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手紙

作者: 唐揚げ

 友人の灰高から葉書が届いた時、私が驚いたのは言うまでもない。

 まず葉書というのをおくられてくるというのがなかなかに珍しい。葉書なんていう物を見かけるのは

年末年始の喪中はがきか年賀状か、あるいは、業者が送ってくるダイレクトメールという名ばかりの広告なものである。それであるから、唐突に、灰高から葉書が送られてきて驚くのも無理はないと思っていただきたい。


「それで、なんて書いてあったんだ?」


 科学部の部室でテーブルを挟んで向かいに座る和田が聞いてきた。和田もまた、灰高とは小中学校からの友人である。和田はテーブルの上にまだ未開封の缶コーラを置いて、その脇にちょうど学校からの帰り道で買ってきた週刊少年ジャンプを置いていた。私は、それを横に避ける形で、学生鞄に入れていた葉書を取り出すと、テーブルの上に置く。

 和田は興味深そうに葉書を手に取ると、じろじろと見つめた。

 そうである。重要なのは葉書が送られてきたことではなく、その内容である。

 今でも空で思いだすことが出来る。


「なんだこりゃ、たいした内容もない」


 和田はそう言うとぽいっとテーブルの上に葉書を戻した。それを私は手に取り、目を通した。

 なんてことはない。引っ越したという連絡だ。それを短く二文程度で書き、他は真っ白だった。

 とは言っても、引っ越した理由というのがなかなかに生々しい。

 母親の再婚で引っ越したそうである。

 もともと灰高は、両親と妹という四人家族だった。良き兄として、灰高家の長男として振舞っていたと思う。化学が好きで理科が得意だったから小中学校の私たちに定期テスト前には、理科を教えてくれたものだ。

 しかし、状況が変わったのは、灰高の父親が事故で亡くなってしまった頃からだろう。家族の大黒柱であった父親を亡くしてから、灰高の生活が少しずつ変わっていったのは間違いなかった。まず身なりが悪くなった。中学校は制服だったので、それほど身なりが悪くなるはずもないのだが、

髪の毛や靴がパッと見て違和感を覚える程度には悪くなった。次いで、食事だ。今まで弁当だったりしたのが、コンビニやスーパーで買ってそうな物に変わっていった。そうして、学力も悪くなった。

 そういう風に悪化していくのを子供の私たちが気づくくらいなのだから、大人の教師が気づかないはずもない。

 ある程度のケアに入らなければならないというような事がなされたというのを親から聞いた。

 その矢先に、灰高は転校していった。

 突然の転校で別れの言葉もなく、何とも呆気ない別れであった。


「いったい、まぁ、どうして葉書なのかね。わかるか、和田」

「わからん。突然のアナログ主義に目覚めたとかか? だいいち、葉書にしては短くね? それに、この葉書見てみろよ」


 私は再びに葉書をよく見た。


「それ、年賀はがきだぜ? 今、五月前なのに、そんな葉書で送ってくるとか普通あるかよ」


 言われた通り、確かに葉書は年賀はがきである。

 確かに妙だなと私もまた、しみじみと言った時だった。ぴくりと和田の眉毛が動いた。


「灰高ってそんな妙な事をするやつだったか?」

「いいや、まさか」


 私は記憶にある灰高の姿を思い浮かべた。数学はともかく理科について彼はピカイチの成績をもっていた。そして、常識のある振舞をする男だった。だから、年賀はがきを普段使いの葉書として送ってくるとは思えなかった。

 つまり、意味がある。

 では、何をどうしてそんな葉書を送ってくる必要があったのか。

 私と和田は互いにじっと顔を見つめ、それから、たった二文しか書かれていない葉書を見つめた。

 

「まさか、何かのメッセージとか?」


 和田はポケットの中をまさぐる。しかし、目当ての物が見つからなかったのか。部室の中をぐるりと見まわした。私もそれにつられる形で部室の中を見回す。と、そこでぱっと部室の棚におさめられているアルコールランプが目に付く。

 和田も同じタイミングで目に入ったのかぱっとそれに近寄り手に取ると、テーブルの上にアルコールランプを置いて、ぱっと火を着けた。ゆらりゆらりとゆっくりと揺れる炎に、和田は慎重に灰高から送られてきた葉書を近づける。

 じんわりとアルコールランプの炎の熱が顔にぶつかる。

 と、同時に私と和田の顔が強張った。


 葉書には「助けて」と文字が浮かび上がってきたのだ。



                ****


 

「しかし、炙り出しとはな」

「あぁ、理科が得意な灰高の考えそうなことだ」


 JRの駅前で私と和田はベンチに座ってそう話していた。和田はコンビニで買ってきた缶コーラの蓋を開けようとプルタブに爪を引っかけては外れてを繰り返し、なかなか開けるのに苦労している様子であった。

 灰高の手紙にあった助けを求める文字を見た私たちは、すぐさまに顧問に相談した。顧問は「部活の事しか関わりたくないから」と不服を述べたが、的確に素早く警察やら行政に連絡を取ってくれた。そして、灰高の引っ越した先に、行政が介入することとなったのだ。

 灰高の母親が再婚しようとした男は、ろくでもない男だった。学生の私たちが思うのだから本当にろくでもない男だ。彼が結婚したのは一つは、母親が相続した保険金やらを目当てにし、そして、もう一つの目的は灰高の妹だった。

 灰高はそれに気が付き、何とかしようと思ったようであるが、ろくでなし男は暴力で灰高を支配してしまった。経済的にも、肉体的にも精神的にも、灰高をがんじがらめにし、外部に助けを求める事が出来なくさせた。スマートフォンも取り上げたので、SNSでやりとりができなかったのはこれが理由だ。

 最後の最後に、外部に助けを求める方法として考えたのが、問題の葉書だったのだ。

 ただ、葉書を送るのでは駄目だ。もし中身を新しい父親が見たならば、すぐに破り捨てられてしまう。であろう。と考えた彼は炙り出しという方法をとることにした。言ってしまえば秘密の救難信号、SOSのメッセージだ。


「唯一、家にあったのが年賀はがきだったから、それとレモン汁でってか」

「俺たちがそれを知っていると願ってやったんだろうかね。ま、本人に聞いてみるとするか」


 和田はそう言うとプルタブにまた指を引っかけようとするが、うまくかからない。


「ま、スムーズに事がすんで良かったよ。ろくでなし男は、児童虐待で捕まったみたいだしよ」

「そんなうまくいくのかね」

「母親も、事のやばさに気が付いて男を追い出したのが功を奏したみたいだよ」


 缶コーラのプルタブにを開けようとするのを、和田は諦めると肩を竦め立ちあがる。


「さて、そろそろ主役のお出ましだ」


 そう言って和田が手を上げて左右に振った。ちょうど、駅の改札口に、灰高が見えた。

 私もにこりと笑みを見せて手を振る。

 どうなるか。わからないが、それでも、友達を頼ってくれた。その友情には友情で応えなければ。

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