101.最後の1年の始まり
セシーが認識している『巫女ルート』は、基本的に高等部2年で終わる。
攻略キャラの大半がこの年に卒業するからだと攻略サイトにあったが、セシーの記憶にある前世の女は『魔女ルート』しかやっていないので詳しくない。
ただ『魔女ルート』でもエンディングは高校2年生だった。攻略キャラ7人のうちの4人がこの年に卒業するため、それまでに誰かを寝取って妊娠して結婚することになる。
そうして攻略したキャラの実家に移ると、屋敷内の人間にアイテムを食わせて支配する。そこまでできたら乗っ取り成功で、主人公の意のままになった現公爵は息子に爵位を譲り屋敷を出ていくのだ。
なので『魔女ルート』のエンディングは基本的に、「侯爵夫人となって幸せに暮らしました」で終わる。
ただその前に、攻略キャラたちは卒業式で悪役令嬢を断罪しなければならない。そして断罪イベントの成功確率は、主人公の支配率に連動している。
ここは主人公が多くの学生をアイテムで支配して、断罪のための証言や証拠を作らせるということなのだろう。そして支配率が高いほど証言や証拠も多くなる。
だとするならセシーものんびりしていられない。
自分の名誉のため攻略キャラの功績に傷をつけたくもないし、婚約破棄は悪役令嬢の有責で済ませたい。ならば今年度はより多くのクッキーをバラまく必要がある。
それに何より今年度、高等部1年にお気に入りのマティアスが入ってくるはずだ。
目元を隠した長い前髪をモブの手で乱雑にかきあげられ、恐怖に引きつった顔が見たい。それにはマティアスにはあえてクッキーを与えず、素の状態の彼を襲わせるのがいいだろう。
下手に支配するより、何も知らないマティアスを恐怖に泣かせながら奪い尽くしたい。泣きながら救いを求め、でも誰も来ないことに絶望するマティアスの顔が見たい。
泣いて泣いて絶望しても逃げられない苦しみに壊れる瞬間が見たい。
そうして今年度が終わったら、攻略を終えたキャラの屋敷に監禁しても首輪をつけてしまっても良いだろう。
そう思うとベルナールが卒業してしまったことが悔やまれる。だがきっと彼はエリート文官として王城で勤務しているだろうから、拉致するチャンスもいずれ訪れる。
なにせこれはゲームではなく現実なのだ。侯爵夫人になって終わりなのではなく、その先の人生もある。
それならこれからもずっと推しを捕らえるチャンスをうかがえばいい。
「セシーのこのクッキー、少し味が変わったか?」
今後の展開について考えていたセシーは不意の問いかけに笑顔を作った。そうして目を向けた先にはオリヴィエがいて、少し緑がかったクッキーを手にしている。
「それはオリヴィエの髪の色に似せてみたんだよ。ほら、夏季休暇の時に行ったお屋敷近くにサイトラ王国の薬草とかたくさんあったでしょ?」
「そうか。あの時の薬草を入れたのか」
おまえの支配を強めるためだよ。そう思いながらも言わずにセシーはにこやかな顔で自分の前にいる3人の男子学生を見つめる。
「オリヴィエも、シェルマンも、お屋敷ではすごくがんばってたじゃない? テオドールの体力がすごすぎるからって。おかげであたしはすごく楽しかったけど、ふたりとも体力不足を気にしてたから、その薬草を入れてみたの」
夏季休暇でのことを切り出してやれば、3人ともにわかりやすく動揺してみせた。顔を赤らめ視線を彷徨わせるのは、彼らなりの恥じらいなのだろう。
「あ、そうだ。オリヴィエって今年度は生徒会長になるの? そしたら天気の悪い時とか、中庭じゃなくて生徒会室で過ごせるかなって」
ゲームではこの年にオリヴィエが生徒会長となる。そして生徒会主導で行われるイベントが様々あったはずだ。そう思うまま問いかけたセシーに、オリヴィエは視線を落としたまま首を横に振る。
「いや、生徒会長にはならない。昨年のうちに生徒会長にならないかと話もあったんだが…」
「えー、そっかぁ」
生徒会室で発生するイベントもあったが、使えないから仕方ないか。そう思いながらもセシーは気落ちした様子のオリヴィエにハート型のクッキーを差し出した。
