表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
高等部1年
110/115

108.音楽祭は芸術クラスのための催し

 祝祭月である竜の月を過ぎれば竜王国では短い冬の季節がやってくる。

 世界地図の中でも南に位置する大陸であるため冬も温暖で過ごしやすい。だがそれは世界的に見た話で、竜王国の民にとって冬は寒い季節である。

 そのため高等部の生徒たちは青いブレザーを脱ぐことなく、襟もぴっちりと締めている。


 ただそんな中で唯一の例外は、襟元の第二ボタンまではずしたまま、ブレザーを腕にかけて敷地内を寮から校舎に向けて走っていた。

 その様子に気づいた高等部の生徒たちは、校舎の窓から外を走る1年生を眺める。特に女子生徒はワイシャツごしでもわかる胸筋にざわめき、たくましさに頬を赤らめる。

 そんな女子生徒たちが語るのは3年前から続く『ラピスラズリごっこ』だ。3年の空白期間を経てたくましくなり帰ってきたかつての短期留学生は周りの期待を裏切ることなくラピスラズリを溺愛してくれている。

 そのため女子生徒も、あのたくましい身体に抱きしめられているのかと嬉々として語り合った。



「間に合ったー!!!」

「ざんねーん! 間に合ってませーん!」


 叫びながら教室に飛び込んだディートハルトに、資料を配っていた担任教師から同じ声量で返される。

 とたんにディートハルトは「走り損だった!」とさらなる叫び声をあげて教室内に笑いが起きる。


 朝からにぎやかな1年Sクラスの教室内を進んだディートハルトは後方の席にいるマティアスの隣に座った。


「なんかポカポカ暖かくて寝すぎた。もう春だっけ?」

「いまは冬だよ。教室は温かいけど、外はちょっと寒いかな」

「なるほど? オレが抱きしめたらちょうど良い的なことだな」

「それは先生に怒られるかなぁ」

「たしかーに」


 その通りと笑ったディートハルトは前からまわってきた資料を受け取る。荷物もそのままカバンに入れられている上に制服もまともに着ていない。そんな状態で1時間目の授業を受けようとするディートハルトに、マティアスは仕方ないなぁと笑う。

 肘までまくりあげられた袖からのぞく腕のたくましさは、この2ヶ月間のトレーニングでできたものではないだろう。それにたくましい背中の筋肉も、きっと3年間で作り上げられた部分だ。

 そしてそのたくましい筋肉は、同じ騎士でも女性であるアニエスにはないものだった。ただその筋肉質な彼は、乙女でもなんでもなく友人を抱きしめたがる。


 そんなディートハルトを隣に座らせて午前の授業をこなしたマティアスは、リリと手を繋ぎ食堂に向かう。その後ろでディートハルトが、最近よく聞くんだけどと話し始めた。


「ちょーぶんさん、とかいう人がこの学園のどこかにいる? しかも美人?」

「それは模擬神殿の聴願士のことじゃないかな。男子生徒たちの間で人気らしいことは私も聞いてるよ」

「そうそれ」


 模擬神殿を知らなかったらしいディートハルトはアニエスの説明に指差す。


「ちょーぶんさんに話を聞いてもらうと癒やされる、らしい。騎士科の人らが言ってた。アニエスは調教のムチが痛いから、ちょーぶんさんに癒やされるんだって」

「つまり?」

「もう少し優しいトレーニングをしてやって良い気がしてる。あいつらまだ見習い1年じゃん。つまり中等教育機関の1年前半ってことだろ? 素人のガキなんだ」

「ねぇ、ディートハルト? 素性や年齢と関係なくゴミはゴミなんだ。廃棄処分されたくないならせめて駄犬レベルにならなければならないよ」

「やだ! 怖い! 騎士科の先生じゃないんだから昼休憩らしいゆるいトレーニングにしてやってくれよ! 休憩って休憩する時間なんだぞ!」

「ははは、ディートハルトはわかってないね」


 先月からトレーニングに加わっている騎士科の生徒28人は、Sクラスの生徒たちの3倍量のトレーニングを与えられている。そのため毎日昼休憩を終える頃には死にそうなほど疲弊した顔で去っていくのだ。そんな彼らは聴願士に話を聞いて癒やされているらしい。

