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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

お天道様のいない間に

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 お、つぶらやくん、聞いたかい?

 ここの近くの川の下流で、亡くなった人が見つかったらしいてさ。それも背中を深く刺されたような痕があったんだって。

 いやはや、物騒だよねえ。テレビの向こうじゃ、珍しくない密度の事件だけど、いざ身近で起こるとたちまち危険な香りがしてくる。一刻も早い、真相の究明をお願いしたいところだよ。


 真相、というと、つぶらやくんが追いかけているネタたちはどうだい? 彼らは真の姿でもって、君へ届いているだろうか?

 こと、人間は悪いことに対しての偏見は強く、本当の姿を捻じ曲げてしまうことしばしばだ。

 いや、悪いことをとがめるというより、自分が正しい立場だと分かるや、それを振りかざして必要以上に叩きのめしにかかるというか。

 目の前にただ顔写真を見せられても、たいした印象を人は抱かないだろうが、「凶悪殺人犯」と聞けば一変するだろう。

 ブス、ブサイクなら「ああ、やるだろうな」と思い、イケメンや美人なら「こいつ、どんだけ相手をだまくらかしてきたんだろうな」と考える。十人並みなら「ふうん、こいつがねえ」といったところかな。


 レッテルひとつで、いかようにでも印象は操作できてしまう。印象が操られたならば、最悪のところ、でっちあげが真実になってしまうこともあるだろう。

 だからこそ、いわゆる「負け組」な声にも耳を傾ける機会も、ときには求められるのではないかと僕は思うんだよ。

 僕が最近、聞いた話なんだけど耳に入れてみないかい?



 むかしむかし。

 とある町で、ひとりの若い男が牢に入れられることになった。

 罪状は辻斬り。

 訴え出たものは二の腕を深々と斬られており、どうにか逃げ延びたのちに人相書きが用意されて、かの若者が捕まったということだ。

 彼の持つ懐剣は、満足に血振りさえしていない刀身があらわになり、いよいよ疑いは強まるも彼自身は驚いた顔で、容疑を認めずにいたという。

 犯人ならば誰だって、自分がそうでないと言い張るもの。抗議を続ける彼の声は無視されて、牢へ入れられてしまったということだ。

 辻斬りと認められれば、死罪はまず免れ得ない。若者としては、斬りつけた者と何かしら因縁があるわけでもなく、そもそも斬りつけた覚えが本人にはなかった。

 その形相は必死そのものだが、生き死にのかかったハッタリということもあり得る。潔さに欠ける見苦しさもあり、もはや若者の命も風前のともしび……。


 そのようなときに、第二の事件が起きた。

 やはり往来にて、突然、人が斬りつけられたという急報が入ってきたんだ。

 被害に遭ったのは隠居していた老人で、斬りつけたのはとある商家の娘だったという。

 二人は互いに面識がない。実際、捕まった後でも、彼女の表情は憔悴していて「自分はやっていない」の一点張りだった。

 しかし、護身用に懐へしまっている短刀は、鞘の中までべったりと血に濡れている。老人自身も、命に別条がないとはいえ、右腕へ骨に達するほどの深い斬り傷を負っていたんだ。

 たまたま近くにいた目撃者の話によると、二人は直前まで何食わぬ顔をしたまま、路上ですれ違うものと思われたらしい。


 しかし、道へ差していた陽の光が雲に陰ったかと思うと、彼女が突然懐剣を抜いたというんだ。

 不意打ちする一閃を老人はまともにかわせず、腕を深々と斬られてしまって、よろめいた。そのまま彼女は血刀を振るい続けるかと思いきや、道の陰りはさっと引っ込んで、また陽が差してきたんだ。

 流れる雲による、ほんのわずかな間のかげり。それが止むと、彼女は抜いたときと同じように、よどみない動きで懐へ刀を納め、また歩き始めたんだ。

 痛がる老人の声も姿も知らぬとばかりに、迷いなき足取り。その切り替わりように気味悪さを覚えなくもないが、放っておいて同じことをされるのは、もっと怖い。

 ゆえに大勢が息を合わせて、一斉に彼女を取り押さえた。彼女本人は今と変わらず、驚いた顔のまま、さしたる抵抗もなく組み伏せられてしまい、自分が何をしでかしたのか分からずにいたのだという。


 それから一日の間に、似たような報告が二件。

 やはり互いに関係を持たないものたちによる、辻斬り行為が行われたという内容で、知れ渡った。

 情報が共有された結果、いずれも犯行は陽のかげったわずかな間でのみ行われ、加害者はそのときに自分がした行いを、まったく覚えていないことは共通していたらしい。

 害を加えた者同士、縁もゆかりもないないことから、はかりごとの可能性は限りなく低く、また発生した状況も似通っている。

 被害者がいずれも命を落としていないこともあり、死罪は免れたものの、原因の究明がされるまでの間、彼らは拘留を強いられることとなった。

 しかし、どのような理由があるにせよ、彼らが辻斬り同様の行為を白昼堂々行ってしまったことは事実。

 彼ら自身もつらいが、彼らの身内もまたしんどい思いをしたそうだ。

 なにせ、はた目には人へいきなり斬りつけるような危険人物を育て、あるいは関係をもって影響を与えた連中に思えるからな。

 以前より、彼らと親交を結んでいた者たちも、距離を取るような気配を見せていったという。


 事態をどうにか究明せんと、事件の起こった区域を担当する同心たちは、思い切った策を採用することによる。

 かの事件が起きた現場で、発生当時と同じような気象条件が整うと、時間を決めて人馬の往来を制限。同心たちが選んだ者たちのみ通行を許したんだ。

 いずれも死罪やそれに準じる罪状を持つ者たち。彼らに脇差が与えられ、同心たちとその手の者である小物や岡っ引きの見守る中、道の往復を繰り返させられたんだ。

 ひとえに、辻斬りが行われるその瞬間を、つぶさに観察せんがために。


 意図的な斬りつけは、固く禁じている。こうして無数の人目もあることで、理性あらば、言いつけは守られるであろう。

 加害者はいずれも、犯行時点の記憶がなかったかのような言動をとっている。ならば、これもまた起こるときには、あらかじめの注意などなかったかのように、突然の斬りつけになるはず……と周りの人間は考えていたんだ。

 往来させられるのは三組。

 いずれも自分が斬りつけられる側にまわるかと思うと、気が気でなかった。

 そうこうしているうちに、往来に満ちていた陽光には影が広がっていく。

 空の太陽が雲に隠れようとしていたんだ。固唾をのみ、ことの流れを見張る面々の緊張をよそに、影がどんどん広がり、その時が迫ってきている……。



 悲鳴があがった。

 罪人たちではない。囲んでいた同心たちの一角で、同心の一人が岡っ引きに斬りかかったんだ。

 それを皮切りにして、刃傷沙汰が巻き起こる。

 行儀よく罪人たちが被害に遭うわけではなかった。この天の下、影の中にいるものにあまねく差すものだったんだ。

 陽ではなく魔が。

 それはほんの十数秒ほどの間だったが、そのうちに30をくだらない人々が、大小の刀傷を負うことになった。

 無心に刀を振り回し、斬りかかっていたのは全体のおよそ半数。それも往来に光が戻ってくるや、次々に目の前の惨状と、自らが手にする血刀におののくばかりだったとか。


 どのような悪事も、お天道様が見ている、と人は伝える。

 ならば、そのお天道様がかげるならば、いつもは隠れている真実が、その場にいる誰かの身を借りて現れるのではないか。

 ことが落ち着く100年あまりの間、人々は突如として陽がかげるような昼間どきを恐れ続けていたらしい。

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