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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
高等部1年
144/162

136. アンベール侯爵家は破壊の家系

 白の月も10日になると春が進み、王立学園内を様々な色の花が彩る。だが昼休憩を迎えた高等部の女子生徒たちの目はやはり青色に向けられていた。


 先月から仕事が入らない限り現れてくれる竜王国騎士団の第二部隊長は、生徒たちにとって何よりも強い安心材料である。

 高等部内で謎の爆破事件が発生し、その犯人も誰なのかわからない。そんな状況でも第二部隊長が現れてから不審な事案は起きていない。ならば犯人はあの青いマントに怯み犯行に及ばないのだと誰もが思う。


 かくしてその日も多くの女子生徒たちから羨望の目を向けられる第二部隊長は、食堂で昼食を取った後は中庭で行われる男子生徒たちのトレーニングを眺める。


 そしてそんな第二部隊長テオバルト・ヴェルの隣には、トレーニングを指揮する高等部の生徒であるアニエスがいた。

 高等部の生徒から『乙女の騎士』と呼ばれているアニエスは、頭脳明晰な上に現役騎士だから誰よりも強い。そんな女子生徒たちの憧れでも、実際に大人の騎士の隣に立てば若さが目立った。

 現にテオバルトを相手に笑顔で語るアニエスを見た女子生徒たちは、そろって同じ感想を手にするのだ。いつもは凛々しい彼も、第二部隊長様が相手だと可愛らしく見えると。



 そんな女子生徒たちのささやきなど届かない賑やかな中庭で、アニエスはテオバルトから声をかけられた。


「初めて君と会った時のことを覚えているか?」


 テオバルトから問われたアニエスは反射的に目を丸めて、そばのベンチに座るマティアスを一瞥する。


「近衛の仮面をつけられないほどに怒っていた自覚はあります。初対面のテオバルト殿にかなり失礼な態度を取りました」

「君の態度は当然の結果だ。問題ない。それよりあの時の俺は先月のうちに解雇されると思っていた」


 態度のことを許された挙句、別の話を向けられる。そんなアニエスは同意したようにうなずいた。


「確かに。しかしそれも含めて延期となったとロイスさんから聞き及んでおります」

「ああ、つまり俺の余命が伸びたということだ。だがどうせ辞めるのだから、伸びた余命でいろいろと壊そうと思ったんだが」

「何をです? 侯爵家を敵に回せるテオバルト殿ほどの方が壊すというと、もはや国家レベルに聞こえますが」

「その予想は間違ってない。これまでも君と初対面の時に交わした会話を思っていたんだ。君は戦闘実習のことを俺に教えてくれただろう?」

「ええ……教師が通報しただろうに、竜王国騎士団は来なかったと」


 むしろ帝国騎士団が来なければ死人が出ていた。その部分は口にせず、アニエスは相手の反応を見る。


「闇竜が存在するわけがないから、騎士団はその通報を真に受けなかった。それは愚かしいことですが、この国の常識なので変えられません」

「この国の常識はそうだが、それは通報を無視して良い理由にもならない。だから今日この後で竜王国騎士団そのものを壊すことになっている」

「はい???」


 常識的な大人であるはずのテオバルトのそのおかしな言葉に、アニエスはつい素っ頓狂な声を上げてしまった。

 するとテオバルトが小さく笑う。


「俺の祖父は水竜退治を趣味としていた。それと比べれば今回の獲物は小物だが、手加減するつもりはないよ」

「水竜退治を趣味とする豪快な祖父殿から謎でしかないのですが、水竜とはあの海に出る巨大な何かですよね」

「正確には竜でも魚でもない巨大な海の哺乳類だよ。ただ途方もない大きさで、船と衝突すれば船のほうが大破する。40年前はそれが竜王国近海に多くいたらしいが、祖父がすべて駆逐した」

「海中にいるモノを倒せる魔法武具が存在する、ということですね? それはそれで見てみたいものですが」

「いや、素手だよ。海の上で武器を扱うと、下手すれば海にそれを沈めてしまう。それに武器は装備するだけで重く溺れやすい。だから祖父のような素手で倒せる人間だけが戦えた」

