104.次代の竜王陛下
2年前の祝祭以降、竜王国の王である竜王カインセルスは穢れを受けたことによって長く伏せっている。
しかし竜の命は数百年と長く、人のそれとは圧倒的に違う。そして竜王国の民は竜が年単位の冬眠をすることも当然のように知っていた。なので竜王陛下が穢れを受けたことは心配しても、眠り続けることを心配はしない。
何年眠り続けても、それにより癒やされ、いつか目覚めたら良いと考えるからだ。
だが王立学園から祝祭を理由に帰宅した子女から妙な話を耳にする。特に男爵家や子爵家など下位の貴族や平民の親たちの多くは我が子から「次代の女王」という存在を知らされた。
竜王陛下が長く伏せっているため、既に次代の女王として帝国出身のラピスラズリが王立学園内で国について学び始めていると。
そして大人たちも、竜王陛下の存命は信じていながらも、「一時的に女王となる場合もある」と考える。
なぜなら既に王城には竜王陛下の代役として、かつての竜の巫女の息子であるカイン・ブレストンが立っているからだ。ただ彼は若い頃に王位継承権を放棄したから、今回も代役に収まっている。
けれど王位継承権を放棄していない娘が玉座に座る可能性は十分にある。そのように計算した親たちは我が子に言う。
その次期女王となる娘と懇意になれと。そして可能ならその娘に認められ、未来の配偶者になれと。
大人たちの脳裏にあるのは2年前になぜか消えた『王妃候補』の存在だ。王妃候補というものがなくなったのは、この次期女王のためだろう。つまり今後は王妃候補ではなく王配候補が募られるに違いない。ならば誰よりも早く次期女王のそばにたち、なんなら既成事実を作っても良い。
そのように下品なことを命じるのは下位貴族だからだ。そして同じく下位貴族に生まれ育った子息たちは親の命令を素直に受け取った。
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週末を迎えた王都は祝祭に賑わう。だがその喧騒すら遠く届かない白亜の神殿の奥深くで、リリは嘆息をこぼしていた。
竜神殿の最奥に位置する庭園の一角。海を望む離殿にやってきたリリは、父が抱く愛らしい赤子を前にする。
「可愛らしい……こんなにも小さいのね」
人の赤子であれば、生後半年も経っていないくらいだろう。頭部に産毛ほどの髪があるだけで色は青なのか水色なのかさだかではない。だがその大きな瞳はリリもよく知る青より深い藍色だ。
ただその色彩以外は、丸みを帯びた頬もふくよかな手足も、かつてリリが抱いた小さな幼馴染みたちに似ている。
ロイトヒュウズ陛下も近衛騎士団長も子が多いから、リリも生まれたと聞くたびにお祝いを持って駆けつけたものだ。そうして愛らしい赤子を抱かせてもらってきた。
ただ人の子は弱いからと、父から繰り返し言われ、毎回恐る恐る抱いていたことを思い出す。その上でやっとこの世で最も脆弱な存在を抱かせてもらい、その儚い存在を守るために己は存在するのだと認識を重ねてきた。
「お父様、この方も儚いのかしら」
「赤ちゃんはみんな弱く儚いものだ。だから大切に、そっと抱くんだよ」
繊細なガラス細工よりもさらに大切に扱う。その教えを取り戻しながらも、リリは目の前の赤子を抱かせてもらう。するとその子からは、人の子のようなミルクの匂いはしない。
ただカインセルスの匂いがするだけだった。
「不思議だわ。ミルクではなく陛下の香りがするの」
リリの感想に父が緩やかに笑う。そのそばで、寝台に座るカインセルスは当然だよと教えてくれた。
「この子は僕の力を食らってここまで育ってるからね。人の子と違って飲食してないんだよ」
「あら、ではこれからもそうなのですか? わたくし、この子の成長に合わせて何か食べさせて差し上げたかったのに」
「成長すればいろいろ食べられるようになるよ。この子も孵化してから水を慣れさせて、次は潰した果物を与えることになってる。ただ餌付けされては困るから、人を介さない食事になるね」
「餌付け意識……は、そうですね。わたくしはあまり意識しておりませんが、父が餌付けされた話は耳にしております」
