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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
中等部1年
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10.戦闘実習前の空気

 春が進み大地の月に入ると王立学園高等部の生徒が王都郊外で戦闘実習を行う。そしてその見学と後方支援として中等部3年生も参加することになっていた。


 グレイロード帝国では、騎士を目指す子息の通う中等教育機関が2年目の冬に遠征訓練を行っている。実際に王都を離れて模擬遠征をしつつ、森の中で野宿するというものだ。もちろん過去何度かその訓練中に魔物らが現れたこともある。

 だが中等教育機関の遠征訓練には帝国騎士団が随行するので問題が発生した記録はない。


 ただリリは素直に考えていた。グレイロード帝国では魔物だの魔獣だのは現れて当然の存在だ。

 野生動物が何らかの理由で高濃度の瘴気を浴びることで魔物になるとの研究もある。そして同じように高濃度の瘴気を身に受ければ人間も狂うし、身体が変化して魔物のようになる。

 ただ人間がそうなるほど長い期間を高濃度の瘴気を浴びることはない。通常の人間をそうさせるには、鎖にでも繋げて高濃度の瘴気溜まりへ数十日置き去りにしなければならないからだ。

 野生動物が人間より魔物になりやすいのは、高濃度の瘴気を吸った草などを食べたことによる内部汚染があるからだと言われている。

 だが人間はそんな不衛生な場所にあるものを食べない。そして人間は安全な土地へ逃げようとするだけの知恵と理性を持つ。

 だから人が狂う可能性はほぼないと言っていい。


 それでももしあるとするなら、自分から高濃度の瘴気を身に受けることを選択した場合だろう。

 それこそかつて魔族になることを望んで高濃度の瘴気を作り出し、さらにその中へ飛び込んだ愚かな魔術師のように。



 けれどリリがこのようなことを考えられるのは、それら事案がグレイロード帝国で起こっているからだ。帝国では過去の事案を事細かく書類に残して保管している。

 グレイロード帝国の宰相はかつてビタンの神童と呼ばれたほどの頭脳の持ち主で、自他ともに認める知識欲の権化だ。

 そんな宰相が主導して建国当時からあらゆる事案を書類に残してきた。そしてそれら膨大な資料庫は騎士団内に開放されていて若い騎士たちの学びの場にもなっている。


 だがここ竜王国セリオルネーテはどうだろうか。竜王に守られ、1000年の平和を甘受するだけの安穏とした土地。

 それでも稀に魔物が現れるから、それから民を守るという矜持で貴族も存続できている。けれどそれは魔力の高い者同士を結婚で繋げて、より魔力の高い子供を作る。その上、財力を持って強力な魔法武具を入手してやっと成り立つ守りだ。

 作戦も集団戦闘の経験もそこから導き出される知見も何もない。誰もが魔法武具を使って魔物を倒せばそれで終わりだと思っている。

 だから魔物対応に関する資料が貴族から国にあがることはない。

 そんなことで魔法武具では対処できない状況になった時にどうするのだろう。もちろんその時は竜王を呼べば良いと竜王国貴族は思うのだろう。

 だが竜は万能ではない。冬の寒さに凍えて死ぬような存在だ。それにこの国に竜王は1人しかいない。

 そのたった1人に、無能な竜王国貴族はどれほどの責務を背負わせたいのだろうか。





 王都から馬車で1時間ほど東に進むと広大な森のふもとにたどり着く。

 危険だから森の奥まで入らないようにと声を上げる教師の声を耳にしながら、リリはゆっくりと馬車を降り立つ。

 馬車を降りるリリの手は差し出されたマティアスの手に乗せられ軽く支えられていた。

 それら動きはリリにとっては慣れたことだが、王都を出ることの少ない竜王国貴族には珍しいことなのか。周囲の生徒たちは、中等部3年生も高等部の学生も関係なくリリを眺めている。


「所作がおかしかったかしら」

「庶民だと思われている君の所作があまりにも綺麗だからじゃないかな。1年生はもう見慣れてるけど、3年生はあまり見ないだろうし。高等部の先輩たちには初めて目にする噂の砂糖菓子だから」