「素手で水竜と戦う、とは??? テオバルト殿の祖父殿は人ですか?」

「アリシア・ブレストンが人なのだから、祖父も人だよ」


 規格外な例えを出されたアニエスは返す言葉を失う。確かにアリシア・ブレストンは人ではある。アニエスの祖母なのだが、見た目は普通の可愛らしい人だ。ただ幼い頃に戦神の羽をその身に受けたらしく恐ろしく強い。

 拳ひとつで岩を砕く祖母は、アニエスにとっては憧れだが、あくまで規格外の存在だ。


「テオバルト殿の祖父殿も戦神の羽を?」

「いや、少しの魔力で身体能力を強められる近戦用の魔法が使えるだけだ」

「その魔法は、私も戦闘実習で見られますか?」

「いや、近戦格闘をしなければならないほど魔物を近づけさせることはないよ。君たちの安全を第一に考えている」

「では他の場所になりますね。グレイロード帝国にお招きした後で岩を用意します」

「わかった。その見世物で君が喜ぶなら何個でも砕こう」

「ありがとうございます。ちなみに、私はダニエル先輩からテオバルト殿は孤児院予算を壊しているとお聞きしました。それと同時進行で騎士団も……と言うことですか? 最近お忙しそうなのはそのためだと」


 わかりやすい情報漏洩の流れを提示したアニエスの目の前で、テオバルトは忙しい部分を否定した。


「古い知り合いと会っていた。7年前に相棒である騎竜を失い引退された方なんだが、最近はその方を説得している」

「騎竜を失くした竜騎士の再起はかなり難しいと聞きます。それでも戻っていただかなければならないと、テオバルト殿は考えておられるんですね」

「俺は壊すことしかできないが、その方は守り育てることができるからな」

「テオバルト殿は私のラピスラズリを守り救ってくださった方ですが」


 不意に含まれた自己否定に、アニエスは反射的に返す。すると最近少し雰囲気が柔らかくなったと生徒たちにささやかれる第二部隊長は、微笑とともに首を横に振った。

 そうして淡い青色の瞳を他でもないアニエスへ向けて、なぜかその前髪を横に流すように触れる。


「それは俺がしたことではないよ。初対面で無能と罵った君のおかげだ」

「それはおかしいですね? 感情に支配され近衛の仮面をつけらなかった私の言動は叱責されるべきものであって、褒められるものではありません」

「そんなことはない。君のあの言葉は事実で、竜王国騎士団は俺を含め無能の集まりだった。だが君に二度と無能と言わせない」

「テオバルト殿は無能に含まれませんよ。私の目から見てかなり優秀な騎士殿です」

「ではお姫様抱っこで守られることはない、ということになるな」

「それはそれ! これはこれです!」


 お姫様抱っこはしたいとアニエスが叫ぶと、背筋を鍛えるトレーニングをしていたディートハルトから文句が飛んだ。


「笑えて鍛えられないだろ! それよりテオバルトさんはオレの愛人になる人なんだから、勝手にアニエスのお姫様にしないでくれ!」


 中庭で腕立て伏せをしていた集団は、そんなディートハルトの一言で爆笑してしまいトレーニングが中断してしまった。




 トレーニングの邪魔をしたことを詫びたテオバルトは、仕事に戻るべく中庭を離れる。そうして第一校舎を抜けて玄関口から外に出たテオバルトは、正門へ向かうところをリリに飛び止められた。


「7年前に引退された竜騎士の元へ行かれるの?」

「いや、今日は王城でその方とお会いする」


 春の庭園すらかすむ美麗の持ち主は、テオバルトの言葉に琥珀色の瞳をしばたかせた。その後に嬉しそうな笑みをこぼす。


「ロシュ様に、わたくしも喜んでいる旨をお伝えくださいな」

「ああ、確かに伝える」

「そしてあなたにも感謝するわ。きっとロシュ様も、あなたこそがとおっしゃったでしょうけれど。それを蹴ってくれたのでしょう?」

「アニエス君にも言ったが、俺は人を守り育てることができない。それに俺は帝国で君にエーム大陸の菓子を食わせる約束がある」

「そうね。そうだったわ。竜王国で騎士団長をしている暇はないのよ」


 思わぬ返しとリリが緩やかに微笑む。そんな琥珀色の彼女にテオバルトはさらなる言葉を続けた。


「古来から竜王国騎士団はヴァセラン侯爵家のものだ。アンベールがそれを奪うことは許されない」

「それが竜王国の人間たちのルールなのね」

「ああ。きっと多くの家は忘れているだろうが、それが侯爵家の序列の意味だからな。青い竜を害する人間をアンベールが壊し、守るための組織をヴァセランが築いた。そういう意味では、今回、俺の役目を帝国の者が奪わないでいてくれたことは感謝している」

