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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
高等部1年
113/115

111. 音楽祭 後編

 今年の音楽祭は人気投票のように観客が投票して順位を決められるらしい。それなら確実に勝てると踏んだセシーは、舞台の上で見事に会場を盛り上げてみせた。

 竜王国民なら誰もが知る民謡曲をシェルマンに頼んでアレンジさせて、ライブ曲として歌う。ただそれだけで観客は大盛り上がりで、頼んだ通りに応援してくれた。これで勝ちは確定だろう。

 出場者で票が割れるなら、組織票を持つ者が強いのはどんな世界も同じだろうから。


 出番を終えて舞台を降りたセシーは、唖然とした顔の生徒会長アドリエンヌの前で立ち止まる。


「わたしの舞台を整えてくれてありがと。悪役令嬢さん」


 感謝を告げたセシーはそのまま大講堂を後にした。するとその後ろを支持者たちがついてきて、また歌ってほしいとセシーに頼み込んでくる。セシーは外でそれはできないけどと言いつつ、みなで食堂に向かうことにした。歌うことはできなくても、話をすることはできる。攻略キャラ以外にも顔の良い男は何人もいて、彼らは昼の遊び相手としてはちょうど良い存在だった。

 だからセシーは気づいていなかった。食堂についてくる数百人の生徒の中にオリヴィエとシェルマンの姿がないことに。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「生徒会長が音楽室で呼んでたよ。音楽祭で使う…なんだっけ? 何かを運ぶのを手伝うとかなんとか」


 観客席の後ろにいたマティアスへ、2年生らしいリボンの女子生徒が教えてくれる。それを素直に聞いたマティアスは大講堂を出てひとり校舎へ向かう。


 そんなマティアスの頭の中にあったのは、先程見たディートハルトの演奏だ。


 出会った頃から騎士団長になりたいと言っていた彼は、12歳から2年間中等教育機関に在籍している。マティアスが彼と過ごしたのは、その中のほんの3ヶ月ほどだ。

 騎士としての基本はできているから1年の前半は休んで良い。そんな説明でマティアスのそばにいてくれて、ラピスラズリごっこと称してたくさん褒めてくれた。


 そんな彼が今回の舞台で奏でた2曲の中でひとつは竜王国の民謡。そして2曲目は竜王国でも公演されている舞台音楽だった。

 ただそれが舞台『月夜の物語』の夜のシーンで使われる曲なのはもう狙ってのことだろう。しかも難解な曲なのに悠々と引きこなすディートハルトは、要所要所でマティアスに目を向けていた。そして観客たちも、ごっこ遊びに付き合うように盛り上がっている。

 そんな空気の中で、マティアスはただ座ったままディートハルトに見惚れることしかできなかった。


 これまで2年間、マティアスは騎士としても人としても格段に優れたアニエスをそばで見てきた。彼女はマティアスの兄よりさらに高みにいる近衛騎士だ。その姿をそばで見て信頼も尊敬も抱いた。


 だがディートハルトは、3年前は親しい友人の距離でいたのに、今は背も伸びたくましくなった。そして今回の彼はアニエスと同じ舞台で、彼女のすぐ後だというのに気後れすることなく演奏してみせた。

 でも彼はアニエスのようなはるか高みではなく、いつでもどこでも『ごっこ遊び』をしてくれる。


 そんな友人がカッコよすぎて顔が緩んでしまう。夢幻に惚けたような気持ちで、第三校舎の2階にあがり開け放たれたままの音楽室へ入った。


「相変わらず間の抜けた顔だな。マティアス・ローラン」


 小さな窓しかない音楽室に入ったマティアスの視線の先に恐怖しか持てない人間が立つ。その姿に震撼する合間に背後で扉が閉められた。見ればそこに金髪くせ毛のシェルマン・ルヴランシュがいる。


「なんで……」

「おまえが調子に乗ってるからだろう」

「……え??」


 シェルマンの言葉が理解できない。マティアスは誰かを尊敬したり好きになることはあるが、それで調子に乗ることがなかった。なぜならマティアスは昔も今も『ローラン侯爵家の落ちこぼれ』だからだ。


