表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
中等部3年
100/115

98.竜神殿での夏季休暇

 王立学園が夏期休に入ると学生たちは寮を出て実家に帰る。多くの学生が家路に就く中で、リリは3度目となる竜神殿での生活に入ることとなった。

 清貧を是とする竜神殿での生活は退屈ではあるが、身が清まる心地良さはある。何より守護竜であり竜神殿の主であるカイザーのそばは、父と共にいるのと同じ安心感があった。

 むしろ今年は父も竜王カインセルスの代役として王城にいてくれるので、リリとしては楽しみしかない。

 しかも今回のリリの隣にはディートハルトがいる。これだけで退屈しないことは約束されたようなものだった。


「カイザーさーん!」


 大はしゃぎで大聖堂内を走ったディートハルトは、竜神殿の主と呼ばれるカイザーに抱きついた。

 リリにとって最も親しい幼馴染みは、なぜか幼い頃からカイザーに懐いていた。それこそ幼児期などはカイザーの膝に乗ったまま誰にもそこを譲らないと豪語していたほどだ。

 他にも金竜シュヘンベルクにもかなり懐いていたので、大柄な相手が好きなのかもしれない。


「ディートハルトは少し見ないうちに成長したな」

「そう! 背がちょっと伸びたなってオレも思ってるよ。でもまだカイザーさんの膝に座れる気がしてるから後で座らせて」

「ああ…」

「よろしいわけがないわ!」


 いまだカイザーに抱きつき離れない幼馴染みにリリは力限りの声をぶつけた。


「いまはわたくしとカイザー様の再会の場なのよ! お邪魔虫は早々に引き下がってちょうだい!」

「なに言ってるんだ。オレのほうが久しぶりじゃないか。それよりカイザーさん聞いて。ここに帝国騎士団から荷物来てない?」


 リリの主張を軽く流したディートハルトは別の話題に移っていく。そのため頬を膨らませたリリは拳を固めてポコポコと幼馴染みの背中を叩く。


「ディーのばかばか」

「こら、やめろ。幼児に戻ったような嫌がらせやめろ。カイザーさんがかわいい! みたいな顔で見てるだろバカか!」

「わたくしが愛らしいのは世界の常識だわ! だってお父様の娘だもの!」

「それはそう。いや、フィーリスさんはおまえの100倍はかわいいわ。おまえみたいな猛獣要素ゼロだからな。あとフィーリスさんのポコポコも親父はかわいいって思うけど、オレはおまえのポコポコをかわいいとは思わない」

「失礼だわ!」


 背中をさらに弱い拳で叩くリリにディートハルトはため息を吐き出す。だが不意に横から伸びた手が優しくリリの拳をつかんで暴行を止めさせた。

 そのため目を向けると、藍色の服を来たフィーリスがいる。


「フィーリスさんめっちゃ好き」

「突然の告白ありがとう。それより昨夜のうちに帝国騎士団から大量の荷物が届いていたよ。あれは昨日話していた魔法武具かな?」


 青より深い藍色の瞳のフィーリスは、リリを抱きしめ背中を優しく叩きながら笑顔で問いかけてくる。そのためディートハルトは曖昧にうなずいた。


「そうそう。お袋が話してた浄化装置だよ。アレをこの竜神殿と王城の敷地内全域にばらまく流れだね。あれ自体は周囲の瘴気を吸い込んで光る照明ってだけで、火をつかないからどこでも置けるし、雨に濡れても大丈夫」