「カインは仕方ない状況だったからね。でもこの子は次の竜王となるから、餌付けなんてされたら困る。誰かの子飼いになった竜を天は竜王として認めないからね。まぁその時はまた僕が天啓を受けちゃうんだろうけど」
笑い話のような軽い態度で言い放ったカインセルスは、寝台のそばに立つカイザーを一瞥した。
「天啓を受けるって、ようは一方的に孕まされる行為だから僕は好きじゃないんだよね。まぁそこは幼く可愛い姫に向ける話ではないけど、好きな相手と番えないってなかなかつらいものがあるよ」
「陛下はお好きな相手がおられるの? わたくし、最愛のお姉様ならおられるけれど……」
「うーん、恋だの愛だのは知らないけど、どこの誰とも知らない子を生むって気持ちの良いことじゃないよ。まあこれは人に言い換えるなら顔の知らない相手と政略結婚する、みたいな話かな」
「それは嫌だわ」
政略結婚は貴族の子女であれば仕方ない部分でもある。家の繁栄のために他家と繋がるのは、貴族として生まれた者の義務だからだ。
だがそれよりも強い衝動によって、リリはその義務を拒絶していた。
だがそこで腕の中の赤子が小さく泣いたので、リリは慌てて視線を落とす。そこで赤子の青い瞳とぶつかるが、赤子の瞳はすぐによそへ向けられた。
あげく赤子はなぜか、そばにいるリリの父親へ手を差し伸べてふにゃふにゃと声を上げる。そして父も苦笑を浮かべてリリから赤子を受け取った。
すると抱かれた赤子は父の服をにぎりながらも、機嫌が回復したように笑う。
「お父様のことが大好きなのね?」
「セレンティーヌの竜の力が不安定だからだよ。可愛い姫は感情に揺られる小船のように力が強弱するからね」
「ええ、わたくしが未熟なのはわかります。でも陛下やカイザー様ではなくお父様なの?」
「僕は竜の力を食われてほぼ空になってる。カイザーは力こそ安定してるけど、常に広範囲を浄化してくれてるからね。安定して強い感じかな。その点で可愛いカインは本当に柔和で優しい力を持つから好まれるんだと思うよ」
「お父様の性格が出るのかしら?」
「帝国で過ごす中で竜の力を適度に抑え込む訓練を積んだ結果じゃないかな。戦場でデタラメに力を使ったら、それこそあの宮廷魔術師さんに怒られるだろうからね。そういう場で繊細な操作を繰り返した結果だよ」
父は竜王国の至宝でありながら、人の中で育った異例の存在だ。しかも生きてきたのは世界最強の騎士国家で、人の力で魔から人を守る国だった。そんな中にいては竜の力も好き勝手に出していられないのだろう。
だが戦場に立ったことのないリリはそんな世界も知らない。きっとだから力の制御も下手なままなのだろう。
現にリリは首飾りや耳飾りなど遺物並の魔法武具3種を使って己の力を封じ込めている。しかし父はその手の物を何もつけていない。
父は魔法武具をひとつも使わず、己の力を思うままに操れているのだ。そのコントロール性能は素晴らしく、父が浄化をしても周囲にいる人間が影響を受けることがない。その点も、父は「浄化の力を手のひらに集めている」と言うがリリはそれができない。
だからリリが浄化を出せば、周囲にいる無関係な人間まで浄化されて倒れてしまう。
「わたくしも平常心を保てるよう努力するから、この子もまた抱かせてくれるかしら?」
竜の力を落ち着かせるには、まず高い理性と平常心が必要となる。そのことに触れて問いかけた先でカインセルスが嬉しそうに笑った。
「その頃には歩きだしてるかもしれないけど、遊ぶことはできるよ。それと名前も決まってるかも」
「あら、お名前はまだ決まっていないのですね?」
「僕はそういうの苦手だからね。でも大丈夫だよ。適任者を重要案件として呼び出してるから」
せっかく生まれた次期竜王の名前すら決めていない。そんな竜王陛下は気安い態度で問題ないよと重ねて笑った。
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平和な竜王国では『重要案件』と言う言葉はあまり使われない。それに休日にも関わらず王城から呼び出されるような事も滅多にない。