「僕は何も」

「うるさい黙れ!!」


 返そうとした言葉はオリヴィエ・アンベールの叫びにかき消される。同時に勢いよく接近するオリヴィエに胸ぐらを捕まれ床に引き倒された。

 床に強く背中を打ち付けたマティアスは、衝撃に息が詰まる。だというのにオリヴィエはそんなマティアスを気にすることなく馬乗りに座った。


「男を社会的に殺す方法を知ってるか?」


 彼らの言いたいことも言葉もまったくわからない。咳き込みながら呼吸を整えていたマティアスに顔を近づけて、オリヴィエが勝ち誇った目で笑う。


「男に陵辱された者は紳士として扱われない。そういうヤツは家督を継ぐことも許されず、男娼として生きるしかないらしい。おまえにふさわしい生き方だろう? 泣き虫マティアス」

「なん……陵辱する側は犯罪じゃ…」


 痛みと戸惑いに思考が落ち着かないマティアスはつい反論してしまった。性別を問わず被害者が社会的損害を受けるのは仕方ないことだが、なにより加害者はただの犯罪者だ。

 だが反論したのが間違いだと次の瞬間に理解する。


 オリヴィエから平手で思い切り叩かれたためだ。挙げ句そのまま何度も何度も、黙れと言われながら叩かれ殴られる。

 オリヴィエは昔からこうだった。マティアスの何が許せないのか唐突に現れては暴力を振るう。


「おまえが加害者なんだろうが!!」


 好き勝手に叩いた上でオリヴィエは、マティアスの胸ぐらを掴みシャツを引き裂くように開かせた。そうして冬の冷たい空気が素肌に触れたことでマティアスの中に恐怖を植え付ける。

 だが陵辱に対する恐怖をかき消すように、オリヴィエの手はマティアスの首に伸びた。


「おまえがおまえがおまえがおまえが!!! いつもおまえが奪い取るんだろうが!!!」

「……ぁっが」


 首を絞められ、息が吸えないが、それより喉そのものが潰されて苦しい。だがオリヴィエの力は強く腕をつかんでもどうにもならない。

 そうしているうちにマティアスの視界が陰り、罵声すら遠ざかる感覚の中で身体の力が抜ける。




 マティアスが抵抗しなくなったのを見たシェルマンは慌ててオリヴィエを止めようとした。陵辱して社会的に殺すことは良いが、本当に殺してしまってはいけない。なにせ相手は落ちこぼれでもローラン侯爵家の子供だ。


 そう考え近づこうとしたシェルマンの目の前で、音楽室の壁が爆発したように外から破壊される。

 とたんに密室空間である音楽室に外の風と音が流れ込んだ。だがなにより破壊と同時に飛び込んできた黒い甲冑の存在がシェルマンを戸惑わせた。


 けれどその甲冑騎士は、飛び込んだ勢いもそのままにオリヴィエへ近づき身体を蹴り上げる。

 首を絞める体勢のまま蹴られたオリヴィエは、ボールのように飛んだ後に床へ転がり部屋の隅に積まれた椅子に激突した。しかし腹部が痛むらしいオリヴィエは腹を押さえたまま動けない。


 そこで我に返ったシェルマンは慌てて甲冑騎士に制止の言葉を向ける。


「おまえわかってるのか! 彼はオリヴィエ・アンベールだぞ! 侯爵家の嫡男だ! 傷つけることは誰にも許されない!」


 止まらない甲冑騎士に近づけられず、言葉だけぶつけていく。そんなシェルマンの目の前で黒い甲冑騎士はその手に、身長ほどの大剣を出して振り上げる。


「これは竜王国に対する反逆行為だぞ!!」


 これ以上の大罪はないぞと脅しても甲冑騎士は聞くことなく大剣を振り下ろす。シェルマンとオリヴィエの絶叫が響く中で、激しい破壊音を巻き起こしながら積まれていた椅子が粉砕され、床も大きくえぐれたように砕けた。

