140. 真に怖いのは誰か
シルヴァン・モルレはその名にある通りモルレ孤児院に籍がある。だからこそ誰もがシルヴァンを平民として扱ってきた。生まれが何であれ孤児院に籍が移った時点で平民だからだ。
だが竜神殿にある出生記録によれば、彼はモンテヴェール伯爵家の次男として生まれている。
さらに孤児院の記録によれば、幼少期の彼は伯爵家特有の色彩を理由に犯罪者たちから誘拐目的で狙われていたともある。
伯爵家に生まれたため、魔力を持たないことを理由に捨てられ除籍までされた。あげく伯爵家の特徴を持つため犯罪者たちから狙われている。
つまりシルヴァン・モルレは生まれのために余計な苦労を背負わされてきた。
シルヴァン・モルレの資料を指でなぞりながら、ユルリーシュ・デュフールは冷淡な瞳で嘆息つく。
そしてそのため息の気配に、同じ室内で仕事をする上級官僚たちの背筋が伸びた。
そこは王城の中枢にある政務局。各局の監督を担う職務を負い、竜王国の未来を担うエリートだけが所属できる。
そんな政務局の副局長に21歳にして就任したユルリーシュは、局の外からは未来の政務長官だと言われている。
だが局内では無慈悲令息と呼ばれていた。
まず彼は書類の処理速度が早い。そして書類を確認する上でほんの少しのミスも許さない。そしてミスをする人間も認めない。
ミスを見つけた瞬間にゴミを見るような目で相手を見るのだ。時間の無駄だから100回確認してから持ってこいと。
もちろんそんな彼はミスをしない。しかも彼は政務局の副局長にふさわしい知識を持っている。けれどだからこそ一点の隙もなくすべての局の監督もできた。
そんなデュフール侯爵家出身の無慈悲令息は、現在24歳となりすべての局を掌握している。
「貴族として生まれ教育も受けただろうに、なぜ愚か者が存在するのかな」
ユルリーシュは独りごちながら資料を手に立ち上がるのだが、その言葉に室内が凍りついた。だがユルリーシュは室内の温度など気にすることなく部屋を出ていこうとする。
そんなタイミングで政務局へ第一部隊の騎士がやってきた。騎士は竜神殿内での暴行事件である上に、容疑者が伯爵家の人間であることを名乗っているため政務局へ報告に来たらしい。
だがその騎士が被害者とされる相手の名を口にした瞬間、無慈悲令息が眉間にしわ寄せた。
「では愚か者の望み通り伯爵家に責任を負わせて潰しても良いね」
吐き捨てるように言い捨てたユルリーシュは騎士とともに部屋を出ていく。とたんに部屋に残った官僚たちがため息を吐き出した。
最近の無慈悲令息が不機嫌なのは、王城内で横領事案が起きているためだ。
事案については副局長である彼の指示で特別チームが組まれて捜査も進められている。
ただこのチームが行っているのは証拠探しだけだ。実行犯に関しては、筆跡から誰の書類か特定する無慈悲な副局長によって最初から特定できていた。けれどこの実行犯も細かい男で、とにかく証拠を残さない。
そのため現在は法務局と共に孤児院の管理と予算配分の制度を変える過程で、すべての孤児院の過去の寄付記録を調べ上げた。
同時に竜神殿から全職員の過去5年分の俸給記録も提出させて、そのすべてに目を通している。
そこまでやって実行犯が業務上横領に加えて、背任罪、公文書偽造まで行っていたことがわかった。被害者が自分の意志で寄付を申し出たという面談記録まで偽造していたためだ。
そこまでたどり着いた時の副局長の乾いた笑いを、政務局の全職員が恐怖とともに覚えている。
だからこそこれから副局長が取り調べをするだろう暴行犯たちも哀れに思う。他の人間を相手に事件を起こしていたなら、伯爵らしい父でも誰でも呼び出して救いも求められただろう。
だがあの副局長の前でそれをした瞬間に、製造責任として伯爵家も罰を受けるだろう。副局長は上位貴族が負うべき責務に対して誰よりも厳しい人だから。
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にぎやかな食堂でスイーツを食べながら、目の前に座る治癒師の話を聞く。その作業はリリにとって他愛ないことだった。
