11,戦闘実習の説明
「兄上、この子はリリだよ。グレイロード帝国からの留学生ながら中等部1年生の首席に君臨する将来有望な友達」
「友達?」
マティアスが笑顔で説明する先にいるのは明るく淡い金髪を短く刈った高等部の男子学生だ。
すらりとした長身と涼やかな顔立ち。前髪も短く切られているので、なおのこと涼やかな空色の瞳から凛々しい眉までよく見える。
その点では前髪で目元を隠したマティアスの真逆に見えた。
むしろ穏やかなマティアスとは真逆の冷たいイメージすら与えてくる。それはきっとこのマティアスの兄の表情が温厚さとは無縁そうだからだろう。
「うん、友達。リリ、こっちはベルナール兄上。高等部1年Sクラスにいて、卒業後は高爵位を継ぎながら高等文官になる予定」
「お初にお目にかかります。グレイロード帝国より参りましたリリと申します」
マティアスに紹介されたリリは片手を胸元に置いて膝を曲げた簡易的な礼を向けた。リリは見学でも戦闘実習の現場へスカートを履く愚か者ではないので今ばかりは裾を掴むことはできないのだ。
「ベルナール・ローランだ。君は制服を着てこなかったんだな。それは……乗馬用か?」
「はい。乗馬は淑女のたしなみですので」
「なるほど。グレイロードの淑女には好感が持てそうだ。マティアスが懐くのもよく分かる」
「兄上!!!」
懐いてないよと連呼するマティアスの泣き言を聞き流しつつ、リリは緩やかに微笑んだ。
「ところで今日の戦闘実習なのですが、標的はどのようなものですか?」
マティアスで遊ばなかったからか。はたまたその質問内容がおかしかったからか。マティアスの兄であるベルナールは一瞬驚いたような顔を見せたがすぐ真面目な顔に戻る。
「この戦闘実習では基本的に小型の魔物の駆除をする。むしろこの森にはそういう類しか生息していない。そして王立学園の学生は年に一度実習としてそれを駆除して、魔物が森から出ないようにしている」
「年に一度の駆除で防げる程度の量なのですね」
「そうだな。むしろ魔物を消し去る竜王陛下のお力が冬に弱まる。そしてその期間に森で発生した魔物が冬から春の間に森の外側へ移動する。だからこの時期に外側へやってきた魔物を駆除することになる」
「なるほど…。春になり王陛下の力が戻っても、その魔物は消えないのですね」
「消えないから毎年駆除される魔物がいるのだろうが…実際はわからないな。俺は今年が初めての参加で、さらに過去の報告書も無事に駆除された程度の中身しかなかった。ただ毎年こうやって実習が行われているということは、魔物はゼロではないのだろうと考えている。だがそれら魔物は我々学生でも駆除できる程度の弱いものだ」
「何の参考にもならない報告書を根拠に、そのような油断をしてしまえるの?」
「多くの学生はそう考える。この国において魔物を含めたあらゆる危険は竜王陛下が排除してくれる。そして陛下の力を逃れたとしても魔法武具で片付けられるとされているから」
「では、今この時期に何かの理由で陛下が国を離れていたらここにいる全員が死ぬのね」
「元々ここは強い魔物のいない土地だから、そうなる可能性は低いだろう」
「そのお考えの根拠となる資料などは?」
「この国の歴史が物語っている、としか言えないな。今までが平和だったのだからこれからも平和に違いない。この国の人間はそう思い込んでいる。そして俺自身も、弟の事がなければ魔法武具を信頼していられた」
どうやらベルナールも、弟の一件までは何かあっても王か魔法武具で何とかなると考えていたらしい。けれどそこに疑念を抱いたのは数ヶ月前のことだ。そこから調べだしたところで今日という日までに何もかも調べ尽くすわけにもいかないのだろう。
「だからではないが」
そう考えるリリの目の前で、涼やかな顔立ちのベルナールが真顔のままちらりと見たのはマティアスだった。
「マティアスの子守は君に任せたい。もしウサギのような魔物がそっちに逃げたとしても、弟に近づけさせないように」
「ただの見物客が、先輩がたの獲物を奪ってもよろしいのですね?」
「獲物のひとつで傷つくようなプライドは持ってないからな」
「ありがとうございます」
ベルナールに笑って返したリリは再び簡易的なお辞儀をした。
そんなリリにベルナールは本当に魔物が出たら教師の元へ逃げるようにと、リリにまで心配するようなことを言う。
そしてその見かけに反して優しいらしいベルナールに、リリは笑顔ではあったが返事をせずにうなずいた。
やがて高等部の学生たちが班ごとに集められ配置へ移動を始める。動き出す学生たちを尻目に後方支援が集まる場へ移動すると、女子生徒の9割が制服姿だった。
つまりいつもと変わらないスカート姿で、中には日傘を差した生徒もいる。
「わたくしが守るのはマティアスだけで良いみたい」
「いろいろ言いたいことはあるけど、僕も一応これでも剣の練習はしてるんだよ。学園では剣術試験もあるからと、実家で訓練もしてきてる」
「あら?」
自分のほうが守ると言いたいのだろうマティアスを見あげたリリは目を見開き首をかしげる。
「武器も持たない12歳のあなたが魔物を倒せるとでも? そういう時は高等部の教師に任せるのが正解ではない?」
「んー、まあ…そうだよね。君があんまり凛々しいことを言っているから倒せる気がしたのかも」
「魔物は野生動物と違うのだからなめてはいけないわ」
「リリはなめてないの?」
「わたくしは魔法武具を持ってるもの」
そうリリが告げて初めて、マティアスが何かを察したように目を見開いた。そうしておもむろにリリの左手を持ち上げると中指にはめられた紅玉の指輪を見つめる。
「3個の魔法武具が揃ってやっと発動させられる魔法…。それほどのものならこのあたり一帯の魔物も駆逐できてしまえる気がする」
「でもね? マティアス」
とんでもない代物がここにあったと感動するマティアスを見上げたまま、リリは少し愁眉を歪めた。
「危険な実習に後方支援として来ておきながらスカート姿で観戦気分なゴミ虫のために、この魔法武具を使いたくないわ」
「うううううん、気持ちはわかるけど人の命だよ」
「そうね。竜王国は、愚かな人間が死んでやっと知見を得られるのよ。これが自然淘汰というものだって」
「リリは忘れてるかもしれないけど、ここには姉上たちもいるよ」
「そうだったわ! お姉様がたと合流しましょう! 抱き締めて確認したいと思っていたの!」
何を確認したいとは言わないリリは軽やかな足取りで歩き出す。そのためおおよそ察しているマティアスはこの後の羞恥心をどうすべきか考えながら後をついていった。