 その可哀想な状況をなんとかしたいディートハルトだが、アニエスはそれを笑い飛ばす。


「騎士の資質もないゴミなんだから、武勇ひとつくらいは持たせないと駄目じゃないか」

「そりゃあ、あの厳しいしごきを生き残れたら、身体は作られると思うけどさ」

「それに私はベル姫応援し隊を受け継いでいるからね。彼らがこなしたトレーニングメニューを教え込むのは当然の義務だと思っているよ」

「いやいや、ベル姫応援し隊ってなんだ。めっちゃ楽しげな名前なんだけど」

「昨年の騎士科3年生の方々だよ。闇竜や魔物を相手に見習いながら対処した勇猛果敢な騎士見習いの方々だ。もちろん第一部団精鋭部隊の方々からは、騎士を名乗るにふさわしいとの評価もある」


 母国の精鋭部隊から高評価と知ったディートハルトは素直に驚いた。


「ヘンテコな名前なのに」

「ベルナール卿を守るために集まった精鋭だからね。高等部1年生から徹底的に己を鍛えぬき、さらに適正を持つ生徒は魔力循環も習得して魔力を高め、魔術の技能も極めた。3年間でそこまでしてやっと闇竜を倒す戦力になるんだよ。格好良いよね」

「まぁ…普通の人なのにベルナールお兄様レベルになるって相当な努力だなって思う。で、アニエスはその人らのトレーニングをアイツらにやらせてるのか」

「彼らは将来的に竜王国騎士団へ入ることになる。つまり竜王国の財産になるのだから、無駄にならないよ」

「ひえー、つまりケンカ売られたのを利用して恩を売ってんのか。近衛っぽいことしてるなぁ」

「私は近衛騎士なんだよ」


 何をいまさらと笑うアニエスはいつもと変わらない爽やかさで、通りすがる女子生徒たちから喜びの声が上がる。


 4人が食堂へ行くとリリが上級生5人の元へ駆け込む。その様子を尻目にディートハルトはマティアスにも問いかける。


「ちょーぶんさん、ってみんな知ってる存在?」

「竜神殿にある聴願の間で話を聞いてくれる人のことだからね。神殿の職員の中に聴願士っていう役職があるんだよ。でも僕は竜神殿にはあまり行かないから、姉上たちのほうが詳しいかも」

「なるほど、何でも知ってるアナベルお姉様なら的な」

「うん。それに模擬神殿って中等部だと縁がないけど、高等部だとわりと使うみたいだよ。将来的に竜神殿へ就職する道もあるから、それを踏まえて授業をするんだって」

「へぇー、オレたちが聖騎士団について習うみたいな感じかな」


 神職に進むことができるのは、どの国でも神聖力を持つ一握りの人材だけだ。だがその一握りの人材を確保するのが難しい。

 そのためグレイロード帝国騎士団の聖騎士団も全員が神聖力を持つわけではない。神聖力を持ち神官の資格を持つ騎士もいれば、元ビタン衛生隊から上がった治療に特化した騎士もいる。

 そしておそらく竜王国も、貴族たちが魔力至上主義をやっている脇でその一握りの存在を確保してきたのだろう。

 なぜなら天啓を受けた竜王や雛に近づけるのは、守護竜を除けばその一握りしかいない。動けない竜王周辺の衛生を保つにも人材は必要となる。


「竜王国も一枚岩じゃないんだなぁ」

「なにが?」


 思案しながらつぶやくディートハルトに、マティアスが首を傾げ問いかける。そのためディートハルトは首を横に振りつつ笑ってみせた。


「大人もいろいろ考えてるんだなぁって思ったんだよ。それより昼飯なににする? オレの可愛いラピスラズリさんは肉だろ?」

「ええー、今日は魚のクリーム煮が美味しいって聞いてたのに」

「いやいや肉にしようよ。筋肉には肉だよ。だって肉だし」

「魚も魚の肉だよ!」


 急に献立の話題に持ち込んだディートハルトはマティアスの背中に抱きつきながら歩き出す。

 そんなふたりの背後を笑顔で歩いていたアニエスは、唐突に背後を振り向く。


 するとアニエスの視界の中で、高等部2年Sクラスのアラン・マイヤールが立ち止まった。


「私を不意打ちしようと?」

「するわけないだろ! 気づかれず接近できたら勝ちだったんだ!」


 後少しだったのにと言いつつ、アランは6歩も歩いてアニエスに近づく。その距離では後少しでも何でもないが、彼の後方から同じく2年のクレール・オリヴェタン嬢が来たため笑顔で迎え入れる。