なにせ目の前の治癒師は、善良で無欲で愚かだからだ。だから殴られた恨みなどを持つでもなく、ごく当たり前のように「伯爵家の方らしいので無かった事になりますよ」とのたまう。
そしてアニエスは、さすがにそうはいかない事案だと法律や状況から説明していた。
「ベルヴィルと……どなただったかしたら」
「デジレ・ベルヴィルとマルティーヌ・ロリオンよ」
名前を覚えないリリへミリュエルが教えてくれた。
「どちらも魔力が弱いから王立学園在籍中に嫁ぎ先を見つけられなかったのよ。そういう令嬢が竜神殿に多額の寄付と一緒に入るのはよくある事よ」
「魔力が弱くても職員になれるということです?」
「その場合は、治癒師見習いとして表ですこーし働くくらいになるわね。魔力がゼロでなければ竜神殿の職員にはなれないから」
「多額の寄付があれば廃棄物の受け入れもするなんて、竜神殿は寛容であられるのですね」
「あらあら、わたしの可愛い砂糖菓子は直球でいけないわ。それにその寄付があるから、平民は竜神殿に行けば無料で治癒を受けられるのよ。だから制度上は良いのだけど、そもそも今回の問題は、廃棄物が廃棄物だと自覚していないことよね?」
末端の末端であるという自覚がないことが問題。ミリュエルから指摘を受けたリリは素直にうなずいた。まさにその通りだったからだ。
「でも、それではその制度は変えられないのですね。寄付で人の命が守られているのなら」
「とはいえ今後はどうかしら? 2年前に王立学園の魔力測定機が変わってから、我々は魔力の他に神聖力というものがあると知ってしまった。そうなると魔力至上主義も終わるでしょうから、魔力が弱いという言い訳も立たなくなるわよね。そんな世界で竜神殿などに入れば、探られたくない腹を探られることになるわ。不貞行為が明らかになるとか……」
「お姉様は件の廃棄物どものことをご存知だったのですね?」
不貞行為などと言い出したミリュエルに驚いたリリはつい確認のためアドリエンヌを見てしまう。するとアドリエンヌは知らないと言うが、その隣にいるブリジットは笑う。
「その間男を従者と偽り竜神殿に入りこませてるのよね。ベルヴィル伯爵家は姉妹そろって男好きのようだから、いろいろ察することもできるけど」
「あらあら? ブリジットったら、あの話もしてしまうの? 大丈夫かしら? リリはもしかしたらアレのことを知らないかもしれないわよ?」
「どのようなことですか?」
楽しげなミリュエルに釣られるようにリリが問いかけると、ブリジットは自分の弟を指さした。そのためリリは隣に座るマティアスを見る。
「わたくしの可愛い子犬がなにか?」
「マティアスに言い寄っていたベルヴィル伯爵家の三女は風紀紊乱により退学させられたの」
「あらあら、秋頃に己の立場をわきまえず軽率に動かれていた方ですよね? 風紀を乱すようなことが?」
「マティアスの荷物に紛れていた恋文を、ブリジットが似た名前の別人の荷物に入れただけよ」
ミリュエルの説明はわかりやすいが、リリはそれでも首を傾げた。
「ブリジットお姉様がわたくしたちの教室へ来られた事があったかしら? それにどのタイミングでマティアスの荷物にそれが入り込んだのかわからないのでは?」
「あら、すぐそばにラピスラズリを守るふたりの騎士がいるのだもの。恋文を抜くことは簡単よね。でもそういう妹を持つ姉が、男を竜神殿に連れ込んで生息しながら、本物の治癒師様を暴行する。これはもう竜神殿……ひいては竜王陛下への冒涜よね」
恐ろしい血筋ねぇと緩んだ笑顔で言うミリュエルに、アニエスが笑った。
「なるほど。欲は瘴気の根源だからこそ竜神殿は清貧を是としているにも関わらず、その意図すら理解しない愚か者が竜神殿内に欲をばらまいている。そして今回は妬みなどの感情から暴行事件を起こした。であれば竜神殿や竜王陛下に対する害意と受け取ることもできますね」
