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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
高等部1年
104/115

102.高等部初日

 王立学園の中等部にいたのは裕福な人間か高位貴族たちばかりだった。その人数も1学年で300人。

 だが高等部は外部入学生が新たに300人入る。その多くは高等部にある騎士科へ入る者たちで、中等部騎士クラスには70人しかいなかった生徒数も290人に増える。


 つまり外部入学者の大半は、騎士を目指して王立学園の門をくぐる男子学生たちなのだ。

 あげく高等部では男女が未来の相手を探し、婚約を結ぶことも許されるようになる。そのため男女共により良い相手を探したいと躍起になるのは自然なことだった。

 だが高等部1年Sクラスの男子たちは、その聡明な頭で理解していた。「男らしさ」という点で騎士科の人間に勝つことは不可能だ。だがかと言って頭の良さで勝負したところで令嬢たちから煙たがられてしまうだろう。

 なにせ令嬢たちは難しい話を好まない。討論や議論より、芸術や観劇などの話を楽しく繰り広げ、見目麗しい男を眺めるのが好きなのだ。


「砂糖菓子ちゃん、聞いて欲しい」


 高等部1年にあがっても変わらない顔ぶれのSクラスで、リリはクラスメイトの男子たちから真面目な顔で相談を持ちかけられた。


「女の子にモテるにはどうしたら良いかな」

「顔の作りを変えて、剣術を磨き、体型を作り変え、所作や会話技術も磨けば良いのよ」

「待って! それはもう人として生まれ変われみたいになってるよ!」

「ええ、そうね」


 中等部1年の時から砂糖菓子と呼ばれてきたリリは、その背を随分と伸ばして今やスラリとした長身の女性になった。やはり帝国生まれ砂糖菓子女も例外なく長身の遺伝子があったらしい。162リーンのスラリとした背と細身の体格は、甘さよりも涼やかな雰囲気を周囲に与える。

 だが甘く大きな琥珀色の瞳も、動くたびに柔らかに揺れる同色の髪はいまだ健在だ。

 ただその厳しすぎる言動も中等部1年から変わらない。


「砂糖菓子さま! おれたちは今世で可愛い子と結婚したいんだよ!」

「では女にモテる必要はないではないの。結婚したいただひとりにモテれば良いのよ」


 口を開けば正論で殴る我らが砂糖菓子の言葉にクラスメイトたちも驚き目を見張る。そうして互いに顔を見合わせた。


「つまり?」

「複数の女を虜にする不届きな存在なんて、アニエスにならなければ無理な話だわ。でもただひとりの心が欲しいなら、その相手に向き合えば良いだけのことよ。そうして相手の好む男になれば良いのよ」

「なるほど、めっちゃ正論」


 さすが砂糖菓子と感心の声が上がる中、名指しされたアニエスは軽く笑う。


「その場合、意中の相手に恋のライバルがいたらどうする?」

「倒すしかないな」


 アニエスが投げかけた問いかけに、そばで聞いていたディートハルトがさらにと言い放つ。その物騒な言葉にもクラスメイトたちは驚いた。


「その倒すって決闘じゃないよね?」

「違うよ。殴り合っても女の心がこっちに向かなきゃ意味ないし。惚れた女の心をこっちに向かせるって意味で倒すんだよ。王道としては、ダンスで相手を楽しませるとかになるよな?」

「身体の距離と共に心の距離も近づけられる良い機会だね」


 クラスメイトの問いかけを否定したディートハルトに、アニエスも笑顔で同意する。


「ところで我々がこれまで中等部で学んできたのはダンスの基礎だ。つまり我々の武器は刃が潰された子供向けの剣でしかない。そんな状況では上の学年に勝つことはできない」

「ライバルが先輩だと勝ち目がないってのはわかる」

「というわけで、Sクラスの男子諸君。明日の早朝と昼から特別訓練を行おう」

「は? え?」

「ええ?」


 アニエスの言い分を皆が理解する前に教師がやってきてしまう。そのため皆それぞれの席に散っていった。

 そして黙って聞いていたリリは、元々座っているその席で隣にいるマティアスを見る。



 高等部入学式前に前髪を切ったマティアスは、その深い黒色の瞳を隠さなくなった。ただ兄のベルナールほど短くもしておらず、愁眉に届くほどの長さは残されている。けれどベルナール・ローランに似た端正な顔が顕になったことで、入学式では小さな騒ぎが起きたらしい。

 何も知らない外部入学者の何人かが、マティアスに婚約を持ちかけたのだ。その者たちは領地に暮らしていた伯爵家の娘らしく、屋敷では女王のように振る舞っていたのだろう。上から目線にマティアスへ「婚約してやっても良い」とほざいたという。

 マティアスはそれを断ったが、昨日の今日でその女がどう動くかはわからない。

 もちろんリリにはどうでも良い話だが。


 高等部初日の授業はどれも教師の自己紹介や、授業に関する説明が行われる。

 中等部では担任教師が3年間一緒だったが、高等部ではそうはいかない。リリも昨年度はそう思っていたが、王立学園側は違ったらしい。


 多くの教師がアニエスやディートハルトという、帝国王位継承者の対応などできないと逃げたのか。

 これまでリリたちを見てきた教師を中等部から高等部へ移動させてまで担任の立場を押し付けた。そしてそのままの言葉を、我らが担任教師も朝のうちに言っていた。

 おまえたちのような面倒な連中を見られるのは先生だけらしい。おかげで給料ちょっと上がったぞ、と。



 午前の授業が終わるとリリたちは席を立ち食堂へ向かうことになる。高等部3学年1800人近くを収容する食堂は、料理を提供する側も戦場だろう。

 そのため高等部では昼休憩が中等部より30分長めにとられている。

 そしてその2時間半を、学生たちはそれぞれ好きなように過ごせるらしい。

 リリが噂として聞いたのは「毎日昼休憩には中庭の東屋を占拠する男女がいるらしい」という話だ。図書室で学ぶことも、楽器演奏の練習などすることもなく、ひたすら男女が語り合う。そんな無駄なことで毎日を潰すとは愚かしいことだとリリは素直に思った。