「クレール嬢は今日も清楚で愛らしいですね。これから昼食ですか?」

「ええ、でもその前に音楽祭についてアニエス君に聞こうかと思っていたの」


 生徒会主催の音楽祭は今月中旬に行われる。そして今年度、クレールは生徒会長であるアドリエンヌの下で役員として働いていた。


「昨年は大盛況で終わりましたが、今年度は参加者が少ないということですか?」

「ええ、なんというか……」

「たとえ筆頭侯爵家でも、女が生徒会長をやるのはどうかって思う男が多いらしい。だからアドリエンヌさんはおまえに何も言えないんじゃないかって」


 言いにくそうなクレールに代わってアランが言うが、その理由にアニエスは笑ってしまった。


「男尊女卑に守られたプライドが傷つくから協力できないと?」

「先月おまえが踏み殺した、騎士科1年のうじ虫だかゴミだかも礼節が死んでただろ? まぁ連中は調教が終わってるから良いけど、普通科の3年と2年はやっぱりあるんだよな。正確には普通科芸術クラスっていう落ちこぼれ連中なんだけど」

「それは中等部にはなかった……ああ、可憐な令嬢を立たせたまま話し込んでしまって申し訳ない。よろしければ昼食をご一緒しませんか? 麗しいクレール嬢がいてくださるとリリも喜びますよ」

「おい勝手に」

「ありがとう。そのお言葉に甘えさせていただこうかしら」


 勝手に誘うなと文句を言おうとしたアランだが、クレールが乗っかったため口を引き結んだ。彼は基本的にクレールを独占したい人間で、なんなら昼食もふたりで取りたいのだろう。だから今回のような問題でもない限りアニエスの前に現れることもない。


 そんなふたりを連れて料理を選び受け取ったアニエスは、食堂内の螺旋階段をあがり二階席へ向かう。すると日当たりの良い席にいたリリが笑顔を輝かせて立ち上がった。

 リリがクレールに抱きつこうとしてミリュエルに止められるのを尻目に、アニエスは空いている席にトレイを置く。

 そして開口一番に幼馴染へ声をかけた。


「おめでとうディートハルト。活躍の場ができたよ」

「ん? どこで?」

「音楽祭だよ」

「なんでだよ!」


 マティアスの隣に座り既に食べ始めていたディートハルトは、笑いながら返してくる。とたんにアドリエンヌが不思議そうな顔でアニエスに問いかけた。


「彼は音楽ができるのです?」

「我々は立場上、できないことを認められておりません。ですがそれ抜きにしてもディートハルトの技術は宮廷で認められるレベルですよ」

「あら、それは意外だわ。なんと言うか……ヤンチャな印象が強いからこういうことは疎いとばかり」

「というわけで、音楽祭の参加者が足りないならば我々が舞台にあがりましょう。ディートハルトはともかくとして、私の拙い演奏で愛らしい小鳥たちが喜んでくだされば良いのですが」


 自分は力不足だが協力は惜しまない。そう笑顔で告げるアニエスに、ディートハルトは苦笑いを浮かべた。だが何を言うでもなくマティアスの向こうにいるリリを見る。


「おまえはどうする? っていうか、なんでいきなり音楽祭の話が出たんだ?」


 リリを誘いながらも、そもそもこの話題が出た理由を問いかける。そんなディートハルトにクレールが微苦笑とともに自分が頼んだと言い出した。


「生徒会の力不足で、今年の音楽祭は参加者が少ないの。だからなんでもできそうなアニエス君に声をかけてみたのだけど」

「生徒会の力不足って?? というか生徒会って何をするとこ?」


 生徒会そのものからわからないディートハルトにクレールは簡単にその業務内容を説明した。つまりのところ生徒たちの代表として、イベントの企画や運営を行うのが生徒会の主な役目となる。

 そして昨年はベルナール・ローランが務めた生徒会長の役目を今年はアドリエンヌが引き継いでいた。

 そこまで説明したところで、3年生のミリュエル・バルニエがフォークを揺らしながら嘆くように言う。


「たとえ筆頭侯爵家だとしても、オンナが生徒会長として立つなんて生意気だ。なんてことを思ってしまう殿方が多いのよ。ほら、同学年には3人も侯爵家のご子息がいるから」

「Aクラスに転落したあの2名を持ち上げて、己の無能さを誤魔化したい愚か者が多いのよ」


 ミリュエルだけでなくブリジット・ローランも嘆息混じりに教えてくれる。

 そしてディートハルトはその話を難しいところなんだなと軽く返した。


「つまり男のプライドが傷ついたってことだよな」

「ディー君はそういうことない? ほら、アニエス君がこんなにカッコいいから」

「お姉様たちは知らないかもだけど、オレは大昔にアニエスに殴られたあげくドレス着せられてお姫様抱っこされた男だよ。アニエスを女扱いしたら死ぬほど屈辱を味わうって幼少期に叩き込まれたよ」