「彼らはあなたを信頼しただけよ」

「それに君も」


 春の風が青いマントを揺らす中、テオバルトは長いまつげを伏せるように目を細めた。


「愚かで無能ばかりのこの国に憤ることなく、王立学園にいてくれたことありがたく思う」

「わたくしは何もしていないわ」

「君がいたから戦闘実習において帝国騎士団の助力を得られた。君がいたから竜王陛下代理殿が来てくださった。それに何より、君は君の衝動に打ち勝ってくれている。それ以上のことはないよ」

「そう」


 テオバルトに恩を重ねるように告げられたリリは、嘆息のように言葉をこぼした。

 そうして少しの間を開けた後にリリはひとり笑う。


「そうね。そうだわ。わたくしはあなたにたくさんの恩があるのね」

「ああ、返しきれるアテがないほどに」

「ではあなた、帝国に行った後でアウグスティーンに求婚されても絶対聞いては駄目よ。世界で最も尊いセレンティーヌ様にお菓子をあげなければならないからと断りなさいな」

「それはもちろん断るが」


 アウグスティーンとはグレイロード帝国の王太子である。現在王位継承権第一位を持つ王子だが、昔々幼い王子から一生そばにと求められたことがあった。

 その事を持ち出されたテオバルトは真顔に戻るとリリを見た。


「ケンカの代役はやらないよ」

「まあ! ケンカではないわよ。大恩あるわたくしの事をあの生意気なアウグスティーンの前で少し持ち上げるだけよ!」

「ケーキの大きさすら理由にしてケンカをする君たちの間に立つことはしない。それは前も言ったじゃないか」

「ではもう、わたくしにたくさんのスイーツを貢ぐ以外に恩を返す方法はなくなるわ!」

「それが最も平和的な返却方法だな」


 幼稚なのか聡明なのかわからないリリの態度に笑いながら、またスイーツを持ってくるよと返す。そうしてテオバルトは、踵を返したリリが校舎に無事入るのを見送ってまた歩き出した。


 もちろんテオバルトは、リリがわざと幼稚な依頼を向けてきた理由もわかっている。あのような会話の流れをされては、こちらはスイーツを返す以外の方法がなくなる。

 つまり騎士としてリリのために死ぬことも何もできなくなるということだ。

 もちろんテオバルトは死ぬ気などないが、騎士の忠誠とは必然的にそういうものとなる。けれど彼女はそういった重いものをテオバルトに背負わせないようにしてくれた。


 あえて幼稚に振る舞ってまで会話を誘導させて、相手から重荷を背負う選択を消す。それはきっとセレンティーヌ・ブレストンでなければできないことだろう。


 そう思いながらも、テオバルトは先程の幼稚な言動を思い出して笑ってしまった。

 あれでも昔の彼女は、本気で第一王位継承者を相手にケーキの大きさで言い争っていたのだ。6歳の少女はワガママで、誰が相手でも我を通そうとする。そんな公女を相手に苦慮した大人たちが、17歳の微妙に子供な自分を頼っただけの話だ。

 きっとそれも当時のテオバルトには必要な回復の機会だったのだろう。


 仲間や難民たちが虐殺されたあの時、もし自分があの場で帝国騎士団に保護されていなかったらその機会はなかっただろう。それ以前に16歳の時点で生きていなかったかもしれない。

 それを思えば、本来ならスイーツなどでは返せないだけのものをグレイロード帝国に置いてきてしまっている。


 だがまだしばらくは竜王国騎士として動くことを許してもらいたいとテオバルトは思っている。

 少なくとも今年の夏、王立学園の卒業式で『魔女』がどのように扱われるのかはわからない。だが竜王国の歴史上、『魔女』を支配し戦術兵器として扱ったのはかつてのアンベールである。

 その責任はアンベール最後のひとりとして取るつもりだった。






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