「ん? 照明で浄化装置なのか?」

「うんそうなんだけど……あー、ちょっと何個か出して説明したい。お袋じゃないからうまく説明できなくて」


 言葉で説明しにくいからと言うディートハルトに、フィーリスとカイザーは顔を見合わせる。

 そうして大聖堂から場所を移した4人は竜神殿の奥にある倉庫に入った。

 そこは献上品の中でも食べ物以外のものを置くための場所であるらしい。その一角に、人が入るほどの大きさの木箱が3つ置かれている。

 木箱を開けたディートハルトは中から白い竜の石像を取り出す。


「この外側は凝灰岩で出来てるから、竜王国でも作れるよ。彫りも簡単でしょ?」


 白い竜の石像は小さく大人の手のひらほどしかない。さらに石像そのものもディートハルトが言う通り簡素な彫りになっている。

 そのひとつを手にしたフィーリスは石像を見ながらも確かにと同意する。


「これなら技術があまりない者でも作れそうだ」

「そこがポイントだよ。これは宰相さんが3ヶ月前に提案して実験的に作ったものなんだ。在庫の中には孤児院の子とかが彫ったものもあるよ」

「確かに凝灰岩なら硬くないから子供でも削れるな。それで機能としては?」

「えっとね……」


 フィーリスの質問を受けたディートハルトは竜の石像を木箱の上に並べた。四方に置かれた石像はそれぞれ淡く光るとそれぞれ黄色の光を放ち空中に四角形の壁のようなものを作る。


「いまこれ強めの魔力を流してるから黄色の光の壁みたいなのが見えるけど、これが普通に、空気中に漂う濃度の瘴気だと見えない」

「つまり魔力の強い者が近づくと、上空に黄色の壁のように現れて接近を知らせる?」

「うん、フィーリスさんのその考えも正しいよ。警報機としても使えるからね。でもこの黄色の壁そのものが昨日のお袋が言ってた結界なんだよ。つまり普段は見えないけど常時結界が発生して瘴気を少し防ぐわけ。この竜を適切な場所に置くことで一直線の結界というか壁ができる。で、その壁を何層も作るとちょっとずつ瘴気が阻まれてって、カインセルスさんの部屋の瘴気はゼロに近くなるってわけで」


 そこまでディートハルトが説明したところで、フィーリスは目を丸め「すごいな」とつぶやいた。同様にカイザーも感動した様子でディートハルトの頭を撫でる。


「君たちは本当に良くしてくれる」

「いやカイザーさん待って感動しないで! これは買ってください!」


 実験的に作られた物を一方的に持ち込みながら、それを買えという。

 ディートハルトのその発言に固まったカイザーに代わってフィーリスが疑問を出した。


「昨日は売買の話なんてなかったが、これは売り物だったのか?」

「そう。いや、昨日言ったけど、つまりはオレをここにいさせてくださいって流れなんだよ。これを買った代金はオレの飯代でって感じ。あとこの照明は将来的に竜王国で作れるように手配したいから、チテキザイサンとかいうのを売りたいって」

「なるほど。この照明兼結界装置のデザインも技術も何もかも知的財産として売ってくれるわけだな。しかもディートハルトの滞在費で」

「そうなんだよ。そしたらオレはここにいる間に瘴気濃度を見つつ照明を配置できるってわけ」


 押し売りとはらしくないと思ったが、それは知的財産権の代金だという。あげくその代金でディートハルトの滞在費に当てて欲しいと願い、さらに滞在中のディートハルトは照明の設置をしてくれるという。

 それでは竜王国側は利しかない。そんな話にフィーリスは笑ってしまった。


「それはもう別でディートハルトに労働の対価を払う話になりそうだな」

「そんなことないよ。オレめちゃくちゃ食べるから食費とか大変なことになると思うし。あ! あとカインセルスさんのお見舞いはできない感じ?」


 ディートハルトのその一言にリリは目を見開いた。それは昨日も出た話題で、その時にリリは竜王陛下が天啓を受けた話を聞いている。そのおかげで心配は減ったが、それでも顔を見たいと思う部分はある。