「わーお、それは見たかったわ! でもそんな感じで意識高い系の芸術クラスは今年度の音楽祭はボイコットしちゃったのよ」

「でもその芸術クラスって、音楽祭に出なくて問題ないのかな? 芸術クラスってくらいだから音楽祭が一番目立てる場所な感じがしてるけど」

「ええ、落ちこぼれ以外の呼び名がなくなっちゃうわ。でもねぇ…元々3年と2年の芸術クラスはそういう扱いなのよ。わたしたちが愛してやまない最高の芸術家がすべての評価を受けてしまうから」


 そう告げたミリュエルは天使のような美しい微笑みを、テーブルの片隅にいる地味な少女に向けた。

 長い黒髪のその少女がリゼット・デュムーリエという名であることはディートハルトも知っている。だが3年前の留学中も戻ってきた今年度も彼女と会話したことがない。それだけ彼女は5人の令嬢の中では影が薄く、いつも誰かの裏に隠れるタイプだった。


「リゼットお姉様がキレイな絵を描くのは知ってるけど、音楽もできる感じ?」

「歌声が本当にすごいの。それこそ神様が舞い降りてきちゃう感じで」

「本人さん首が折れるくらい振ってるけど」


 ミリュエルが褒める裏で全力で首を振り否定している。そんなリゼットに振り向いたミリュエルは、楽しげにリゼットを抱きしめた。

 それを向かい側で眺めたアナベルは、けれどその参加は難しいと言う。


「リゼットは生徒会の役員ではないけれど手伝いをしているから、参加は難しいのよ。参加すれば必ず高い評価を受けるでしょうけど、それは生徒会によるヤラセと取る者も現れるわ」

「なるほど。そもそもアドリエンヌお姉様に嫉妬してるわけだから、何でも難癖つけるよな」


 何か理由をつけては批判したがる者などどこにでもいる。そしてそういう輩は、リゼットの実力など無視して批判の種にするだろう。


「殺しましょう」


 難しいと考えるディートハルトの脇で、フォークを置いたリリが口を開いた。食事を終えたらしい幼馴染みの相変わらずなその物騒発言に、ディートハルトも笑いながら振り向き問いかける。


「どうやって?」

「簡単なことよ。わたくしとアニエスとディーがいれば音楽祭は成り立つのだと、自称芸術家どもに見せつけるだけだもの。芸術など人の目に触れなければ無いに等しいのだと理解させるわ」

「そうか。オレも出る前提か」

「あら、ディーは舞台に立たないの? お姉様のためなのに」

「あー……いや、オレはヤンチャな弟みたいな印象が良いなって思うんだよ。照れるから」

「え?」

「かわいい…」


 アドリエンヌには弟として見られたい。その本音を出したディートハルトに、リリだけでなくマティアスまで驚きの声をこぼした。ただそのマティアスの言葉にこそ照れたディートハルトは顔を両手で覆う。


「オレは可愛くない! ムキムキでカッコよくなりたい!」

「アドリエンヌ嬢」


 耳まで赤くさせるディートハルトの向かい側で、アニエスがアドリエンヌに声をかける。


「グレイロード帝国では、宮廷大広間で演奏することを許されるのはほんの一握りの子供だけです。家庭教師から推薦を受け、さらに宮廷の楽団に認められなければならず、本来は13歳以上がその名誉ある場に立てます。そんな場に8歳で立ったんですよ」

「ディートハルト・ソフィードが?」

「ええ、でも本人はこの通り騎士団長を目指す男になったので、その才能は隠されてしまいました。その才能、見たくないですか?」


 アニエスが善良な笑顔で悪魔のような問いかけを向ける。ディートハルトは真っ赤な顔で首を横に振るが、侯爵家の娘としてアドリエンヌに選択肢はなかった。

 大国グレイロードの宮廷に認められた音楽の才能など、こんな機会がなければ見られないのだから。


「見たいわ……。もちろん練習してこなかったのだから腕は落ちてしまっているでしょうけれど、帝国で認められるその才能の片鱗は」

「なんだこれ、お姉様に嫌とか言えるわけがないじゃないか。アニエスめ」

「良いじゃないか。舞台に立つ我々の姿を可愛いラピスラズリが見てくれるんだから」


 ハメられたと悪態つきたいディートハルトだが、アニエスの言葉に我に返り隣を見る。するとマティアスが嬉しそうな顔で楽しみにしてると言うので、ディートハルトはもう拒めなくなってしまった。