 ただそのことをオレリアに告げたところ、そう単純ではないと返された。

 もしその女が下位貴族や平民なら、学問より芸術よりより良い嫁ぎ先を見つけることが優先される。なにせその娘が嫁いだ先によっては実家への支援がされることもあるのだ。

 だから社会的地位の低い女ほど、家族の幸福を背負い恋の相手を探すことになる。そしてその手の女は基本的に下位クラスにいるので、成績面で努力する必要はない。


 オレリア・トリベールは高い知性を持つ現実主義者だ。そのため彼女の意見はリリにとっては竜王国を知るには良い機会となる。


「オレリアは下々のことにも詳しいのね」

「うちは一応、病院経営とかしてるからね。シオン兄のためでもあったけど、いろいろ見てるんだよ」

「病院で……下位貴族の実情を?」


 そこに何の繋がりがあるのかわからないリリは首を傾げる。そうしてちらりと見上げた先でマティアスも不思議そうな顔を見せていた。そのキョトンとした瞳が可愛らしくてたまらない。


「下位貴族の令嬢たちが、トリベール家の病院にいくの? 貴族ならお抱えの医者がいるだろうに」

「家族に知られたくない病気になる女が来るのよ。うちのような侯爵家なら、家族が情報提供を求めても患者の個人情報を守れるから」

「え? 娘の病気を親が知ることもできないの?」


 なぜそうなるのかと素直に驚いたマティアスの肩をディートハルトが抱いた。そうして唐突に引き寄せリリたちから離れると、マティアスの耳元で何やらささやく。

 リリにはその光景すら腹立たしいが、人に聞かせず説明する何かがあることは理解できる。そのためリリも答えを求めるようにアニエスを見上げた。


「ディーはわかるようだけど、アニーもわかることなの? わたくしはわからないわ」

「帝国の宮廷は階級により住む世界から違うけど、竜王国はこの王立学園を中心に様々な階級の人間が交わっている。中にはその身体を使って上位階級の人間を落とそうというご令嬢もいるということだよ」

「貞淑さを捨てて、既成事実をもって婚姻をと?」

「そうだね」


 アニエスはいつもと変わらない優しい笑顔のまま、さらりと軽やかに言い放つ。


「真実の愛があれば、侯爵家の子息と男爵令嬢すらも結婚できる伝説があるからね。真実の愛とやらで誤魔化せば、掟破りも許されるならやるんじゃないかな? ただその結果として病気になったら目も当てられない。家族に内緒で治療するしかないよね」

「あの愚者の残したものは大きいということね。でも貞淑を捨てると病気になることもあるの?」

「その手のものは感染症だからね。奔放な人間がバラまくこともあるんだよ。だけど場合によっては子種もなくなるし、女性は子を授かれなくなる。放置して良い話ではないんだよ」

「つまり貞淑さを捨てた天罰なのね」

「その場合に罰を受けるべきは、適切な治療も受けず複数の人間にバラまいた側だけどね。ちなみにこの感染症というのは厄介で、口からも入るんだよ」


 不意にアニエスが告げた侵入経路にリリは目をしばたかせる。


「口から? 食べ物に混入するというの?」

「いや、感染者の血液などが口から入っても感染する。戦場ではそういう例もあるんだよ。だから貞淑であっても感染症にかかる場合はあるんだよ。つまり簡単に天罰などと言うのは不憫ということだね」


 アニエスのわかりやすい話にリリは感嘆の声を漏らした。戦場に立つ騎士の戦いについてはリリも昨年度の戦闘実習で目にしている。

 騎士科の学生も勇敢だったが、帝国騎士団の戦い慣れた様子は学生の比ではなかった。だが戦いに慣れているということは、それだけ戦場に立っているということだ。そして彼らは死ぬ以外にも多くのリスクを背負っている。

 そしてリリはそんな彼らに国ごと守らてきた。


「まだまだ知らないことが多いのね」

「つまり残り3年の学生生活も有意義に過ごせるということだよ」

「ええ、すごく楽しみ。でもいまは高等部の食堂にどのようなスイーツが並ぶのかが一番だわ。あとやっとお姉様がたとご一緒できる機会を取り戻せたのも!」


 渡り通路の向こうに見慣れた上級生たちを見つけたリリは笑顔を輝かせ駆け出した。

 だが背が伸びたリリは、もうアドリエンヌたちとの身長差もあまりない。そのため胸を守るコルセットに顔面をぶつけることも無くなった。

 とはいえ駆け込み抱きしめたアドリエンヌの、その身体の硬さは納得がいかない。


「この国からコルセットを無くしましょう!」


 抱き心地が悪すぎるわと素直に声を上げたリリにアドリエンヌたちが笑う。令嬢ながら異例の生徒会長になったアドリエンヌは「無理を言わないで」とリリをたしなめながらも抱きしめ返してくれた。

 あげく背後からミリュエルにも抱きしめられ、リリは今年度の勝ちを確信する。中等部1年の時のように、お姉様がたと過ごせるならどんな世界でも楽しめると思うからだ。




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