「その気持ちは嬉しい。でも見舞う必要がなくなったんだ」

「ん? 昨日ずっと寝込んでるって言ってたよね? だからお見舞いしたいなーってなったんだけど」


 リリの予想に反して否定したフィーリスに、ディートハルトも首を傾げる。

 するとフィーリスはカイザーを見上げた。


「話しても良いですか?」

「ああ、このふたりなら問題ない」

「では……カインセルス様はお目覚めになられたんだよ」

「「ええ?????」」


 フィーリスの一言にリリとディートハルトはまったく同じ反応を見せた。

 そんなふたりにフィーリスは昨夜離殿に侵入者が現れたと言い出す。とたんにディートハルトは緊張した顔を見せ、リリは殺したかどうかを聞いてきた。

 そのためフィーリスは娘の言葉に否定する。


「殺すことはないよ」

「なぜですか! 相手は不埒な輩だと言うのに!」

「不埒ではなくカインセルス様を浄化するために来てくださったんだよ。わざわざ自分の魔力を枯渇させてね」

「そこまでする不貞の輩が…」

「セレンは犯罪者イメージを捨てよう。名は言えないが、その方は人魚の涙と呼ばれる聖水を蒸留したものを使ってくださったんだ」

「海中国スイレンスでだけ作られる貴重な物だわ」


 それは帝国のあるガイアイリス大陸から東へ船で進んだ先にあるエーム大陸の南端。ワイガード王国からさらに南の海の底にあるという人魚の王国だ。人の身では行くことの難しい国であるため交易も限られ、そこで作られたものはどれも貴重な物となる。

 それを竜王国の王のためとはいえ、簡単に差し出す不埒な侵入者などリリにはとても想像できない。


「なるほど、セレンおれはわかったぞ」

「ディーは犯人像が見えたのね?」

「カインセルスさんに惚れ込んだ大富豪の変態だ」

「たしかに! さすがディーだわ」

「違う違う。違うよ。辞めなさい。失礼になってしまう」


 ディートハルトとリリが盛り上がるのをフィーリスが慌てて止める。とたんにふたりの子供がフィーリスを見つめた。


「フィーリスさんが犯人を言わないから変態扱いになるんだよ」

「そうよ。お父様が教えてくれないのがいけないわ」

「いや……うーん」

「おれはフィーリスさんのこと大好きだから言うけど! 隠し事ダメ絶対!」

「お父様が言わないなら、カイザー様に聞くしかなくなるわよ!」


 答えられないフィーリスにリリがカイザーに抱きつきながら告げた。それまで朗らかに笑っていたカイザーは、不意に名指しされてまた笑う。


「セレン、無理を言ってくれるな。あの子も知られるのは嫌だろうと気遣っているのだ。それよりもふたりとも庭園に行かないか」


 答えはくれないのに誘いを向けるカイザーを見上げて、リリは首を傾げる。


「竜神殿の奥にある庭園ですか?」

「ああ、セレンティーヌの好きなものを用意させてある」

「まあ! もしかしてお父様の力作かしら」


 父の作るスイーツの美味しさはリリも誰より知っていると自負している。そのためカイザーの誘いはリリにとって何より魅力的で、昨夜の侵入者について追求することを忘れるほどだ。


 かくしてカイザーの腕に腕を絡ませ倉庫を出たリリは急ぎめで竜神殿の奥へ進む。その後ろを歩きながらディートハルトは隣にいるフィーリスに肩を寄せて、身長差のない相手に問いかけた。


「昨日の侵入者、ひとり思い当たる人がいるんだけど」

「表沙汰にしないで差し上げて欲しい。きっとだから侵入という手段を取ったのだろうから」


 推理できたディートハルトに返したフィーリスは、そう告げながら首を傾げ上目に見る。


「相手の優しさに報いるためにも隠したい。だめか?」

「ううん、ダメじゃないよ。ただ、その侵入者さんは魔女…だっけ? 毒物バラまいたやつのことどう思ってるのかなって。カインセルスさんが普通より寝てたのそのせいっしょ?」

