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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
高等部1年
147/162

139. 乙女の必須アイテム

 白の月初日に行われた花祭りでは、例年と違う小さな騒動が起きた。テオバルトは非番な上に管轄外の王都中層で発生したことなので、その騒ぎを把握していなかった。


 だが最近見つかるたびに走ってきては話しかけてくる第一部隊四班のフレデリク・シャンボールから、花祭りでの騒動について知らされる。


 最近アルマート公国産の美容品が新しく売られ始めた。これがかなり評判が良く、花祭りの日には店頭に行列ができるほどだったという。

 犯罪も問題も何もないのなら、テオバルトには関係のない話だ。そう考え立ち去ろうとしたが、フレデリクに腕をつかまれてしまった。


「そうではなくてコレですよ。マイカシリーズの手荒れ薬『光の手』です。いま最も入手困難な品物なのですが差し上げます」

「俺は必要ないが?」

「第二部隊長殿ご自身はそうでも、どなたか差し上げたい方などいるでしょう」

「いない」

「まさか本気で恋愛すら捨てておられるんですか? この国を出るために?」

「元々そういうものに興味がなかった。だから誰かに与えろと言うなら、孤児院にでもやろうと思う」

「いやいやいやいや!!」


 今度こそ立ち去ろうとするテオバルトをフレデリクは慌てて止めた。


「孤児院に与えるには高価すぎます!」

「問題なのか」

「これは銀貨2枚では買えないものですので、安易に与えてしまうと盗人を呼び込むことになります」

「それは……王都下層には持ち込めないな」


 フレデリクはこれでも王都中層の警備を担当する四班の隊長なので、防犯面を考慮できるらしい。そう認識したテオバルトだが、それではなおのこと贈り先の宛がなくなる。

 王都下層の治安が改善されたとはいえ、悪人が異国から来ることもあるのだ。ましてや子供と女性しかいない孤児院に銀貨2枚もするものを渡すことはできない。


 とはいえ他に知り合いというとおおよそ王立学園にいる生徒たちになるが、そもそも彼らは手が荒れるような立場ではない。

 だとするならもう残りはひとりしかいないが、今のタイミングで自分が関わって良いかどうか考えさせられる。


 なにせ彼の身辺には横領の捜査が入っているからだ。

 彼が治癒師となった7年前から俸給の横流しが始まっていることは明らかとなっている。そして実行犯である上級文官と、それを依頼した貴族も判明した。

 だがそれでもまだ捜査中の案件なので、騎士が被害者へ近づくことで捜査中であると気づかれても困る。


 そうして思案するテオバルトを、フレデリクはなぜか神妙な顔で見つめる。


「もしや、世間的に許されないお相手と恋をしておられるんですか?」

「そもそも恋とはなんだろうな」


 事件捜査中とは言えないテオバルトは誤魔化すように質問を飛ばした。とたんにフレデリクは難しい顔で黙ってくれたので隙をつくようにその場を離れる。




 テオバルトがこの国で認識している治癒師はただひとりだ。そもそも傷を負わないテオバルトはこの4年間で治癒師の世話になる必要もなかった。

 なのでローラン侯爵家次男殺人未遂事件が発生していなければ、テオバルトはあの治癒師と知り合うこともない。


 そして王城財務部が横領に加担するほど腐敗していたと知ることもなかっただろう。だがその点に関しては、改めてデュフール家の長男の優秀さが知れたので良かったと思っている。ユルリーシュは昔から変わった子だったが、有能でどんな事も調べてくれる。


 貰ったままの丸形ガラス瓶を手に王城を出たテオバルトは、決心がつかないまま竜神殿に向かった。昼近い時刻なので、彼はおそらく昼の休憩か何かをしているだろう。それで会えなければ諦めもつく。


 そう考えていたテオバルトは不意の物音に足を止めた。素早く周囲に目を走らせ、対象が視認できないと認識するや走り出す。

 そうして広い竜神殿の一角、建物と建物を繋ぐ外通路の脇にいる集団を見た。


「下賤な平民ごときが生意気なのよ! どこで盗んだのか知らないけど見せびらかすようにつけていたアンタが悪いんじゃないの!」


 女性のかな切り声を耳にしながら、テオバルトは小瓶をポケットに入れて代わりに白い手袋を取り出し装着する。そうして女3人と男2人の容姿を確認しつつも、その横を抜ければ予想していた人物がいた。