「そういうことね。アニエス、スイーツを食べている場合ではなくなってしまったわ」
既にスイーツを3個完食しているリリは目の前にある空の皿へフォークを置いた。あげく隣にいるマティアスの手をそっとつかむ。
「午後の授業が受けられなくなってしまったわ。担任教師にはわたくしが残念がっていたと伝えてね」
「うん。リリも気をつけて」
「ええ、速やかに廃棄物を処理してくるわ」
竜神殿が清貧を是としているのは、神殿内に瘴気を入れないためだ。さらに昨年の夏には、参拝者や治癒を求めてやってくる人々からこぼれる瘴気を阻む装置もばらまいた。だと言うのに神殿内にいる人間が穢れているのならすべてが意味を成さなくなる。
だからと立ち上がったリリと共にアニエスも席を立ち、ディートハルトの肩を叩いた。
「ディートハルトは治癒師殿を頼むよ。担任教師には私の代わりに授業を受ける方だと言ってくれると助かる」
「なんなら竜神殿の仕事とか教える側になれそうだけどな。アニエスも暴れないように気をつけろ」
「ははは、殴られる覚悟もないのに他人を殴る者はいないよ」
「そんな覚悟あるわけない」
向こうはバカだから。肉の塊を切る手を止めないディートハルトは、それでも視線でアニエスを見送った。
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騎士団の特別会議室は、城内では最も広い部屋だが数日前に壁一面が破壊されているため使用できなくなっている。そのため第一部隊一班は、現行犯逮捕した5人組を会議室へ丁重にお連れした。
そんな説明を受けたユルリーシュは呆れた顔で会議室にいたドミニク・モンレイユを見た。
「犯罪者を牢ではなく会議室にお連れした、と?」
「現行犯逮捕と言ったが、犯罪の現場を見たわけじゃないからな。目撃し、隠蔽を防ぐため被害者を王立学園へ預け、おれに指示したのは第二部隊長だ」
「であれば、仕方ないですね」
ゴミを牢ではなく会議室に移したのも、テオバルトの考えなら意味があるのだろう。すんなり納得したユルリーシュの反応をドミニクは驚きの目で見る。
「…第二のことを知っていたのか」
「知らないはずがないでしょう」
「だがそれはおかしくないか? アンベール侯爵家の人間が第二部隊長だなんて」
「わたしは4年前の時点で、あの方がお好きなように過ごされることを認めました。その結果が王都下層のゴミ掃除だろうと、この国にいてくださるなら良いのでは? そのあげく管轄外の王城内ゴミ掃除までしてくださってますが、こればかりは仕方ないことです」
アンベール侯爵家という名が出た瞬間から5人組の顔色が白く変色しているが、ユルリーシュは気にしない。そして同じく5人組の顔色など気にも止めないドミニクは苦い顔を見せた。
「おれたち第一は、4人そろって無能だからな」
「あの方と比べれば誰でも無能になりますけどね。四男だから神童と扱われなかっただけで、我々世代の中では確実に神童で天才なのですから」
「まあ……それは空の上に投げられた時に思った。風を圧縮させて空中に床を作るなんて今でも理解できない。バケモノなのかと思ったからな」
「テオ様を化物扱いとは社会的に死にたいらしい」
「違う違う違うそうじゃない! 騎士の中では褒め言葉だから!」
急に無慈悲を出すユルリーシュに、ドミニクが慌てて声を上げた。
「それよりデュフール侯爵家の無慈悲令息殿は、この5人をどうされるおつもりか」
「テオ様の手を煩わせた輩に慈悲を与えるつもりはありませんが、そもそもの動機はなんですか?」
「治癒師が求婚されたのが許せなかったらしい」
ドミニクが動機を簡潔に告げたところユルリーシュの表情温度が引き下がった。
「それはそれは低能な動機ですが、シルヴァン・モルレにそんな相手がいたとは知りませんでした」
「被害者が、今月に入ってから青い首飾りをつけていることは第一部隊にも噂として届いている。そして今日の第二部隊長は、さらに被害者へ入手困難なマイカシリーズの『光の手』を与えた。つまりそういうことだろう?」
