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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
中等部1年
11/55

9.竜王国の暦とマティアスの失敗

  広大なグレイロード帝国の北部には豪雪地帯があり、そこでは冬の期間は物流も人流も、政すらも停止してしまう。そのため北部の人間は冬にはひたすらに街の除雪を行い、少ない餌を求めて現れる魔獣討伐などしながら雪が溶けるのを待つという。

  なのでグレイロード帝国にある教育機関の始まりは春になる。


  だが温暖な気候の竜王国にある教育機関の始まりは秋。竜王国の王都は海に面した場所にあり、夏はその海のレジャーが増える。そしてそちらの経済効果を重視した王国が夏季休暇を制定したことが理由らしい。

 そうして人々が夏季休暇を楽しむ中で王立学園の中では、新たな生徒を迎える準備が進められていく。


 夏季休暇の前には卒業式が行われるため、そこで空いた寮の部屋を業者を入れて清掃していくのだ。

 そうして夏季休暇を終える頃には帰省から戻った学生と、さらに新入生たちが入寮して騒がしさを取り戻していく。

 竜王国の教育機関は昔からそのサイクルを繰り返してきたという。


「暦ひとつ見ても土地柄というものがあるのね」


 また新たな知見を手にしたと喜ぶリリの隣でマティアスも表情を緩める。

 図書室で出会った同級生は気弱で泣き虫で腰も低い。まるで子犬のような彼は、先月末の試験を乗り越えて無事にSクラスへやってきた。


 そんな彼はその日、なぜか学園案内を持ってきてリリに見せてくれたのだ。もちろんその学園案内はリリも入学式でもらっていて簡単に目を通している。

 もちろん学業以外に興味のないリリがその時に把握したのは試験のタイミングだけだ。

 けれど今回の彼は来月の大地の月を指し示した。そこには「3年生、戦闘実習後方支援」と書かれている。

 もちろんこれは3年生が行うことでリリたち1年生には関係のない行事だ。


「見学だけなら僕たち下級生も許されるんだよ。もちろん申請を出して許可を得られたらだけど」

「それを見ることに何か意味があるの? マティアスは高等部にある騎士クラスの生徒が見られるから良いのでしょうけど」

「リリの最愛のお姉様とか言う人たちは3年生だろう? 後方支援として参加する姿が見られるよ」

「この戦闘実習は女子生徒も参加なの? それはあまりにも危険じゃなくて?」

「女子生徒でも貴族であれば必要な経験だよ。竜王国は竜王に守られた国ではあるけど、貴族も竜王国貴族としての矜持があるからね」

「…安穏な世界に暮らす無力で無能な人間でも」

「うん。リリのその言葉は本当に現実を突いてる。極論としてこの国に貴族なんて必要ないんだよ。竜王が王として座してくれている限り繁栄は約束されているから。でもだからこそ、竜王国貴族たちは己の存在価値を王へ見せ続ける必要があるんだと思う。竜王に依存しないと生きられない無力な人間だから」


 マティアスは聡明で性格も優しい。だからリリのどんな言葉も受け止めて、竜王国の人間として考え返してくれる。

 そしてそれはリリに新たな知見という快感を与えてくれていた。

 だからリリはマティアスと会話することが楽しくて仕方ない。彼もお姉様がたも、竜王国の民としてリリというグレイロード帝国民へわかりやすくその立場や物の見方を教えてくれるからだ。