 頬を殴られたらしい治癒師は、左眼付近に擦過痕と軽度の出血がある。テオバルトが現れた事に驚いている様子から意識ははっきりしているようだ。


「「第二部隊長さま」」


 男女から様々な感情を含んだ声が飛ぶがテオバルトはそちらに目を向けない。


「飛ぶから目を閉じていると良い」

「……は」


 状況が読み取れていないらしい彼を横抱きにすると、すぐさま2種類の魔法を発動させた。


 勢いよく上空へ飛び上がったため、その身は重力の影響で強い衝撃を受ける。しかもはるか高みに飛び上がった先に待つのは一時の無重力だ。

 腕の中で治癒師が小さく悲鳴をあげるが、テオバルトは止まることなく次の魔法を発動させて遥か遠くにある王立学園へ向かい空を駆け抜けた。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 王立学園高等部は昼休憩に入ると多くの生徒たちが食堂へ向かう。最近のアニエスは、第一校舎と第二校舎を繋ぐ渡り通路に立ちながら騎士を待つことをしていた。

 竜王国騎士団第二部隊長は騎士としては優秀だが、少し抜けたところがある。そこは可愛らしいが、そんな彼にひとり校舎内を歩かせたいとは思わなかった。一般の生徒が相手なら問題ないだろうが、魔女たちと関わらせたくはないからだ。


 第一校舎側を眺めつつ白い騎士団服の騎士を待っていると、不意に背後から突風が吹いた。あまりの強さに前のめりになりかけたアニエスの背後から声が飛ぶ。


「アニエス君!!!」


 名を呼ばれた瞬間に踵を返していたアニエスは、急ぎ中庭に飛び出す。すると視界の中、風を舞い上げながら降り立つテオバルトの青いマントが揺れた。

 だがその腕に抱えられた治癒師の傷を視認してすべてを把握する。


「まずは医務室へ案内します! 治癒魔法は消毒の後にしなければ」

「ああ、ここからは君に従う」

「ありがとうございます。こちらへどうぞ!」


 その頃には渡り通路でいつものように美形騎士を出待ちしていた女子生徒たちも把握できていた。アニエスたちに道を開けながらも、職員室で教師の許可を得てきますとの声も飛ぶ。


 第二校舎一階にある医務室へ飛び込んだアニエスは、室内にいた医官へ声を張り上げた。


「失礼します、先生! 負傷者です。負傷箇所は顔面を複数個所」


 机で書類を整理していた医官はアニエスの声を聞きながら立ち上がる。だがアニエスの背後から現れた白い騎士団服の騎士を見るや一瞬ひるんだ。

 噂の第二部隊長が現れた時点で、野次馬に騒がしくなることがわかるためだ。


「まぁ、まず彼をそこへ座らせて」


 医官が指したのは室内に置かれたソファだった。テオバルトは指示に従い抱えていた治癒師を静かに下ろす。


「我々のことは見えるね?」

「はい」


 治癒師らしい藍色の衣装の患者も、左眼球に内出血は見られるが意識はしっかりしている。


「この指は何本に見える?」

「2本です」


 指を立てていた医官は、うなずくと清潔な布で左目の下に流れた血を手際よく拭き取った。あらわになったのは、頬骨の上に出来た擦過痕と軽い打撲の腫れだ。


「素手ではないね。鈍器というより棒かな」


 学園内ではあり得ない。そうつぶやきながらも、医官は布を水に浸した。


「しみるよ」


 濡らした布を傷に触れさせた瞬間に治癒師の肩が強張る。やはり彼は他人を治癒することに慣れていても、治癒される側になる経験はなかったのだろう。だが医官は手を止めることなく汚れと残りの血を多くの水で洗い取り、次に消毒薬を含ませた布を当てた。


「よし、治癒魔法を頼むよ」


 医官の言葉を受けたアニエスはすぐに前へ進み出た。


 そうして治癒魔法の光が傷を癒し始めるのを尻目に、医官はソファのそばに立つ第二部隊長を見る。


「さて、ここを利用したからには話を聞かなければいけない。記録に残して学園側に報告することにもなる。大丈夫かな」

「問題ない。それを見越してここに連れてきたからな。竜神殿で治療などして隠蔽されては困る」

「なるほど。竜神殿内で暴行されたなら、この王立学園に来るのは最善だね。王立学園に勝てるのは侯爵様か竜王陛下だけだから」


 彼は何も考えずここに患者を持ち込んだわけではない。さすがは優秀で知られる第二部隊長だと思いながらも、医官は机に近づきペンを手にした。

 白紙に患者の名前と負傷箇所、そして連れてきた人物の名前と所属を書き記す。


「医官殿、その報告書の下に俺の名を署名しても構わないだろうか」

「構わないよ。むしろ直筆署名があると助かるくらいだ。噂の第二部隊長様がここに来たことは、入口にいる野次馬たちも広めてくれるだろうが証拠も欲しいからね」

「では書類が完成したらすぐに学園長へ届けて欲しい。あの方は13年前もここにおられたから、俺の事も知っている」

「第二部隊長様は王立学園の卒業生なんだね」

「いや、中等部1年しか在籍していない」


 話をしているうちに報告書を書き終えた医官が第二部隊長へペンを差し出す。そのため第二部隊長は書類に署名するのだが、それを見た医官が目を見開いた。


「そういうことか」


 これは逆らえないと笑った医官は、治癒師の肩を叩くと医務室を出ていく。それを見送った第二部隊長テオバルトは、いまも治癒魔法をかけてくれているアニエスの横で片膝をついた。


