珀の瞳から宝石のようにきらめくような涙をこぼしていた。


「マティアス。わたくしはあなたがた竜王国の学生を誤解していたわ」

「うん。かっこいい騎士を見たいって集まってても最低限の行動はできる先輩たちだよ。兄上だって優秀だし、グレイロードほどじゃなくても竜王国騎士団だって強いんだよ。だから」

「だから」


 マティアスの言葉に同じ言葉で重ねたリリは胸に手を当てる。


「マティアス・ローラン殿。あなたには、わたくしの魔法武具を守る役目を命じます」

「は? えっ…待って。その魔法武具を守るの? その魔法武具を使って魔物を倒すって話じゃ」

「これら魔法武具は3つ揃ってやっとわたくしをこの世のすべてから守る効果を持つ。1つ欠けてもわたくしの命は失われてしまうの」

「なんで!?」

「説明はこの事態が無事に終わった時に致しましょう。ローラン殿はこのまま竜王国騎士団へ報告に向かってください」


 説明する暇がないと告げたリリはまず両耳に飾られた小振りで愛らしい赤い月の形の宝石のイヤリングをはずした。そして次に赤い花の形のペンダントをはずす。

 そうして2つをマティアスの手のひらに乗せるとそのまま左手中指にはめられた紅玉の指輪をはずした。

 指輪が手のひらに転がる感触とともに、窓を開けていない馬車内に風が流れる。

 その風はどこか清らかさをまとっていてマティアスに安心感と心地よさを与える。


「ねえリリ、このあとは」


 手のひらから相手へ目を向けながら、どうしたらと聞こうとしたマティアスの思考が停止した。

 眼前にあるのは長いまつげに彩られた深い青色のきらめく瞳。涙に濡れたその瞳は青色の宝石のように綺麗で、マティアスは理性も知性も次の言葉も何もかもを吸い込まれる。


「リリ?」

「貴殿の役目はわたくしの魔法武具を守ること。そして雛たるわたくしが砂竜の餌となった時はそれを学園を通して王城へ知らせなさい」

「え、え」


 先ほどまで砂糖菓子だったものが今は女神のような美しさを見せている。戸惑いに言葉が出ないマティアスの目の前でリリはその拳を振るって馬車の扉を吹っ飛ばした。


 そうして走行する馬車から飛び降りると慌てて外を見たマティアスの視界の中で地面に降り立った女神の姿が遠ざかっていく。


「姉上…あれはラピスラズリだ」




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