とたんにそれを受け取ったオリヴィエは頬を赤らめ嬉しそうにしている。
だがセシーはゲームと現状の乖離に気づいていた。まずゲームでのオリヴィエは3年Sクラスだったが、現実のオリヴィエは3年Aクラスに落ちている。
その理由は知らないが、そのせいで生徒会長にもなれなかったのだろう。
「まあでもオリヴィエが生徒会長じゃないほうが良いよね。そのほうが4人で過ごせるし」
「ああ、そうだな!」
「それにあたしももう高等部2年生でしょ? そろそろ真面目に頑張らないと3人のような立派な人になれないもん」
高等部2年生にあがり、クラス表を見たセシーは驚いたものだった。そろそろSクラスにあがってアランの攻略をと思っていたのに、逆にBクラスに落ちていたのだ。
おかげでアランの攻略は難しくなってしまったが、まだ3年生にはシオンがいるから、なんとか理由をつけてクッキーを食べさせたい。
それにはきっとオリヴィエたちが邪魔になるだろう。
たしかシオンはオリヴィエたちと子供の頃から不仲だったはずだから。
「だから次の試験までまじめに勉強しようかなって思うんだけど」
「つまり……しばらくは会えないということか?」
追い詰められたような顔で言うオリヴィエにセシーは慌てて首を横に振った。
「オリヴィエたちにも頑張ってもらいたいからクッキーの差し入れはするよ! でも昼休憩とかも勉強しようかなって思ってるの。だめ?」
「だめ……じゃない」
既に夏季休暇中にオリヴィエたち3人は完全に攻略を終えている。だから次に行きたいセシーの目の前で、オリヴィエは悩んだ様子で肯定してくれた。
そのためセシーはにこやかな顔で礼を言う。
今年度はシオンを落としたい。あの白金色の髪や日焼けしていない白い肌も汚したい。だがそのためにはオリヴィエのいないところでクッキーを食べさせなければならない。
確かゲームでは、自由に使えるモブ学生を操りシオンにむりやりアイテムを与えたはずだ。魔力を持たないシオンは、たったそれだけで落ちる。それ以降は魔力に酔ったように淫乱になるから、そこそこ気に入っていた。
だがシオンを落とす場面にオリヴィエたちがいると、嫉妬されてトラブルが発生する。オリヴィエがシオンの首を絞め殺そうとするのだ。
結果的に誰も死ぬことはないが、ふたりの高感度が下がるためゲームでは気をつけていた。
だがそれはゲームの話で、現実でそのようなトラブルがあったらどうなるかわからない。
「ところでマティアス・ローランって1年何組なのかな? やっぱりベルナールの弟だからSクラスとかかなぁ?」
ふと話題を変えるように問いかけたセシーの前で、オリヴィエの眉が少しだけ寄せられる。だがすぐに笑顔を作るとオリヴィエはシェルマンに知ってるかと確認した。
その上でふたりともにわからないと言う。高等部と中等部は敷地から別れているから、その成績も伝わらない。そのためマティアスが中等部3年としてどうしていたか知りようがないと。
「そっか。オリヴィエたちの幼馴染みだろうから、ちょっと気になったんだよ。仲良しの弟みたいなものだろうし?」
「確かにマティアスはローラン侯爵家の次男だからね。セシーが今から親しくなろうとするのもわかるよ」
「きっとベルナールに似てるよね。あの前髪もなんで切らないんだろ?」
嫌がるマティアスの前髪を無理やり切ってやるのも楽しそうだ。だがあの前髪は、モブにつかまれて無理やり上を向かされるためにある。だからいまはまだ切るのはもったいない。
そんな考えに笑みを浮かべるセシーは、目の前でオリヴィエが奥歯を噛み締めていることに気づかなかった。
ただもし気づいていたとしてもセシーは気にしなかっただろう。
目の前の男がどう思おうが気にすることではないからだ。クッキーを与え続ければいずれ思考力も死ぬような男が、いま現在何を思おうが知ったことではない。この男たちは、セシーが侯爵夫人になるための踏み台で種馬のようなものなのだから。




