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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
高等部1年
105/116

103.竜神殿から届いた手紙

 中等部では1年生だけ入学直後の月末に試験が行われていた。だが高等部は平民もいて部屋の移動が容易ではないため、入学直後の試験はないのだという。


 高等部1年生たちは試験よりも、外部入学生を含めて馴染むことを求められる。

 平等を謳う以上、王立学園内にいる内部入学者と外部入学者に差があってはいけないのだ。

 特に外部入学の中に100人いる平民と、高位貴族や富裕層しかいない内部入学者では価値観から違う。

 なので両者が言葉を交わし、価値観のすり合わせを行うことが重視される。



 ただそんな高等部1年生の中にも静かに『ラピスラズリ』の噂は広まっている。

 高等部2年生に次期女王で『真のラピスラズリ』と言われる生徒がいる。そんな噂は1年生の中に2種類の反応を生み出した。

 ひとつは噂そのものを好意的にとらえるもの。そしてもうひとつは、竜王陛下の死を望んでいるようで不敬だと嫌悪感を示すもの。

 ただそんな反応に対して、好意的に捉えたものは「竜王陛下は長く伏せっているから」と言い返してもいた。


 1年以上伏せっている竜王陛下はもう先が長くない。だからかつて竜の巫女から生まれた子の娘が、次期女王として竜王国に来たのだと。


 昨年までは大きな議論にならなかった『真のラピスラズリ論』も、今年度に入り急速に広まり始めた。

 そして彼らは場所を問わず議論をぶつけ、下級クラスや騎士科を中心に生徒たちは竜王陛下派と次期女王派に別れていく。



 さらにそれら議論を無視して、内部入学者を中心とした上位クラスでは別のラピスラズリの噂が生まれていた。

 ただその噂そのものは3年前に生まれている。


 今は高等部にいる学生たちが中等部にいた頃、中等部1年に短期留学としてやってきた少年が始めた『ラピスラズリごっこ』が発端だ。


 短期留学生として一際目立つ少年が、当時は地味だったローラン侯爵家の次男をラピスラズリと呼び口説いていた。そしてそれは王立学園内に『月夜の物語』という古い物語を流行らせるに至っている。


 さらにその翌年、入れ替わるように現れた留学生もローラン侯爵家の次男をラピスラズリを呼ぶ遊びを始めた。ただこの留学生は、それより何より乙女の笑顔を守る騎士として女子生徒たちの心を奪ってやまない。


 そして今年度、3年前に帰国した短期留学生は一回り大きくなって王立学園に戻ってきた。そして乙女の心をとらえてやまない騎士とふたりで、ローラン侯爵家の次男をラピスラズリと呼ぶ。


 それは前髪を切り、昨年卒業した兄に似た美麗を見せるようになった次男の容姿と共に、月夜の物語の再来とささやかれるようになっていた。



 ただかつての短期留学生であるディートハルトと違って、アニエスは変わらず令嬢たちの期待を裏切ることなく甘やかしてくれる。

 その上さらにアニエスはなぜか入学早々から昼に男子生徒たちを鍛え始めた。


 しかもそれは昨年度に卒業した騎士科がやっていたのと同じ筋肉トレーニングで、普通科の1年生たちも当初は無理だと叫んでいる様子が目撃されている。だがそれも1ヶ月続けていると叫び声も減っていった。

 ただ2か月目にはメニューが増えたらしく、また阿鼻叫喚が再開される。そんな1年Sクラスの男子生徒たちの昼休憩のトレーニングを、あらゆる学年の令嬢たちが朗らかに眺めていた。

