第7話 光塔に刻まれし意志
第零区画は、沈黙そのもののようだった。
壁も床も境界を持たず、光を薄く返すだけの不定形な空間。
重力は確かに存在するが、方向感覚は曖昧で、意識を外すと地面がどこにあるのか迷う。
中央に立つ光柱だけが、世界の“軸”として存在していた。
その内部で、かすかに光が脈動を始める。
アリュシアは息を止めて見つめ、
イサムは胸の奥にわずかに走る緊張を押し殺し、姿勢を正した。
——司祭としての礼節が、無意識にその立ち姿を整える。
光が形を取る。
それは人の輪郭に似ているが、像はゆらぎ、規則性を持たない。
やがて、脳深部に直接届くような声が満ちる。
“覚醒、確認。
接続、安定。”
イサムは静かに一歩進み出る。
その声音は恐れも高揚も抑え、ただ深い敬意だけを宿していた。
「……ルクス様。
どうか、御意志を示していただけますか。」
影は動かない。
ただ光の密度が変化し、空間が微かに共鳴する。
“求めはしない。
ただ——指向を与える。”
「……御指向。」
イサムがその言葉を静かに噛み締める。
アリュシアが横目で彼を見る。
司祭としての彼の態度は、この場の異様な静けさと奇妙に調和していた。
影の光が変化する。
“この環は、均衡の臨界にある。
変化は収束し、可能性は停滞へ向かう。”
アリュシアが息を漏らす。
「停滞……?」
“定義としては、そうなる。”
次の瞬間、二人の視界が広がる。
ヘリオスリングの全構造——
人口曲線、精神波の周期、資源循環の限界、
すべてが透明なガラス越しのように明瞭に提示された。
未来予測は一本の線のように収束していく。
分岐がない。
揺らぎが消えていく。
リングが“死に始めている”。
イサムは静かに言った。
「……お導きの理由が、我らにあるというのですか。」
影は形をわずかに揺らし、肯定する。
“観測者と治世者。
内と外、理性と直感。
二つの揺らぎは、未来を生成する。”
アリュシアが驚きに胸を押さえる。
「私たちが……揺らぎ?」
“現存する組み合わせの中で、最適値に近似する。”
イサムは一瞬、言葉を失った。
そして——
ゆっくりと視線を上げる。
光の中心へ、祈りではなく“認識としての敬意”を向ける。
「……御意は理解しました。
しかし、これほどの選択を我らに委ねるとは……
これは試練なのでしょうか、それとも——恩寵なのか。」
影は形を歪ませ、答えを示す。
“評価ではない。
必要である。”
言葉は冷徹で、感情の気配は一切ない。
だがそれは、拒絶ではない。
ただの“構造”だった。
イサムは深く息を吸い、静かに頭を垂れる。
「……我らに与えられた役目、確かに受け止めます。
未熟であろうとも、御心の形を探す者として。」
光柱が大きく波打つ。
振動が空間を満たし、すべてが一瞬だけ息を呑んだように静止する。
そして。
“選択せよ。
その意志が——未来となる。”
光の影は溶け、形を失っていく。
照度が下がり、脈動が落ち着き、
空間の輪郭が、また曖昧な静寂に戻る。
最後に残ったのは——
静かな圧だけだった。
人類の“次”を、二人が決める。
それが、ルクス様に与えられた使命なのだ。