あったとしても自然災害や高波で被害があった時などだろうが、そのような場合は対応する人間が呼び出される前から王城に詰めることになる。その上で被害が出た時には、政務長官なども呼び出されることになるだろう。
だからこそ今朝届いた『重要案件』の呼び出し状が恐ろしく思えてしまう。2年前にも王城から召集を受けたが、あの時は竜王国の至宝たるセレンティーヌによるオリヴェタン侯爵断罪だった。
だがいまあの王城にいるのはセレンティーヌの父親であるカイン・ブレストンだ。昨年度から竜王陛下の代役として王城にいてくれて、政にも加わってもらっている。
その聡明さと性格の柔和さ、そして判断力はさすがブレストン公爵と言えるものがある。けれど柔和な性格のカインは悪戯に他人を呼び出したりしない。
だからこそ余計に、何かあったのかと思えてしまう。
かくして休日返上で王城にやってきたオーブリー侯爵は、そこで娘に求婚した帝国の少年と出くわした。
「お父さま、おはよう!」
「まだ父と呼ばないでくれ!」
はつらつと挨拶をくれる部分は好感度が高い。それに昨年の卒業レセプションで娘を大切に扱ってくれたところも合格点だ。
だが娘はまだ1年も学生として時を過ごす。まだ嫁ぐ時は来ていないからと悔しさをにじませ言い放った。
すると少年は軽く笑う。
「それよりお父さまはアレ? フィーリスさんに呼び出された感じ?」
「ああ、カイン様から重要案件と呼ばれたのだよ。それが竜王陛下に関わることかどうかはわからないが」
「今のタイミングで呼ばれたなら、たぶんアレ。名付け的な話だと思う。実はマティも来たついでだから考えてくれって言われたんだよ」
「何の名前をつけるのだね?」
「赤ちゃんだよ」
少年の説明は、オーブリー侯爵が理解するには情報が少なすぎる。だがこれは部外者が歩く王城の往来だからか。
そう考えたオーブリー侯爵は、少年にうながされて王城へ向かう主要な通りをそれて竜神殿のある方向へと歩いていく。
王城は図書館もあるため人の流れが多い。そして竜神殿も祝祭月と言うこともあり参拝者が多く訪れている。
だが竜神殿の奥に進めば、それら喧騒から遠ざかることができた。そんな竜神殿の奥にある東屋にマティアス・ローランの姿を見つける。
ただローラン侯爵家の次男は前髪を切ったらしく、兄のベルナールによく似た目を見せていた。
そしてそんなマティアスと共に帝国の近衛騎士がいて、オーブリー侯爵が近づくと立ち上がり会釈してくれる。
「お久しぶりです。閣下もこの国の新たな至宝のお名前決めですか?」
「いや、まだ何も聞いておらんよ。カイン様の書状では重要案件とだけ書かれていた」
「ああ……なるほど」
オーブリー侯爵の話を聞いた近衛騎士のアニエスは笑顔をこぼす。この秀麗な笑顔が学園内で少女たちを虜にしていることはオーブリー侯爵も知っている。
「そういえば閣下は、アドリエンヌ嬢がお生まれになられた際に『重要案件』として何度か竜王陛下の元へ赤子のアドリエンヌ嬢をお見せになられたとか」
「確かに大昔にそのようなことはしたが、カイン様の知らぬことだよ」
「竜王陛下の現状に関しては他言無用としたいからこその重要案件なのでしょう。しかし閣下には意趣返しをしたいのだと愚行いたします」
ひとまず行きましょうと進み出てくれた帝国近衛騎士のアニエスは、竜神殿のさらに奥へ手を向ける。しかしその先にあるのはひとつだけだ。
竜神殿や王城があるこの敷地の最奥に位置する庭園には、海を望む竜王陛下の離殿だけがある。
通路の隙間から流れる海風に額を撫でられながら離殿に近づくと、開け放たれた入り口から離殿に入る。
そこから抜ける入り口は3箇所。守護竜以外は、昼に清掃担当の者しか踏み入れられないその奥に4人の青い竜がいた。
「あら、アニエスが連れてきてくれたのね」
そう告げたのはこの国の至宝たるセレンティーヌ・ブレストンだ。長く鮮やかな青色の髪を、今日は頭の後ろで緩やかにまとめている。そしてそのそばにはセレンティーヌの父で、竜王陛下の代役をしてくれているカイン・ブレストン。