 彼らが何をしていようと、アニエスが仕切ってのことなら意味があると思えるからだ。



 そうして入学式から2か月が過ぎて秋が深まると竜の月に入る。祝祭月でもあるその月は1か月間、王都で祭りが行われていた。

 そんな竜の月の朝、リリが校舎へ向かう時に寮の管理者から手紙を受け取る。

 白い封筒には見慣れたブレストン公の蜜蝋。この時点で何も書かれていない白い封筒の送り主が父であることはわかる。


 とたんに喜びに支配されたリリは、寮から校舎内の教室までスキップしていった。その後ろをいろいろ察したアニエスが温かい笑顔でいても気にならない。

 教室に飛び込んだリリはマティアスとディートハルトを見つけて駆け込む。


「見て! この世で最も愛しい方からの恋文よ!」


 その言葉にマティアスが目を見開き硬直するが、すかさずディートハルトが「フィーリスさんだよ」とささやき教える。

 そして同時にアニエスも「恋文とはならないよね」と笑顔で全否定してきた。


 だがそんな幼馴染みどもの言葉など無視して着席したリリは、封を開けて手紙を取り出す。

 リリにとって父は尊敬する人ではあるが、多くの他人からも尊敬される人である。帝国では数少ない『古代語を読み解ける人』なのもそのひとつだろう。

 むしろ世界的に見ても、専門職以外で古代語を読み解く人は少ない。それを習得するなら専門職に金を出し翻訳を依頼するほうが早いからだ。


 そんな父が白い便箋に整った美しい文字で書いていたのは、まさにその古代語だ。つまり父はこの文書を学園にいる他人に読まないつもりで書いている。

 しかしそれは仕方ないことだと、リリは中身を読み解き理解した。

 そんなリリの手紙を覗き込んだアニエスが笑う。


「フィーリスさん、リリ以外に読ませるつもりがないんだね」

「マティのお姉さまとお兄さまは古代語読めたよな。竜王国でも古代語を習得してる人って少なめ?」


 微苦笑をこぼすアニエスのそばで、ディートハルトもマティアスに問いかける。そのためマティアスは、兄や姉が特別なのだと返した。


「古代語って、それを習得することが評価のひとつになるくらい難易度が高いものだからね。竜王国でも上位の文官になる人が習得するくらい」

「なるほど。帝国だと文官でも古代語は扱えないからフィーリスさんが重宝したって聞いてる。今は扱える人もチラホラいるみたいだけどな。それで? フィーリスさんの手紙はなんて?」

「8割除外して簡略化したら、竜神殿においで、と書いてあるの」


 ディートハルトの質問にリリは手紙の中身を教えた。そしてディートハルトやアニエスは、その除外して簡略化された8割を推測できる者たちだった。

 特に夏季休暇中はずっと竜神殿や王城をうろつき、照明器具という名の結界端末を置いたディートハルトは真面目な顔を見せる。


「情報統制が砂糖より甘いからそうなるんだな」

「平和を感受した結果、怠慢や軟弱になるのは仕方ないことなんじゃないかな。今の学園内の有様も含めて」

「例の水色云々に上位クラスは乗っかってないんだから、国の未来は暗くないだろ。それで? リリひとりしかダメなのか? むしろおまえだけカイザーさんに甘えるとかオレが認めない」