「ふふ…」


 マティアスの説明にリリはつい笑ってしまう。勝手に他人を甘い嗜好品と決めつけて見惚れる愚か者たちに。


「戦闘実習の前だと言うのに」


 危機感のない凡愚揃いなのね、とは言わずに笑顔のまま飲み込む。そんなリリの脳内を読み取れたらしいマティアスは小さな笑顔とともに仕方ないなとつぶやいた。


「君のそういうとこは好きだけど、僕だけ独占してると姉上に叱られるかも。でもまず兄上に紹介してもいい?」

「そうね。害虫駆除のお礼をしなければいけないわ」

「僕が泣いた時はまたハンカチを貸してね」


 今日だけでリリの言葉に何度泣かされるだろうかと笑うマティアスに改めて手を差し出される。そのためリリは戸惑うこともなくその手を取って中等部3年生よりもはるかに身丈の高い高等部学生の群れへ向かう。

 高等部の学生たちがどれほど愚かでも、少なくともマティアスの兄はその類に入らないはずだ。そうでなければブリジットの報告を受けただけで魔法武具を弟から取り上げるという考えに至らない。




 高等部の学生は中等部よりはるかに多く一学年が600人。その年ごとに増減はするがだいたいその人数が入学しては卒業していく。


 高等部は普通科と騎士科に分かれているが、普通科Sクラスは中等部と同じく学力上位クラスで文官志望が目指すもの。そのため基本的に彼らは戦闘実習など参加しない。

 この戦闘実習に参加するのは騎士科内の3クラスと普通科の志願者だけだった。

 そのため戦闘実習に参加する女子生徒は皆無だ。


 だが戦闘実習に参加しないが、中等部3年と共に後方支援をすることはできる。

 戦うことはできない淑女でも後方支援として、戦う者たちを救う手助けはできる。貴族の義務として、そのように考えて参加する女子生徒もいるだろう。


 だがマティアスが聞いたところによれば、普段は接点がない騎士科の戦う姿を見たいという女子生徒が圧倒的らしい。

 それを聞いたリリは素直に思った。平和に浸りすぎるとこうも愚かになるのかと。


「…命懸けで戦う騎士の姿を娯楽としかとらえられないなんて、世の厳しさも知らない愚者は食い殺されたら良いのに」

「出てる出てる。本音が出てるよリリ」

「あらあら、まろび出てしまったわ」


 マティアスに素早く注意されたリリは緩やかな動きで口元に手を当てた。そうしてそのまま緩やかな笑みをこぼす。

 その瞬間、周囲にざわめきが走り騎士クラスだろう学生たちの視線が刺さった。

 だがやはりリリはそんな視線を気にも止めない。


 そしてそんなリリの隣を歩きながらマティアスは口元を緩める。

 学年で最も小柄で可憐で脆弱そうで儚げな砂糖菓子。そんな外見に反して彼女は学年首席で、口を開けば誰よりも強い意志を見せてくれる。

 そんな彼女に対する驚きをこれから高等部で騎士見習いとなった先輩たちも思い知ることになるのだ。

 それを楽しみに思う反面、マティアスは不安にも思う。

 今はクラスメイトで、さらになぜかリリを砂糖菓子ではなく人として扱った最初の異性という理由で友人の位置に置いてくれている。

 だがマティアスには魔法武具に惑わされリリに無礼を働いた前科がある。さらに言えばそうなってしまうほどにマティアスの心は弱い。

 そんな自分と比べて周囲にいる高等部で訓練を始めている騎士見習いたちはたくましく凛々しい男子学生だらけだ。

 強いものを好むリリの目が彼らの中のひとりに移る可能性はゼロではない。


 将来はリリもどこかで誰かに恋をするのだろう。そしてマティアス自身も侯爵家の次男として都合の良い誰かの元へ婿として行くことになる。

 けれどそうして離れるのはもっとずっと先が良い。

 マティアスを泣き虫扱いしながらも、男らしくないと否定しない優しい砂糖菓子。そんな彼女の誰も知らない優しい部分を自分だけが受けていたい。


 少なくとも中等部で過ごすこれからの2年間も、高等部での3年間も友人でいいから隣にいたいとマティアスは願ってやまなかった。



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