ただ気になったのは彼が抱えている赤子だ。
しかしそれよりなにより、寝台に座る我らが竜王陛下のお姿こそが侯爵の意識を奪う。穢れのため2年も伏せっているはずの陛下は、以前より少し痩せたようだが、そこがなおさらに麗しく見えた。
「これは……天啓を受けておられたと?」
たどり着いた答えを出しながらオーブリー侯爵は、寝台の片隅に佇む守護竜カイザーへ問いかける。すると守護竜は、すまなかったと謝罪した。
「今回は非常に厳しい状況だったゆえ、誰に言うこともできなかった」
「それは魔女の妙薬だのという穢れのためですか」
「ああ……天啓を受けた時期でのことで、己を浄化することもままならなかった。本来であればカインセルスもまだ目覚めていなかっただろう。実際にいつ目覚めるかもわからない状態だった」
そう告げた守護竜は、侯爵へ見せるようにベッドサイドの棚の中でも高い位置に置かれた装飾へ手を向ける。
無色透明なその石の中には緋色の羽と、その下に器のような形の鱗が入れられていた。
「これは何の羽ですかな」
「戦神ロールグレンの羽と緑竜の鱗が入れられている。鱗は件の魔女に殺され、闇竜にされた緑竜のものだ。精霊石を溶解したもので囲まれたこれは強い浄化の力を持つ」
「帝国には精霊石を溶解する技術があるのですか。これが広まれば精霊石を加工して身につけることも可能になるのでは?」
「その技術は帝国ではなく深淵の学舎という魔術の研究機関にあると聞いた。これは人類の叡智そのものだとも」
守護竜の説明にオーブリー侯爵は眉をひそめた。深淵の学舎とは、ガイアイリス大陸の東にあるという大陸にある組織だったはずだ。ただ竜王国からあまりにも遠すぎて国交も何もなければ知識もない。
「確かに人類の叡智やもしれませぬが、戦神ロールグレン様が転生され救ってくださったなら人類の叡智とは言わぬのでは? むしろ戦神様の所属する国へ礼をせねばなりますまい」
「いや、これを作りカインセルスを救ってくれたのはマルク・ローランなのだ」
「は…っ??」
不意に出た名前にオーブリー侯爵が驚くとカインセルスもわかるよと笑った。
「僕も目を覚ました時に彼がいて驚いたからね。でもここに来たのは、卒業レセプションの後なんだよ」
「卒業レセプションでは、戦闘実習における帝国騎士団の介入に関する礼の中身について話し合っておりました。そうなりますと、その後でさらに我々は帝国宰相に借りを作ったということですな」
「そうしたくないから、マルク・ローランの姿で現れたんだと思うよ。彼はいつもの黒髪じゃなかったからね。それより侯爵は重要案件で呼び出されたんだからどうでも良い政治の話なんてしてないで。あの子の名前を考えてよ」
「ああ…だからマティアス・ローランにも名前を考えよと言われたのですな」
「侯爵家で名付けしてこその国家の体裁でしょ。それがなくなると貴族としての存在価値がって、何代か前のオーブリー侯爵が言ってたんだよね? ねぇカイザー?」
2年の間をあけてなおのこと麗しくなられた竜王陛下が、寝台の向こうに立つ守護竜を見上げる。だが真面目さしか持たない守護竜は、愛らしい仕草にも微動だにしなかった。
「カインセルスが生まれた際に、そのような意見があった。あの頃は金竜の長を含め、様々な者が卵を守ってくれていたゆえ侯爵も焦りがあったのだろう。だが誤解があってはいけないから言うが、侯爵はカインセルスが生まれるまでの10年を誰よりも楽しみにしていた。何の力も持たぬ人であるため、竜王不在のこの国を守ることでは役に立てぬが想いは変わらないと」
「それが名付けに繋がったのですね。そして祖父が陛下の御名を……」
「侯爵家で話し合って良い」
今すぐに決めなければならないわけではないと知って安堵する。そんな侯爵のそばで、この場で誰よりも柔和な雰囲気のカインが口を開いた。
「話し合うなら人を避けた竜神殿の奥でお願いします。そしてアンベール家、ルヴランシュ家は不参加として、ヴァセラン家には口止めの誓約書を」
「その三家は件の魔女と関わっているね」