「ディーに認められる必要はないけど、ひとりでとは書かれていないわ。父の事だからディーにお菓子を焼いてくれそうね」

「よし行こう。オレのマティへの愛をフィーリスさんに見せるチャンスだ」

「そのチャンスは与えないわよ。でもマティアスも次の週末は竜神殿に行きましょう? その帰りに祝祭を見たいわ」


 留学生3人で会話が進んでいると思っていたマティアスは、不意の誘いに驚いた。すると驚きに浮いたマティアスの眉尻をリリの白い指先が撫ぜる。


「前髪、切ることができて良かったわね。あなたの反応が見て取れるのは嬉しいわ」

「そうかな…。でも父とか、いろいろな方からも前髪のことは言われていたから…うん。切ってよかったと思うよ」


 照れたように微笑むマティアスは誰の目に見ても可愛らしい。それはこのクラスの誰もが、彼の兄であるベルナール・ローランの凛々しい姿を覚えているからだろう。

 だからこそよく似た顔の弟であるマティアスは、周囲にギャップを撒き散らしさらに可愛く見える。

 ただディートハルトは、その可愛い笑顔に絆されることなく首を傾げた。


「オレ以外にもマティの可愛い顔を見たいってなったヤツがいたんだな。父上さんは仕方ないとして……他は? ベルナールお兄さま?」

「戦神のノワールさんだよ。ミシェル君が戦神様になると出て来てくださるんだよね?」

「あーーーーーーーーー」


 大きな嘆きを吐き出したディートハルトは両手で顔を覆った。


「勝てるわけがない!」

「闇竜が現れた時の話だね。ノワール殿は、戦場に恐怖しているだろう相手を見つけては優しい言葉をかけていた」

「じゃあ、僕も怖がってると思われて?」

「それ以前に、ノワール殿はここで私になりすましたことがあっただろう? あの方もマティアスのことをラピスラズリと呼んでいたから、引き続き特別に扱ってくださってるんだよ。ディートハルトが勝てないと嘆くのは当然だね。マティアスの憧れそのものだから」

「たし、かに……そう」


 戦闘実習でのことを思い出したのかマティアスの顔が赤らんでいく。急に恋する乙女のような顔を見せるマティアスに、アニエスも笑った。


「我々に勝ち目がないのは100も承知だ。だがそれでも、愛をささやかずにはいられない我々の愚かな思いを受け取ってくれると嬉しいよ。可愛いラピスラズリ」

「アニエス! これから授業なのに僕をザワザワさせてはダメだよ!」

「ああ、確かに。君がより一層愛らしくなってしまっては教師陣も可愛い君に見とれて授業をやりにくくなってしまうね」

「見とれないよ見とれないよ。ほんとに」


 照れて真っ赤な顔で言葉を重ねるマティアスだが、アニエスの態度は変わらない。そしてその見慣れた光景にクラスメイトたちは笑っているが、ディートハルトは笑えなかった。


「マジで、アニエスは、本気出すの、やめろ。マティは良いけど、女なら腰抜けるんだぞ。帝国で何人の女の腰を砕いたかわかってるのか」

「おや、おかしいな。ディートハルト? 私は既にこの国で2年過ごしているんだ。立てなくなったご令嬢を医務室へ運んで差し上げる程度なら何度もやっているよ」

「それをやっちゃダメなんだって! マジで! クラス連中を鍛える前に女の心を盗みまくっちゃダメじゃん!」

「男子諸君がモテない理由が私より下だとするなら、その地位を上げれば良い。そのための筋肉だよ」

「そうじゃなくて、筋肉を鍛えただけじゃ近衛になれないじゃんってことだよ」

「なにを言ってるんだ。彼らのゴールは3年後なんだから、今から努力すれば近衛にだって近づけるだろう。それに少なくとも何もしていない怠慢な者を超えることはできる。Sクラスの時点で頭脳と将来は認められているのだから、後はほんの少し鍛えるだけで愛らしい小鳥たちの宿り木になれるよ。そのように私が評価しているのだから、ディートハルトも安心すると良い」

「昼のあのトレーニングを女たち笑いながら見てるのに? ひっくり返せる?」

「印象操作は近衛騎士の必須分野だからね」

「ああまぁ、オレは魔法兵団だから」


 魔法は得意でも頭脳戦は得意じゃない。そう笑うディートハルトをリリは真顔で眺めた。

 この学園に来て唐突にラピスラズリごっこを始めたのは他ならぬディートハルトだ。そしてさらに己の後釜としてアニエスを呼んだのもディートハルトである。

 ここまで布石をおいておきながら、頭脳戦が苦手とは冗談も良いところだと思うのだ。


 だがリリはディートハルトから視線を移して、隣に座っているマティアスを見やる。


「竜神殿の後で祝祭に行きましょう。わたくし、マティアスが選んだクレープが食べたいわ」

「あ、そうだね。2年前も嬉しそうに食べてたね」


 マティアスはその直後に、祭りの賑わいではぐれたリリがクレープを奪われたことを知らない。だから素直に、あの時のリリは喜んでくれていたと思っている。

 だがだからこそクレープを奪われたリリは違う。

 もちろんマティアスとの約束は嬉しいが、やはり怒りは消えぬままいまもくすぶっていた。


 けれどあのパン屋の女がどこの誰とも知らない状態では、リリ自身の手でひねり殺すこともできない。そして学園の敷地から出ることのない学生であるリリは、パン屋のことを調べる暇もなかった。







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