手荒れクリームの名前が出たことで5人組たちがわかりやすくざわついた。特に女たちは顔を見合わせて有り得ないとささやいている。それはおそらく第二部隊長がアンベール侯爵家の人間だとここでの会話で知ったからだろう。
「それは……」
誤解だと言おうとしたユルリーシュだが、扉の叩く音に口を閉ざした。同時にドミニクが扉のそばにいる騎士に指示を出して開かせる。第二部隊長が戻ってきたと思ったからだ。
だが扉の向こうから現れたのは、見慣れない黒の騎士団服と赤いマントだった。
「帝国騎士がなぜここに…」
帝国騎士は室内を確認した後に背後を振り向き、「大丈夫だよ」と優しく告げて道を開ける。そうして赤いマントの騎士が下がり開かれたその先―――部屋の入口へ青より深い藍色がいた。
「ごきげんよう。おまえがアナベルお姉様の兄君かしら」
「はい、セレンティーヌ様におかれましてはお初にお目にかかります。ユルリーシュ・デュフールと申します」
ラピスラズリの瞳が向けられたユルリーシュは既に片膝を床につけている。それに気づいたドミニクも慌てて床に片膝をついた。
そうしてここに帝国騎士が現れた理由を理解する。相手はグレイロード帝国の公爵令嬢にして王位継承権を持つ至宝。ここ竜王国がいくら平和な国だからといって、近衛がつかないわけがない。
「ところでセレンティーヌ様はなぜこちらに?」
「おまえは知っているかもしれないけれど、竜の鱗とは皮膚を隙間なく覆っているの。だからこそ強い守りを持つのだけど」
「はい、それは文献で何度か……」
目にしたと言おうとしたらしいユルリーシュが何かに気づいた様子で、いまだ立ち尽くす5人組を見る。
「鱗に隙間がないゆえに寄生虫もまた存在しない」
「ええ、竜のその身で寄生虫が生きることはない。しかもの寄生虫が、欲にまみれ瘴気をばらまく汚物であればなおのこと」
そう言いながらこの国の至宝はラピスラズリの瞳をドミニクへ向ける。
「おまえたちは、陛下の安寧を守るのが務めなのでしょうに。そんなことすらできないのになぜ生きているの?」
「申し訳ありません」
直球で死ねと言われたドミニクは衝撃に飲まれながら謝罪を口にした。だがスラリと背の高い至宝は見下ろしたまま首を傾ける。ただそれだけで王立学園高等部の制服をまとう華奢な彼女の肩に藍色の髪が流れた。
「しかもそのメスは不純な動機でオスの立場を偽ってまで竜神殿内に連れ込みそばに置こうとした。身分を偽ることを、そこにいる愚かなメスだけでできるわけもない。であれば全員死ねば良いわ」
「そんな…ひっ」
酷いと言おうとしたらしい暴行犯のひとりが、至宝から目を向けられ絶句した。目があった瞬間に真っ青になり床に両膝をつくのは、もはや竜王国民として刻まれた畏敬そのものだ。
「わた……わたしは! 平民を、少し痛めつけた、だけです! 瘴気だなんて」
「貴族だの平民だのと区別しようが、ヒトがヒトであることは変わらない。そして矮小なヒトごときが、『竜王陛下の治癒師』と多くの者に認知された者を害した。その呼び名の意味がどうあれ、陛下の威光に仇なすヒトを生かす理由がどこにある? ねぇ、デュフール侯爵家の長男はどう思うかしら」
「ございません」
至宝の横で片膝をつくユルリーシュの答えは明確だった。
「陛下の住まう竜神殿は、もとより瘴気をもたらさぬために清貧を是としてきました。それを己の欲と社会的地位を隠すため利用するなど万死に値します。身分を偽り男を入りこませた伯爵家共々潰すのが道理」
「そうね。意見が合って良かったわ。ではこの者どもを即刻くびり殺しましょう」
「何をしている」
死刑に決まりかけたところへ飛び込んだ第二部隊長は、厳しい顔でユルリーシュやドミニクを見る。そして帝国騎士を見た後に、至宝たる少女をまっすぐに見た。
「ふたりとも、午後の授業はどうした」
「陛下の眼前に巣食う廃棄物の処理をしているところよ。これからくびり殺すところなの」