 しかも甲冑騎士は失禁するオリヴィエを見下ろしながらも、その矛先を変えるようにシェルマンを見る。たちまちにシェルマンは甲冑騎士の前から逃げ出すように音楽室の反対隅に駆け込んだ。

 すると甲冑騎士は大剣を使って扉を壁ごと粉砕してしまう。


 たちまちに砂埃が舞い瓦礫が落ちる中で、甲冑騎士は大剣を床に突き刺して手放した。そのままマティアスの元へ近づくと薄く意識のない彼を抱えあげて、壁の穴から飛び降りるように立ち去る。


 そうして嵐のような存在がいなくなると、シェルマンは床にへたりこんだ。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 水色頭と侯爵家子息3人によるライブは大音量で音楽を聞かせ、観客たちが立ち上がりながら歓声をあげるという異例の状況を作り上げた。

 それまでの『演奏中は観客席に座り静かに音楽を楽しむ』という当たり前のルールを破壊してしまったのだ。そのためライブ以降は誰が演奏しても、観客たちも気がそぞろで落ち着けない。

 しかもライブで盛り上がっていた立ち見客はまだ残っていて、「オンナが生徒会長だからつまらないんだ」と演目の合間にヤジを飛ばす始末だ。


 しかも2階席でその様子を見ていた学園長は、駆けつけた教師から第三校舎で問題が起きたと聞かされ席を立つ。

 そのため音楽祭での問題行為を止められる者もいなくなる。



 そんな中で演奏を終えたクレールとシオンは、拍手の中で舞台袖に下がった。


「聞く気のない方がおられる舞台というのは難しいものですね」

「そうだね。何をしても空気が変えられない」


 クレールとシオンはともに侯爵家の子女だが、そんな彼らが出ても観客たちはヤジに戸惑い心から楽しむことができないでいる。つまり音楽を楽しむ気が削がれてしまっているのだ。


 そんなふたりの言葉を受けたアドリエンヌは仕方ないとため息を吐き出す。今年度の音楽祭は参加者が少ない。そんな状況でリリの提案を受けてルールも変えて、少し前までは観客たちも楽しめた。