「ねぇ、マティアス。教えてほしいのだけど」

「戦闘実習に関して? それなら後方支援も見学者も危険はないと聞いてるよ」

「その戦闘実習の後方支援に参加する女子生徒ってコルセットをつけるのかしら?」

「………」


 リリの素朴な疑問にマティアスが真っ赤な顔で固まった。

 そんなマティアスを見つめながらリリは首をかしげる。


「コルセットって知ってる? 身体を締め付ける鎖帷子のようなものなのだけど」

「知ってるから聞かないで!!!!」

「ええ???」


 その後、半泣きのマティアスに引きずられて3年生のAクラスへ連れて行かれたリリはおおいに叱られてしまった。

 コルセットはただ身体を締め付けるだけのものではない。貴族女性が体型を補正するためのれっきとした下着であるので、男性へそれを聞くことが嫌がらせになると。

 廊下で厳しく叱責されるリリのそばでマティアスがホロリと涙をこぼす。もちろんマティアスが泣く理由は理解している。

 廊下で上級生からコルセット云々と叱責されるそばに立たされているマティアスは、遠巻きにだが2度目の被害を受けているのだ。


「けれどマティちゃんも災難ね。可愛らしくて安全なぬいぐるみが大好きなマティちゃんの見立てに反して、わたしたちの砂糖菓子は凶暴だものね?」


 アドリエンヌの叱責の横で今日も麗しいミリュエルが楽しげにマティアスへ話しかける。その愛称呼びに驚いたリリは目を見開きミリュエルを凝視してしまった。


「ミリュエルお姉様、まるでペットの子犬を可愛がるようなその呼び方は」


 驚きのまま問いかけたリリの肩にブリジットの手が乗せられた。


「リリ、私の弟をペット扱いするのはやめましょう」

「ブリジットお姉様の、おとうと? この気弱な子犬が」

「侯爵家の子息を犬扱いは良くないわ」

「なるほど???」


 ブリジットの本名はブリジット・ローラン。ローラン侯爵家の令嬢だ。

 そしてマティアスはその弟であるという。

 だとするなら先月までよくわいて出ていた赤い害虫が自称したアレはなんだったのか。

 自分はローラン侯爵家の嫡男で、この学年に自分以外に侯爵家の者はいないと言っていた。アレはただのマティアスのなりすましなのか。それともローラン侯爵家の看板に泥を投げつけたい愚か者が嫌がらせのためにあえて害虫になっていたのか。


 様々な疑問を手にしたリリは、まずアドリエンヌたち上級生に謝罪した。その上でマティアスにも謝罪して教室に戻ることにする。


 そうして廊下を歩きながらリリは隣を歩くマティアスを見上げる。


「マティアスに悲しいお知らせがあります」

「リリの敬語が怖いけど、僕も言わなければならないことがある。でもまずリリからどうぞ」


 廊下を歩き階段へ進むとふたり歩みを止めぬまま言葉を向け合う。


「少し前まで赤い害虫がわたくしの周りを飛んでいたのだけど」

「うん…害虫…」

「その害虫はローラン侯爵家の嫡男を名乗っていたの。もしかしたらマティアスの実家を貶めるために入り込んだ害虫かもしれない。そう認識した上で始末したいと」

「うん駄目だ。それは駄目だ。絶対に」

「大丈夫、触れなければ罪に問えないと確認済みよ」

「大丈夫じゃないよ!それは僕だから!!」

「ん???」


 階段を下りたマティアスと、階段を二段残したリリの間に身長差はない。だからいつもと見る角度が違っていて、前髪に埋もれたマティアスの目が見えなかった。


「あの赤毛の害虫が?」

「魔法武具を使ったら髪や瞳の色だけじゃなく性格もおかしくなっていたんだ」

「どういうこと?」

「わからない。でも君から戦神ロールグレンに対する不敬だと言われて、頭はそれを理解できたんだ。でも口から出た言葉は違ってた。そしてそれを魔法武具をつけてない今の僕は冷静に省みることができる。でも兄から魔法武具をはずされるまでそれができなかった。だから自分ではずすという考えにもなれなかったんだ」

「お兄様が、あなたの魔法武具をはずしてくださった。ということはお兄様の耳に入るほどの問題行動を?」

「そこは君が姉上たちにいろいろと話してくれたからだと思ってる。兄は高等部にいるから、姉上からすぐに兄へ連絡が行ったのかなって。高等部の学生なら許可を取ることなく寮へ入ることはできるからね」


 異性の寮へ入ることはできないから、姉上が来ることはできないけど。そう告げるマティアスの口調はいつもと変わらない。

 だというのになぜか泣いているようにも見えてリリは手を伸ばした。

 そうして指の背でマティアスの頬に触れてするりと撫ぜる。


「わたくしはよく知らないのだけど、人間は悲しい時には人のぬくもりに癒されるのですって」

「リリは強いから…悲しいと思う前に解決しそうだね」

「ええ、わたくしはきっと誰よりも強いわ。だって12歳で海を越えて留学してるのはわたくしだけだもの」


 中等部から入学している留学生はほとんどが大陸内の国から来ている。だから普通の12歳ならここまで遠くには来られないわ。そう微笑んだリリに、マティアスの口元も少しだけ緩んだ。

 だが次の瞬間、前髪の奥から大量の涙がこぼれ落ちてしまう。そのためリリは慌ててハンカチを取り出してマティアスに差し出した。


「僕は心が弱いから…魔法武具に負けてしまったのかもしれない。きっと心の弱い人間は魔力に負けてしまうんだ。それを魔に魅入られるって…」

「それは違うわ。魔に魅入られると言うのは、傲慢が究極に高まった愚か者が己の能力を過信して無用な欲を出すことよ。己が魔族になりたいと言うだけで生贄を欲しグレイロードの王都に巨大な魔神を呼び出して、ノワール・ブレストンを死に至らしめた輩たちの事を言うの。マティアスのような優しい子犬ごときにそんなことはできないわ」

「そうか…そう…」


 リリが全力で否定したそばでマティアスが笑う。ただ、そこでなぜ笑うのかリリにはわからない。それでもマティアスが己を許してやれそうならそれで良いかと、リリは簡単に考えていた。




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