第12話 内奥の外側
最初に、音が消えた。
続いて、時間が折れ曲がる。
アリュシアは制御塔の階段を登っていたはずなのに、
次の瞬間、床の感触が――消えていた。
「……え?」
目の前で、壁が裏返る。
金属の表面が溶け、膜のように内側へめくれ込む。
それは“崩壊”ではない。
星環そのものが、方向を反転させている。
「外殻構造が……反転してる!?」
彼女の声は、空気ではなく粒子で伝わった。
上下の概念が失われ、身体がどちらに落ちているのかもわからない。
リングの外縁部が、花弁のように裏返る。
巨大な光の奔流が中心へと吸い込まれ、
空間全体が呼吸するように波打った。
その中心に――イサム・レヴィンの姿。
彼は、反転した空間の“逆側”に立っている。
まるで鏡越しに見るように、上下も左右も逆転して。
「イサム!」
音にならない呼びかけに、
彼の唇だけがわずかに動いた。
そして、直接脳に響く声が降ってくる。
「アリュシア……もう“外”と“内”は、分かたれない。
ルクス様が、星環を再構成している。
これは――祈りの形そのものだ。」
光が奔る。
リングのあらゆる区画がねじれ、
都市も、塔も、居住核も、ひとつの螺旋に収束していく。
アリュシアは歯を食いしばり、制御盤にしがみついた。
だが、パネルが液体のように溶け、指先から情報が流れ込んでいく。
「ルクス様……これは、あなたの意志なの?」
答えは返らない。
ただ、光の脈動だけが彼女の鼓動と同期していた。
視界の向こう――イサムがゆっくりと光の中心へ歩いていく。
足元は存在しないのに、確かな足取りだった。
アリュシアは叫ぶ。
「イサム! 戻って! そこは……!」
「アリュシア。
これは帰還ではない。始まりだ。」
彼の声が、完全に共鳴波と重なった。
もはや、個の声ではない。
星環そのものが語っている。
光が閃く。
イサムの輪郭がほどけていく。
彼の身体が、無数の粒子に分解され、星環の中へ溶けていく。
アリュシアは手を伸ばした。
だが、指先は空を切る。
「……イサム――!」
光が消え、静寂が戻る。
だが、空間はもう“元の構造”ではなかった。
内と外が反転した星環の中心で、
アリュシアだけが、まだ人の形を保っていた。