 それでもう十分だ。そう決めたアドリエンヌは、最後の演目である自分のピアノ演奏の後で観客に礼を述べようと考えた。


「皆さんにも助けられたわね。ありがとう」


 ディートハルトは途中で抜けてしまったが、そばにはリリやアニエスもいる。協力してくれた彼女らに頭を下げたアドリエンヌのそばで、ふとミリュエルが周囲に目を向けた。

 その上で裏方として共に働いていたアナベルとブリジットを見やる。


「リゼットはどこかしら」

「あら? いつの間に」

「リゼットお姉様なら先程少し出てくると言っておりましたよ」


 いなくなったことに気づかなかったアナベルのそばでリリが教えてくれる。

 とたんにミリュエルは心配そうな目でリリを見た。


「ヤジを飛ばすような輩どもに絡まれてないと良いけど……わたしちょっと外を見て…あ、でもアドリエンヌを守りたいわたしの願望が」


 リゼットも心配だが、これから舞台にあがるアドリエンヌも心配でたまらない。そんな仲間思いのミリュエルにアニエスは確かにと同意した。

 その合間に楽譜の準備をしたアドリエンヌが舞台へあがるべく階段に足をかける。

 だがアドリエンヌは階段をあがることなく振り向いた。


「わたしではなくリゼットなら……」


 仲間しかいない舞台袖で、完璧な令嬢がこぼした小さな弱音にアナベルが目を見開き手をにぎる。

 けれどアナベルが口を開くより先に、裏口から舞台袖へ新たな人物が現れた。


 藍色のワンピースをまとった女性は、髪を隠すようにヴェールをつけている。それは竜神殿の関係者がまとう服だが、この学園内では聴願士しかまとわない。


「ごきげんよう、生徒会長様」


 どこからか走ってきたのだろう聴願士は、息を切らせながらも輝く笑顔を見せる。


「間に合ってよかったわ。さあ、わたしたちの音を聞かせましょう」

「聴願士様が演奏されるのですか? もちろんそれは光栄なことですけれども」

「みんなで音を楽しむのよ!」


 聴願士たちを模擬神殿の外では見かけることはない。さらに言えば聴願士たちが学園行事に参加することもない。

 だからこそ戸惑い動けないアドリエンヌの手をつかんだ聴願士は、光の加減で何色にも見える瞳で指先に口付ける。


「スタートは月夜の物語のオープニングからよ。リトル・プリンセス」


 聴願士はそれだけ告げると勢いよく駆け上がるように舞台へ飛び出していく。途端に歓声が沸き起こる中でアドリエンヌは真っ赤な顔でアナベルを見た。


「リトル・プリンセス…ってあの時の」

「絵本の中にいたあなたの呼び名だわ」

「つまりアレね。リトル・プリンセスのために魔法を解いたのよ」


 赤い顔で戸惑うアドリエンヌにアナベルが告げたところで、ブリジットが呆れた顔で腕を組んだ。


「最強無比の魔法使い様を呼び出す鍵は真実の愛だったでしょ。アドリエンヌもきっちり見せなきゃダメってことよ」

「ええええええええそうね。そうよ。そうだわ。そうなんだけど、なんでいつも唐突に現れるの!」


 真っ赤な顔で階段を踏みしめるアドリエンヌは既に完璧な令嬢ではなくなっている。それを見たミリュエルは素早くクレールの手をつかんだ。


「舞台劇の月夜の物語のオープニング、いける?」

「はい」

「じゃあお願い。これはシーンごとに奏でる構成よ。聴願士様は舞台劇を歌でやろうとしてるわ」

「まぁ、それは新しい……あっ、なるほど。リトル・プリンセス様の物語がそうでしたね」


 ミリュエルの説明を素早く理解したクレールは、笑顔で舞台に上がっていく。

 その頃にはアナベルに肩をさすられ落ち着きを取り戻したアドリエンヌが、頬を赤らめながらも楽譜をブリジットに渡した。

 ここから先の演目に楽譜は使えないからだ。自分たちは記憶にある舞台劇の音を奏でなければならない。


 幼い頃にアドリエンヌたちが楽しんだ『リトル・プリンセス物語』は、そんな即興遊びの中で生まれたものだったから。



 舞台にあがった聴願士は音楽を背にして高らかに歌う。それは『月夜の物語』の舞台劇を簡略化させたものだが、台詞も何もかもを歌で表現するという新たなものだった。


 高い声から低い声まで使いこなす聴願士は、高らかに恋に恋する主人公を歌う。

 しかもそんな聴願士の動作へ合わせるように、どこからか水の音が響き鳥のさえずりすら聞こえた。おおよそどこかに魔法武具が設置され、舞台効果として使われているのだろう。だが時に風が流れ、雷鳴が轟くその特殊効果に観客たちが目を奪われる。


 すべての生徒たちが夢中になる中で、主人公は舞台にあがる近衛騎士と軽やかに踊る。歌いながら見事なダンスを披露した主人公は、誰よりも尊敬する方だけどと歌いながら手を放した。

 そうして最後は観客席に向けて手を広げて、物語はこれからも続くと高らかに歌い上げる。



 大歓声と拍手喝采に包まれた大講堂で、最後までピアノ演奏をこなしたアドリエンヌは息を切らせながら立ち上がれないでいる。

 止まることなく切り替わる歌の流れに乗るように、集中力を絶やさず即興演奏を続ける。その疲労は凄まじいが、歌っていた彼女こそがもっとも疲れているはずだ。

 そう思うのに立ち上がれないアドリエンヌは、汗をかくことを知らない爽やかな近衛騎士に手を差し伸べられ立ち上がった。


 そうして観客席を見れば、アドリエンヌへ向けるようにまた拍手が沸き起こる。とたんにアドリエンヌは自分が生徒会長であることが許されたような気がした。





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