「買い物をするようなノリで殺そうとするな。この国は法治国家だと何度言ったらわかる」
「テオバルト・アンベール。あの廃棄物は竜神殿を己の欲で穢し続けてきたのよ。万死に値するわ」
「だとしてもここは法治国家だ。法に照らし合わせ処罰を決める」
相手が誰であろうと第二部隊長は引く気配もなく言い放つ。とたんに至宝が、人には持ち得ない端正なその顔を崩すように頬を膨らませた。そうしてふてくされた顔を見せると誰の目にも彼女は子供なのだとわかる。
竜王陛下は100年生きている方だが、巫女から生まれた方でもまだ40年ほどしか生きていないと聞く。ではその娘は本当にその制服をまとうほどの子供なのだろう。
そう思いながらも呆然としていたドミニクは、ふと第二部隊長の視線に気づいた。
そうして目を向けると、彼の持つ黒く細長い布に目がいく。
「第二部隊長は何を持ってきた?」
「魔法武具を作ってきた。だからセレンティーヌは力を抑えてくれ」
「テオバルトでなければ、その言葉すら不敬に値するのよ」
「子供を諌めることのなにが不敬だ。アニエス君、頼む」
魔法武具をつけてくれと第二部隊長が頼んで始めて帝国騎士が動いた。ポケットに入れていた首飾りを取り出すと至宝の首元につける。
紅玉で出来ているのだろう花の形の首元をつけ、次に月の形の耳飾りをつけた。そうして最後に指輪をつけてやっと彼女の色が涼やかな至宝のそれから甘い琥珀色へと変わる。
「法治国家を大切にするあなたは、どのような魔法武具を作ってきたの?」
「この魔芒石には命属性の魔術が刻まれている。これを5人に装着させることで治癒が可能になる」
「治癒魔法が?」
第二部隊長の説明に驚きの声を上げたのは5人組たちだった。自分にも治癒魔法が使えるようになのかとささやく彼女らに、第二部隊長の指示を受けた騎士がチョーカー型の魔法武具を着けていく。
それは赤い石以外の装飾がなく、黒い布ということもあり首を縛る拘束具にも見えた。
「竜王陛下の治癒師と呼ばれるほどの人材が負傷しては今後の治癒に差し障りが出る。第一部隊長の言葉も最もだ。だからまずこの5名には、その代役をさせる」
「待ってくれ。治癒魔法を使えるようになる魔法武具なんて聞いたことがない。そんな便利なものがあるならなぜこれまで作らなかった?」
ドミニクは第二部隊長の魔法技術は信用しているが、いまだ理解が及んでいない。彼の魔術はこの大陸に無いものであるため、知りようがないのだ。
そうして問いかけたドミニクにも、第二部隊長は表情ひとつ変えない。
「命属性魔術は神の奇跡たる神聖魔法とは違う。だがこの者たちは竜神殿の職員なのだから、まず仕事の穴埋めをさせる。その内に法務局と照らし合わせふさわしい罰を与える」
「それは……まぁ、そうだな。それが妥当か。竜神殿の業務こそが大事だからな」
ドミニクが納得すると第二部隊長はユルリーシュに手を差し伸べて立たせた。
だがなぜか、ユルリーシュは第二部隊長が現れた瞬間からその雰囲気を変えている。
「件の首飾りは既にない。彼には10日ほど安全な場所で休んでもらおうと思っているが、その間に片付けられるか?」
「テオ様がそれをお望みであれば」
城内で無慈悲令息と呼ばれる男が甘ったるい態度で微笑む。そうしてデュフール侯爵家嫡男の氷の美貌を秒で溶かした第二部隊長だが、こちらは平然としていた。
「よろしく頼む」
ユルリーシュの肩を叩いた第二部隊長は、琥珀色となった至宝と帝国騎士を連れて会議室を出ていく。それを見送ったドミニクは改めてユルリーシュを見やった。
すると既にそこにいたのは、先程まで見せていた緩い笑顔をかき消した法務局の副局長だった。
「命拾いして良かったですね。10日間、シルヴァン・モルレの代役お願いします。もちろん監視をつけますが、逃げても構いませんよ。伯爵家は別途責任を取らせますので逃げ場は無いですが」
笑顔を消したユルリーシュ・デュフールは遠回しに伯爵家を潰すと言っている。その冷酷な態度はまさに無慈悲令息そのものだった。




