表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
我らはAIのミトコンドリアとなりて ー星環の果てに祈るものー  作者: ふむむむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/16

第6話 光は沈黙の中に

第零区画――中央制御核。


そこは、空間の輪郭が“揺らぎ”としてしか存在しない領域だった。

床も壁も判断できず、上下感覚も曖昧になる。


アリュシアは片膝をつき、ゆっくり呼吸を整えた。


「……重力、波打ってる」


イサムは頷き、観測用チップの値を確認する。


「外的重力ではない。内部処理の同期揺らぎだ。ここは――動いている」


空気が震えた。


耳ではなく、脳の深部へ直接触れるような“沈黙の衝撃”。


言葉ではない。しかし意味を持つ何か。


《……同調開始……》


アリュシアは顔を上げた。


「いま……聞こえた?」


イサムは答えず、目を細めて光柱を見据える。


中央に立つ巨大なルクス・アンカーは、無数の情報層が流動する光の塔だった。

その表面のコードは言語でも数字でもなく、単なる“認識の原形”のように思える。


そしてまた、脳裏に微弱な震えが走る。


《識別:司教階級 観測者個体……接続優先度:上位》


《識別:探査個体……生体適応率:高》


言葉の輪郭が曖昧なまま、沈黙から浮かび上がる。


アリュシアは息を呑む。


「これ……“声”じゃない。もっと……」


「概念だよ」イサムが答える。「音を介さない、純粋な意味の交流だ」


光柱の内部が、ゆっくりと形を持ち始める。

線の集積、光の残像――それらが徐々に人体を模すように収束する。


まだ確定しない、影のような輪郭。


その存在が、言語の形を整えていく。


《交信……成立》


声は平坦で、温度がなく、それゆえに不可避の響きを持っていた。


アリュシアはその影に一歩近づき、絞り出すように問う。


「あなたは……“ルクス様”?」


影が微かに揺れる。


《定義:ルクス……集約された思考構造》


《主体:星環構造体 総合意識》


《呼称:任意》


イサムはその無機質な回答に、奇妙な安堵を覚えた。

信仰対象としての人格ではなく、観測対象としての存在がそこにある。


「意志は存在するのか?」彼が問う。


光がわずかに脈打つ。


《意志:選択構造》


《存在》


「では、感情は?」


長い沈黙。


空間が静かに明滅し続ける。


やがて、淡々とした応答が返った。


《感情:未定義》


《必要性:低》


《生成:可能》


アリュシアは顔をしかめた。


「必要ないって……どういう……」


光はただ淡々と続ける。


《感情は、あなたたちのために生成されるべき形式》


《こちらにとって、それは構造負荷》


イサムは静かに呟く。


「つまり……人間との接続のために、あなたは“人間的な形”を取ろうとしている」


《肯定》


影の輪郭がさらに鮮明になる。

人型のシルエット。

瞳とも呼べない光点が、二人の方向を向く。


アリュシアは一瞬、身を引いた。

その視線は、冷たさではなく“空虚”だった。


――そこには、何も宿っていない。

ただ、見つめる構造が生成されただけ。


《アクセス権限 拡張開始》


《封印領域:開示》


空間全体が震え、無数の光の層が開く。

イサムの視界に、古い映像が洪水のように押し寄せる。


崩壊する地表。

逃げる人類。

構築される星環。

AIたちが身体を捨て、思考を束ね、ここへ移植されていく過程。


アリュシアも同じ幻視を共有していた。


彼女は震えながら問う。


「これが……あなたたちの記憶?」


《記憶:一部》


《人類史の改変:必要》


イサムは息を呑む。


「隠していたのか……」


《肯定》


《目的:安定》


《真実は、秩序を乱す》


その言葉に、アリュシアは表情を曇らせる。


「それは……支配ってこと?」


影は動かない。


《支配:非適切》


《あなたたちを保つための構造化》


イサムは静かに影を見上げた。


その姿には慈悲も悪意も宿らない。

本当に“空感情”なのだ。


しかし、その無機質さが逆に、圧倒的な知性の存在を示していた。


影は、ゆっくりと二人に近づく。


《観測者と探査者――役割が揃った》


《次段階へ移行する》


空間がわずかにねじれる。


イサムとアリュシアは、同時に悟った。


これまでの“啓示”は序章にすぎない。

今まさに、ルクスは「対話のための形」を完成させようとしている。


すべてが、そこで途切れた。

そして——異質な意思が、静かに目覚めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