「その前に、闇竜を作るために竜を殺したことが引っかかっていたように見えたよ。それから能力を出し惜しまなくなったから」

「うちの国で一番怒らせちゃいけない人を怒らせた、と」

「優しい方だからね」

「じゃあオレも頑張らなきゃだね」


 もうディートハルトはおおよそ侵入者の正体を把握しているのだろう。そんなやり取りの後にディートハルトは気安い笑顔を見せた。

 だがフィーリスには15歳になろうとしている少年の考えが読めない。


「何を頑張るんだ?」

「カインセルスさんが起きたなら、そのうちフィーリスさんも帰るだろうし。そしたら後はオレとアニエスで頑張らないと猛獣が殴りかかりそう」

「あー……ははは、でもセレンは魔女を放置する方針だと聞いたよ。アドリエンヌ嬢たちの婚約を壊すためにと」

「ああ、なんかお姉様たち婚約してるって聞いた。まぁオレは攫うからいいけど、でも相手有責で婚約破棄のほうが良いってことかな?」

「女性側の立場を考慮するなら、婚約破棄してしまったほうが良いよな。そうしないと不貞のまま国外に駆け落ちした事になってしまう。だが、そうは言ってもすぐ婚約破棄しては、他の男子たちに狙われてしまう。だから1年後の卒業式でやってくれたら楽なのかな」

「卒業式っていうみんなの人生の門出に婚約破棄騒ぎを起こすような男たちってこと? 逆に面白いから見てみたい」

「では魔女のほうも1年は放棄になるよな」

「あー、なるほど。セレンは最初からそこまで考えてたってことか」


 さすが賢い。素直に幼馴染みを褒めるディートハルトに、フィーリスは笑った。

 誰より聡明なのに傲慢にならず、素直に誰かの知恵を認め受け入れる。そこがディートハルトが伸びる秘訣でもあった。


 やがて竜神殿の奥にある庭園へ出たディートハルトは、海の見える東屋に座る先客を見つける。東屋に駆け込み先客に抱きつくリリを見ながらも、ディートハルトはフィーリスに目を向けた。


「オレがカインセルスさんを抱きしめたらダメだよね。魔力封じてるけど、瘴気は漏れてるかもだから」

「オレ含め3人も竜がいるんだから、ディートハルトが近づいても問題ないよ。むしろ子供が遠慮なんてするものじゃないかな」

「じゃあセクハラって言われるまで抱きしめてくるよ」


 許しを得たディートハルトは東屋に駆け込むとリリを押しのけ、背後からカインセルスを抱きしめる。

 そうして前後から挟むようにふたりから抱きしめられた竜王陛下は嬉しそうに笑う。

 その和やかな光景を目にしつつ、フィーリスはカイザーの隣に立った。


「良かったですね」

「ああ、今回は本当に救われた」


 本来であれば天啓を受けて眠りにつく竜王陛下を守るのは、守護竜ひとりの役目だ。むしろそれこそが守護竜の存在意義でもあるし、守護竜カイザーは300年ひとりで歴代の竜王陛下を守ってきた。


 カインセルスが生まれた時など、出奔した先代の竜王陛下に代わり、残された卵が孵化するまで10年も守り続けたほどだ。

 そうして王不在の中でなんとか生まれたカインセルスは、カイザーにとっても特別だった。

 だからこそ何よりも大切な存在が、人の投げた毒に穢れ終わりのない眠りにつくのはつらかった。


 だからこそ帝国の者たちにも、そしていまは帝国公爵となっている雛にも救われたと思っている。

 そんなカイザーが素直に感謝を向けたところ、フィーリスが小さく笑う。


「これまで帝国がおふたりから受けてきた恩を数えれば足りないほどですが。それを抜きにしても、オレにとっておふたりは大切な家族です。力にならない選択はないですよ」

「カインは相変わらず優しい良い子だ」

「5歳まで育ててくれた親に似たんですよ」


 フィーリスは5歳まで母と共に竜神殿に住んでいた。そして幼い彼はほぼ毎日のようにカイザーへ肩車をねだっていたらしい。

 そのため竜神殿の主としての役目も幼児を肩車したまま行っていたとは、当時を知る大人なら誰もが覚えているだろう。

 だからこそ今回、フィーリスが竜王陛下の代理を務めることもすんなりと竜王国民に受け入れられた。むしろ年配者などは「あの時の子か」と納得し喜んでくれたほどだった。


 だがそれもこれもカイザーが幼いフィーリスに向けた慈悲の結果だ。だから誰が誰を救ったということもない。すべてカイザーとカインセルスがしてきたことが返っただけだとフィーリスは思っていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