「情報漏洩を防ぐためです。王立学園は今年度に入ってますます『次期女王』とやらの噂で持ちきりですから」
カインの笑顔は温和で、人の良さしか感じられない。だがその言動は元近衛騎士にふさわしい現実的なものだった。
「噂をあえて放置しておくのだね」
「現時点で罰すればオリヴェタン侯爵家に影響が及びます。先に次期侯爵を座らせなければ」
「しかしエミリー嬢はやっと14歳だ。侯爵にする前に、婚約者を決めてやらねばならんね。オリヴェタン侯爵家を支えるのにふさわしい知性のある者を」
「その辺りはオーブリー侯爵にお願いしたいところです。今年度以内に婚約が成せたなら、夏前にすべて片付けられるので」
「つまりは残り7ヶ月で婚約と爵位継承を成せということですな。次代の竜王陛下のために」
「その合間に名をつけられ、成長を見守られるという役目もありますね」
笑顔で重要案件を重ねてくるカインだが、その内容は我が国と貴族制度を思いやってのことだ。
そんなオーブリー侯爵の目の前で、カインに抱かれた赤子が嬉しそうに笑っている。竜王陛下ではなくカインの腕に抱かれているのは、赤子ながら彼の性格を察しているからか。
そう思いながらオーブリー侯爵は与えられた役目をすべて承諾した。
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「エミリー嬢の婚約者についてなのですが」
竜神殿の最深にある離殿を離れてやっと口を開いた美形の帝国騎士は、優しげな笑顔をオーブリー侯爵に向けた。
「不躾ながら、王立学園で2年過ごした身としてクロード・ヴァセラン殿を推薦したいと思っております」
異国の人間が侯爵家の問題に口を挟むのは確かに不躾だ。そう思いながらもオーブリー侯爵は問いかけずにはいられなかった。
なぜならこの騎士こそオリヴェタン侯爵家の姉妹を救った王立学園では有名な『乙女の騎士』なのだ。その立場として思うこともあるのだろう。
「理由を聞いても良いか?」
「はい、まず第一にクロード殿の誠実さです。もちろん彼は騎士としては未熟ですが、その心持ちはよくできています。おおよそ本人が尊敬しているという長兄ダニエル殿の教えが良かったのでしょう。実際にエミリー嬢やリリのような気の強いご令嬢を相手にしても問題なく対応できております」
「それは確かに大きいね。男でありながら女侯爵を支えるというのは、この国では難しいことだ」
「そして第二に、テオドール・ヴァセランの弟ですので、意趣返しとしては程よい事でしょう」
その意見を聞いたオーブリー侯爵は、その意見にこそ納得してしまう。つまりのところ彼女なりに件の魔女や周囲の令息たちに思うところがあるのだ。
「兄は後のヴァセラン侯爵、そして弟はオリヴェタン侯爵補佐。次男だけ肩書がなくなるわけだな」
「次期女王だのいう幻を見て、さらにその専属騎士などという愛人もどきの地位を望む。そんな騎士の風上にも置けない権威主義者を絶望させるにはちょうどいいでしょう」
「君は近衛騎士にしては辛辣だね」
「いいえ、騎士とはそういうものです」
オーブリー侯爵は騎士ではないから騎士とは何たるかを知らない。ただ父という立場で、アニエスという近衛騎士はいつも笑顔で令嬢たちに優しいと聞いていた。
だからと告げたオーブリー侯爵の目の前で、アニエスは男性用の私服をまとったその胸に手を当てた。その仕草は竜王国騎士の中でもたまに見られるものだ。
「騎士の持つ勇気も、公正も、礼節も、すべては忠誠の下に置かれるべきものです。己の欲や情に従って振るうものではありません。ましてや個人への恋慕や執着を忠誠と取り違え、あげくその者を使って権威まで得ようなど騎士ではありません」
「それは、確かにそうだな。君の義憤はわかるよ」
「ご理解いただきありがとうございます」
真面目に騎士道を語ったかと思えば、理解を見せるオーブリー侯爵へ嬉しそうに微笑む。
まだ16歳なのにどこまでも理性的な近衛騎士に対して、侯爵は文官長であるデュフール侯爵にそのまま話す旨を告げた。