「俺はこれから竜神殿に戻り、今回の暴行犯を始末してくる」

「了解しました。この治癒が終わったらシルヴァンさんを食堂へエスコートします」

「よろしく頼む」


 そう告げたテオバルトは、ポケットから円形ガラス瓶を取り出すと治癒師のひざに乗せた。とたんに治癒師は治癒を受けながらも目をしばたかせる。


「これは何ですか」

「手荒れの薬だ」

「そうなんですね? 瓶がお綺麗ですがお高くないですか? もうお高いものは受け取れませんよ」

「これは貰い物だから問題ない。ただ……その傷の役には立たない」

「それはそうですね。手荒れクリームであれば」

「俺は君にこれを渡すために竜神殿を訪れていた。これを渡すという要件がなければ、君の暴行現場にも遭遇できなかった。だが知ったからには黙っていない」

「しかしあの方々は上位貴族の方々ですよ」

「問題ない。君は俺が命を預けられる唯一の人間だ。親が爵位を持つだけの人間と比べられるものじゃない」


 大丈夫と繰り返し治癒師のひざを叩いたテオバルトはゆっくりと立ち上がった。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 竜神殿へ戻ると現場周辺が騒ぎになっていた。竜神殿を構成する4つの建物のその間、参拝者や利用者の立ち入らないその中庭に複数の職員や騎士が集まっている。


 そして彼らが集まる先には見えない壁があり、その先で壁に囲まれた5人の人間が騒いでいた。

 その中のひとりが父を呼べと叫んでいるが、テオバルトはそれらの声は無視して第一部隊長を呼ぶよう近くの騎士に指示を出す。

 すると間もなく騎士に呼ばれた第一部隊一班のドミニク・モンレイユが現れた。だがテオバルトを見るや渋い顔を見せる。


「この騒ぎはなんだ?」

「治癒師シルヴァン・モルレに対する暴行傷害の犯人を隔離してある。彼らを王城まで丁重にお連れして、事情聴取を頼みたい」

「それはまぁ……我々の役目だから問題ないが。しかし被害者が、あの『竜王陛下の治癒師』だというなら今後の治癒に差し障りがありそうだな。神殿の者は認めないが、彼の治癒能力はずば抜けている。騎竜から落ちた騎士すら治せるからな」


 ドミニクのその話にテオバルトは素直に納得した。以前治癒師が話していた、修練中に発生した怪我の治癒を練習として行ったというのは誤解のようだ。治癒師からすれば下っ端が練習として行う程度の認識だろうが、騎士団からすれば瀕死の騎士を救う治癒師という扱いになっている。


「本人は下っ端だから練習としてやらされているという認識だったが」

「そんなわけがない。確かに新人治癒師の練習として軽傷の騎士を出すことも日々やっている。だが彼は7年も治癒師として働いていて、『竜王陛下の治癒師』の呼び名もついているんだぞ。王城の財務部に確認すればわかると思うが、騎士団から特別手当を払って来てもらってる」

「そうか。それに関しては別件扱いになる。ひとまずこの5人を解放するから、丁重に確保して欲しい。暴行傷害の現行犯だ」


 《風の壁》に取り囲まれた犯人たちは逃げることも、凶器を隠すこともできていない。テオバルトが白い手袋に包まれた指を鳴らすようにこすり魔術の糸を擦り切れば、魔術の風が解放されて周囲に吹き荒れる。


 その様子を第一部隊一班の隊長ドミニクは唖然と眺めていた。ただドミニクは先日、空の上に作られた処刑場のようなあの空間を知っている。

 あの時に空中に自分たちを立たせた見えない床は、このような圧縮された風で作られていたのだろう。ただ目の前の第二部隊長がここまでする理由はわからない。

 ドミニクは騎士に命じて5人を丁重にお連れしながらも、テオバルトに問いかける。


「第二部隊長はなぜ竜神殿へ?」

「手荒れクリームを貰ったから譲りに来た」

「あああーーー……そういう」


 そうか、そうなのか。と何かを察したようにつぶやいたドミニクは神妙な顔でテオバルトの肩を叩いた。


「君の怒りはわかる」

「いや、俺は怒っていない。暴行傷害の事案を片付けただけだ」

「わかってる。わかってるから。大丈夫だ」


 テオバルトの肩を何度も叩いた後に、ドミニクは上位貴族特有の整った顔を凛然とさせてうなずいた。


「後は任せろ!」


 急にやる気を見せたドミニクは連行した5人を追うべく走り出す。そうしてひとり残されたテオバルトは、眉を乗せ首を傾けた。


「横領捜査のことを知っていたのか……?」




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