弱者の生き方
『忌み子の町』の正門から延びる大通り、そこから少し逸れた場所には用心棒のラウボカの所有する周りより大きな家屋が建設されている。
ここを利用しているのは住処を持たない貧困層の住民で、
調達や下働きなどの対価を支払うことで雨風を凌ぐ寝床とラウボカの庇護を得ている。
ラウボカは力を至上のものとして考えており町での治安維持の役割を担う。
と言っても住民間の喧嘩等のトラブルを解決するわけではない、
むしろ粗暴な性格の彼のほうが流血沙汰の原因となることが多いが、
住人が徒党を組んで暴動を起こすなど、町の存続が危ぶまれるような事態に対しての抑止力がラウボカの役割と言える。
夕暮れ時
ハクアはヘトヘトになりながら集合住宅に帰宅した、外で仕事をする住人はすでに戻ってきている。
遅くなった理由はできるだけ多くの成果を持ち帰るため外を駆けずり回ったためだ。
汚れたうえにひどく疲れた表情で大部屋の中心で火を囲っている住人たちの横を通り過ぎ、
自身の寝床に辿り着くと持ち帰った成果物の詰まった大きな包みを降ろす。
じきに徴収が始まるだろう。
「はぁ・・・間に合った・・・、大丈夫かな、動物は狩れたしなんとかなるといいんだけど・・・」
少し休みたい、壁にもたれかかり目を閉じる、走りすぎたせいで足の骨が軋む―――
「お前たち、時間だ!対価を持って並べ!」
息つく暇もなく入口のほうから呼び出しの合図が響く。
心臓がキュッとなる。
ラウボカが記録役と運搬役を引き連れてやってきた、
定期的に行われる対価徴収の時間だ。
住人たちが各々の成果を持ち列を作る、ハクアも包みを抱えて最後尾に並ぶ。
対価の必要分は徴収する毎に状況に応じて変動する、無理な基準を設定しているわけではないが、
個人の身体能力などは一切考慮せず一律なため身体の小さいハクアのような子供には難題であった。
今まではどうにかして凌いできたものの前回の徴収ではハクアは必要分を満たせなかった、
次で足りなかった分と今回の分を清算できなければラウボカは容赦なく制裁を与えたうえで外に追い出すだろう。
それでも村の外にいるよりもずっとましだ、ここの住民もそれがわかっているからどんな扱いをされても耐え忍んでいる。
今この時も村の外にいるであろう青年の姿が浮かぶ、
村の近くは比較的安全とはいえ危険であることにはかわりない。
(今回の清算がうまく済んだらクロウがここに住んでいいか聞いてみよう)
懐にしまってある彼から盗ってきた財布にそっと触れる、自分の身かわいさに盗んでしまった。
一日でかき集めた対価で清算が済めばこれを渡さなくて済むかもしれないが、返したからといってやっていいというわけではない。
弱すぎる自分が嫌になる。
(もう口もきいてくれないかもしれないけど、どうにか人間族の都市に行く方法が見つかるまでは・・・)
自然と俯いてしまう。
「おい!次!」
「っ!はい!」
記録役に呼ばれ台の上に成果を広げる、
固唾を飲んで記録役の結果を待つ。
「これではまだ足りんな・・・他にはないのか?」
目の前が真っ白になった。
(だめだった・・・足りなかった・・・どうしよう!)
「チビ、てめぇ昨日言ったよな、なんも持ってきてないのかよ」
ずいと近づいてきたラウボカの追及に咄嗟に懐の物に触れる。
「こ、これは・・・その」
ラウボカからすれば助け船のつもりだったのだろう、それが拒絶の反応が見えどうにも癪に障ったようだ。
ハクアの腕をひっつかむとそのまま乱暴に持ち上げる、足が地面から勢いよく浮かび肘の関節が抜けそうになる。
「うぁあ・・・っ!」
財布が地面に転がるのを確認するとラウボカは腕を解放し、
ラウボカは落ちた財布を拾い上げると中身を物色する。
「例の蘇生者の金か・・・?チッ、たいした価値にはならねえな」
中から取り出される小さな袋、
心臓が一際大きく跳ねる。
『―――親に貰ったんだ』
瞬間なにも思考を放棄し体躯が動く、エルフと兎獣人の俊敏性に物を言わせラウボカの手元に飛びついた。
虚を突かれたラウボカの万力のごとき太い指から小さい袋を奪い取る。
「てめ・・・っ!!!」
丸太のような腕をぶん回されハクアの軽い身体が吹き飛ぶ。
「危ねえ!」
「ぐわぁっ!」
「うわ!なんだ!?」
火を囲っていた住人たちに激突。
そのまま半回転して地面に倒れこんだ。
運がよかった、もし直接地面に落ちていたら首か背中の骨がだめになっていてもおかしくなかった。
「うっ・・ケホッ・・・・あ・・?あれ・・・!?」
奪い返したはずのものが掌の中に入ってなかった、しっかり握っていたはずなのに。
すぐにあたりを探すも見当たらない。
(ああ・・・うそだ・・・)
火のそばに駆け寄ると躊躇いなくその中に両手を突っ込む。
「お、おい」
近くにいた男に声をかけられるも耳に入らない。
炎に炙られ表情が苦痛にゆがむ、かまわず火種を素手でかき分けた。
「ぐぅぅっ!」
火傷を負った手で拾い上げたそれは、もはや黒焦げてなんだったのかもわからない物になってしまった。
「もう・・・やだぁ・・・」
涙で視界が歪む、いつもこうだ、混血種として生まれてからいつだってこうだった。
奪われるばかりで欲したものなんて手に入れられたためしもない。
悔しい。でも力はない、逆らえばさらに奪われるだけだ。
どす黒い感情が脳を埋め尽くす。
もうどうでもいい。疲れてしまった。
「・・・・・・ほぉ」
ラウボカがこちらを見下ろしながら息を漏らす。
ハクアは狩猟用のナイフを腰帯から引き抜き前に構えていた。
明確な反逆行為、さすがに周囲の住民たちもざわめき立つ。
「別に構わねえぞチビ、力があるなら勝って奪う側に回って見せろよ」
ラウボカが今の地位に就いているのは彼が力を持っているが故だ
それに勝つということは彼の庇護は無論不要なうえその立場に取って代わるに足る人材ということになる。
だが、相対する二人は
片や火傷した腕で安っぽい作りの小さなナイフを構える痩せたエルフ獣人の少女
片やその身長の1.5倍、体重はその5倍はあろうかという筋骨隆々の角の生えた獣人族の男
どこの誰が見ても少女に勝ち目など砂粒ほどもない。
ナイフを突き立てたところでその筋肉に阻まれ致命傷など程遠いだろう、
返す一撃で10年と少しの短い生涯を終えることになる。
それでもかまわない。
一矢じゃなくてもいい、小石の一カケラでもぶつけてやりたい。
最後の最後くらい弱くて奪われるだけの自分とは決別したい。
(死んだら、少しは許してくれないかな・・・)
下唇を強く嚙む、血が滲み、腕の火傷の痛みがまぎれる、脚は震えている。
ラウボカが正面から構える、大丈夫油断してる、恐くなんてない。
喉が裂けんばかりの咆哮で小さな身体を鼓舞する。
つま先でしっかりと地面を掴み最期の疾走を――――――――――
「ハクアァァァァーー!!」
呼ばれるはずのない名を呼ばれ身体が強張る、
眼前を見慣れたボロマントが遮った。