 そんなディートハルトを眺めていたアランは、デザートの皿をリリの前に置きながらつぶやく。


「つまりラピスラズリが最強ってことだな」

「わたくしのマティアスだもの。それに彼らは帝国騎士だもの。乙女の笑顔を守るためならどんな敵も殺しにいくのよ」

「確かにな。おれは殺されてないけど、先月の騎士科の話は聞いてる。犬以下のゴミにされたって」

「そうね。でも犬以下の無価値な者どもは心を入れ替えてアニエスに鍛えられているから、そのうち犬に昇格できそうよ」

「スイーツ、もっと食いたかったら言っていいぞ。侯爵家の男として貢ぐから……っていうか、シオンさんがいないな。もしかして体調が?」


 侯爵家の男で思い出したアランは、5人の令嬢たちに問いかける。

 するとアドリエンヌが体調不良を否定して返した。


「シオンは個室でクロードさんに勉強を教えながら昼食を取っているの。ほら、侯爵家に嫁ぐ話が急遽決まったから」

「あー……なんか唐突でしたよね。本来はエミリーの卒業後に爵位継承だったのに、婚約が整ったら継承ってなって。オーブリー侯爵が仲人でしたっけ」

「ええ、お父様がいろいろとお世話しているみたい。その流れで3年生で成績優秀なシオンが特別授業をとなったのよ。来年度にはクロードさんも転科してSクラスに行けたら最善なのだけど」

「さすがに半年で騎士科から普通科Sクラスはハードル高いですけど、おれとクレールもいますから来年度もなんとかなりますよ」


 短期間で騎士科から普通科への転科は難しい。なぜなら騎士科は学力より剣術を重視しているからだ。それに学ぶ分野もまったく違う。しかもその上でSクラスなど無理難題の域になってくる。

 だが今年度末が無理でも自分たちが教えるからとアランが協力的なことを告げたところで、アニエスがディートハルトを見た。


「男子寮でクロード殿に教えられないかな?」

「でもクロードって騎士科1年のトップだよ。それを捨てて普通科に行くより、騎士科トップのまま普通科Sクラスの学力つけるほうが良くないか? 学力試験は学科共通だから、その順位が1桁になれば実質Sクラス」

「なかなか難しいことを言うね。騎士科の授業をこなしつつ、普通科Sクラス相当の勉強をするということだろう?」

「じゃあ、来月末にある試験まで様子見しよう。騎士科のトップになるくらい頑張ってたんだから、諦めない選択肢があったら喜ぶと思う」

「確かに。ディートハルトの言う通りだね」


 騎士を目指して努力してきた人間が大人の都合で進路を変えさせられるのは不憫だ。そう言いたいディートハルトの気持ちはアニエスにもわかる。

 だからと折れたアニエスは、改めてアドリエンヌを見やった。


「我々も同学年として協力してみます」

「ええ、お願いするわ」


 筆頭侯爵家の令嬢であるアドリエンヌはオリヴェタン侯爵家の事情を知らないままでも他家に心を配っている。

 そしてそんなアドリエンヌの姿に敬意を抱きつつも、彼女を悩ませる男尊女卑の風潮には疑問を抱くのだった。



 少なくともただの男尊女卑であれば、アニエスが周囲の人々に慕われる理由がない。だが学園の人間たちは、アニエスのことは認めるが、アドリエンヌのことは認めないらしい。

 もしそれが性別を理由とせず、ただアドリエンヌを責めるために動いているなら要因はかなり限られてくる。

 むしろそう考えなければ、Aクラスに落ちた侯爵子息たちをわざわざ持ち上げる必要がないはずだ。なぜなら2年Sクラスにアラン・マイヤールがいるのだから。「生徒会長は男であるべき」と言うならアランを持ち上げれば良い。


 となればもう魔女の妙薬により取り込まれた連中が、アドリエンヌに嫌がらせをしているとしか思えなくなる。


 そこまで考えたアニエスが向かい側にいるリリを見るが、可憐な少女はアランからもらったケーキを美味しそうに食べていた。

 そのためついほだされかけ、その疑問を胸の奥に押し込む。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